第18章 ── 第7話

 セリスが夕食を食べたという報告を聞いたカルネ伯爵は彼が信奉する神に感謝するほど盛大に喜んだ。


 得体の知れない冒険者である俺たちを自分たちの居住である城塞最上階のゲスト・ルームに泊めるほどだ。


 その日の夜、俺は伯爵の居間で彼に酒を振る舞われた。他のメンバーも別室ながら同様に酒などを提供されているようだ。


「貴殿には本当に感謝している」

「いや、まだ油断は禁物です。今回出した粥は物凄く薄めに作りました。段階的に濃くしていき、普通の食事ができるようになるには何週間も掛かるでしょう」


 俺の言葉にカルネ伯爵は酒を飲みつつ頷いた。


「そこまで具体的に治療計画を立てて進言してきた者は貴殿以外にはいない。あの天馬の守護者殿ですら」


 ネットで調べれば大凡おおよそ手に入る程度の現代医学の基礎知識みたいなもんなんだが、万能にも似た魔法がある世界で、こういう生物学に基づいた医療知識は育っていないに違いない。

 以前、領民やクリストファの部下にしたファーガソンなどからも医者自体は存在する旨は聞いている。ただ、この世界の医者は科学的な医療技術者というより、長年言い伝えられてきた経験則からくる民間療法レベルの技術者に留まっている。

 魔法という便利なものが科学技術発展の弊害になっているわけだね。


 魔法は便利には違いないが、行使できる者には大きな制限があり、かつ一般的に言えば非常に習得が難しい。そういった理由で魔法自体は一般的なものなのに、万人が使えるものじゃないわけだ。金も掛かるしね。

 よって、世界の社会体制や技術全般がヨーロッパの中世時代の文化レベルに留まってしまっているのが現状だろうと推察できる。


 基本的に。魔法の行使という特殊な才能を持ったヤツか、貴族などの支配階級のみが独占的に使えるってのが問題なんだよ。

 支配者というものは、支配する対象が無知であるほど治めやすいからな。それでは発展を促す奇抜な発想など出て来ようはずがない。


 俺がそんな事を考えていると、カルネ伯爵が不思議そうな顔で俺を覗き込んできた。


「どうかしたのかね? 難しい顔をしているが」

「あ、スミマセン。ちょっと考え事をしていたので」

「貴殿のように才能や知識、力のあるものは色々と考えるのだろうな。私など、貴族の家の嫡子として生まれただけの無能者。日々、ヘマをせずに仕事をこなす事が精一杯なのだよ」


 随分と自分を卑下する人物だな。というか、この世界に来て初めてのタイプなんじゃないか?


「そんな事は無いのでは? この城塞都市カルネを見れば、伯爵の統治は行き届いているように思われますが?」


 実際、彼の命令によって俺たちは木賃宿からも締め出しを食らったんだからね。支配力がなければできない芸当だと思うよ。


「そうかね? だが、この国では貴族など名ばかり。実際に国を動かしているのはグリフォンの騎士たちだ」

「そうなんですか?」

「この国の成り立ちからも解るように、貴族派は実権を失って久しい。王や貴族たちはもはや名目や象徴的な存在でしかない。私とてカルネの領主という事になっているが、グリフォン騎士団の一声で立場は一転するだろう」


 日本やイギリスのような感じなのだろうか。グリフォン騎士団ってのは軍人組織なのかと思っていたけど、官僚機構といった色合いが強いのかもしれないね。


「グリフォン騎士がこの国で一番偉いんですか。面白いですね」

「そうだ。彼らも一応貴族の称号を与えられている。騎士団内の命令系統をハッキリさせるのが目的だ。よって、騎士たちは永代貴族ではない。他国の者には少々理解できなかろうが」


 いや、よく解りました。軍人官僚による寡頭かとう政治ですかね。支配者の選別は民衆によって行われていないので民主主義とは程遠いが、非常に効率の良い政治体制とも言える。独裁とは意味合いは違うが、トップダウンで国の運営ができるので改革などはやりやすいだろう。


「そんな話を冒険者にしてもいいんですか?」

「貴殿はセリスの命の恩人。セリスは私の命そのものだ。よって私の恩人でもある。そして、貴殿はただの冒険者ではあるまい」


 ジッと俺を見つめるカルネ伯爵は続ける。


「間違ってるかもしれんが、私の予想では、貴殿はどこかの国の支配階級に属しているのではないのかね?」


 鋭いな。これで自分を無能だと思っているのか。謙虚すぎじゃないの?


「えー、まぁ、何と申しましょうか」

「隠さなくても良い。話したくなければ話さなくてもな。私がそう思ったというだけだ」


 ふむ。

 確かにこの伯爵は彼自らが言うように実務能力は無いのかもしれない。だが、洞察力や判断力は優れているんじゃないかな。彼が頼りにしている裁判官センザールも同様に公正で有能なようだし。

 ここらで、こういう人物と友好を深めておいても損はないかもしれないな。


「俺たちは大陸東方から来たんですよ」

「東方? 西側の人間ではないと? フソウの者だと思っていたのだが……」

「ええ。最東端にあるとある王国からやって来ました」

「最東端か……東方は蛮人の住む未開の土地だと聞いていたのだが……」


 数百年も前に西方と東方に別れた大きな戦の後、例の救世主によって大陸東方は処罰され滅亡したと大陸西側には伝わっているんだと。


 シンノスケの事だねぇ。やはり救世主はシンノスケの事で間違いなさそうだ。


 それ以来、東方地域への接触はタブーとされ、これは現在でも西方諸国間で守られている仕来りだとカルネ伯爵は教えてくれる。


「我がルクセイドの祖たるバーラントも聖カリオスも直接東方人たちと戦った経験はない。東方に現在国が栄えているのであれば、貴殿の国との国交を考えた方が良いだろうな」


 実務の話かな?


「私が所属する王国とですか?」

「うむ。私が思うに、貴殿の国は非常に裕福であろう?」

「確かに、東方では一番大きい国でしょうね」


 カルネ伯爵は頷く。


「貴殿の教養や身につけた武具などを見れば判断は難しくない。冒険者が教養を身につける事ができるなど、我が国……いや、他の西方諸国では考えられまい。フソウは別だがな」


 ここの所よく出てくるなぁ。


「そのフソウなんですけどね。竜が治めているんですかね? 竜王国とか聞きますけど」

「いや、竜ではない。竜が住んでいるのは確かだという噂だがね。かの救世主が降り立った地だと言われている国だ」


 おー、シンノスケの転生地なのか。それは是非一度行っておかねば。米の産地という情報もあるしな。


「貴殿の国について聞いても良いかね?」

「まあ、ここまで話したんだし、良いですよ? 俺の所属する国はオーファンラント王国。大陸東岸に接していて、大変豊かな国です」

「ふむ。オーファンラントと申すか。東側で大きな国として聞いている獣人の国があると聞いたことがあるが……」


 さすがに山脈で閉ざされているとはいえ、隣国のウェスデルフの情報は少しだけ伝わっているんだなぁ。獣人の国だけに蛮人の国と思われているのかもしれないな。


「獣人の王国はウェスデルフ王国ですね。獣人の高い身体能力を活かした軍隊が強力な国です。そのウェスデルフはオーファンラントの属国なんですよ」

「なるほど……貴殿の国は相当に強力な国と見える」

「我が国の国王陛下はリカルド・エルトロ・ファーレン・デ・オーファンラントと申します。俺は陛下から辺境伯の称号を与えられています」


 俺がそう言うと、カルネ伯爵は驚いた風も見せずに頷いた。


「納得した。辺境伯という称号は隣国と接した領地を持つ者と解釈して良いのかね?」

「はい。俺はトリエン地方という地域を領地として治めています」

「領主であったか……領主が冒険者というのは面白いな。辺境地域を旅する事で、領主自らが自国の運営の判断材料にしているわけか」


 まあ、そんな大それた目的で旅に出たわけじゃないんだけどね。米の買い付けや観光が主な目的ですしね。


「どうだろうか、トリエン辺境伯殿。我がルクセイドと国交を開いてみては?」

「そうですね。俺個人としてはそれもアリだと思っています。最終的な決定は国王陛下の裁断を仰がねばなりませんが」


 カルネ伯爵も頷く。


「当然だ。私の国でもグリフォン騎士団の裁断が必要になる。今は両国の一地方領主による暫定的な取りまとめで良いだろう」

「そうですね」


 俺もそれに同意する。

 ルクセイドとトリエンは街道など繋がっていないが、冒険者ギルドがレリオンにできる事で民間レベルでの交流が始まろうとしている。国としても繋がりを持っていた方が便利だろう。


「そうそう。東方諸国には冒険者ギルドというものがあるんですよ」

「冒険者ギルド?」

「ええ、冒険者による民間防衛組織だと考えてもらっていいです」


 俺は冒険者ギルドについて詳しく説明する。


「ふむ。面白い発想だな」

「冒険者を組織する事で軍隊ではできない細かな防衛活動を行えるようにしたわけですね」

「確かに我が国の軍隊では諸地域の懸案事項を全て解決することはできない。そこに冒険者を充てるわけか」


 冒険者がただの厄介な流れ者という位置づけになっている西側諸国では出てこない発想なのは事実だろう。


 東方諸国はシンノスケによって大量に人口が減ってしまったため、冒険者という武力が一般的な市民を守る役目を担わざるを得なかったんだろうし、それが長い時間を掛けて醸成されて組織が地域に根付いたんだと思う。


「今、迷宮都市レリオンにて冒険者ギルドを発足させる動きがあります」

「そうなのか?」

「ええ。民間組織ですから国に縛られず、様々な地域で冒険者を活躍させる事ができるようになるでしょう」

「なるほど。しかし、グリフォン騎士団には報告が必要になるかもしれんな」


 やはりそうですか。軍に属さない武力となるわけだし、当然だと言えば当然か。となるとグリフォン騎士団とも渡りを付ける必要が出てくるのか。

 この辺りは俺が立ち回ってどうにかしないと不味そうだね。ヴォーリア団長から貰った書状が役に立つと良いんだけど。


「よし、私もそれに協力しよう」

「よろしいんですか?」

「構わない。貴族という肩書を使えば、少々の肩入れはできる。それくらいの力はまだ貴族にあると思いたいのでね。それに、恩返しになれば私も嬉しい」


 まあ、セリスはまだ治療の初期段階ですけどね。



 その後、一週間ほど城塞内に留まり、セリスの食餌療法を続けた。

 その甲斐あってか、セリスは通常の食事を食べられるほどに回復した。若さって力だよね。


 今回の件での伯爵の喜びようは凄いもので、ルクセイド領王国内の冒険者ギルド発足に全面的に協力する事を報酬として約束してくれた。


 最初は金貨などでの謝礼を考えていたようだけどね。金は迷宮都市で相当稼いできたので困ってないから断ったんだよ。


 それと、伯爵は俺たちに領王国内で効果を発揮する通行証を発行してくれた。この通行証を持つものは貴族並の待遇で領王国内の各都市を行き来できるもので、カルネ伯爵が全面的に後援している事を証明するものだった。

 この通行証がどの程度の効果を持つかは判らないが、身分証明として使えるのは確かだろう。

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