第17章 ── 第40話

「ところで所有権は誰に設定します? もちろん、命令権も設定し直しますが」


 俺のこの問いに会議は紛糾した。

 誰がルクセイド領王国で最強の戦力を手にするかという議題に他ならなかったからだ。

 会議は長く続き、夜に食い込んでも終わる気配はなかった。


 過ぎたる力は厄災をもたらす。


 どっかで読んだ漫画のセリフだったと思うけど、俺としては良識のある存在に命令権を与えたいな。一応、このゴーレムは神が作ったものだからねぇ。ヘパーエストが鋳造し、イルシスが魔力を与えた代物ですよ。製作者が不明なのは下界で使われるのを想定して、タナトシアが銘を入れさせなかっただけだからね。他の魔法道具とかも、そうらしいけどね。


「所有権は都市。命令権はゴーレムを使役する衛士団でいいんじゃないですかね?」


 面倒になってきたので提案する。


「うーむ。それしかありませんかな」


 所長としては迷宮管理所にて運営管理したいらしかったが、君らに戦力必要ないじゃんと俺に言われて引っ込んでたからね。


「ところで、クサナギ様。ゴーレムのそういった権限の設定は簡単にできるものなのでしょうか?」


 サリサ女史が首をかしげながら質問してきた。


「普通では無理ですね。ゴーレムの創造者が絶対的な権限を持っていて、その創造者が認めたものに権限を移譲することができるってのが、通常の権限設定なんですよ」

「なるほど……創造者が……」


 少し考えていたサリサ女史が再び口を開いた。


「では、何故、クサナギ様は権限を再設定できるのでしょうか?」


 良い質問です。それは全ての権限を神から与えられたからです。とは口が避けても言えません。

 制作の総責任者であるタナトシアに認められた俺だから余裕で行えるわけです。迷宮攻略する前の状態は、指輪の力で無理やり支配していただけですからねぇ。あのゴーレムを支配したままだと、別のゴーレムは支配できないから全権限の移譲がされて、指輪の力を使う必要なくなって助かったんだよね。


「それはですね……この指輪があるからです」


 そう言って、俺は左手の中指に嵌めている指輪を見せた。


 全員の目が興味深そうに俺の指に集まる。


「これは俺の国の偉大な魔術師ウィザードが作り上げた魔法の指輪でして」

魔術師ウィザード……? そんな伝説の存在が貴国には居られるのですか!?」


 ブルック・ジョイスが悲鳴にも似た声を上げた。


「ええ、居たのですよ。今は既に亡くなって久しいですが……」


 それを聞いてブルックはホッとしたのか椅子の背もたれに倒れかかった。


 魔術師ウィザード魔法使いスペル・キャスターの上級職だ。この世界に来てからとんと見ない存在だが、ソフィア・バーネットは一応、魔術師ウィザードだったと思うよ。

 ちなみに、魔法使いスペル・キャスター系最上位職は大魔法使いウォーロックというクラスだ。あらゆる系統の魔法を使いこなす強大な魔力を備えたクラスなので、ドーンヴァースでは非常に人気が高かった職業です。


 最終的に俺の提案が受け入れらた。

 後日、ゴーレムの譲渡式や設定を行う式典などが計画され、ゴーレムの売却金などはその時に支払われることになった。式典の準備などがあるので数日掛かるという。


 それとこのゴーレムについては五年で消えず、永続的に支配したことを伝えたのだが、集まった一同に大変喜ばれた事を付け加えておく。

 迷宮のルールの範囲外に持ち出せた初めてのアイテムという事が金貨一〇万枚以上の価値があると受け止められた為で、彼らにとって金貨一〇万枚は高くない買い物だったと思ってもらえたわけだ。



──数日後。


 ゴーレムの譲渡式日がやってきた。

 ゴーレム捕獲の報告はルクセイド王都まで伝わったらしく、数人のグリフォン騎士が見物に来たらしい。馬車で来たと噂で聞いて、生きたグリフォンが見られなかった俺は少し残念に思った。


 ルクセイドに来た主要目的はバンシー王女の救出だったけど、副次目的はグリフォン見学なんだけどなぁ。まあ、王都に見に行けばいいか。今でも三〇騎ほどのグリフォンを騎士団は使役しているらしいからね。


 式典の話に戻ろう。

 今回の式典でゴーレムの譲渡における設定の儀が行われた。これは俺が設定し直したゴーレムを魔法鑑定することで所有権と命令権の書き換えが確認されると共に、街は購入代金を俺に手渡すという行事だった。

 これを公開の場で行う事でゴーレムの所有権などを民衆に周知するという目的がある。


 テレビもラジオもネットもない世界だからね。こういう行事は非常に重要なんだよ。以前、オーファンラントの王都でも似たような茶番があったよね。あれと同じだよ。


 式典の後、スミッソンの店に顔を出した。

 例のルクセイドにおける冒険者ギルド結成計画についての進捗を聞く為だ。


 店に入ってみたら例の店員が、スミッソンは別の場所にいるらしい。ギルドの事務所を構えるための場所を確保し、その建物で色々やっていると聞いた。


 マップ画面で検索して、スミッソンのいる場所へと向かう。


 その場所は迷宮区画の隅っこにあった。目立たない場所だが、建物自体はかなり大きい。後々の事を考えて大きい建物を確保したのだろうか。三階建てなのでトリエンの支部より立派だ。


 中に入ると内装工事真っ最中といった感じだ。

 俺の姿を認めたスミッソンがいそいそとやって来た。


「これはこれは、ケント様。よくぞお出で下さいました」

「ここがギルドになるの? 立派な建物だね」

「それはもう。ルクセイド初の冒険者ギルドです。力を入れさせてもらっています」

「一応、迷宮に入る前に念話でオーファンラントの冒険者ギルド本部に連絡はしておいたんだよ。報告が遅くなって申し訳ないが」

「心得ております。既に使者の方が参っておりまして」

「え? もう来たの?」


 俺は流石に驚く。連絡してまだ一ヶ月も経っていない。


「ケント様が迷宮から戻られる二日ほど前のことです。しかし、冒険者ギルドとは素晴らしい組織ですな。冒険者カードの手続き、情報の管理など、非常に洗練された魔法道具を使用しておられるようで。ギルド憲章にも感嘆を禁じえません」

「それはそうだろうね。俺の領地で昔、活躍した領主が作った魔法道具を駆使している組織だからね。民間防衛の極致きょくちみたいな気もするし」


 冒険者ギルドは、国庫を圧迫していた軍事費を減少させる効果があったため、王国政府や地方の都市や領地などでも非常に重宝される存在として認知されている。

 ルクセイド領王国でも重宝がられるんじゃないだろうか?


「ただ、使者の方の話によりますと、冒険者と名乗る者にはギルドに加入してもらわねばならない規則となっているようですが……」

「そうだろうね。冒険者を名乗るものが犯罪でも犯したら、ギルドの名に傷が付く事になるし」

「そのあたりは、どのようにするべきなのか解りません」

「使者とかいう人が言ってなかったの?」

「追々、どうにかすると申されましたが」


 ふーん。どうするんだろうね? 既に冒険者ギルドというものが確立された東側諸国ではあまり問題にもならない事だが、西側において冒険者は定職にもつかない流れ者といった位置づけだ。

 アルハランの風に至っても、冒険者でない者たちからすれば認識は同じらしい。


「ところで、使者の方にお会い致しますか?」

「ん? 今、いるの?」

「はい。裏庭でアルハランの風と訓練をしておりますが」

「ちょっと拝見しようかな」


 俺は仲間たちと共に、スミッソンに連れられて建物の裏庭に出た。


 そこでは地べたに転がっているアルハランの面々を尻目に剣を素振りする女性が立っていた。


「あれ? サブリナさん?」


 俺に声を掛けられて女性が振り返った。

 金属製の中量級防具に身を固めたトリエンのサブ・ギルドマスターのサブリナ女史がニッコリと笑った。


「お久しぶりです、冒険者ケント……いえ、領主閣下」

「領主閣下は辞めて下さい。冒険者ケントでいいですよ」

「では、そうさせて頂きます」


 サブリナ女史は近づいてくると、俺の手を取った。


「この度、迷宮都市レリオンにおけるギルドマスターを拝命しました、サブリナ・リンウッドです。改めましてご挨拶申し上げます」

「サブリナさんも冒険者だったんですか? てっきり事務方のエキスパートかと思ってましたよ」

「エキ……? その魔法の言葉は良く解りませんが、こう見えても重戦士ヘビー・ウォリアーとしても二つ名を持っているんですよ」


『サブリナ・アクスウィルド・リンウッド

 職業:重戦士ヘビー・ウォリアー、レベル三六

 トリエンの冒険者ギルドでサブ・ギルドマスターをしていたが、ハイヤヌスの肝入りでルクセイド領王国の迷宮都市に派遣された女重戦士ヘビー・ウォリアー。「知剣」の異名を持つ彼女の見識が迷宮都市におけるギルド運営に期待されている』


 へぇ。ステータスは確認してなかったな。うぉ! レベル三六もあるじゃん! 『知剣』ってのが二つ名か? 知力が高い闘士ウォリアーは初めて見るな。力より戦術、戦略を以て戦うのかもしれない。それはそれで恐ろしい相手になり得るからな。なるほど、納得した。


「『知剣』ってやつですかね?」

「ご存知でしたか」

「いえ、今知りました」


 サブリナ女史はキョトンとした顔をする。

 まあ、俺のマップ検索機能による人物説明で知りましたとは言えないんだけど……


「あ、こっちの話です。でも、そんな有名だったんですか、知らなくて申し訳ない」

「もう、何年も前の話ですから。こう見えてもミスリルまで行ったんですからね。まぁ、ガーディアン・オブ・オーダーの面々にはとても敵いませんけど」


 三六でミスリル止まりなのか。審査が厳しすぎやしませんか? まあ、ポンポン魔法金属クラスを放出されては堪りませんけども。そんなインフレは願い下げだろうからねぇ。


「ところで、アルハランの風の連中はどうしたんですか?」

「ああ、彼らの実力を模擬戦によって調べておこうと思いまして」


 それにしては容赦がなかった事が窺えるんですが……


「で、彼らの実力はどうですか?」

「そうですね。プラチナ・レベルでしょう。もう少し頑張ればミスリルと言えそうですが」


 ふむ。確かにそれは言えるかもしれないな。

 ミスリルがレベル三五付近、レベル四〇あたりで漸くアダマンチウムのレベルだからね。

 オリハルコンに至ってはレベル四〇を越えたあたりがなれる可能性があるという存在なんだよ。

 もっともオリハルコンへの昇格は、それだけということではないとハイヤヌスが言っていた。それ以外の資質……人格とか決断力とか色々あるらしいけど、そう簡単にはなれないんだと。


 俺たちはよくなれたなぁ。


「こ、この人物は……つ、強すぎる……」

「あの細い身体で、どこからあんな力が……」


 漸く身体を起こした聖騎士パラディンのジンネマンが泣き言を言う。

 戦士ファイターもご同様の感想を抱いたようだな。


「もう少し鍛錬を積まないと、魔法金属クラスを与えることは出来ませんよ。私程度では、まだミスリルなんですからね」


 それを聞いた魔法使いスペル・キャスターが目を見開く。


「まさか……あれだけ強いのに?」

「信じられん。彼女は私よりも年下ではないのか?」

「ということは、師匠たちは彼女よりもっと強いってことじゃんか。危ねぇ。殺されるところだったのかよ」


 神官プリースト盗賊シーフも同様に驚いている。まあ、それが上級職と基本職の違いだろう。レベル・アップした時の上昇ステータスは基本職より劇的に高いんだからねぇ。


「にしても、サブリナさん。重戦士ヘビー・ウォリアーなのに随分身軽な防具なんですね」

「そうですね。重戦士ヘビー・ウォリアーなので重量級の装備も簡単に扱えるんですが、私の戦い方は機動力を重視していますので」


 なるほど。AGI敏捷度型なのか。面白いステータスの振り方なんだな。


 だとしても、ジンネマンを簡単に倒せるのは凄いな。彼は一応、騎士ナイト系における最上級職の聖騎士パラディンなんだが。


 そういや、ステータスの振り分けってウチの連中はどうしてるんだろう?

 そこら辺り、ハリスやトリシアにも後で聞いてみよう。

 俺? 俺はその時々に欲しい能力に割り振ってるよ。平均的に割り振っているけど、筋力度と知力度、耐久度を主に高くしている。魔法剣士マジック・ソードマスターだからね。

 ちなみに、魔法剣士マジック・ソードマスターから最上級職に転職すると魔法侍マジック・サムライに転職できるんだが……武器が日本刀に縛られてしまうので俺は転職していない。最上級職はそういった縛りがあるのがキツイんだよね。

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