第18章 ── 第11話

「まあ、いい。そのグリフォンを引き渡してもらいたい」


 騎士は何も思い出せなかったが、些末なことは置いておき、当初の任務に戻る事を選択したようだ。


「よろしく。これで村人が安心できます」


 俺たちはグリフォンの前からどき、騎士たちに道を譲る。


 五人の騎士が捕獲具やロープなどを構えてはぐれグリフォンを取り囲む。


「いいか、まずは首からだぞ」

「了解だ」


 木の棒に輪っかになったロープが付いた器具で首の自由を奪おうと騎士の一人が前に出る。


 グリフォンはそれを受けて立つためか足を踏ん張った。


 さっと輪っかが繰り出されて一瞬グリフォンの首が入るが、グリフォンはクイッと首を下げるだけでそれを回避する。そして棒の部分に噛み付いて容易く折り取ってしまう。

 そのまま棒に付いていたロープを咥えると頭だけで引っ張った。


「うわっ」


 ポールを持った騎士は前につんのめりバタリと倒れてしまう。

 グリフォンはすかさず前足で騎士を抑え込む。


 うーむ。遊ばれてるなぁ。


 はぐれが本気なら爪を立てて致命傷を与えている所だが、足の裏で抑え込んだのは戦闘するつもりはないと意思表示しているのかもしれない。


 戦うつもりがなければ飛んで逃げればいいのにな。


 その後三〇分ほど騎士たちははぐれに立ち向かうが、疲れ切ってしまって後ろに下がった。


「こ、ここまで強情なはぐれは初めてだ……」

「隊長、我々にはコイツを抑え込むのは無理なのでは……?」

「貴様! それでもグリフォン騎士か!」


 例の俺たちに話しかけた騎士は隊長らしいね。部下に意見されて激昂したように見えるけど……彼の目にもできるかどうか確信はなさそうだ。


「だが……このままでは埒が明かないのは確かだ」


 それを聞いた部下の騎士たちが地面にへたり込んだ。


「しかし、どうしたもんか……」


 捕獲シーンを見物していた俺と隊長の視線が交差する。


「おい。クサナギと言ったな。冒険者であるなら協力してくれ。報酬は出そう」

「何をすれば良いんですか?」

「そうだな……はぐれの身体を抑え込んでくれ」


 俺が仲間たちに指示を出す。


 トリシアが右後足をアナベルが左後足を抑え込もうと踏み出した。俺とマリスは左右の前足に挑む。ハリスは羽根を担当。


「おい、そんな子供に何をさせるつもりだ!?」


 近付こうとした俺たちに隊長騎士が大声を出した。


「子供? ああ、マリスの事ですか」

「そんな小さな子供に危険な事をさせるなど許さぬ」


 そう言われては仕方ないなぁ。


「マリス、後ろで待機していろ」

「我は子供ではないのじゃ!」

「騎士の隊長さんのリクエストだからな」

「素敵用語じゃ」


 俺に言われてマリスは渋々といった感じで後ろに下がった。


「よし、ハリス。前足を頼む」

「承知した……」


 さあ、もう一度。


 一斉に飛びかかり、はぐれの四肢を抑え込む。騎士たちもロープを首に掛けようと行動を起こした。


 するとはぐれは翼を羽ばたかせ始め、空中に浮き始める。


 俺たちは勿論だが、首にかかったロープを持った騎士は宙吊りになる。


「うわ!?」


 騎士が恐怖の声を上げる。


 はぐれが足をバタつかせると、後足担当のトリシアとアナベルがポイッと空中に放り出される。二人とも軽やかに地面に降り立ったのでノーダメージ。

 ハリスと俺は飛ばされなかったが、グリフォンが羽ばたかせるのをやめると、前足で踏みつけられてしまう。

 首に吊り下がっていた騎士もクチバシでポイッと投げ飛ばされた。


──ドシャッ!


「あが……」


 俺たち四人は全くダメージを受けなかったが、騎士は地面に激突してダメージを受けたようだ。


「ええい! 手強い!」


 隊長がイライラしている。見てないでお前も手伝え。


 その時、後ろに下がっていたマリスから、ドス黒い雰囲気が流れ出してくる。


 見れば目がランランと輝き、周囲に「ゴゴゴゴゴゴ」という擬音が目に見えそうなマリスがいた。


 その雰囲気を敏感に感じ取ったはぐれグリフォンがガタガタと震え始め、俺とハリスから足をどけた。

 そしてマリスの前までダッシュで走っていき、伏せのポーズでペコペコと頭を下げ始める。


 それを見て俺は苦笑を漏らしてしまうが、グリフォン騎士たちは目を剥いて唖然とした表情になった。


「なん……だと……」

「信じられない!」


 あー、マリスに与えられた恐怖の感情がぶり返したか。


「ケントを足蹴にするとは……許さんぞ!」


 グリフォンは必死にペコペコしている。あまりの必死さに少々哀れを感じるね。


「マリス、そのくらいにしておけ」


 俺にそう言われて、マリスは怒りを収めた。


「ケントがそう言うなら……仕方ないのう」


 グリフォンは俺の方に顔を向けてきた。その目に感謝の色が浮かんでいたので俺はさらに苦笑してしまう。


「その少女はグリフォンの女王か何かなのか……?」


 今まで無言だった隊長がようやく口を開く。


「我は女王ではないのじゃ!」

「彼女は俺のチームの最前衛、守護騎士ガーディアン・ナイトのマリストリアですよ」


 ほぼ同時に俺とマリスが声を上げる。


「しかし、そのはぐれの反応が……」

「んー。どうもマリスははぐれに好かれたようでしてね。昨晩も仲良く寝てましたし」

はぐれがか?」

はぐれがですよ」


 隊長はしきりに首を傾げている。


「そんなはぐれは聞いたことがない……もしかして、お前たちの飼いグリフォンではあるまいな?」

「そんな事はありませんよ。第一、生きたグリフォンを見たのはコイツが初めてですからね」


 俺がそう言っても隊長の目は疑念がいっぱいだった。


 そこへ、家屋の影などから覗いていた村人たちから色々と声が上がる。


「そんなことはありません!」

「彼らははぐれと壮絶に戦っていましたよ!」

「そうなの! 私を助けてくれたの! グリフォンは反省したんだから!!」


 さすがに住人にそう言われては、隊長も引き下がるしかない。


「そうか……暴言だったようだ。失礼した」


 その後、話し合いの結果、グリフォン騎士たちは捕獲を諦める事にしたようだ。

 村人たちからの聞き込みなどもしていたし、被害については国から保証されるような事も話していた。

 こういう天災のような事も補填される社会だとすると住民は住みやすいのかもしれないな。



はぐれの処遇についてはお前たちに一任しよう」


 戻ってきた隊長が俺にそう言い渡す。


「コイツを飼えと?」


 それ以外は逃がすくらいしか選択肢はないだろう?


「我が国では庶民がグリフォンを飼う事を禁じている」

「それじゃ、逃がすしかありませんね」

「普通はそうだ」


 何か奥歯に物が挟まったような言い方だな。隊長がマリスをジッと見つめているのも気になる。


「ところで、そこの守護騎士ガーディアン・ナイトの少女よ」

「マリストリアじゃ!」


 さっきから名前で呼ばない隊長に少々憤慨気味のマリスが言い返す。

 隊長は頷き、話を続けた。


「グリフォンを従えるとは見どころがある。どうだ? 騎士団に入る気はないか?」

「騎士団に?」

「うむ。そうすればそのはぐれと共に過ごす事も可能だぞ?」

「我はケントと共にある! 騎士団には興味はないのじゃ!」

「それは残念だな。お前ならば立派なグリフォン騎士になれるはずだが」


 隊長は心底残念そうに言いながら自分のグリフォンに乗り込んだ。


「王都に行くと言っていたな。その時は騎士団に顔を出すとよい。今回の事件の解決に対し報酬を出すと約束しよう」


 別に金とかは必要ないんだが出すというなら受け取っておくかな。一応、生きたグリフォンははぐれで見られたし、ルクセイドでの目的は殆ど達したんだけどね。グリフォン騎士も見れたし。


 ただ、まだ冒険者ギルド発足に対するルクセイド自体の協力を取り付けていない。そのためにも王都に向かうべきかな。



 グリフォン騎士が飛び去るのを見送り、仲間たちとグリフォンの処遇を話し合う。


「で、コイツをどうする?」


 俺が聞くと、グリフォンに慕われて……いや恐怖ではぐれを支配したマリスが最初に口を開く。


「連れて歩いては問題になるかのう?」

「それはそうだろう? 飼う事は禁止されているようだしな」


 トリシアが頷く。


「でも可愛いのですよ?」


 ダイアナから元に戻ったアナベルがはぐれの首の羽毛を撫でながら言う。


 どうもはぐれグリフォンのイーグル・ウィンドは、俺たちがマリスの仲間なので他のメンバ-が触っても騒がなくなった。


「可愛くても……野生の動物……だぞ」

「ハリスの言う通りだ。野生動物にはその動物の掟があるものだ。グリフォンの掟は知らんがな」


 ハリスとトリシアは連れ歩くのに反対の姿勢を崩さない。


「うーむ。ケントはどうするべきじゃと思う?」


 マリスは何か懇願じみた視線で俺を見上げてくる。


「そうだな。それなら、俺たちに付かず離れず行動させたらどうかな?」

「付かず離れずじゃと?」

「ダイア・ウルフたちと同じ様にだよ」


 マリスの目だけでなく、他のメンバーにも理解の色が浮かぶ。


「なるほど。早期警戒部隊の一部としてか。上空防衛に役立つということだな?」


 トリシアが俺の言葉を補足する。そういうことですな。


「なるほど! 野外ならいつでもモフモフできますもんね!」


 アナベルはモフモフしたいだけか。レベル四〇のグリフォンだぞ? 戦力としてはゴーレム・クラスなんだけど。


「それでいいかや?」


 後ろで話し合いの様子をソワソワしながら見ていたグリフォンにマリスは振り返って聞く。


「ピケー!」


 グリフォンはコクコクと頭を縦に振り嬉しげに翼を広げる。


 本人も納得したようなので問題は解決だ。事実上、飼うに近いけどもそれしかグリフォンとマリスの意向を叶える方法が思いつかなかった。


 インベントリ・バッグに生物も収納できれば何の問題もなかったんだけど、さすがにそれは無理だったので仕方ないね。



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