第18章 ── 第2話

 俺たちが連れてこられたのは俺の見立て通り城塞跡地だった。

 ただ、跡地といっても壊れたり崩れたりしているのではなく、ちゃんと整備が行き届いた城塞そのものだ。


 両国の戦争が終わり、人々が集まって街になった時に役人や貴族などによって現実世界の合同庁舎みたいに使われ始めたもののようだ。

 なので都市運営機能のほぼ全てがこの城塞内部に集まっているようだ。都市の支配者も城塞の最上階に居を構えているらしい。


 これら情報は、ちょっと城塞の威容を褒めたら衛士がベラベラと喋ってくれたんだよね。スパイ容疑で捕まえておいて、こういう情報を簡単に漏らすって、どうなん?


 城塞を下に進み、地下二階が目的地だった。

 ここは地下牢が立ち並ぶ場所で、主に刑務所機能と裁判所機能などが集まっているようだ。警備の衛士や刑吏、拷問官などが詰めている。


 俺たちは独房に入れられたが逃亡を図るのを防ぐためだろうか、全員別々の場所に一人ずつ押し込められた。


 ま、こんな措置は何の役にも立たないんだけど。


 俺はステータス画面の下にある吹き出しマークをクリックする。


『みんな、聞こえるな?』

『ああ、問題ない』

『口を開かずに会話ができるのは妙な気分じゃな』

『こういう時に便利なんですね! チャットてやつでしたっけ?』

『武具は全部獲られたが、分身で回収しておく』


 武器や防具は独房に降りる前に獲られた。バッグなどが獲られなかったので抵抗しなかったんだよね。もし獲られそうだったら、街を破壊してでも阻止しようと思ってたんだけど。衛士たちは命拾いしたねぇ。


 しかし、ソフィアに貰ったスキル・ストーン『パーティ・チャット』が、まさに絶好の使い所を得た感じだ。情報の共有ができるし便利な事この上ない。



『今回のこの状況はホルトン家の差金だと思うが、みんなはどう思う?』

『概ね、そんな所だろうな。セネトン家はホルトン家の腰巾着らしいから考えなくていいか』


 トリシアも同意見のようだ。


『ジョイス家はどうなんじゃ?』


 もっともな意見ですな、マリスさん。


『うーん、ジョイス家は除外してもいいんじゃね? レリオンを出る時、嫌がらせは解除されてたじゃん?』

『確かにそうですね! 肉串屋さんもいつもの値段になってました!』


 アナベルはマリスとトリシアの三人で買い物に出ていたからね。ジョイス家の統括する小売商店などに顔をだしていたので状況は解っている。


『アナベルはまた買い食いしていたのか。』

『肉串が売られているのに素通りなど出来ないのです!』

『その買い食いが情報収集に直結しているのなら何も問題はないんだが』


 饒舌なハリスは結構辛辣です。真面目すぎますよ、ハリス兄さん。


『さて、これからの事だが』


 このパーティ・チャット機能は、頭の中で考えている事がダダ漏れになるのかと思ったが、言葉として発しないと意識していればチャット参加者に伝えないようにできるようだ。また、参加者を選択して特定の人間だけに言葉を伝えるウィスパー機能のようなものもあるらしい。


 どっかにヘルプ機能ついてないかねぇ。こういう機能の詳しい説明を誰かにして欲しいよ、全く。


『衛士だけが抱き込まれているとは考えにくい。この都市の領主……貴族だとは思うが、そいつが元凶とみていいよな?』

『衛士を自由に動かせるとなれば、この街の衛士団長、もしくは領主だろうな』

『よし、衛士団長と領主については、俺の分身で調べてみよう』

『ハリス、頼んだ。こういう時に忍者の分身の術は便利だな』

『じゃのう! 超絶素敵職業じゃ!』


 マリスはまだ忍者にそんな幻想を……って、ハリスを見てるとそう思いたくもなるか。


 その時、ガチャリと俺の独房の錠前が外される音が聞こえた。


 扉が開くと屈強そうな衛士……いや拷問官らしい男が入り口に立っていた。


「お前、出ろ。取り調べの時間だ」

「他のみんなも一緒か?」


 そう言った瞬間、棍棒が横薙ぎに俺の脇腹に飛んできた。


──ガスッ!


「無駄口を叩くな。立場を弁えろ」


 ダメージ五ポイント。苦痛耐性のある俺には針が刺したほどの痛みも感じないが、堪忍袋にこの得点は計上してくぞ。


 引っ立てられて小さな部屋に連れて行かれた。

 一応椅子とテーブルなどがあり、奥側の椅子にローブ姿の行政官が座っている。刑吏にしては血の匂いが染み付いている気がするな。


 俺は向かいにある椅子に座らされ、肘掛けに固定されている鉄枷に手を繋がれた。


 椅子の足にも鉄枷はあるようだが、そっちは繋がないのかな?


「名前は?」


 ローブの男がそう話しかけてきた。


 部屋の周囲を確認していると、後ろに控えた拷問官が棍棒を振り下ろした。


──ガスッ!


 強烈な力で振り下ろされた棍棒が肩にめり込んだ。ダメージ八ポイント。


「おら、裁判官様が聞いているんだ! 素直に答えろ!」


 ああ、こいつが裁判官なのか?


 ジットリとした陰険な視線を感じて、裁判官と言われた刑吏に目をやる。


「俺か? 俺はケントだ」


 また棍棒が振り下ろされる。ダメージ六ポイント。


「何だその口の聞き方は!」


 裁判官が片手を上げて男を制する。


「よい。冒険者など口の聞き方を知らぬ野蛮なものだ」


 罪状も不確かで捕縛するお前たちの方がよっぽど野蛮だろうにな。


「報告によればレリオン指導五家に逆らって迷宮都市を逃げ出した冒険者チームだとあるが、これは事実か?」

「何の話をしているんだ? 逃げ出す理由もない。衛士たちに見送られて迷宮都市を後にしたけどね」


 裁判官が何やら書類のようなものに視線を這わせている。


「ホルトン家のものといざこざを起こしたそうだが?」

「この捕縛はホルトンの差金か。やっぱりなぁ」


 ジロリと裁判官の目が俺に向けられる。


「確かにケネス・ホルトンの提案を断りはしたが、このような仕打ちを受ける謂れはないな」

「提案とは?」

「別に隠す事じゃないし、話してもいいけど……ルクセイドの法に照らすと行政組織を破壊するような企てをしたホルトンが罪に問われるんじゃないかな?」


 俺がそういうと、裁判官の目尻がピクリと動いた。


「無論、行政に混乱を起こすような計画を企てれば罪になる」

「そうなんだ。まあホルトン家には刺客らしき冒険者も差し向けられたし、洗いざらい話してみるかな」


 俺はホルトン家に提案された事、迷宮内で追ってきていた冒険者などについて話して聞かせた。


「ふむ……少々調査は必要だが、それが事実なら大いに問題がある。だが、冒険者の証言だけでは信じられぬが」


 この裁判官の言葉から判断するに、買収されている感じは受けない。でも、俺の証言が真実だとは思っていない感じも受ける。


 街の有力者からの情報と一介の冒険者の証言を天秤に掛ければ、おのずと前者を信じるだろうとは思うけどね。


「まあ、よい。こやつを独房に戻して次の者を呼べ」


 命令された棍棒男が椅子の鉄枷を外して腕に木枷をはめ直して部屋から俺を連れ出した。


 元の独房まで来ると棍棒男に背中を蹴られた。つんのめる様に独房内に転がった俺は、また堪忍袋に計上する。ダメージ二ポイント。


 しかし、この独房は酷い。崩れかけたベッドは天井から染み出す水によってベチャベチャだし、明かりもないので扉にある小さな鉄格子から廊下の松明の光がほんのわずかだけ入ってくる程度で、ほぼ真っ暗。オマケに何か異臭がする。見ればネズミがウロチョロしているのも不潔さを助長しているし。


 隣の独房からハリスが連れ出されたようだ。一応、音だけでも解るが、ハリスがチャットでそう伝えてきた。


 しばらくして、ハリスからの声が聞こえてきた。


『言葉が全く判らん……』

『棍棒男に殴られたりしているか?』

『三発ほど殴られたな』


 一発六ポイント平均として一八ポイント程度計上しておくよ。


『ローブの男がお手上げとばかりの表情だが』

『まあ、言葉が判らないんじゃ調べようがないだろう』

『独房に戻されるようだ。もう一発棍棒で殴られた』


 はいはい。もう六ポイントね。


『次は私か』


 今度はトリシアだが、彼女も西方語はしゃべれない。

 案の定、直ぐに独房にもどされることになる。棍棒男はトリシアは殴らなかったようだ。裁判官が珍しそうに義手をジロジロ見ていたそうだが。


 続いて連れて行かれたのはアナベルだ。棍棒男が卑猥な目でアナベルの巨乳を舐め回すように見ていたと報告されたので、堪忍袋ポイントに五〇ポイント追加しておいた。触ってたら五〇〇ポイント追加した所なのだがな。


 最後はマリスだ。さすがに子供には無体な事はしないと思ったんだが……


『あいた! 何をするのじゃ!』

『マリスどうした!?』

『棍棒の尻で後頭部を殴られたのじゃ!』


 おいおい……


『何じゃ貴様、我にこのような事をしてタダで済むと思うでないぞ!』


 ん? ああ、マリスは考えてる事と口で喋る事が一致してるんだな。隠し事出来ないタイプだわ。


『何じゃ? 我はしゃべれるが? ん? ケントがどうかしたかや?』


 何を聞かれているかは想像するしかないが、マリスが喋っている事が解るのはちょっと便利。


『そうじゃ。ケントが我らのリーダーじゃ。ん? ホルトン? あの気色悪い女がどうかしたかや?

 ああ、そんな話をされとったのう。独自に迷宮のお宝を手に入れて売りさばくのに協力しろなどと持ちかけて来おった。金貨一〇〇枚とか申しておったが?』


 マリスは嘘は言ってない。というか、今回の取り調べは、まだ事情聴取って感じか。対応が比較的緩いしな。


『は? ケントはそんな安くはないのじゃ。金貨一〇〇〇〇枚出せといってやったわ。

 ははは、マジじゃぞ? ま、金貨一〇〇〇〇枚すら安値じゃがな。』


 マリスさん、なんか和気あいあいって口調なんですが。


『あまりケントを舐めない方がいいのじゃ。神に睨まれでもしたら、人間なぞ蟻粒よりも容易にこの世から消えるからのう。

 ん? 知らんのか? ケントは神を師匠に持つ剣の使い手じゃぞ。アナベルもそう申しておろう?

 言葉が通じなかった? ああ、そうじゃな。アナベルは西方語が判らんからのう。

 そうじゃ。我とケントだけが西方語を理解しておる』


 おい、マリスさん。そういう事は喋っちゃ駄目でしょ。


 俺はそう思うが、今パーティ・チャットでマリスに話しかけたら、俺との会話が出来ているのがヤツらにもバレそうだし無理だ……後で釘を刺しておかねば。


『ふむ。そうじゃ。無碍に扱うと後が怖いのじゃ。心して掛かるが良い』


 どうやらマリスの取り調べも終わったようだな。俺が貴族だとか自分がドラゴンだとか言うヤバイ話はしなかったので安心しておこう。


『おい、お主。さっきの後頭部の一発は忘れぬぞ。いつかそれ相応の報いをくれてやるわ。覚悟しておくことじゃ』


 うわ。棍棒男、マリスに恨まれてるよ。ナンマンダブ、ナンマンダブ。

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