第18章 ── 第8話

 城塞都市カルネを出る前に、伯爵のお抱え料理人たちに料理レシピを大量に教え込んだ。

 彼らは自分たちの知らない料理に感動し、俺の事を「師匠」と呼ぶようになってしまった。近隣諸国に料理人の弟子を作っているような気がしてならないが、今回は仕方ないだろう。

 ちなみに、俺がこの一週間の内に作ったセリスたん料理で彼女が最も喜んだのが「お子様ランチ」だった事を明記しておこう。やっぱりアレは心踊るよね? 俺も今でも食べてみたいと思う一品だよ。


 あ、あと例の棍棒男なんですが、俺たちが無罪になった事で容疑者を殴った事が問題視される事態になった。カルネ伯爵の命令だったにしろ、容疑段階での暴行が目に余ったということだ。


 センザール氏もその暴行を見逃していた罪での減俸処分を受けたようだ。

 だが、この事件の告発者が裁判官のセンザールだったのも面白い。

 自分の罪を自分で告発し、自分で裁いたという離れ業を行っていましたよ。センザールの罪は当初はもっと重いものだったが、カルネ伯爵の一声で減俸程度に抑えられたらしい。

 有能な行政官に不祥事を起こしたからとか言って辞められたりすると、伯爵自身が困ってしまう為の措置だろうねぇ。


 そんな感じで城塞都市カルネをようやく後にする事になった。

 王都グリフォニアまでの道のりは一日半くらい。早朝に出発するので、明日の夕方までには到着の予定だ。


 見送りに伯爵自らとセリス、料理人の弟子たちがやってきていた。もちろん護衛の衛士たちも大量に来ていますが。


「マリス~。次はいつ遊びに来れるの?」

「んー。そうじゃな。ぐるりと西側を回ってからじゃろう」


 セリスの問いにマリスはそう言いながら俺の顔を見上げる。


「そうだね。時々転移門ゲートの魔法で来ても良いんだけど。ギルド発足の案件もあるからね」


 俺がそういうと、直ぐに遊びに来そうだと思ったのかセリスが両手を叩いて嬉しそうにした。


「じゃあ直ぐだね!」


 そうだと良いんだけど。まずはレリオンのギルド会館が可動してみないことにはね。アルハランの連中と有能なサブリナ女史がいることだし大丈夫だとは思うけど。今の所通信器でヘルプ・コールはされてないから安心かな?


「トリエン辺境伯殿、王都に着いたら、グリフォン騎士団に顔を出すと良かろう。カルネ伯エルンネストの紹介と言えば、担当官に会えるはずだ」

「ありがとうございます」


 俺は素直に礼を言っておく。こういう国の有力者の厚意には従って置くべきだろう。


「それでは、先を急ぎますので失礼します」



 城塞都市カルネからグリフォニアまでは馬車で行くことにした。やはり騎乗ゴーレムは悪目立ちしすぎるからだ。

 そういった理由で今回の馬車は俺の馬車ではなくカルネとグリフォニアを結ぶ定期便の幌馬車に便乗している。

 だが、領主自らのお見送りもあってか他の乗客はいないし、ほぼ貸し切り状態になってしまった。その分、二人いる御者には料金を弾んでおいた。といっても一人銀貨一枚程度ですが。


 そうそう。武具もキラキラしているミスリルが目立たないような偽装を施してみたよ。

 くすんだ黒光りする色に染めたわけだ。一見して鉄っぽい感じに見える。俺のアダマンチウム製のブレスト・プレートは元から草臥くたびれた感じなので染める必要はなかったけどね。


 カルネを過ぎたあたりからルクセイドの気候は随分と変わった。カルネより東側は荒野が多かったのだが、このあたりからは森や林なども散見されるようになり、野生動物も増えてきた。

 そのため、早期警戒システムであるダイア・ウルフやサンダー・ウルフの要員が増えてきた。カルネより前は一〇匹程度の部隊だったのだが、現在は三〇匹ほどの部隊規模で俺たちを護衛しているようだ。

 この部隊を統括するためにもフェンリルだけは街以外でも常にインベントリ・バッグから出している。


 御者と話して行程を確認すると、途中の村で一泊して翌日に到着するらしい。

 領主である伯爵に見送られての出発だったので、御者たちは最初のうちは堅苦しい感じだったが、俺たちの格好から冒険者である事が解った為か気さくに受け答えしてくれるようになった。


「ここらは東側と随分違うね」

「そりゃそうですよ。ここいら一帯はグリフォン騎士に守られてますからね」


 騎士団所属のグリフォンが時々飛んでいるのを見かけることもあるそうで、野生動物や魔獣などは森や林などから出てくることは殆どないらしい。


 確かにグリフォンの視力は鷲などの猛禽類レベルの鋭さを持っているし、平地で姿を晒したら確実に狩られるだろう。そんな危険を犯してまで住処である森などから出て来たがる動物はいないだろうね。


 グリフォンはレベル三〇のモンスターでワイバーンとも互角に渡り合うともいわれている生物だ。

 もちろん、一対一という状況ではワイバーンの方が個体としては強いし敵にもならない。だが、グリフォンは群れで行動するので一対多という状況にしかなり得ない。


 ワイバーン一匹で多数のグリフォンとなると、ワイバーンに勝ち目はない。薄い飛翼膜を鋭いグリフォンの爪で切り裂かれて落下する事請け合いですなぁ。グリフォンの知力度は比較的高めなので、そういった戦法を取ってくるんだよね。


 一泊する村に近づくにつれ開墾された農地が目立ってくる。基本的には小麦が主体の作付けで、王都やカルネなどに食料を供給するのがこの周囲の村々の役割らしい。なんとなくトリエンのアルテナ村周辺に似ている気がするので和む。


 日も傾き、夕方に近くなった頃、街道を必死で走ってくる農民数人に出会った。

 農民たちは顔面蒼白ながら必死で走っていて、俺たちの乗る馬車を見付けると、手を大きく振って近づいてくる。


「はぁはぁ……」

「どうかしたのかね?」


 馬車を停めた御者が息を切らしている農民たちに話しかけた。


「こ、これ以上進まない方が……はぁはぁ……いいぞ……」

「何があったんだね?」

「グ、グリフォンが……はぐれのグリフォンが出たんだ!」

「何だって!? こんな王都近くで!?」


 農民から話を聞いた御者も慌て始める。


「お、俺らはこのままカルネまで知らせに行くように言われているんだ……もし引き返すなら乗せてくれ!」


 御者が荷台の方に振り向いた。


「旦那がた、はぐれが出たらしいんですが、引き返してもよろしいですか?」

はぐれグリフォンが危険って事みたいだけど、何か問題なの?」

「知らないんですかい?」


 はい、知りませんよ。三〇レベル程度のグリフォンなら何の問題もないからね。


 御者の二人は顔を見合わせてから、こちらに向き直って事情を説明してくれる。


「旦那がたは他国の冒険者なんですかい? この国じゃグリフォンは保護されているんですよ」


 グリフォン騎士団が国の支配組織となっているルクセイド領王国において、グリフォンは保護動物であり、傷つける事はご法度なのだそうだ。よって野生のグリフォンに何か害を成す事はできない。

 万が一、野生のグリフォンが出た場合、なすがままにされるしかないのだという。


 なるほどな。国鳥とかと扱いは一緒かな? でもグリフォンに村が蹂躙されたりしたら本末転倒な気がするのだが?


「グリフォン騎士がやってくるのを待つしか無いですね」


 こういった野生のグリフォンの対処はグリフォン騎士たちによって行われるそうで、大掛かりな捕獲隊が組織されるらしい。捕獲が難しい場合は追い払って二度と近づかないような対応をするという。

 グリフォンは頭が良いのでその地域が狩りに向かないと知れば、その後近づかなくなるらしい。


 また、野生とはぐれの違いだが、群れで行動する野生のグリフォンと違い、はぐれは単独で行動しており。非常に気性が荒く、警戒心も強いそうで捕獲が大変難しいらしい。個体としても通常のグリフォンよりも強いものが多いと言う。


「へぇ……そりゃ面白そうだね」

「な、何を言っているんですか! 旦那……逃げるが勝ちですよ!?」


 そんな面白そうな存在が出たのに見もしないで帰るなんて、冒険者の端くれとしては名が廃るだろ。


「じゃ、君たちはカルネに引き返してくれ。俺たちはこのまま進むよ」

「死ぬ気なんですか!?」

「死ぬ? 俺たちが? あははは。死なないよ」

「そうじゃぞ? 我らに掛かればはグリフォンごときは一捻りじゃ」


 御者たちが困ったような顔になる。


「いえ、先程も申しましたようにですね」

「解ってるよ。傷つけちゃ駄目なんだろう? 傷つけなければいいさ」

「そ、そんな事が?」

「できるよ」


 信じられないモノを見るような目で御者たちは俺たちを見た。


「ほ、本当に良いんですか?」

「ああ、カルネの人たちに報告よろしくね」


 俺たちは馬車をカルネに帰す事にした。引き返していく馬車には農民たちが乗り込んだ。その農民たちが荷台から俺たちを心配そうに見守っていた。


 引き返していく馬車を見送ってから俺は仲間たちに向き直る。


「さて、面白い事になってきたぞ」

「何だ? グリフォンが何とか言っていた気がするが」

「ああ、この先の村ではぐれのグリフォンが出たらしい」

「ほう……」


 俺は状況をみんなに説明する。


「傷つけると問題になるらしいから気をつけろよ?」

「了解だ。空弾ブロー・バレットの改良版のスキルを思いついた所だ。使ってみたい」


 あれの改良版? どんな技だよ。


「ふふふ。私のウォーハンマーがあれば、敵を気絶させるのは訳もないだろうが」


 久々に出てきたダイアナがウォーハンマーにバチバチと電撃を光らせ始めた。まあ、確かにスタン目的で付与してあるし問題はないと思いたいが……普通に打撃属性のダメージは行くんじゃないか?


「さっきも言ったように傷つけちゃ駄目なんだよ。殴ったらダメージ行くだろ」

「ちぇ。久々の戦闘だというのにな」

「次の機会を待て。ハリス、前に使った影縫いは使えそうか?」

「グリフォンほどに……大きいと判らん……それに……」


 ハリスは既に陽が陰り始めている空を見上げた。


 確かにね。それに影がなければ動きは封じられないか。


「となると魔法しかないかね?」


 俺は周囲を見回すと、木の枝に張った蜘蛛の巣を見つけた。こいつは使えそうだ。


 蜘蛛の糸を慎重に採取してバッグに入れておく。


「そんなものをどうするんだ?」

「ああ、以前考案しておいて使ってなかった新魔法を試してみたいんだよ」

「ああ、あれか。ぶっつけ本番で大丈夫か?」

「何とかなると思うよ。まずはやってみよう」


 俺たちはグリフォンが出たという村に急ぐ。二キロ程度先なので三〇分も掛からないだろう。

 この世界では初めてなのでドーンヴァースのグリフォンと比べてこの世界のグリフォンがどれほどの脅威なのか判らない。一度は対峙してみないとな。


 実の所、これからグリフォン騎士団と関わる事になっていくと思うけど、実物のグリフォンを早く見たいってのが本音なんだよね。

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