第18章 ── 第9話
村に近づくにつれて進む速度を落としていく。
連れているフェンリルをダイア・ウルフたちの早期警戒システムに合流させた。さらに大マップ画面で全周囲警戒。
村の中央あたりに赤い光点があった。村人は既に逃げ去ったあとなのかマップには白い光点はない。
もしかすると家屋の中に隠れている者もいるかもしれないな。
村人が逃げたにせよ、家の中にいるにせよ、
灌木などを利用し村へと近づく。ハンド・サインで仲間たちに散開を指示して接近する隊列を広げる。
村の中央にいる巨大なグリフォンが遠目に見えてきた。何かに食らいついているようだ。
双眼の遠見筒で確認すると、どうやら牛らしい動物を捕らえて食べている。
一応、グリフォンの強さを確認しておこう。
『グリフォン/イーグル・ウィンド
レベル:四〇
脅威度:中
ルクセイド北方に生息する巨大なグリフォン。数々の戦いに勝利してきた孤高の存在。賢さと強靭さを併せ持つ』
ネームドか! ティエルローゼに来てから二匹目だな!
ジリジリと近づいていくと、グリフォンの挙動がピタリと止まった。ジロリとこちら側に巨大な鷲の顔が周囲を見回し始めた。
「キケーッ!」
甲高い鳴き声と共にグリフォンがバサバサと大きな羽根を羽ばたかせつつ、村の中央広場をぐるりと回る。
見ればミニマップに白い光点が!
村に戻ってきた住民らしい。
「キャアー!」
突然、甲高い悲鳴が上がった。
マズイ。これは殺してくれと言っているようなものだぞ。声からするとまだ若い女性ではないだろうか。
「ハリス、トリシア!」
「おう!」
「承知……」
俺の声に二人が反応する。
「アナベル! マリス! 村人を保護しろ!」
「了解だ!」
「任せるのじゃ!」
全員隠れていた場所から走り出した。
やってきた村人を襲おうと動き出したグリフォンが、俺たちの近づいてくる気配に気づき顔だけ振り向いた。
「キケーッ!!」
俺の本気のダッシュは常人のそれではない。音速の壁を越えて猛烈なソニック・ブームが起きる。
衝撃波に驚いたグリフォンが後方に跳躍した。
「クエーッ!?」
警戒するような鳴き声を発し、グリフォンが身構えた。翼を広げ、頭を前傾姿勢にしている。
あれが威嚇のポーズかな?
グリフォンとしては人間が五人程度現れた所で敵だとも思っていないのだろう。やる気満々といった感じだ。
その前駆は鷲の足に似ており、非常に巨大で鋭い鉤爪だ。刺さったら痛いでは済みそうにないね。
試しに『
うーむ。初級魔法では駄目か。
グリフォンのラウンドだ。素早い突き攻撃と強烈な爪の連続攻撃が俺にお見舞いされる。
だが、レベル四〇以上の差があるので簡単に回避は成功する。
「何だ。大したことないな」
俺は回避した時に左の前足首を掴んでいたので、そのまま押さえつけるように間合いを詰めた。
だけどグリフォンを組み伏せるなんて事はしたことがなかったし、身体の構造も解らないのであまり力を入れられない。骨でも折れたら事だからね。
右の鉤爪とクチバシによる攻撃はなおも続いている。
毎回、難なく
グリフォンが翼を大きく羽ばたかせ始め、空中に飛び立とうとする。
俺の体重では飛ぶことを阻止できそうにないな。
そこでようやくトリシアが行動した。
「
螺旋状に空気を飛ばす
おー、これが新技か。これに氷の矢とかを混ぜるとアイス・ストームになるんじゃね? トリシアは今、ハンドガンを使ってるから無理か。
だが、トリシアの技は一ラウンドで終了してしまう。継続的に何発も打つには消費SPが大きすぎるだろうね。ま、大技ではあるんだけどな。まだ使い所が把握できてないんだろう。
「んじゃ、そろそろ」
俺はバッグから採取した蜘蛛の糸を取り出す。
この蜘蛛の巣を触媒としてその特性を最大限に引き出そう。
俺は瞬時に魔法術式を組み上げて呪文を唱えた。
『バンキル・カフ・ウーシュ・ダズール・シルディス・イクシュール・スフェン・ラクリス・イス・マテリア。
頭の中でカチリという音が鳴った。
周囲の木々や家屋を支えにして巨大な蜘蛛の巣状の物が一五メートルの範囲で頭上展開された。
うん、大成功。
俺は掴んでいた左前足を離す。グリフォンはここぞとばかりに空へ飛び立つが、後ろにある巨大蜘蛛の巣には気づいていない。
「ケケキケー!!」
何か叫んで空へ逃げようとしたグリフォンだが、蜘蛛の巣に翼をあっという間に絡め取られてしまう。
「キケー!?」
翼を動かせば動かすほどに粘着性の蜘蛛の糸が羽根に絡みつき動きを封じていく。
グリフォンは羽ばたくのを止め前足と後ろ足をバタバタと動かすばかり。こうなってはグリフォンもどうにもできないだろうねぇ。
「な、何だ今のは……」
トリシアが呆然として蜘蛛の糸に絡め取られているグリフォンを見ている。
ハリスも目をゴシゴシやっているね。
「すげぇな……何だアレ?」
ダイアナも村人を保護しつつトリシアと同じように巨大蜘蛛の巣を見ていた。
マリスはというと、物凄い敵意を持った目をグリフォンに向けてこちらに歩いてきている。
「ケントに何んて攻撃をするのじゃ……許さんぞ!」
黒いオーラが滲み出るような雰囲気にグリフォンが警戒の色を見せる。
──バシッ!
「クケー!?」
近づいてくるマリスの鎧の留め金が飛ぶ。その雰囲気にグリフォンが恐怖の声を発した。
──バシッ! バシッ!
近づいてきたマリスにグリフォンが巨大な鉤爪を叩きつける。
──ガシッ!
身体が膨れ上がり、半ドラゴン化したマリスが腕を上げ攻撃を防御した。
いかに鋭い爪だったとしても、硬質化したマリスの腕の鱗を貫きも傷つけもできなかった。
マリスの目がランランと赤く輝く。
「無体な事をしておると殺すぞ?」
その途端、グリフォンがパタリと動くのを止めた。
「マリス、そこまで!」
俺の声でマリスは一瞬で我に返り、身体を元の小柄な状態に戻した。
うーん、やはり巨乳がしぼんでいくのを見るとガッカリしてしまうのは男の
「すまんのじゃ。ちょっと我を忘れてしもうた」
「いや、いいよ。さっさと鎧を着なさい」
「了解じゃ!」
さてと……動かなくなったグリフォンを見ると、どうやらマリスの気に当てられて気絶したようだね。泡を吹いてるよ。あれがマリスのユニーク『恐怖』かな? 下手すると恐怖で死んじゃうヤツも出そうな技だね。
ダイアナが保護した村人の安否を確認しようと振り返ると、ダイアナが小さい女の子を抱きかかえていた。
「あれ? その子が村人?」
「ああ、そうだが……というか、ケント! アレ何だよ!?」
ダイアナが興奮気味にグリフォンが絡まっている蜘蛛の巣を指差す。村人の女の子も、それにつられて振り返って目を丸くしていた。
「あれがケントの新魔法だろう。私たちは今、魔法界の新たな歴史の一ページに立ち会っている」
ダイアナの問いにトリシアが応える。
「うん。触媒を使った新魔法だね。迷宮の中で考案してたヤツね」
「相変わらずケントはとんでもないな! 新魔法かよ~!」
「呪文は唱えておったようじゃが、原初魔法に似ておるの?」
興奮状態のダイアナとは対象的に、いそいそと鎧を付けているマリスが俺の開発した魔法についての感想を言う。
「原初魔法? 何それ?」
「古い時代の魔法体系のことじゃな。エンシェント・ドラゴンでも歳を経た老竜の部類が辛うじて使える魔法じゃ。呪文の詠唱は必要ないのじゃが、無から有を作り出す事も可能なのじゃ」
へぇ。そりゃ凄いな。魔法体系の名前からして神が使う魔法なんじゃないの?
「ケントのアレは物質化しておろう? 魔力を物質化する事は普通はできんじゃろが」
「確かにそうだ。通常の魔法は魔力によって事象を起こすだけの事。既にそこにあるものを動かしたり、冷やしたりだからな」
そうなの?
炎の魔法は熱エネルギーをプラス方向に誘導して加熱、可燃性物質に引火させるって事か?
だったら可燃物がなかったら火の魔法が使えない?
さすがに魔法なので、そんな事はないと思うが……
詳しい魔法の理論は勉強していないので、よくは解らんけどね。
となると、触媒を使った魔法は、足りない物質をどこから持ってくるんだろうか? 物理法則に完全に反する気がするんだが。
となると原初魔法ってのの近類魔法体系かもしれない。一度見てみたいな。でも古代竜のジイさん、バアさんしか使えないんだっけ……さすがにそんなのと対等の立場で出会えるとは思えないな。遭遇したら即ブレス攻撃されそう。
「ちなみに、ドラゴンのブレスもその原初魔法の一部じゃと言われておるらしいの。もしかすると全てのドラゴンが原初魔法を使えているのやもしれぬな」
マリスが今、しれっと凄い事言ったよ。ドラゴン・ブレスって魔法なのか? いやいや、言われているってだけらしいし、魔法じゃないかもしれない。ドラゴンの生態を詳しく調べてみなければ解らないか。どっかにドラゴンの死体とか転がってないかな? いや、あるわけないな。
おっと、さっき触媒を使った魔法を唱えた時にゲットしたスキルだけど、調べてみたら『魔法:触媒練金』ってのが増えてた。
属性の
思いつきで
属性複合に使う接続詞は『イス』。「is」から来てる気がしてならないけど、無意識に入れていたな。これも謎だ。どうしてコレを入れたらいいと思ったんだろ?
俺は自分の思考が別人にでも支配されたような奇妙な感覚を覚えて眉間にシワを寄せてしまう。
ま、今は考えても仕方ないか。まずは、このグリフォンの事後処理をしなければ。
俺は魔法について考えるのをやめて蜘蛛の巣に絡まっているグリフォンを地上に下ろす方向に思考を変えた。
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