第18章 ── 第4話

 裁判官の案内で合同庁舎の中を歩いていく。


「それで、相談とは?」


 城塞の中を歩き回って色々と案内してくれるのは良いんだが、そろそろ本題に入ってもらいたいんだが。


「ああ、今、相談者のところに向かっている。もう少しだ」


 もう少しって、もう城塞の四階まで来てるんだよ!?


「相談者は最上階におられる」

「最上階って、まさか貴族の人じゃないでしょうね?」


 裁判官が歩みを止め、振り返った。


「言ってなかったか? 相談者はこの城塞都市の領主、カルネ伯爵エルンネスト・ルクセンドルフ様だ」


 はあ?


 案内された先は城塞五階の大きな広間だった。

 城塞として使われていた当時は城塞の司令部とか王たちが来た時に使われていたっぽいな。


 今は領主のカルネ伯爵とその家族や使用人たちが住んでいる。

 五階全体が居住空間らしいが、かなりの広さだ。内装は貴族好みの豪勢な作りで、外見の無骨さからは想像できないほどだ。


 五階の廊下を歩き、居間に使われているらしい部屋に入る。


「伯爵様。新たな料理人を連れてまいりました」

「おお、センザール殿、かたじけない。しかし、今度の料理人の腕の程はどうなのだ?」


 少々横柄な雰囲気はあるが、この裁判官を尊重している感じがするね。裁判官の名前ってセンザールって言うんだね。


「はっ。かの迷宮都市において伝説の料理人との呼び名の高い冒険者でございます」


 ジロリとカルネ伯爵が俺の事を見た。


「随分とみすぼらしい小男ではないか」


 随分な言いようですな。まあ、平凡で日本人の平均的身長よりもいくらか低いからなぁ。トリシアと比べたら二〇センチ以上低いからね。


「冒険者ながら卓越した能力を持っている人物との報告が上がっております」

「ふむ。して、その方、名を何という?」

「え? 俺ですか? 俺はケント。ケント・クサナギと言いますが?」


 カルネ伯爵の表情が曇る。


「フソウ竜王国の者か?」

「レリオンでもよく言われましたが、フソウ竜王国ってどこの国なんですか?」


 俺がそう言うと、センザールとカルネ伯爵がポカーンとした顔になる。


「本当に冒険者なのだろうな?」

「はぁ……そのはずなのですが……」


 カルネ伯爵は横柄な雰囲気はあるが、結構親切な人物だった。

 知識のない俺にフソウ竜王国の事を比較的細かく教えてくれた。


 フソウ竜王国はルクセイドの北西方向にある国で、大陸西方にある大国の一つだという。西方諸国の中でも三つの指に数えられる強国らしい。

 確かな情報ではないが、フソウ国内には竜が棲み着いており、その竜を信奉しているという。

 で、その国は俺のような日本人っぽい名前が多いんだそうだ。それと腕の立つフソウ出身の冒険者が良く西方諸国にやってくる事が多いと……


「とまあ、フソウは何かと冒険者のフリをした間者が多い。そちもその手の者じゃあるまいな?」

「そういや、間者容疑で捕まったんだったっけ?」

「む。その方、ホルトンの進言にあった冒険者かっ!?」


 俺の不用意な発言で、カルネ伯爵の顔が強張った。


「伯爵様、ご安心下さい。部下を調査に向かわせた所、その疑いは晴れてございますよ。その調査報告から、この者が伝説の料理人であるという情報を手に入れたのです」

「ふむ、そうであったか。ホルトンめ、眉唾な情報を送ってよこすとはな」

「その件に付きまして……後日、騎士団への報告が必要かと思われる節がございました」


 センザールがカルネ伯爵の耳元で囁いたが、俺の聞き耳スキルがしっかりと声を拾って来てしまいましたよ。


「ふむ、それはその方が上手く裁いてくれよう」

「はっ。そのように手配しておきます」


 カルネ伯爵は頷くと俺に目を戻した。


「では、ケントとやら。付いてまいれ」


 伯爵に連れてこられた場所は子供部屋だった。


「セリスた~ん。起っきしてたの~?」


 突然幼児言葉になったカルネ伯爵に俺は引く。

 伯爵は小走りに天蓋付きのベッドに近づいていった。


 そこには豪奢な布団から身体を起こして本を読んでいる小さい子供がいた。


「父上。私はもう子供ではありません。そのような言葉遣いは止めて頂きたい」

「そう言ってもセリスたんはワシの子供だからいいのだ」

「私はもう一四なんですからね」


 プイっとふくれっ面で顔をそむけるセリスという子供は、言葉遣いはともかく、仕草は子供のまんまですけど。


「子供じゃろ?」

「うん。子供だな」


 マリスの感想に俺も頷いてしまう。トリシアたちは西方語が判らないので「何だあれは?」的な顔だな。


「それで父上、あの者たちは何です?」

「おお、そうだったな。あやつらは、お前の新しい料理人たちだよ。食べたいものを言えば、お前の望む美味しいものを作ってくれるはずだ」

「料理人? 料理人のようには見えないのですが?」


 伯爵の肩越しからこちらを見るセリスと俺は目が合った。


「お初にお目にかかります。冒険者のケントと申します」

「冒険者!」


 突然、セリスの目がキラキラと輝いた。


「冒険者というと人の踏み入らぬ森や遺跡、迷宮などにも行くのであろうな!?」

「ええ、今は迷宮都市レリオンから王都へと向かっている途中です。何故かここまで連れてこられてしまったんですが」


 セリスはベッドの上でピョンピョンと飛び跳ねる。


「凄い! 本物の冒険者だ!」

「これこれ、セリスたん。そんなに興奮すると身体に触ってしまうよ」


 カルネ伯爵が慌ててセリスを宥めに掛かった。


「父上! ありがとうございます! 冒険者の料理人を連れてきてくれるなんて!」


 笑顔のセリスにお礼を言われたカルネ伯爵が目尻を盛大に下げた。


「そこまで気に入ってくれるとは思わなかった。こんなに嬉しく思ったことはない」


 親馬鹿ですな。


 しかし、この状況から解ったのは、どうやらセリスは身体が弱い。何らかの身体的な故障を持っているのか、それとも病気だろうか。


「じゃ、お父さんは仕事に戻るからね。この者たちにしっかり食べたい物を言いなさい」

「うん。じゃあねぇ」


 親子は笑顔で手を触り合った。父親の伯爵はすれ違いざまに「頼んだぞ」と言って部屋から出ていった。


「冒険者殿、近う寄れ!」


 ポンポンとベッドの端を叩くセリスは幼女にしか見えねぇ。本当に一四歳か?


「何じゃ? セリスと申すか。我はマリストリア。ケントの盾にして守護騎士ガーディアン・ナイトじゃ」


 トコトコとマリスはベッドへと近づいていく。


「本物の冒険者! マリストリアと言うのか! 凄い!」

「そうじゃ、本物じゃぞ? 凄いじゃろう!」


 エッヘンとマリスが胸を張る。


「凄い凄い!」


 またピョンピョンとセリスがベッドで飛び始めた。一分ほど飛び続けると、突然バタリと倒れた。


 ん? どうした?


 様子を見ていると、ハァハァと苦しそうな息をして青い顔に大量に脂汗を流していた。


「アナベル!」

「はい!」


 俺の声にアナベルがベッドに走っていく。


『べセス・アイデル・モート・マインクルス、診断ダイノシス


 アナベルがセリスの病状を調べるための魔法を使った。


「あらー。これは単に栄養不足からくる衰弱なのです」

「は? 重病なんじゃ?」

「いえ、栄養失調ですねー」


 領主の子供なのに栄養失調? サッパリ判らん。


 栄養失調なのに興奮して動き回ったせいで低血糖による昏睡って所か。


 仕方ねぇ子供だな!


「よし。応急処置しておこう」

「でも、魔法ではこれは直せないのです」

「ああ、解ってる」


 魔法はHPを回復したり、傷を治したり、病気の原因を取り除くなどはできるが、生命が必要としてる栄養までは補充できない。


 料理用のテーブルを取り出し、その上に錬金術用のアルコール・ランプを取り出して設置する。その上に五徳を置き、小さい鍋を掛ける。


 水、砂糖、果物などを材料として取り出す。果物はキサリスだ。現実世界では桃だね。本当はグラニュー糖が良いんだけどな。

 はい。桃の果汁入りの飴を作りますよ。

 低血糖なら飴などの糖分の多いものを応急的に食べさせるのが良いだろうと思ったのでね。


 水と砂糖を入れた鍋を火に掛け、桃を摩り下ろして木綿の布で絞って、それも混ぜる。


 直ぐに桃のいい香りがセリスの部屋を満たしていく。

 青い顔をしていたセリスが目を開けた。


「これ、何の匂い……?」

「ああ、これか。飴だな。キサリスの飴だ」

「キサリス? 聞いたことない」

「キサリスはここから東の国の特産品だよ。木になる果物でな。甘くて良い匂いがするんだ」


 セリスは何とか身を起こしてこちらを見ている。


「よし、後は型に流し込んで冷やす」


 魔法道具でやるのもいいが、調整が難しいので魔法でやろう。


冷気チル


 手のひらから流れ出した冷たい空気が緩やかに飴の熱を奪っていく。


 急激に熱を奪い冷気ダメージを与える戦闘用魔法だが、この魔法はこんな感じに徐々に冷やすことにも使える。

 調整できる魔法は戦闘だけでなく料理にも使えるのが便利でいいね。

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