第18章 ── 第3話

 その日の午後、また俺は取り調べに駆り出された。


 取調室には例の裁判官。棍棒男も一緒ですなぁ。俺たちを担当するものは同じ人物で統一しているのかな?

 情報が拡散しないようにしているのでなければ、人手不足なのかも。


 椅子に座らされたのは一緒だったが、鉄枷はされなかった。何か待遇変わった?


「ケントと申したな」

「ああ」

「今回は頼みがあり来てもらった」

「頼み?」


 スパイ容疑で捕縛された俺に対して、このセリフとはちょっと驚いてしまった。


「頼みというのは他でもない。お前たちが騎乗していたミスリルの馬たちについてだ」


 あー、動かせなかったんだろうな。


「衛士たちでは、どうしても動かすことが出来ず……破壊しようとした衛士が大怪我を負った」

「あらま」


 よく死ななかったな。騎乗ゴーレムの一撃はかなりの威力なのだが。


「無実の者を捕縛しておいて、虫が良すぎやしませんかね?」

「まだ無実だと決まってはいない。疑わしきは拘束しておかねば治安は守れぬ」


 うーむ。疑わしきは罰せずというのは現実世界の原則で、ティエルローゼ……いやルクセイドに於いては原則たり得ないということか。

 まあ、オーファンラントも家産国家だから、罪のない者でも支配者が罪と言えば犯罪者に落とす事も可能だしなぁ。


「ま、良いでしょう。どこに移動させますか?」

「一応、お前たちの私財であるから、今回の事故はお前たちの罪となる。後々正式な判決を言い渡すことになるが、それまでは倉庫に保管することになる。よって移動先は倉庫だ」


 勝手に捕まえておいて、それはないよなぁ。


「移動を命じなかった衛士の罪では?」

「う、ま、まあ、そう言い逃れすることもできようが……」

「有無を言わさず捕縛されたんですよ? 移動させる暇など無かった。それを罪と言うなら法律に問題があると思いますがね」


 裁判官は若干狼狽えている。


「そ、そのような微細な事柄に対処するように法は定められておらん。当事者間で話し合うが良かろう」


 ほう。俺はこの裁判官をちょっと見直した。通常権力者側は自分が有利なように事を進めたがるきらいがある。法に不備があるなどと、絶対に認めないものだが。

 もしかすると、この裁判官は結構公正な目をもって仕事をしているのかもしれない。


 今回の事は罪として裁判されるはずが、俺の一言で当事者間での話し合い、所謂、示談交渉を持って解決をすることになった事が今後の状況の展開を予測する上で重要な事柄になるかもしれない。心に留めておこう。


 西門に連れて行かれて俺が目にしたのは、衛士数十人が騎乗ゴーレムを取り囲んでいる光景だった。


 騎乗ゴーレムたちは俺たちが停止させてから一歩も動いていない。衛士たちは恐る恐るといった感じで取り囲んでいるが手を出そうという者はいないようだった。


「スレイプニル、白銀、ダルク・エンティル、フェンリル、移動するぞ。付いてこい」


 俺がそう声を掛けた途端、彫像のように動かなかったゴーレムたちが、くるりと向きを変えて俺の方に歩いてきた。

 ゴーレムたちの動きに合わせて衛士たちが道を開けた。


「すげぇ……あれを命令一つで動かせるのか……」

「アイツらを捕まえたのってマズイんじゃないか?」

「ヤツの命令一つで俺たちは全滅するぞ……」


 対峙していた衛士たちの感想を聞き耳スキルが拾ってくる。どうやら一人が大怪我を負った事で士気がダダ下がりなのだろう。

 レベル差を考えたら、怪我を負った衛士が生きているのが不思議なんだけど、もしかしたらゴーレムが手加減したのかもしれないなぁ。じゃなければ相当に幸運だったということか。


 騎乗ゴーレムを倉庫に移動させた後、俺は独房に戻される。


 その後、夕食時の事だが、地下一階の比較的綺麗な独房に全員が移され、食事が出された。粗末な食事だが、牛乳とスープと黒パンという、庶民レベルの食事が出た事に驚かされた。罪人に出る食事としては上等だろう。

 移された独房もジメジメした地下二階に比べると相当マシだ。ベッドは崩れていないし、ちゃんと毛布まであった。


『ケント、どういう事だ?』

『さぁな。待遇は完全に変わったようだなぁ』

『手枷もされなかったな』

『我の脅しが聞いたのやもしれんのじゃ』

『脅したのです?』


 チャットで情報共有してみたが、トリシア、ハリス、アナベルは、まるで言葉が通じなかったので待遇改善には結びつかない。

 やはりマリスと裁判官のやりとりが原因なのだろうか。


『我はケントが神の弟子だと申しただけじゃがのう』

『それが理由なのでは?』

『確かに凄い脅しだ』


 アナベルとハリスはそれが原因だと思ったようだ。


『だが、神の弟子などという言葉は戯言だと思われるものだろう? 神の降臨など普通はありえない事だからな』


 トリシアの意見はもっともです。俺たちは今まで何人も神の降臨に出会ってしまったが、俺がティエルローゼに来るまでは何百年もそんな事はおきていないと思われる。記録上で神の降臨とされているものもあるらしいが、誰一人見たと断言できるものは俺の仲間にはいない。


『俺の周囲だとマジで降臨してくるから困るんだけどねぇ』

『神界で問題になったとか言ってたな?』

『ああ、今、神界では色々神々が話し合ってるらしいね。困ったものだ』


 待遇が良くなった理由は判然としないが、マリスの不用意な神発言が原因だと思うことにする。

 あの裁判官はかなり信心深いのかもしれないな。



 待遇が良くなってから数日が経った。


 あれ以来、取り調べというものも行われず、退屈が最大の敵になりかけた頃。俺たち全員は地下牢から出され、城塞一階の大きな会議室のような所に通された。


「諸君らの嫌疑は全て晴れた。あらぬ罪状で捕縛したことを遺憾に思う」


 例の裁判官がそう言いながら頭を下げた。


「どういう事です?」

「諸君らの証言の裏取りをするために部下を数人、迷宮都市に送り込んだ。戻った部下たちの報告を読み、ホルトン家からの告発が誤りであることを我が城塞都市カルネは判断する。よって、諸君らは自由の身となった」


 こりゃまた驚きだ。容疑者の証言が真実かどうかをしっかりと調べに行かせていたらしい。

 この国は、中世的なティエルローゼの中でも非常に公正な法律を持っているということか。


「いや、ビックリしました。ルクセイドは随分と公正なお国柄なんですねぇ」


 俺は素直に感想を述べた。


「当然だ。我がルクセイド領王国に於いて、無実の者が罰せられることはない。これはルクセイド建国の時からの習わしであり、それが我が国の誇りである」


 もしかすると、カリオス王国滅亡が戒めになっているのだろうか? そうだとすると、敗けたはずのカリオス王国の方が、今のこの国へ与えた影響が強かったんだろうな。歴史を教訓とできたなら、この国はいい国なのだろう。


「諸君らには大変迷惑を掛けた事を詫び、謝罪金を支払う」

「謝罪金ですか。それを例の大怪我をした衛士に渡してくれませんか? それを彼への謝罪としたいのですが?」


 それを聞いて、裁判官が驚いたような顔になった。


「良いのかね? 怪我に見合わぬ見舞金になるが」

「構いませんよ。お金が欲しいわけじゃありませんし」

「解った。金貨五〇枚は衛士に与えよう。所で……」


 裁判官は口ごもるような感じで話を続けた。


「諸君らの武具なのだが……」

「え? 武具ですか?」

「う、うむ……保管していた倉庫から消えてしまってな……」


 へ? 消えた?


「諸君らに返還しようと倉庫をくまなく探したのだが……」


 あー……それ多分、ハリスの分身が回収してますな。間違いない。


「ああ、その事ですか……申し訳ない。多分、俺の仲間のスキルでして……既に取り返したものだと思われます」

「スキル? 一体、何の事なのかね?」


 どう説明するべきか……


 俺が悩んでいると、窓から分身ハリスが三人も入ってきた。


「こ、こ、これは!?」

「ああ、これが仲間のスキルですよ」


 ハリスを見れば、ニヤリと笑っている。


「彼のスキルは分身を作り出すんですよ。全部実物と同じように考えて動き回ります」

「何という……彼は一体何者かね?」


 分身が俺たちの武具を会議室の机の上に並べていく。それが終わると、ハリスの隣で一体ずつ煙のように消えていった。


「彼はハリス、職業クラス野伏レンジャー……もう一つ、忍者ニンジャという職業クラスを併せ持つ珍しい人物です」

職業クラスが二つ? 非常に珍しいのではないかね?」

「そうですね。見たことない職業クラス構成でしょうね」


 裁判官は考え込むような仕草をしている。


「うーむ。部下の報告書通り、君たちは優れた冒険者たちのようだな」

「どんな報告内容かは解りませんが、それなりに腕には自信がありますよ」

「そうだろう。巨大なアイアン・ゴーレムを捕獲したチームだと報告書にあった」

「ああ、そういう事も報告されたんですか。なるほど」

「それと……伝説の料理人だとか……」

「げ、そっちもですか」

「事実なのかね?」


 俺は返答に困った。別に伝説でも何でもないし、俺の料理を食ったからといって幸運に恵まれるとも思えない。


「そうじゃぞ。ケントの料理は一級品じゃ。この世にある料理なぞ、ケントの料理に比べれば豚の餌とも思えるほどじゃ」

「おお、それは凄い」


 何だよ、マリス。そんな身も蓋もない嘘を言うもんじゃないぞ?


「いや、それは嘘だろ。ティエルローゼの料理だって、結構美味いものもあるじゃないか」

「ケント、何をいうか。生の魚を食べて人間が死ぬ事も病気になることもないなどという料理が、この世にあるわけ無かろう。あれぞ奇跡の技じゃぞ?」

「な、生の魚を……?」


 海鮮丼の事を言っているようだが、ちゃんと処理すれば何の問題もないんだよ。裁判官がビックリして腰抜かしそうになってるじゃないか。


「いや、あれは寄生虫やら何やら、人体に害の出るものをしっかり処理してるからであってな。それと鮮度だ。古くなった魚はいくら料理しても生では食えないからな」

「そうなのかや? でも、それができるのはケントだけじゃろ?」

「まあ、それはそうなんだが」


 まあ、インベントリ・バッグがないとまず不可能だよな。冷凍装置とか冷蔵装置を作ったので海がある近くなら何とかできないこともなくなったが、安全に食すとなるとやはり問題はある。


 話を聞いていた裁判官が身を乗り出してきた。


「ケント殿、少し相談があるのだが、よろしいか?」

「相談ですか? 何でしょう?」


 俺が耳を貸してくれそうだと思ったようで裁判官が嬉しそうに笑顔になった。

 四〇代だと思ってたんだけど、笑った彼の顔を見ると三〇代前半くらいの年齢のようだ。いつも眉間にシワを寄せているせいで老けて見えているんだろうか。

 裁判官などという気苦労の多そうな職業のせいなのかも。

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