第18章 ── 第12話
その日、村では俺たちをもてなす宴が催された。
グリフォンから村を救ってくれた事に対してというのが表向きだが、グリフォンを追い払うどころか、従えてしまったという珍事を村人がお祭り騒ぎにしてしまったというのが真相だ。
グリフォンがマリスの命令に絶対服従だという事が理解された為、グリフォンと俺たちが一緒にいても怖がらなくなった。
その内、マリスは村の子供たちをグリフォンの背に乗せて村を歩き回っていた。子どもたちは大興奮だ。
いつかグリフォン騎士になる事を夢見ていた男の子たちは感涙の涙を流していたね。
女の子たちも、マリスがグリフォンに慕われたのを見て新たな夢を抱き始めたようだった。
今までは、女の子がグリフォン騎士になるなどと言うと、男の子たちに馬鹿にされたそうだが、立ち去った本物のグリフォン騎士の隊長がマリスを勧誘していたのを見て、女の子でもその道が歩める事が示されたのだ。
この国、特に王都に近いあたりではグリフォン騎士になるというのはエリート街道を進むという事らしく、大人の村人たちも子どもたちの夢を後押しする事に抵抗感はないらしい。
「グリフォンに乗るという機会を与えて頂き有難うございます」
「お礼を言われる事ではないでしょう?」
「いいえ、グリフォンは非常に気が荒いのです。そんなグリフォンに内心恐れを抱くのが普通の子供です。
子供のうちにグリフォンに接する機会を与えられた子供たちは、その恐れが薄らぐことでしょう。他の村の子供より一歩先を進んだ事になります」
なるほど、そういう側面もあるのか。
騎士団はエリート最高峰らしいし、現実の日本で言えば東大などを出たキャリア官僚と同じなんだろう。子供のうちに英才教育ができればその後は安泰になるわけだ。
グリフォンは非常に鋭敏な感覚を持っているので、自分を恐れる者に従うことはないそうだし、その恐怖を払拭できなければ絶対にグリフォン騎士にはなれないんだろうね。
この村から大量のグリフォン騎士が産出されるのは一〇年以上後の話になる。
翌日の朝、グリフォンを連れて村を後にした。
村から西の街道をしばらく進んでから道を外れて森に入る。
そして、フェンリルにダイア・ウルフとサンダー・ウルフを呼び出してもらった。
当初、大狼たちはグリフォンを見て身体を硬直させたが、マリスの新たな下僕だと聞いて緊張を解いた。
グリフォンには大狼は仲間だと教え、彼らの協力体制が確立する。
グリフォンにとって大狼は格好の餌だったらしいが、マリスに命じられてイーグル・ウィンドは素直に従うそうだ。
意思疎通は難しかったが、大狼たちはフェンリルの通訳があったので何とかなった。
こういう配下の魔獣や動物用の通訳ができる魔法道具を開発するべきかな?
フェンリルを通したり、首を縦や横に振るのだけで意思を疎通させるのは疲れるしねぇ。
一仕事を終えて街道に戻って先を急ぐ。
王都まで徒歩になってしまった事もあり、夕方頃に到着した。
王都グリフォニアは人口四〇万人ほどの大規模な都市で、空を見るとグリフォンが飛び回っているのが見えた。中央にある高い塔にグリフォンたちが入っていくのを見ると、あの塔がグリフォンの厩舎なのだろうか。
ソフィアが隠れ家にしている古城に仕組みが似ているのだろう。
そういえばレリオンの中央にも高い塔が立ってたっけ。あれもグリフォン用の施設だった可能性があるね。
都市の東門で身分証を出すように言われたので、例のカルネで発行してもらった通行証を見せてみた所、効果はテキメンだった。持ち物検査などもなく都市へ入る事が許された。
門番の衛士に宿の場所などを聞くと、冒険者が利用する安宿が近くにあるそうなので行ってみることにした。
都市の東区にある宿屋街といった雰囲気の場所は、安宿が多い印象を受けるが比較的高めの中級宿もあったので、そこに泊まることにした。
安宿は相部屋が基本で、個室など無かったからね。
それでも銅貨二枚程度で泊まれ、夕食が付いてくるらしい。オーファンラントの通貨価格の二倍なので銅貨四枚程度だ。トマソン爺さんの「空飛ぶ子馬亭」の半分くらいの料金ということだ。
四人部屋と二人部屋を一つずつ取り、各部屋に落ち着く。
食事は一階の酒場で出たが、まあまあの味付けだ。やはり胡椒文化は出回っていないので味が今ひとつだ。肉などは香草などで頑張ってはいるのでマズくはないんだけどなぁ。
王都での活動は明日からにして今日の所は早めに寝ておこう。
翌日、せっかく初めて来た街だし、別行動で観光も兼ねて街を散策する事にした。
もちろん、言葉の問題があるので、俺とハリスのチーム、トリシア、マリス、アナベルのチームで別れて見て回ることにする。小型通信機をみんな持っている事を確認しておく。
俺は食材を探しに市場巡りだ。
この街の食を支えるため、各区画に大規模な市場があると聞いたからだ。
トリシアとマリスは武具関連を見て回りたいらしい。アナベルは当然の事だがマリオン神殿に行きたいらしい。この都市にもマリオン神殿があるのは大マップ画面で確認済みで、アナベルには場所を教えてある。後で三人で行くそうだ。
ハリスと市場に行ってみると、やはり東方とは違う食材が大量に集められている。
米がいくつか種類があったので買い足しておく。五〇〇キロほど注文したら露天の在庫では足りなかったので倉庫まで取りに行くハメになったけどね。
そのほか、ニラ、カボチャ、小豆、長芋、筍、ゴボウなどを発見した。それぞれを大量に買い込む。和食でよく使う野菜が多かったのが嬉しいね。
三時間ほど掛けて市場を回りまくり、大量の食材がインベントリ・バッグに納められた。
ホクホク顔で宿まで戻ってくると、トリシアとアナベルが既に宿に戻ってきていた。
「ん? マリスは?」
「途中で
「迷子か?」
「そうらしいな」
やれやれ、新しい街で興奮してしまったのだろう。
「もう一時間以上前なのです。そろそろ戻ってくると思うのですけど」
マリスは言葉も解るし、何の問題もないだろう。
一階の酒場でマリスが帰ってくるのを待っていると、すでに昼時になってきたお陰で昼食の客が増えてきた。
端っこの丸テーブルを飲み物程度で占領しているのが心苦しいので、マリスが戻ってくる前に昼飯を注文しておくことにする。
しばらくして料理が運ばれて来たのだが、一向にマリスが戻ってこない。
「おかしいな……」
「ああ、おかしい」
「そうです。おかしいのです」
ハリス、トリシア、アナベルが異口同音に言う。
確かに、メシ時に食いしん坊チームのエースが帰ってこないというのはおかしい。金は大量に持っているだろうし買い食いしている可能性もあるが。
俺は大マップ画面を開いてマリスを検索してみた。
グリフォニアの北区にある一画にピンがストンと落ちた。
「ん? 北区?」
北区は富裕層の邸宅が多い地区で、マリスが一人で行く事はあまり考えられない。
俺は大マップ画面を拡大して、ピンの立つ場所を詳しく調べる。
そのピンが立った場所のラベルには「ホルトン家別宅」と表示されていた。
俺は目の前が真っ暗になる。
「ケント、どうした!?」
俺が頭を抱えて顔を伏せたため、トリシアが慌てたような声を上げる。
「マリスがホルトン家に捕まっているっぽい」
顔を上げた俺は虚脱感を覚えつつも応える。
「何だと……」
ハリスの目に怪しい光が宿る。
俺はみんなに見えるように大マップ画面を他者でも見えるようにした。
「ピンが立った場所にマリスがいる」
俺はピンの場所を指さして示す。
「なるほど、これはホルトン家の所有地だな」
「マリスちゃんが一人で行くとは思えませんね」
「となると……攫われた……か?」
マリスが簡単に攫われて拘束されるなんて考えられない。レベル五八の
俺はここで思い出す。
奴らはあの迷宮から出る魔法道具を一手に扱っていた。あそこで産出される魔法道具は神々の協力で作られたものだ。
その中にマリスを拘束する何らかの魔法道具があったとしても不思議じゃない。
俺の目がギラリと光る。
「昼飯はしっかり食っておけ。ホルトンの奴らに鉄槌を下す」
「了解だ」
俺がそういうと、トリシアがニヤリと笑った。
ハリスは無言で頷いた。
「マリスちゃんに何かあったら……私が許さねぇ!」
途中からダイアナが表に現れて、拳をバシリと打ち付けるアナベルが頼もしい。
俺たちはテーブルの上の料理を素早く胃の中に納め、部屋に引き上げるとホルトン家別宅襲撃の準備を開始する。
ハリスを先行させて別宅の様子を探らせる。
パーティチャットからハリスの声が聞こえてくる。
『屋敷の周辺には多数の冒険者。総勢四〇人というところか』
「了解だ、ハリス。そのまま監視を続けろ。できれば一人屋敷内に潜入させてみてくれ」
『承知した。分身を一体向かわせる』
俺は背中にヘパさんとマストールが開発した
最近は目立つので付けてなかったが、今回はこれを使うとしよう。
トリシアも隣で予備マガジンに弾丸を込めている。結構弾丸を込めるのに時間が掛かるんだよな。少し機構を変更してクイック・リロードが可能になるように改良するべきかな?
アナベルも武器の手入れに余念がない。武器以外にも何かあった場合も踏まえ、ベルトに各種ポーションを挟み込んでいる。彼女のベルトの部分には皮の輪のようなモノがあって、紐でポーションを下げられるようになっているのだ。本当は水筒用なのだが、複数付け加えてある。回復支援職用に俺が改良してやったヤツだよ。
ここまで俺たちに敵対行動をしたんだ。もうホルトンの奴らを容認する気はない。全ての力とコネも総動員して奴らをぶっ潰す。
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