第18章 ── 第15話

「ところで、君はバーネット殿の住まいをご存知か?」

「さすがに知りませんが……」


 俺は必死に顔に出さないように嘘をついた。


「そうか。お弟子の姪御さんがおられるなら、君の国にあるのではないかと思ったのだが……」

「彼女と俺は、ある意味同郷の人物なので昔から知っているんですよ」

「ほう。君も何千年も生きているのか」

「いえいえ。俺はまだ二五ですよ」


 ケストレルの顔が驚きに染まる。


「二五!? 一〇代にしか見えん! なるほど、バーネット殿の同郷というのは真実らしい」


 そりゃ、日本人は年齢より若く見られますからな……そのお陰で外国人の偉い人に気に入られたのが、俺が現実世界で金銭的に成功した理由だ。童顔も時には武器になるのだよ。


「して、君が遥々我が国に来た理由を聞かせてもらえるかね?」


 これが核心的な質問だろうな。

 ルクセイドの最高位指導者として、他国の貴族が外交目的以外で自国に来た理由を知りたいということだ。ようはスパイ活動か何かと疑っているわけだ。

 カルネでの逮捕もそれが理由だったし、ホルトンからの報告書がケストレルにも上がってきているはずだ。ホルトンの主張が全て真実ではないとケストレルも解っているはずだが、少しは疑いを向けておくべきだと判断した可能性もある。


「観光……という側面もありますが、俺は元々冒険者なんですよ。自分の見たことのないモノ、新しい知識……俺の冒険はそういうものの探索ですね。あとは西方で作られているという米の入手が最重要目的です」

「コメ……フソウ産の麦の変種だな」


 変種って認識なのか。まあ見た目も似た植物ではあるけどさ。米を粉に挽いてパンにしたりもするくらいだから、基本的には同種の植物か。


 日本人としては米は炊いて食べるのが基本だけどね。もち米とかもフソウにあればいいなぁ。


「我が国にも米は輸入されているが作られてはいない。やはりフソウ周辺国が作っている事が多い物だな」

「ですね。東の山脈を越えてルクセイドに入りましたが、今まで米が使われた食べ物は出てきませんでした」

「東の山脈? あの峰を越えてきたのか。凄いな。グリフォンですら越える事はできぬのだが」


 俺は苦笑してしまう。


 確かにあの寒さはグリフォンには辛いだろう。マジで凍る。


「こんな物を作って何とか越えました」


 俺はあの時作ったカイロをバッグから取り出してケストレルに見せる。


「これは? 金属製の卵……にしては平べったいが」

「これはカイロと申します。中に火を付けた炭をいれておくと何時間か温かいまま携帯できます」


 ケストレルはマジマジとカイロを見つめ続ける。


「炭か。ただの炭で何時間も?」

「もちろん、特殊加工した炭です。これですよ」


 俺が腕力で超圧縮した例の圧縮炭もバッグから出して手渡す。


「ふむ……普通の炭ではないな?」

「通常の炭を圧縮したものですよ」

「ちょっと火を付けて使い方を見せてくれないか?」


 俺は皿を取り出して圧縮炭を乗せ、「点火イグニッション」の魔法の魔法で火を点ける。火箸で圧縮炭をカイロに入れて蓋をした。


 というか、なんでそんなにカイロに食いついているのか解りません。


「これで準備万端ですよ」


 ケストレルはしげしげとカイロを見つめたり握りしめたりしていた。


「むむ!? 温かくなってきたぞ!?」

「カイロですからね」

「で、この後どうするのかね!?」


 ケストレルは身を乗り出すように使い方の詳しい説明を聞く。


「ベルトに挟んでもよし、ポケットに入れておいてもいいでしょう」


 俺が言うようにケストレルはカイロをベルトに挟んでいる。


「おお……これは凄い……」


 ケストレルは至福といった表情で顔を緩める。


「気に入った! これが欲しい!」

「は?」

「この発明品を我が国で普及させたいのだ!」

「このカイロ自体はそれほど難しいものではありません」

「単純構造なのは見れば解る。だが、この炭はどうだ? 木を燃やしてできるものとはまるで違うものだ。貴国にはこれを製造する技術があるのだろう?」


 いえ、それは俺の握力だけで作ったものです。と言い掛けたが口を閉じた。


「これほどの燃料技術だ。国家機密に属するものだろう?」


 俺がそんな大したものではと言おうと口を開きかけると、ケストレルが手を上げて俺の発言を遮る。


「そこでだ。我が国と貴国で国交を開き、通商友好条約などを結べたらと考えている」


 うーむ。カイロを輸入しただけで条約とは……随分と安上がりな気もする。


「この程度の品で国交、それも通商条約ですか?」

「当然だ! この発明の凄さを判らない者は我がグリフォン騎士団にはおらぬ!」

「どういうことでしょう?」


 ケストレルが言うには、グリフォンに乗って空を飛ぶと相当寒いらしい。長い間飛ぶだけで体力を大量に消費してしまう。このカイロがあればそれを防ぎ、空での継戦能力を長く維持できるはずだという。


「なるほど……」


 確かに空を飛び慣れていない俺たちでは理解できない事だな。それにしてもカイロ一つで一国と条約を結ぶのか。国王もそうだが、フンボルト閣下がまたびっくりするかな? ウェスデルフの時も顎が落ちんばかりに驚いてたもんなぁ……


 俺は少し思案を巡らす。


 軍事物資として重要な発明だということか。これを大量に納品できれば金銭面よりもオーファンラントの国益として有効と判断するべきだろうな。


「了解です。俺が責任を持ってカイロと圧縮炭の納品をお約束しましょう。ところで、いかほど必要ですか?」


 俺の言葉にケストレルが物凄い笑みを浮かべた。自国の戦闘力アップに繋がると見て嬉しいのだろう。


「よし決まった! では、我が国と貴国はこれより同盟関係だ!」

「あれ? 同盟? 条約では?」

「細かいことは気にするな! わはははは!」


 その後、オーファンラントの事を色々と聞かれた。条約やら同盟を結ぶ上では必要な情報だから、俺も素直にオーファンラントの事を説明する。

 もちろん俺の領地であるトリエン地方についても説明を惜しまない。


 ただ、この説明によって我がオーファンラント、とりわけトリエン地方の持つ技術力、とりわけ軍事力が相当にヤバイ部類だということがケストレルにも理解できたようだ。


「ゴーレム部隊……だと……」

「ええ、五〇〇〇体ほど防衛に回しています」

「それを貴殿が?」

「そうです」


 ケストレルは今やワナワナと震えていた。


「それほどの国が我が国と同盟を結ぶ……結んで下さるのか……?」

「まあ、大丈夫だと思います。俺から国王陛下に頼んでみましょう」


 我が国の情報を与えた代わりにケストレルはルクセイド領王国の情報を色々と教えてくれた。


 ルクセイド領王国は王をいただいているが……昔の大戦──バーラントとカリオスの戦いの事だな──での不正をソフィア・バーネットに暴かれ、権威は失墜した。今や王族や貴族は名ばかりのものに成り果てた。

 国民の支持はペガサス騎士たちと勇敢に戦った騎士団に向けられ、それ以来、国の舵取りは騎士団が担うことになった。


 王族が死に絶えた聖カリオス王国は、グリフォン騎士の名の元にバーラント共国と併合した。こうして、今のルクセイド領王国になったわけだ。


 もちろんバーラントは性悪な貴族ばかりというわけではなかった。有能な貴族もそれなりにいた。そういう者たちは騎士団の監視の元、国政に携わっているという。カルネ伯爵などがそれにあたるのだろう。


 俺がルクセイドに入国してから聞いてきた話とほぼ合致するね。

 カリオスが聖王国などと呼ばれているのは、どうやらカリオスだった所の領民に対する宥和政策だったと思われるが、これは上手く行った。滅びた国を神聖化する事で、平和裏に領民の意識改革を行ったわけだ。当時の騎士団長の有能さが窺える話だ。


 騎士団についてだが、騎士団長は一〇年毎に騎士団に所属する全ての者による選挙で決定されており、ケストレルは第六二一代目の騎士団長らしい。


 この国で組織されているグリフォン騎士は総勢で三〇人。それぞれが騎乗するグリフォンを宛てられている。それ以外の者も騎士団員だが、グリフォン騎士とは呼ばない。グリフォンに乗ってこそのグリフォン騎士である。


 騎士団に所属するグリフォン騎士は全て貴族位に準ずる称号を持つ。


 最高位が一等勲爵士。騎士団長のみが持つ称号だという。

 二等勲爵士は騎士団の幹部連の称号だ。

 三等勲爵士から五等勲爵士までは、様々な行政に関わるものだという。もちろん軍務に着く者もいるので一概に文官の称号と言えるものではないが、大方は文官らしい。

 それ以下は一〇等勲爵士まであるらしいが詳細は良くわからない。名誉職も含まれるそうなので理解不能。

 そして従士。これは騎士見習いたちの称号らしい。


 これら称号は全て一般庶民のもので貴族位ではない。


 一般庶民が国政に参加できる権利を与えられているのがティエルローゼでは非常に珍しい国家体制ですなぁ。

 それに軍事官僚による寡頭政治だというのに、いくつかの例外を除いて文官の方が称号の階級が上だというのが面白いな。


 国防は国軍が担っているそうだが、騎士団の下部組織らしいね。大掛かりな戦争の時は国軍をグリフォン騎士が率いるんだって。もっとも、ここ数十年ほど大規模な戦争は起きてないそうだけどね。


 以上がルクセイド領王国の大方の概要だ。


 規模としては帝国より小さく、オーファンラントの西側にある群小国家三国を全部併せたくらいだろうか。

 一応、隣接する北の妖精国家と北西のバルネット魔導王国とは国交があるらしい。西にある蛮族国家は群雄割拠中なので国交は開けてない。それなりに友好関係にある部族はいるそうだが、表立っての付き合いはしていない。

 最近、話に出てくるフソウ竜王国とは国交は結んでいるものの、深い関係は築けていないとか。


 隣国のはずのウェスデルフ王国は、険しい山脈があるため国交がないのは、先程ケストレルが言っていた事が原因だろう。西側と東側を隔てている山脈がよほど面倒な存在なんだろう。


 俺たちでさえ山脈越えに苦労するレベルだから、一般人では不可能に近いんだろうなぁ。

 この山脈の北側には例の宗教国家があり、西と東の行き来に蓋をしている感じだね。


 大陸西方には他にも色々国があるそうだが今は割愛しておく。

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