第18章 ── 第16話

 俺たちが起こした王都でのホルトン家襲撃事件は不問に付された。


 この事件は即日、高札の形で市民に報告され、ホルトン家の罪状が発表された。

 市民たちにはホルトン家は馴染みがなかったせいもあって、殆ど関心を持たれることはなかった。


 ただ、騎士階級や貴族、商人関連の人々は大きな衝撃を受けたようだ。

 ホルトン家と繋がりのあった者たちは、自分たちに火の粉が掛からないようにするため、手のひらを返したようだった。


 俺たちに対する処遇はというと、ケストレルの鶴の一声でルクセイド領王国が国を挙げて歓迎するという事になったらしい。


 俺がケストレルとのお茶会を終え宿屋に戻ったら、騎士団に属する行政府の使者が来ており、迎賓館へと移るようにと言われた。


 面倒だったが、国賓待遇を受けるということは、オーファンラント王国の正式な使者と認識されているという事なので断るわけにもいかなかった。


 宿屋の主人に宿泊料を払う時、彼はポカーンとした顔で呆けていた。


 なにせ、迎えに来たのがグリフォンが引く馬車だし、グリフォン騎士団所属の従士隊が二〇〇人ほどズラリと馬車の前後に並んでいたんだからね。もちろん上空には騎士が乗る五匹のグリフォンが護衛として空を飛んでいた。


 街の安宿前に現れていい隊列じゃなかった。国を挙げてのパレードみたいなもんだったからね。


「我が寝てる間に随分と楽しい状況になったもんじゃのう」


 豪華な馬車の窓に乗り出して外を眺めるマリスが不満そうな声を上げる。


「そう言うなよ。マリスこそ、勝手に攫われるなよな」

「うっ! それはじゃのう……」


 マリスはトリシアたちから離れて街角の子犬をモフモフしていたら突然気を失ったらしい。気づいたらハリスに抱きかかえられて宿に戻っている最中だったそうだ。誰に何をされたのかはサッパリ判らなかったという。


 その失態をマリスは大いに恥じていた。オリハルコンの冒険者としてはあるまじき失態だと自責の念に駆られ、俺が宿に戻る前にワンワン泣いたらしい。


 世界最強種のドラゴンの大泣きは見てみたかった気がしないでもない。


「ま、過ぎた事だ。ケント、マリスも反省しているんだ。許してやれ」


 トリシアに言われて俺も口を閉じる。


 ま、危険感知スキルのないマリスには不意打ちを防ぐ手立ては無かっただろうし、特殊な魔法道具が使われたのだろうし責めても仕方ないよな。



 迎賓館は郊外の広々とした草原に囲まれた丘の上に建っている豪華なものだった。

 この迎賓館は貴族が管理しており、他国の使者や王族などを接待する任務を請け負っているそうだ。


 俺たちの馬車が到着すると玄関には執事よろしく、その貴族が出迎えに出てきていた。メイドなどもズラリと並んでいた。


「お待ちしておりました。トリエン辺境伯ケント・クサナギ殿」

「ああ、どうも」


 貴族風の仰々しいお辞儀に迎えられ、俺もぎこちなく頭を下げる。


「私はこの迎賓館の当主、シュヴァネンゼー男爵ホッヘン。貴殿たちの滞在中にお世話をさせて頂きます」


 この国の貴族は地名に爵位が着く呼び方をするんですな。オーファンラントに似た所がある。まず地名+爵位を名乗ってから名前を言うのは違う所だけど。


 迎賓館に落ち着いてから街の名士らしい来客がやってきた。豪華な服を着ているが、貴族風ではなく商人風の人物で、三〇代後半の口ひげを生やした威厳のある人物だった。


「お初にお目にかかります。トリエン辺境伯クサナギ様。私はジョイス家当主のレオナルドと申します」

「ジョイス家? ブルック・ジョイス氏の親戚か何かですか?」

「ブルックは私の甥にあたります。迷宮都市レリオンでクサナギ様一行に非常に失礼な事をした旨は報告を受けております。甥が独断とはいえ大変失礼致しました」


 ああ、例の小売店に掛かった圧力の話か。大した影響もなかったけど、露天で買い食いできなかったアナベルたちが怒ってたな。


「俺より彼女らに謝った方が良いでしょうね」


 俺は苦笑しながら食いしん坊チームを指し示す。


「なんです?」

「ん?」

「我らに用か?」


 女性陣は突然話を振られて不思議そうな顔だ。


 レオナルド・ジョイスは同じような事を彼女らに言って頭を下げたが、言葉がわからないトリシアとアナベルは困ったような顔をしている。


「ジョイスのヤツか。そうじゃぞ。アナベルなど肉串を買えずに激昂しておったからの!」


 マリスはウンウンと頷きながらレオナルドと話をしている。通訳はマリスに任せた。


 マリスたちに謝り終わったレオナルド・ジョイスが俺の所に戻ってきた。


「いやはや、彼女たちにはまいりました」


 レオナルド・ジョイスが冷や汗をハンカチで拭きながら苦笑する。


「食い物の恨みは恐ろしいって言うからな」

「全くで……所で仕事の話をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」

「仕事?」

「はい。騎士団長閣下直々に我が商会に窓口になるようにと要請されまして」


 レオナルド・ジョイスの話によると、例のカイロと圧縮炭の取り扱いをジョイス商会が独占的に行う事になったらしい。


 ジョイス商会はグリフォン騎士団の兵站へいたんの一端を担っているといい、王都で最も大きな商業組織なのだそうだ。


「なるほど、それは問題ないですよ。取り敢えずカイロ五〇〇個、圧縮炭五〇〇キロでしたっけ?」

「はい。そのように聞いております。まだ書面に起こしておりませんので後々売買契約などを結びたいと思いますが」

「了解です」


 ま、注文のブツはまるで用意していないが、今夜にでもトリエンに戻って工房で自動生産させれば、明日の朝には出来上がる。一応、予備に一日くらい考えておくか。


「納品は明後日にでも商会に届けましょう」

「は? 明後日!?」

「ええ。明日までに全て用意して、明後日の朝イチで納品しますよ」


 レオナルドは口をパクパクさせている。


「し、しかし……トリエン辺境伯様は、我が国に滞在しておられます。辺境伯様の領地に連絡を取るとしますと、何ヶ月も掛かるのでは……」

「あー、そういうこと!」


 どうやら、オーファンラントが遠い国なので一大事業になると思っていたらしい。


「魔法で一発ですよ。何の問題もありません」

「辺境伯様は優秀な魔法使いスペル・キャスターなのですね」

「いや、魔法剣士マジック・ソードマスターですけどね」


 レオナルドがまた驚く。


「ま、魔法剣士マジック・ソードマスター!?」

「ええ。俺だけじゃないですよ? あのエルフ、トリシアは東方では有名な冒険者エルフで魔法野伏マジック・レンジャーですし」


 レオナルドはワタワタとしはじめる。


「伝説の魔法騎士マジック・ナイト様と同じ方々だったのですね……」


 うーん。カリオン時代の王女と魔法騎士の悲恋話が相当に神聖視されているなぁ。本人たちが聞いたら盛大に照れそうな案件ですよ。


 この世界の魔法は基本的に鉄などの金属と相性が悪いと言われているし、騎士ナイト剣士ソードマスターなどの金属鎧を着る職業が魔法を使えるという段階で非常にレアな存在なのだが、俺も含めてだけど俺の周囲だけで三人いるからなぁ。


「ブルックからの知らせに色々とあったのですが、なるほど納得いたしました」

「知らせ? 色々?」


 聞いてみると、トリエンには強大なゴーレムがいるとか、伝説の魔術師ウィザードがいたとか……まあ、間違っちゃいないが……それが何か重要なのかね?


「まあ、魔術師ウィザードはともかく、ゴーレムはいますよ。俺が作ったヤツがトリエンの防衛についていますね」

「クサナギ様が作った……? え? 私、少々聞き間違いをしてしまったようなのですが……」

「聞き間違いではないですよ。俺は魔法道具の設計や制作が趣味みたいなものなので」


 レオナルドは、もうどうしたものか判らないという感じだが、俺の言葉の意味を理解しはじめてか徐々に目が爛々と輝き始めている。


「も、もし、私が依頼すれば魔法道具を作っていただけるという事でしょうか!?」

「そりゃ、作りますよ? 対価は頂きますがね」


 レオナルドの歓喜が爆発した。


「そ、空を飛ぶ乗り物など作れないでしょうか!?」


 あまりの剣幕に俺はタジタジになってしまう。


「そ、空を飛ぶ乗り物ですか?」


 飛行機の事を言っているわけじゃないだろうね? あれか、ソフィアとかグリフォン騎士が空を飛んでたりするから、それっぽい何かかかな?


「ふむ。そういや考えてなかったな。空飛ぶ馬車なんかあると便利かもしれないな」

「や、やはり! 本当に可能なのでしょうか!?」


 俺は頭の中で飛行型自動車の構想を練る。

 ペールゼン王国から手に入れることになった例の闇石ダーク・ストーンが使えそうだ。あれを術式に彫り込む魔法回路に組み込むと重力を切り払う効果を得ることができるんだよね。


 どのくらいの闇石ダーク・ストーンでどの程度の物質の重力を切り払えるのか等、実験がいくらか必要になるが可能だろうな。


「ちょっと開発に時間は掛かるかもしれませんけど可能ですよ」

「おおおおおおお!」


 何故かレオナルドは涙を流して地面にひれ伏した。


 その反応が異様に怖いんですけど……


 レオナルドが言うには、彼は元々グリフォン騎士になりたくて従士になったらしい。

 しかし、グリフォンへの恐怖が拭えず不適格と判断されて騎士団から追われたという経験を持っていた。

 いつか空を飛んで騎士団を見返してやりたいと思っていたらしい。親の家業を継いでからもその夢は捨てきれなかったと。


 まあ、しょうもない理由だけど、そんな些細な理由が人間が生きていく上での原動力になるもんだよな。


「でも、相当高く付くことになりますよ?」

「覚悟の上です!」


 まあ、闇石ダーク・ストーン自体が希少物質だし、どの程度の量を使わなきゃならないか判らないので値段の算出は難しいが……


「多分ですが……最低でも……ルクセイド金貨二〇万枚は下らないかも……」

「二〇万!? 五〇万までなら出せます!」


 おい。それ、東方諸国の金貨価値だと一〇〇万枚だぞ? 大丈夫か? ジョイス商会の屋台骨が崩れないか?


「商会の運営は平気でしょうね?」

「大丈夫です。私の個人資産から捻出できます」


 ジョイス家ってどれほどの資産家なんだよ? マイクロン・システムズの創設者ヒル・ゲイトさんレベルですか?


「まあ、納品には多少時間が掛かりますが、よろしいですね?」

「構いません! 五年でも一〇年でも待ちます!」

「いや、半年程度ですよ。それほど時間は要りません」


 レオナルドはポカーンとした顔になる。


「そ、それほど早く……?」

「ええ、今は旅の途中なので、片手間に設計と開発をしなければなりませんが」

「片手間で作り上げられると……」


 闇石ダーク・ストーンはペールゼン王国に取りに行く事になるとは思うけど、材料や道具はインベントリ・バッグにあるし、ちょいちょい作れば問題ないね。

 工房に戻って作ってもいいけど、大量生産するわけじゃなければ工房は必要ない。


「出来上がったら納品に伺いますよ」

「解りました。それまでに代金をご用意いたします」


 レオナルド・ジョイスは、目に確固たる決意の光を湛えて帰っていった。


 さすがにルクセイド金貨五〇万枚だし……資産の殆どを処分するつもりなのだろうな。清水の舞台から飛び降りる気持ちで決断したのだろうなぁ。ジョイス商会が心配になるレベル。


 まあでも、空飛ぶ自動車はちょっと面白そうだし挑戦してみよう。

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