第18章 ── 第17話

 迎賓館に移ってから一番助かったのは、言葉を覚えてない三人の仲間に西方語の講義をしてもらえることになったことだ。


 やはり国のお偉方に何かを聞かれて答えられない事は失礼にあたるのではないかと男爵に言われたので西方語を学習する機会を作る事にした。

 しかし、俺自身は東方語か西方語のどっちを喋っているのか解らないような状態だったので、グリフォニアにある学校から西方語専門の講師を招いて勉強会を開いてもらえたのだ。


 ちなみにマリスだが、例のはぐれグリフォンを手下にした話をケストレルにした所、是非そのグリフォンを見てみたいと言われたので、騎士団駐屯地に行かせた。今頃、現地でグリフォンを呼び出して披露しているはずだ。


 三人が西方語の勉強会、マリスが駐屯地へ行っている間に俺はやるべきことをすることにする。カイロ関連の依頼を片付けるわけだ。


 俺はクリストファの小型通信機に連絡を入れる。


「クリス、久しぶりだな」

『ケントか! 今どこにいるんだ!?』


 通信機からクリストファの声が大声が割れるように飛び出した。


「そんなに大きな声を出さなくても聞こえる」

『ああ、すまん……それで、いつ帰ってくるんだ?』

「ああ、これから魔法で一度帰る。すまんが街の倉庫から材木を大量に用意してくれないか?」

『材木? 何に使うんだ?』


 俺が早速要件を伝えるとクリストファは何か不安げな声になる。


「西方にあるルクセイド領王国に作った道具を納める事になったんだが、燃料の炭が必要になってな」

『炭? 木を燃やすと出る黒いカスの事だな?』


 ああ、東方でも炭を使う文化は無かったな。


「ああ、それを燃料に使う道具なんでね」

『了解した。早速用意させておこう。運搬は例のゴーレムか?』

「ああ、作業用ゴーレムを繰り出す」

『解った』


 炭は色々と使い方もあるし、大量に作っておこうかと思う。一トンくらい作っておこうかな?


 俺は小型翻訳機でゴーレムのデータベース越しに作業用ゴーレム部隊に司令を出す。

 ログに了解と出たので動き出した事が判る。


 これで準備は大丈夫だと思うので魔法の門マジック・ゲートの魔法を唱え、工房への転移門ゲートを開いた。


 転移門ゲートをくぐると工房の入り口の待合室に出る。


「お帰りなさいませ、ご主人様」


 フロルが頭を深々と下げて出迎えてくれた。


「お、久しぶり。何か変わりはないね?」

「はい。何もございません」

「そうか。これから魔法実験室に籠もるからね。今は使ってないだろうね?」

「はい。現在未使用です。エマ様はご就寝でございます」


 ふむ。エマは寝てるのか。


「フィルは?」

「昨日から研究室で練金薬の研究中です」


 また徹夜してんのか。


 研究室に入ると、フィルが夢中で魔法薬の実験をしていた。


「おお……この反応は初めてだ……」


 フィルが相変わらず目の下にくまを作りながら、熱に浮かされたような目の色で作業している。


「無理するなよ?」


 俺がそう声を掛けたら、フィルが弾かれたように顔を上げた。


「閣下! 良いところに! 見て下さい! 新たなる試薬が!」


 フィルが興奮気味に手招きをするので、一応見てみる。


 でも俺の錬金術スキルのレベルはまだ低いので。何が凄いのかサッパリわからない。


「へえ。試薬って事は途中の段階だよね?」

「ええ、ここから数段階経て完成した練金ポーションになります」

「ふむ。さっきのセリフからすると、上級回復ポーションのベース溶剤って所かね?」


 フィルは一瞬、困惑したような顔をしたが直ぐに笑顔で応える。


「さすがは領主閣下、ご慧眼けいがんでございます」


 随分と研究が進んだようだねぇ。各種上級回復薬が手に入ると、冒険が捗りそうですな。


「よし、このまま研究を続けてくれ。だが無理はするなよ? ちゃんと寝ろ」

「畏まりました!」


 フィルは意気揚々といった感じで研究に戻っていく。


 俺は研究室の端末の前に立ち、スキャナにカイロを置く。端末から設計図などをデータベースに登録して自動生産させる準備をする。


 注文は五〇〇個だが、一〇〇個ほど多めに作っておくか。


 圧縮炭も登録してみたが、倉庫に木炭がないと大量生産ができないようだ。


 やはりな。推測どおりだ。


 木材から木炭を作って、さらに圧縮させるという二段階行程を生産ラインでは行えない。


 俺はゴーレムに命じ実験室へ材木を運び込ませる。クリストファに命じておいたので、作業用ゴーレムはどんどん材木を実験室に運んでくる。


 ある程度運ばせた所で木炭を作る実験を開始する。


 基本的に木炭を作るには炭焼き用の炉が必要だが、そんなもので作っていたら三日三晩掛かってしまう。


 ならば魔法だ。炎属性の魔法で一気に燃やす。ただ燃やすだけでは質の良い木炭にはならない。密閉した場所でガッツリと蒸し焼き状態にすることで単一の炭素構造を作り出すわけだな。そこの辺を全部魔法で賄えばいい。


 風属性と火属性と空間属性の複合属性魔法で空間の密閉性を保つ魔法を使って、そこに火炎嵐ファイアー・ストームを打ち込むようにしようか。ついでに時間属性も加味して時間短縮も行おう。


 頭の中で魔法術式を構築する。四属性の魔法のため消費MPがアホみたいなことになってしまうが、イルシスの加護を受けている俺にはあまり関係がない。


次元短縮炉ディメンジョン・ショートニング・フーナンス!」


 魔法は発動したが、別に何か見た目が変わったわけじゃない。材木のあるあたりを別空間として隔離しただけだからね。


「んじゃ、最終工程。火炎嵐ファイア・ストーム!」


──ゴアッ!!


 猛烈な音と火炎が目の前の空間に吹き荒れる。密封空間で放たれた火炎嵐ファイア・ストームは凄い光景を俺に見せる。


 熱も風も逃げ出せずもの凄い高温になったのが判る。材木が熱せられ、白熱した金属のようだ。

 魔法内の空間は時間が早く進んでいるため、その色の移り変わりが顕著だ。



「何事!?」


 荒れ狂う綺麗な炎をウットリしながら見つめていると、大声と共に実験室の扉が勢いよく開いた。


 振り向いて見ると寝間着姿のエマが立っていた。


「やあ、エマ。久しぶり」

「すごい地響きだったわよ!?」

「あー、すまん。ちょっと魔法を使ったんでね」


 エマの眼の前には火焔逆巻く異次元空間が展開されている。


「な、な……何なのコレ!?」

「ん? 空間密閉魔法を使った後に火炎嵐ファイア・ストームを打ち込んだだけだけど?」

「だけだけどって……ケント、貴方……やっぱり天才ね……」


 ショボンって感じでエマが床に座り込んだ。


「ん? 炭作ってるだけなんだけど」

「え!? 炭!? どう見ても強力な複合攻撃魔法じゃない!」


 えー? そう見える? まあ、確かに、何らかの生物があれの中にいたら確実に死ぬなぁ。


「ふむ。攻撃魔法への転用は面白そうだな」

「ケント、貴方ねぇ……ホント、天然なんだから!」

「おいおい、俺は天然じゃないだろ。天然なのはアナベルだ」


 心外そうに言う俺を見て、エマはヤレヤレといった仕草をする。


「お、そろそろ良さそうだな」


 火炎嵐ファイア・ストームの効果時間が切れたので、中の材木が赤白い物体になっている。


 空間魔法を解除したら俺たちが死ぬので、『冷気チル』の魔法を高レベルで掛けて徐々に熱を奪っていく方法で冷やす。


「はぁ……やっぱ凄いわ」


 エマが俺の手際を見て溜息を付いてる。


「ん? エマにもできるだろ?」

「そうね。手順や魔法術式を教えてもらえれば、多分私にもできるわ」


 でも、とエマは続ける。


「私にはこれほどの規模の魔法にするほどレベルがないし、これほどの魔法儀式を一人でやる自信はないわね」

「そうなの?」

「そうよ! どうやったらあんな火炎嵐ファイア・ストームを出せるって言うのよ!」


 そんなもんかな?


「俺にはよく解らんが?」

「そこが天然っていうのよ。あー、もう貴方の才能が羨ましいわ」


 つーか、エマ。君も普通の魔法使いスペル・キャスターと比べると、相当凄い才能持ちだと思いますが?


「そうだ。シャーリーの師匠を見つけたんだが」


 俺がそう言うと床に座り込んで顔を伏せていたエマがガバッと顔を上げた。


「何ですって!?」

「だから、シャーリーの魔法の師匠だよ」

「どこにいるの!?」

「んー。今、俺が行ってる国にいたよ」


 エマが猛烈な勢いで立ち上がった。


「連れていきなさいよ!」

「お前、工房の仕事があるだろ」

「そんなの一瞬で片付けるわよ!」


 一瞬で片付けられるのか。やっぱり君は凄いと思うんですが。自覚がないのが恐ろしいね。


「んじゃ、今俺がやってる仕事を手伝ってくれ」

「いいわよ。火炎嵐ファイア・ストームを使うんでしょう?」

「そうだよ。まずは出来上がった炭を片付けてからだ」


 俺は空間魔法を解除して、炭の出来を調べる。


「こりゃ凄い。備長炭みたいになったな」

「何なのこれ? これが炭なの?」


 出来上がった炭は非常に高品質なものだった。黒光りしており触ると物凄い硬い。軽く鉄の棒で叩いてみたら「キーン」と澄んだ綺麗な音が出る。


「うん、いい出来だな」

「こんな炭、見たことないけど?」

「そうだろうね。これは木材を凄い高温でしっかりと蒸し焼きにした時に出来るものなんだよ。非常にエネルギー効率が高いんだ」

「エネルギー……? 魔法語ね。これは何に使うの?」

「これを更に圧縮して高エネルギー燃料として使う」


 エマは俺の言っている事を全然理解できないみたいだが、作業を手伝う事で俺のやろうとしていることを見抜こうとしているのだろう。


 別にただの炭焼きだし、見抜くもクソもないんだが。

 科学知識と呼べるほどのものではないと思うが、一応この世界には無い技術だしねぇ。便利な知識だし、エマにも覚えてもらった方がいいかもしれないな。

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