第18章 ── 第10話
グッタリしたグリフォンが地面に横たわっている。
目立った外傷はないし
現状ただ気絶しているだけという状態になった。
マリスが大分怖い思いをさせたので意識が戻ったら逃げ去るだろうし、これ以後はこの村を襲うこともないんじゃないかな。
ダイアナが抱き上げている女の子は、気絶したグリフォンをマジマジと見つめている。
「死んじゃったの?」
「いや、死んでないよ。気絶しているだけだ」
女の子の問いに俺は優しく応える。
騒ぎが収まると、家の中に隠れていた村の住人がいくらか外に出てきた。
「おお……
「こりゃ誰の責任になるんだろうか……」
だから死んでねぇっての!
ピクリとも動かないグリフォンを見た村人は例外なく死んでいると勘違いしている。
「えーと、みなさん。グリフォンは死んでません。今は気絶しているだけです」
俺がそう説明すると村人たちの表情は固まる。
「また暴れだすじゃないか!」
「なら縄で縛っておかねぇと!」
いやー、警戒心の強い賢い動物でしょ? 逃げると思いますが。
住民との対応に追われ三〇分も経っただろうか。
グリフォンの上に表示されているステータスバーをチラリと見たら、気絶アイコンが消えている。しかし、グリフォンはピクリとも動いていない。
俺はグリフォンの前まで行ってジッと見つめる。
グリフォンがピクリと動いた気がする。
さらにジーッと見つめていると、目を閉じたグリフォンがダラダラと汗をかいている。羽毛部分に汗はないけどね。下半身のライオン部分からだよ。
「おい」
俺がそう声を掛けると、ビクリとグリフォンの身体が震えた。
そして、恐る恐るという感じで片目だけが開き、俺の姿を見た瞬間にギュッと目を閉じてしまう。
こういう反応を動物がすると奇妙だね。まるで人間みたいな反応だよ。ちょっとおバカな感じで面白いけど。
「なんじゃ。もう気がついておったのかや?」
マリスが近づいてきた途端、バッと起き上がったグリフォンが後方に跳躍した後に地に伏せた。身体はガタガタ震えたままだが。
まだやるつもりかと思ったが、先程の構えた姿勢とは違い、完全に犬の伏せみたいな格好だ。開いている翼も地に伏せているし……
「何をしておるのじゃろうか?」
「服従のポーズじゃね?」
マリスの問いにそう応えると、グリフォンが首を縦にブンブンと振る。
人間の言葉を理解できてるんかよ。そりゃ賢いはずだわ。
「服従じゃと? ブラック・ファングのようじゃのう」
「まあ、生物界の頂点に睨まれたからじゃないか?」
「随分素直になったもんだな、おい」
ダイアナがグリフォンに凄んでみせるが、グリフォンの目は俺とマリスに釘付けのようだ。
んー? 俺は魔法以外は何もしていないんだけど? つか、ダイアナも怒らせると怖いんだけどねぇ。男の大事な所を蹴りあげるし……
ふと振り返ると、周囲にいた村人たちが腰を抜かいしていた。
「は、
「ひいぃ……」
村人たちは驚愕で言葉も出てこない。
まあ、グリフォンが動き出したらそうだろうなぁ。
だが、グリフォンが震えながら服従の姿勢をとっていたためか、先程保護した女の子がグリフォンに近づいていく。
「めっ! 村は襲っちゃダメ!」
そう言いながら女の子はグリフォンのクチバシを撫でた。
俺とマリスは女の子に襲いかかるような仕草をしたら即動けるように身構えたが、その動作を見たグリフォンは女の子に隠れるように身体を動かした。
おい。それじゃ俺たちが悪いみたいじゃないか。つーか、女の子の影に隠れられるほど、お前は小さくねぇよ!
その光景を目の当たりにした村人が何となく冷静さを取り戻して立ち上がった。
「こりゃ……あんたらグリフォンに敗けを認めさせたんですかい……」
「あんたら、凄い人たちだな」
「格好を見る限り……冒険者なのか?」
俺は村人に向き直って自己紹介をする。
「ええ、俺たちは冒険者チーム『ガーディアン・オブ・オーダー』のものですよ。
俺の横のマリスはエッヘンといったポーズで村人にアピール。トリシアたち西方語が判らない三人はシレッとしていたが、チーム名を名乗っている俺に気づいて集まってきた。
「スゲェ……騎士団でも手こずりそうなグリフォンなのにな」
「ああ、きっと凄腕に違いないな」
そういう感想はいいんで。
「ところで、村人はこれだけじゃないですよね?」
「あっ! そうだった!」
一人が慌てたように村の一画にあるベルのようなものが釣られた柱の所まで走っていった。
──ガランガランガラン!
村人はベルに取り付けられた縄を引っ張り、何度もベルを鳴らしている。
あれは江戸時代にあった半鐘みたいなもん?
ベルが鳴らされしばらくすると、周囲の森などから人が何人も出てくる。
牛や馬などを引いている人までいるので、逃げ出した村人たちのようだね。
出てきた村人たちは誇大なグリフォンの姿をみとめると例外なく固まってしまったが、先程ベルを鳴らしていたヤツがそんな村人たちに大声で話しかけた。
「おい! この方たちがグリフォンを鎮めてくださったぞ!」
その言葉を聞いて一瞬何のことかという顔をした村人たちだったが、直ぐに顔色が安堵の色に染まった。
「おお……神よ!」
「旅の方々! 感謝致します!」
今回の
不幸中の幸いというべきだね。
ただ、グリフォンの処遇だけは問題となった。
グリフォンは何故か逃げ出そうともしないので、トリシアたちが周囲を警戒のために周りを固めている。
「で、どうするべきでしょうか……」
村長らしい老人が何故か俺に意見を求めてくる。
「どうするべきと言われてもですね。俺はこの国の者じゃないし、法律もわからないんですが?」
「こんな事は初めてなので……」
こっちも初めてだよ!
「王都とカルネに村人を行かせてますよね? そのうち騎士団の人が来るんじゃないですか?」
「となると……到着は早くても明日でしょうか」
まあ、カルネまで一日、王都まで半日らしいから、王都から騎士団の者が来るのは明日の朝って所ですか。
もう夜だし、夜目の効かないグリフォン騎士は飛んで来られないしな。
「とりあえず、明日まで待ってみますかね?」
「そうして頂けますか?」
どうやら今晩、グリフォンを見張っててもらえると思ったらしい。それを前提として話していたようだ。
まあ、捕獲したのは俺たちって事になるんだろうし仕方ないか。
村には宿屋があったが、俺たちは外でグリフォンの見張りをしながら夜を明かす。
宿から夕食の差し入れをされたけど、ベッドがあるのに使えないってのは少し精神に堪えるねぇ。
深夜二時くらいから俺の夜番だったので焚き火を突付きながら見張りをする。
グリフォンはグッスリ寝ていて、マリスはグリフォンの羽毛に埋もれて寝ていた。
マリスはもうグリフォンと仲良しなの? と思いつつ俺は夜を明かした。
翌日の朝、背に朝日を浴びつつ伸びをしていると、西の空に小さな点が幾つかあることに気づいた。
しばらくそれを見ていると、幾つかの点はどんどん大きくなっていく。
「ああ、朝も早くに来たみたいだな」
俺が独り言で囁くと、トリシアが目を覚ました。
「何が来たって?」
「グリフォン騎士だ」
捕獲したグリフォンよりは小さいが、大きな翼を広げたグリフォンが空を舞う姿はカッコいいと思う。
それぞれのグリフォンの背にはプレート・メイルを来た人物が騎乗している。
「ピキャー」
村の上空まで来ると、騎士の操るグリフォンたちがクルリと村の上を回ってから順番に降りてくる。
軽やかに着陸したグリフォンが減速しようと足をバタバタさせている。
グリフォンの手綱を引いて騎士がグリフォンを停めた。
その視線を受け、騎士たちの乗るグリフォンが慌てたように後ずさりをする。
「どうどう!」
騎士が必死にグリフォンの制動を試み、何とか鎮かにさせるのに一〇分近く使っていた。
一人の騎士がグリフォンから降り、
「
「ええ。コイツですよ」
俺は親指で後ろを指し示して応える。
「それが……?」
「ええ、コレが」
巨大なグリフォンは「コレ」と言われたのが不服なのかプイと横を向いた。
騎士が不審そうに
「随分と大人しいようだが?」
「ですね。村の牛などを食べている所を俺たちが捕らえたんですよ」
「お前たちが?」
「ええ、そうです」
騎士が
「キケーーーッ!」
突然、
「うおっ!?」
騎士は慌てて後ずさり剣の柄に手を掛けた。後ろに並んでいた騎士たちのグリフォンが慌てて数歩後退した。
「ああ、コイツ、かなり警戒心が強いみたいなんですよね」
「お前たちは大丈夫のようだが!?」
緊張のためか、騎士は声が上ずっている。
「何か、服従したみたいなんで……」
「
信じられないという声色で騎士が叫んだ。
「詳しく聞かせてもらいたい」
「えーとですね」
俺は捕獲した経緯を説明する。
「村の女の子が襲われそうだったので、魔法でグリフォンの自由を奪いました。確かルクセイドにはグリフォンを傷つけてはいけないって法律があるとか聞いたので」
俺がそう言うと、騎士が頷く。
「正当防衛の場合はともかく、基本的には傷を付けた者は重罪になる」
あ、正当防衛は認められてたんか。それは初耳。
「でまあ、動けないようにしたら
「それだけでか?」
騎士は不審げな目を俺に向けてくる。
「いやー、どうも威圧スキルが過ぎたようで怖気づいたようです」
本当はマリスのユニークスキル「恐怖」によるものだが、そんなユニークの存在は隠しておいた方が良いだろうし、嘘も方便というやつだ。
「威圧スキルか。君は兵士……いや、冒険者だな?」
「そうです。俺たちは冒険者チーム『ガーディアン・オブ・オーダー』の者です。俺はリーダーのケント・クサナギ」
俺が名乗ると騎士の片眉が上がった。
「ん? 聞いた名前だな……」
だが、騎士は詳しく思い出せないようで、しきりに首を傾げている。
まあ、最近来たばかりの冒険者だし、レリオンでちょっと名が売れたくらいで王都の軍事官僚機構の騎士団員の覚えがめでたい訳もないだろうさ。
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