第18章 ── 第6話
セリスに飴を食べさせる事に成功した俺たちは、カルネ伯爵に本格的に料理を作れと命じられた。
さて、何を作るかな?
まず長年、固形物を食べてこなかった者には消化の良いものが良いだろう。脂っこいものも駄目か。
シンプルでアッサリ系だな。
俺は日本人だし、病人食と言えば当然アレを作ります。はい。お粥です。
ただお粥にしても美味いとは思えないので、少々のアレンジを加えてみましょうかね。
城塞五階の厨房を借りる。
後から設置された厨房にしては行き届いているね。
早速俺は土鍋を取り出す。
洗った米を土鍋に入れて水を入れる。乾燥昆布を一〇センチほどの長さに切って入れて、土鍋を中火に掛けた。
大根の皮を剥いてすりおろす。ついでに細いネギを微塵切りで少々。梅干しを……とも思ったけど、これは酸っぱいし子供には向かないか。
小さい鍋に水を張り火にかけ、鰹節を削っておきます。
鍋の方が小さいので直ぐに沸騰します。その沸騰した鍋を火から下ろして
時間が経過したら
はい。鰹の一番出汁完成。
一番出汁に
土鍋の方も温まってきたな。米が柔らかくなるくらい煮えたら、溶き卵を回し入れましょう。そして少々塩を入れて料理終了です。
薬味の大根下ろしとネギを乗せて、鰹の出汁を掛け回せば完成です。
出来上がったお粥をカートに乗せ、伯爵の所まで持っていく。
「単純な料理ですが、長年食べ物を口にしなかったセリス嬢には最適な料理を作ってみましたよ」
「これは……」
ふわりと上がる湯気越しに、カルネ伯爵は土鍋を覗き込んだ。
「随分と良い匂いがするな」
「昆布と鰹節で出汁を取っていますしね」
「この黄色い華のようなものは……」
「卵を溶き入れたものです」
カルネ伯爵がスプーンで恐る恐るといった感じでお粥を実食です。
「んっ! これは!?」
伯爵、スプーンが止まらなくなってますな。シンプル料理だけど、旨味はしっかり出てますからね。米の甘みも十分出てるし、そこにシャキシャキのネギが良い食感でしょ?
大根おろしは消化を助けてくれる。滋養のある卵も身体には良い。
「これが医の知識もあり魔法も使う伝説の料理人の腕か……」
「そんな大したもんじゃないでしょう」
カルネ伯爵の囁きに謙遜しておく。専属料理人になれとか言われたら困るからね。まあ、言われたら言われたで断るけどな。
「これは。病いの者の体調まで考慮に入れた料理であろう?」
「そうですね。カルネ嬢がどれだけ長い間、食べてないのか解りませんが、突然ご馳走など出されても身体が受け付けないでしょう」
「七年だ」
「七年!?」
カルネ伯爵が言うにはセリスは七年もの間、固形物を食べてなかったらしい。ある貴族の主催する社交界に何度か連れて行ったらしいのだが、その直後から何も食べられなくなってしまった。
最初は何かの呪いだろうかと様々な
その内、物を食べられない事による衰弱が始まった。高価な練金薬を錬金術師に作らせ、それを飲ませる事で今までセリスの命を繋いできた。
もちろん、この七年の間、様々な料理人を雇い、必死にセリスが気にいる食べ物を作らせようと努力してきたと伯爵は言う。
「まあ、心の病ですからね。どんな料理を出しても駄目だったでしょう」
「この料理も大変に美味であるが、セリスたんは食べるだろうか?」
「多分大丈夫です。心の病は治療しておきましたからね」
カルネ伯爵は少し訝しげな顔のままだ。
「心が病になるなど聞いたこともないんだが」
「人間、生きていく上で心の病になることがありますよ。
最愛の者を失った人物が食事を断って死んだりする話を聞いたことありませんか?
酷い戦争を経験して無気力になったり、何かを畏れて使い物にならなくなったりする兵士なども心の病ですね」
「ふむ……貴殿の言うことは、一々もっともだな。なるほど、納得できる話だ」
ようやくカルネ伯爵の顔に理解の色が見えてきた。
「しかし、セリスは何が原因で心の病になったと申す? 私には一向に原因が解らぬが」
「先ほど言われた貴族の社交界が原因だと思いますよ」
「なぜかね?」
「セリス嬢の心を魔法で探った結果判明しました」
カルネ伯爵が驚愕の顔をする。
「セリスたんにちゃんと魔法が効いたのかね?」
「ええ、恐らく。お嬢さんは類稀な能力をお持ちようで」
「うむ、どんな魔法も受け付けぬはずなのだが……」
そりゃそうだろう。俺も良く魔法練金薬が効果を発揮したなと思ってたくらいだしね。
「あの水差しの液体も効果を発揮していますよね?」
「それは当然だろう。天馬の守護者殿の特製魔法薬であるからな」
「天馬の守護者?」
「天馬の守護者殿は強力な
天馬ってペガサスだよな? この地方でペガサスを駆る
「もしかして、天馬の守護者とは、ペガサスに引かせたソリに乗る魔女のことでは?」
「おお、君も空をかける彼女を見たことがあるんだな?」
いえ、そのソリに乗った事があります。
「なるほど、彼女の薬だったんですね。納得です」
「天馬の守護者殿には定期的に魔法薬を補充して頂いている。誠に有り難いことだ」
ふむ。ソフィアは、薬の行商みたいな事をしているのかもしれないね。まあ、生活していく上で金は必要になるもんな。あの魔法の研究室を考えても相当に金が掛かってたしねぇ。
その日の夕方、目覚めたセリスに例のお粥を持っていった。七年の絶食に併せ、ほぼ重湯に近いものだが。日に日に濃くしていくようにしよう。
最初は拒否反応を示していたが、これはトラウマというより長年食べ物を口にしなかった事が理由だろう。最後は匂いに負けて口に入れたからね。
「こ、これ……美味しいね!」
「そうだろう? これはお粥と言って、米を煮たものだよ」
「米って北西の方の国で取れるヤツだね?」
ほう。やはりここから北西側か。フソウとかいう国がある方だな。
「そうだね。麦とかに似ている穀物だ」
スプーンでお粥を口に運びながら、セリスは自分の知識を披露する事に得意げになっている。
彼女は長年ベッドの上で生活していたため、本が友達のようなものになっていたらしい。
「このルクセイド領王国の西側には様々な国があるの」
セリスは他人とはそれほど話したことはなかったようで、喋ることに飢えていたのかもしれないね。もちろん、相手が冒険者だという事もあるだろう。
彼女はベッドから動けなかったため、外の世界を見て回るという願望が強いようだ。冒険者に憧れているとも言える。
そのお陰で、このルクセイド領王国の周囲の国の事を色々と知ることができた。
ルクセイドの西側は危険な蛮族たちが住む国らしい。血の闘争が繰り広げられるその国は、様々な種族や部族が国の覇権を争っているため、特定の名前すら定まりようがないんだと。ルクセイドとの国境には膨大な警備兵が組織されているらしく、時折グリフォン騎士たちが遠征することもあるそうだ。
ルクセイドの北側には巨大な密林地帯があり、その更に北側には世界樹が望める山岳地帯がある。世界樹はマリスの故郷だね。いつか行ってみないと。
ルクセイドの北西には「バルネット魔導王国」という国がある。ここはスミッソンの所でも聞いた名前だ。時間属性魔法を大陸の西側諸国で独占していると言われている国だ。魔導王国と言うくらいだから、魔法が盛んなんだろうな。帝国みたいだね。
そのバルネット魔導王国を挟んだ向こう側が、最近よく聞くフソウ竜王国だ。冒険者で有名らしいのでセリスも知っていたようだ。米の産地はこっち側らしいから、足を運ばなくてはならないかもしれんなぁ。
セリスがお粥を残さず食べ終えた。
「もう、お腹いっぱい! 食事がこんな美味しいものだったなんて、今まで損してたなー」
足と手をバタバタさせるセリスは子供そのものだなぁ。
「よし。ちゃんと食べたご褒美をやろう」
「ご褒美? 本がいいなー」
「いや、本とかじゃないよ。また食べ物だけど」
俺はインベントリ・バッグから用意しておいたアイスクリームを取り出した。
ガラス製の皿に載ったアイスクリームを見たセリスが目を輝かせる。
「それは何!?」
「これはアイスクリームだよ。牛乳と砂糖なんかから作る食べ物だよ」
アイスクリームを手渡されたセリスは膝の上に置いてしげしげと眺めている。
「冷たい……」
「氷の魔法で冷やしてあるからね。甘くて美味しいよ?」
セリスがアイスクリームをスプーンですくい口に運んだ。
「甘い! 冷たい!」
またもや笑顔が爆発する。
「そして、美味しい!」
「そうだろ? 俺も好物なんだよ」
「こんな料理は見たことないわ!」
「料理というか、お菓子だね。食後に食べるお菓子だよ」
セリスは夢中でアイスクリームを食べている。
これだけ無心に食べてくれると、作った者としても嬉しいね。料理人冥利に尽きると言えるかも。
凄い速さで食べ終えたセリスは物足りなそうな顔な顔だ。
長い間、食べ物を口にしていなかった者に大量に与えては身体に問題が出ないとも限らないので、食事はこれで終わりだ。
「もっとアイスクリーム食べたかったな」
「また、明日にでも作ってやるよ。でも、今日はもう駄目だよ」
「残念」
セリスは中々素直な子なので扱いが楽でいいね。カルネ伯爵も結構話せる人物だし、甘やかしている割に躾はしっかりしているのかも。
食器を持って厨房に戻ると、仲間たちが物足りないといった顔で食事を終えていた。
「やはり肉が良いのう。それかテンプリじゃ」
「そうだな。この粥という物だけでは食べた気がせんな」
「ケントさんにカツサンドを出してもらいましょう!」
おい。食いしん坊チームよ。相変わらずの大食漢ですか。
まあ、確かに健康な者にお粥だけというのも味気ないか。俺は仕方ないのでカツサンドを出してやることにする。
これもまだ在庫が大量にあるからね。どんどん消費していかないと無くならないよ。
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