第17章 ── 第41話

 俺がレリオンにおける冒険者ギルド設立に必要以上に手を出す事は無さそうだな。

 ハイヤヌスは有能なギルドマスター候補をルクセイドに送り込んできた訳で、彼女の能力はアルハランの連中を優に越えているし、相当な経験を積んでいる。

 そこにスミッソンの資金力が加わっているんだから上手く行かないわけがない。


 アルハランの風の連中も、冒険者ギルドに参加することへの意欲も強まっている。どうやら単純にサブリナ女史の強さだけに惹かれての事でもなさそうだ。具体的なギルド組織の実態などを知って、現実味を帯びた計画だと知ったのもあるに違いない。


 迷宮の攻略も終了したし、レリオンで果たすべき目的は概ね完了したと言える。

 俺はサブリナ女史に腕に装着できる例の小型通話機を渡してからギルド会館予定地を後にする。サブリナ女史の手に余るような問題が発生した時、いつでも駆けつけられるように。



 宿に帰る前に迷宮入り口前の衛士団の詰め所に寄る。ちょっとした報告あるからね。


 迷宮前広場に俺と仲間たちが姿を表すと、広場を巡回するアイアン・ゴーレムが目に入った。


 ゴーレムは俺たちを確認すると足を止め、胸に手を当てて頭を下げるような仕草をした後に巡回任務を再開する。


 うーん。所有権も命令権も譲渡したのに、ああいう動作をするのは何故なのだろうか。


 ゴーレムを見学しに来ている大量の庶民や迷宮区にたむろする大勢の冒険者たちが、それを見て俺たちがやって来たことに当然気づく。


「お! あれがゴーレムを捕獲した冒険者チームじゃないか!?」

「本当だ! 銀の鎧を着た護衛が守っている彼が伝説の料理人だな!」

「ゴーレムだけじゃなく高名な冒険者を見られるなんて幸運だぜ!」

「伝説の料理人の料理を食べた者は成功を約束されるというが、その姿を見ただけでも運に恵まれるんだぞ?」


 何やら不穏な言動が聞こえてくるんだが……

 跪いて拝むような仕草をする庶民まで出始めているな。

 うーむ。変なカルト宗教臭くなってきた気がして居心地が悪いぞ……


 俺はそそくさと歩き衛士団の詰め所に入った。


 普通、詰め所は関係者以外立ち入り禁止なのだが、入り口を警護する衛士は俺たちが入り口に近づいても誰何すいかする事もなく、ビシッと敬礼だけをして無言で通してくれる。


 すでに俺たちは関係者扱いなんだろう。ゴーレムを連れ帰った日に団長やら衛士長が親しく出迎えたのが相当な効果を発揮している。


 詰め所に入ると手の空いた衛士が会議室の一つを空けてくれた。

 会議室で待っていると団長がすぐにやって来た。


「ケント、式典ご苦労だったな。中々立派だったぞ」

「式典後のせいですかね? 未だに広場に人がいっぱいいますけど」

「当たり前だ。動くゴーレムだぞ? 庶民だけでなく、冒険者だってそんなものは見たこともないんだからな」


 そりゃそうだ。あんなのが頻繁に目撃されていたら大事だよ。


「式典の時は上流階級の者たちが多数広場を占拠していたからな。今は庶民たちや冒険者が広場に来ているわけだ。だから広場をゴーレムに巡回させている」


 なるほど、あれはサービス巡回なのね。


 普通なら人々が集まる所ではスリや喧嘩などの問題が多発して警備する者は多忙になるはずだが、あれだけのゴーレムが巡回警備をしていると問題を起こす者が激減するようで比較的衛士の詰め所は静かだ。

 ゴーレムを譲った効果が明確に現れているので捕獲してきた者としては嬉しい限りだ。


「それでですね。以前、話せなかった事を報告に来たんですよ」

「報告? ああ、例の話だな?」

「そうです。一応、結構重要情報が含まれると思いますので、人払いはしておいて下さい。これら情報は知っている者が少ない方が良いでしょう」

「ふむ。理解した。おい、セネック。お前は席を外せ。それとカルーネルを呼んでこい」


 ヴォーリアは連れていたセネック衛士長に命令を下す。セネック衛士長もカルーネル衛士長と同格の者なのだが、俺たちが迷宮攻略をやってきた事を知らないから、部外者扱いされてしまうのも仕方ない事だろう。


 セネック衛士長はキビキビと敬礼をすると会議室から出ていった。

 しばらくするとカルーネル衛士長がノックと共に入ってくる。


「カルーネル。例の話だ」

「ああ、それ聞きたかったんですよね。ここ数日、やたらと忙しかったし、ケントの宿周辺に冒険者やら庶民がうろついてましたからね。呼び出しも掛けられなかったし」


 ル・オン亭にも俺らの出待ちが多数入り込んできたのは俺も確認していた。


「では聞かせてもらおうか。迷宮で何があった?」

「はい。まず、迷宮が作られた経緯が判明しました」

「おお。そのような情報も掴めたのか!」

「はい。作った本人とも話してきました」


 そういうと、ヴォーリアもカルーネルもポカーンとした表情になってしまう。


「まず、迷宮は神々が作り出した事が確定です。以前、カルーネル衛士長なども言っていましたが、あれは神々の恩寵に間違いはありませんでした」

「そうだろうな。あれほどの不思議な迷宮は世界広しと言えどレリオンにしかあるまい」


 構造の変化やアイテムの消失など、通常では考えられない不思議現象の塊なのだ。魔法を駆使したとしても人間業でどうこう出来る代物ではない。


「最下層には迷宮の管理者が存在します。彼は神の使いであり、迷宮の全てを管理しています。迷宮の十全な運営のために存在していますので、攻略した冒険者がいたとしても敵対しない方が良いでしょう」


 メフィストフェレスは魔族だが、人間や秩序ある地上世界に害はない事を説明しておく。ただ、彼の名前や正体は言わないほうがいいと判断する。


「ダンジョン・マスター?」

「そうです。彼はそう名乗りました。亜神に類する者のようでした」

「ふーむ。そうなると迷宮とレリオンを守る我々の任務は神に与えられた使命とも言えるな」

「確かに。俄然任務に力が入るというものです」


 ヴォーリアとカルーネルはより一層任務への熱意を新たにしている。


「で、彼らが定めた規則上、迷宮の仕様などを開示する訳にはいきませんが、各階層で出現配置される敵のレベルや罠の種類などは、俺たちの経験で知ったものですのでお伝えできるかと思います」

「それが詳しく解れば、未帰還者の探索が楽になるな」

「俺たち衛士が一番欲しい情報だ」


 ヴォーリアとカルーネルが身を乗り出して来たので、俺はそれら情報を教えることにする。


 各階のモンスター・レベル、設置される罠の種類は、階層ごとに傾向がある事。探索が終わった場所の構造変化やモンスターの配置タイミングなどのルールは知っていれば探索に非常に役に立つ。

 人数を駆使すれば一度攻略した部屋の構造などをリセットさせずにおくことも可能なのだ。


「なるほど……そんな仕組みなのか」

「どうやってそんな仕組みを作り得たかは判らないけども、凄いですね。神の御業とはよく言ったもので」


 感心しきりの二人だが、この情報をどのように救助任務などで役立てるか思考を巡らしているに違いない。


 教えて大丈夫そうな情報を大方教え終わった所で一息ついた。


「どうですか? この情報は役に立つと思いますが」

「役に立つどころの話ではない。これで救助活動階層を下げることも可能だと俺は判断する。カルーネルどうだ?」

「団長、あと二階層は範囲を広げられそうですよ。我々人員のレベルや装備などの綿密な組織改変は必要になるかも知れませんが」


 カルーネルの言葉にヴォーリアも頷く。


「確かに。あのゴーレムを使っても行けるのではないかと思っているが」

「あー、ゴーレムも使うなら……もう一階層は行けますね」


 今までは第三階層までが活動限界だったが、最大で第六階層まで活動範囲を広げられると判断したらしい。


 それでも三分の一程度の階層までしかカバーできないんだから、迷宮の難度は相当なものだね。


「お役に立てたなら俺も嬉しい。これで心置きなくレリオンから去る事ができます」


 俺がそういうと、二人が凄い速さで振り向いた。


「待て! 出ていくのか!?」

「おいおい! お前たちは看板冒険者だろうが! 居なくなったら困るぞ!」


 ヴォーリアもカルーネルも物凄い剣幕だ。


「いや、俺らは旅の途中ですからね」

「だが……いや、そう言えばお前は貴族だったな。領地を放り出して諸国を漫遊する道楽貴族。しかし、いつか国に戻らねばならないのだろう」


 道楽貴族……言い得て妙だな。一年くらいの予定だけど、冒険道楽をしに来ているのは間違いないからね。


「ああ、そうそう。スミッソン氏が今、面白い組織を作ろうとしているのをご存知ですか?」

「面白い組織?」

「ええ。お二人にも知っておいてもらった方が、スミッソン氏もやりやすいと思いますし」


 俺はスミッソンとサブリナ女史たちの冒険者ギルド創設計画を話して聞かせた。


 みるみる二人の目の色が変わっていく。


「確かにそれは有意義な組織だな。流れ者でしかない冒険者を防衛組織として街の治安維持に組み込むわけか」

「そうなれば冒険者の犯罪率が減りますね。でも、レリオンの中だけでしょう? 周辺の地域はどうなるでしょうか。王都や他の都市などにも拡大するべき案件では?」


 本質はそこだね。徐々にではあるが、他の都市などにも支部を創設してルクセイド全土に冒険者ギルド網を組織できれば、国によらない民間防衛組織として大いに活躍するだろう。


「いきなりアッチにもコッチにも作っても運営が上手くいかないでしょうし、まずはレリオンと周辺をカバーできるだけの冒険者を所属させるのが急務でしょう」


 それには数百人規模の冒険者が必要になる。


「だけど、全然悲観する必要ないんじゃないですかね? 都合の良いことに、ここは迷宮都市。集まってくる冒険者に事欠かない場所ですし。彼らを勧誘できればあっという間に人員確保はできるでしょう」


 ヴォーリアもカルーネルも頷いた。


「確かに。冒険者はどんどん集まってくるからな。これも神の恩寵と言える」

「それと、冒険者ギルドの創設にアルハランの風が協力しています」


 そういうと二人は一瞬嫌そうな顔をした。

 長年、ホルトン家の威光を笠にやりたい放題だったアルハランには、彼らも煮え湯を飲まされてきたからだろう。


 だが、直ぐに表情が和らいだ。


「そうか。奴らが関係しているのか。そういや最近、あいつら態度が改まったな。ケントは何か知っているか?」

「ええ、彼らはもうホルトン家に協力するのを辞めたんですよ。純粋に高みを目指したいそうですよ」

「ほう。どういう心の変わりようだ?」

「迷宮で俺たちに突っかかってきたんでボコりました」


 ヴォーリアの問いに俺がそう応えると、カルーネルが吹き出した。


「アイツらボコられたんか! そりゃいい気味だ! 溜飲が下ったな!」

「まあ、そうなんですけど、彼らも反省したんですから。今は、ギルドの責任者に就任予定のサブリナ・リンウッド氏の元でギルド創設計画に参加していますよ」


 ヴォーリアは少々考えてから口を開く。


「ふむ。そのサブリナ・リンウッドなる人物に一度会ってみるべきだな」

「名前からすると女性だと思うが、荒くれの冒険者を統制できるのか?」


 カルーネルの言葉には一理あるが……アルハランの連中を一人でボコれるサブリナ女史に逆らえる冒険者がいるとも思えないけどね。


「会うなら、ここから直ぐの所にギルド会館予定地がありますので顔を出されるといいですよ。窓から見えますよ。あの路地の先の……ほらあれです」

「あそこか。ふむ。後で行ってみる事にする」


 ヴォーリアが窓からギルド会館になる予定の建物を確認した。三階建ての大きい建物だから直ぐに判ったようだ。


「サブリナさんは結構な使い手ですからね。舐めて掛かると痛い目に会いますよ?」

「へぇ。女性なのになぁ。美人か?」

「メガネの美人ですが……『知剣』って二つ名持ちの凄腕の重戦士ヘビー・ウォリアーですよ。さっき、アルハランの連中も彼女一人にボコられてました」


 カルーネルも目を丸くする。


「あいつらをか? お前たちが誰か手伝ったんじゃ?」

「いえ、俺たちが行った時には既に地面に転がってましたよ」

「すげぇ……近寄りがたいな」

「そのリンウッドとやらは酒はどうだ?」

「一緒に飲んだことはありませんが……元冒険者ですしイケる口かもしれません」


 ヴォーリアはまず酒か。俺たちと知り合ったのも酒の席だったしなぁ。まあ、彼の判断材料なんだし俺がどうこう言う問題じゃないが。

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