第17章 ── 第39話

 しばらくすると、街のお偉方の面々が集まりだしたようだ。


 すでにスミッソンは来ていたので、残りの四当主がやって来たわけだ。

 迷宮でも類を見ないお宝が持ち帰られたわけだから、彼らがやってこない訳はない。


 スミッソンと同じ派閥のパーミットン家の当主サリサ女史、ジョイス商会長ブルック・ジョイス、セネトン家の当主レザリオ、そして、ホルトン家のケネス。


 これまでの経緯からジョイス家、セネトン家、ホルトン家は俺に対して敵対的といえる態度を示していた。


 パーミットン家のサリサはというと、スミッソンの手腕に頼り切っている風が感じられた。実のところ、パーミットン家の担当は迷宮素材を加工して製品化するのが主な業務なのだが、スミッソンはサリサ女史に全面的に協力しており、サリサ女史はスミッソンを大いに頼りにしているという訳だ。

 この前の錬金術工房の出来事も事後報告だったようだしね。ただ、スミッソンの判断は間違いないとサリサ女史も思っているらしく、事ある毎に俺に対して謝辞の言葉を掛けてくるのが少々煩わしい。


「この度の偉業、誠に天晴です」

「しかり、しかり。誠にケネス氏の言う通り」


 わざとらしい微笑みを浮かべたケネスの言葉にリザリオ・セネトンがお追従を述べる。


「はぁ」


 気の抜けたような俺の返事にケネスのこめかみに青筋が立つが表情を崩さないのは流石だとは思った。


「ルクセイド領王国を代表しまして、大いに賛辞を贈らせて頂きます」


 ジョイス家の本店はレリオンにはないので、当主ではなく支店である商館の責任者であるブルック・ジョイスが声を掛けてきた。


 まあ、こいつもジョイス本家の傍流ながら血族なのは間違いないだろうが、俺たちに物を売らないように指示したのはコイツだろうからね。親しくしてやる必要は余り感じないな。


「別に褒めてもらいたくて持ち帰ったわけじゃないんでね」


 コイツにもビキリと青筋が立った。


「まぁまぁ。謙虚でいらっしゃる。さすがは偉業を成した冒険者チームのリーダーですこと」


 サリサ女史がにこやかに笑いながら手を叩いている。


「まずはケント様が迷宮から無事にご生還したことを喜びましょう」


 スミッソンはそういって他の四人をたしなめた。すると各面々が慌てたように生還に対する祝いの言葉を発した。


 確かにゴーレム捕獲以外の事を言われてないな。スミッソンだけが生きて返った事に本当に嬉しそうに言ってくれたね。


 こういう細かい気遣いができるから商人としても成功したと言えるな。見た目は胡散臭いオッサンだけど。


「ケント様には色々と知恵もお借りしておりますし、今回の偉業も含めますと迷宮都市レリオンは益々発展していくことは疑いの余地もありません」


 スミッソンもゴーレムを見上げながら嬉しそうだな。



 記念式典みたいなものが一時間程度行われた後、指導五家、衛士団長および衛士長、迷宮管理所所長、そしてチームの仲間と俺たちは管理所の会議室に集まっていた。


「えー、ゴーレムの処遇についてですが」


 口火を切ったのは所長だった。


 えーと……この所長の名前ってなんだっけ? 聞いた記憶がないな。ま、所長でいいよね。


「一冒険者があのような力を保有する事には些か治安の面、ひいては法の側面からも認めるべきではないと思いますが……」


 彼が挙げた法律の条文によると、ルクセイドにおける法律では身体に帯びる事のできる武具以上の戦力は認められないらしい。

 これはグリフォンを国軍として用いているルクセイドでは、最大の戦力はグリフォンであり、それを凌駕する存在は認められないという事らしい。


 確かにそれは納得できる理由ではあるな。それにしては所長の歯切れが悪い。


「では、ケントからゴーレムを取り上げる。そう所長は言いたいわけだな」


 ヴォーリア団長がギロリと所長を見やる。所長は途端に冷や汗が吹き出し、ハンカチで汗を拭い始めた。


「ケントならあのゴーレムを有効に活用すると俺は思うが、確かに個人が持つべき戦力としては強大ではあるね」


 カルーネルもゴーレムの個人所有には反対っぽいね。ゴーレム・ホースについては何も言ってなかったんだけどなぁ。見た目が馬だから戦力として考えてないのかね? あれも一応、レベル三〇を超える戦力なんだけど。


「どうでしょうか。グリフォン騎士団直属の防衛兵器としてなら使い道は高いと考えますが」


 ブルックが騎士団に譲れと暗に提案してきた。これは所長の意見の発展形だな。


「それに付いては騎士団の意向も聞かねばなりませんね」


 ケネス・ホルトンはすでに俺が騎士団に譲るという方向で話を進め始めているな。レザリオ・セネトンも黙って頷いている。


「ちょっと待ってください。ゴーレムを手放すのは構いませんが、タダで取り上げるつもりなんですかね? 俺たちが譲る事が前提で話をしているようですが、俺たちが掛けた労力にまるで対価を出すつもりがない話し合いをするつもりなら願い下げですよ」


 俺がそういうと、半数の者が鋭い視線を向けてきた。


「冒険者風情が大きな口を叩くな! ここには都市を運営する面々が集っておるのだ! 許可があるまで黙っておれ!」


 所長が上から目線で怒鳴ってきた。はぁ、冒険者風情ですか。


「おい、そこの髭チャビン! ケントを冒険者風情と言いおったか!?」

「ひ、髭チャビン……!? 子供だとて、その発言は許さんぞ!」

「髭チャビンじゃから髭チャビンと申しただけじゃ! ケントに失礼な事を申すと消し炭にするぞ!」


 所長の言葉にカチンと来たが、自分以外のものが怒っているのを見てしまうと、逆に自分自身は冷静を保つことができるのが不思議。


「おい、マリス。それくらいにしておけよ。話が進まなくなる」

「むう。仕方ないのう」


 ま、マリス以外の仲間の面々が西方語を理解してたら収拾が付かなくなる所だったかもしれん。そこは良かったかも。


「ま、その意見はもっともだな」


 ヴォーリア団長が、マリスと所長の言い合いなど無かったように話を先に進めた。


「ゴーレムの捕獲など誰にでもできる事ではないからな。それに対する対価を払わなかったとなれば、迷宮都市レリオン……いては領王国の名誉に関わる」

「確かに。強力な魔法道具が出たからといって、冒険者がもってきたものを都市ぐるみで取り上げたら……冒険者が集まらなくなりますね」


 ヴォーリア団長の言葉にカルーネルが相槌を打つ。

 確かにそうなれば迷宮都市の経済基盤は瓦解し、荒廃の一途を辿ることは間違いない。


「当然です。我がスミッソン家としましても適正なる価格にて買い取る用意がございます」


 サリサ女史もスミッソンの言葉に同意の首肯をしてみせる。


「ふむ。まあ、そうなるでしょうな……我々としても取り上げる積りなど毛頭ござらぬ」


 少々激昂した事を恥じたのか、立ち上がっていた所長が椅子に腰を下ろした。


「待つのじゃ。ケントに対する侮辱は謝らんのか?」

「侮辱? 何の話しだね?」

「冒険者風情と申したであろうが!」


 マリスが話を蒸し返した。やめとけよ。面倒臭い。


「確かに。所長、ケント様に謝るべきですぞ」


 スミッソンがマリスの言葉尻に乗っかった。


「なぜ、冒険者風情に謝らねばならんのです、スミッソン殿? 我が国の法律に照らしても、ゴーレムなど冒険者が持つに相応しいものではありませんぞ?」


 スミッソンが俺の方に視線を向けてきたが、俺は無言で見つめ返しただけだ。だが、それを了承の意味と捕らえたスミッソンが再び口を開いた。


「なぜかと言えば、外交問題に発展するからですよ。トラスタ所長」

「外交問題? どういう意味……」

「そのままの意味です。ケント様はとある国の爵位を持つ貴族の当主でいらっしゃいます。知らなかったでは済まされないのですよ」


 その言葉にスミッソンとケネス・ホルトン以外の全員が驚いた顔になった。


「そのようですね。私も知った時には驚きましたが……」


 ああ、ホルトンのヤツには何となく匂わせたんだっけ? 何やら「フソウ」だとか何だとか言ってたけど。


「ケント、本当なのか?」


 ヴォーリア団長が慌てて視線を俺に向けてきた。


「まあ……お忍びなので国名は勘弁してもらいますが、一応、国王陛下より辺境伯の称号と領地を賜っております」


 俺がそう言うと、トラスタと呼ばれた所長が勢い良く立ち上がった。


「数々の暴言、平にご容赦頂けますよう。伏してお詫び申し上げます」


 所長が目の前にある会議テーブルに打ち付けんばかりにすばやく頭を下げた。


「最初からそうしておれば良いのじゃ。ケントの盾たる我に逆らおうなどと思わぬことじゃ」

「ケント・クサナギ辺境伯様の親衛隊長閣下にもお詫び申し上げます」


 所長は同じようにマリスにも頭を下げた。マリスは満足げに頷き、所長を許している。


 だが、ちょっと待って欲しい。マリスはいつの間に俺の親衛隊長になったんだ?


 マリスに目を落とすとニカッと眩しい笑顔で見上げてきた。


 うーむ。この笑顔のマリスに文句言える男がいるのか少々疑問だな。俺も文句いえない雰囲気だよ。まあ、いいか。


「今までの態度……俺も謝るべきだよな?」


 ヴォーリアがカルーネルに向き直って不安げな声を出している。


「いや、団長。気にしないでください。さっきも言いましたがお忍びです。今まで通りにお付き合いください」


 俺が微笑むと、ヴォーリアもカルーネルも少々安心した感じに落ち着く。


「となりますと、あのゴーレムはクサナギ辺境伯様の所属する国の所有物となりますか……我々がどうこう言えるものではないということになります」


 所長は先程から俺に向けていた偉そうな態度を一八〇度方向転換して応えた。


「いや、そうは言ってないんですよ。ちゃんとした対価を払っていただければ、お譲りするつもりですから」


 俺の言葉に全員の目が集まった。


「よろしいので?」

「アレほどの戦力ですぞ?」


 スミッソンが言うと所長までそれに被せるように聞き返してきた。


「構いませんよ。あれより凄いのが俺の領地にはありますからね」

「あのゴーレムを超える……ですと……」


 ジョイス家の商館長ブルックの囁きが聞こえてきた。


 ウチの魔導ゴーレムもレベル四五だからねぇ。それが五〇〇体もいるし。


 スミッソンはその内訳を知っているようで他人の目には判らない程度に小さく頷いていた。


「ちなみに、あのアイアン・ゴーレムですが魔法で鑑定しました所によるとレベルは四五。製作者は不明、所有者はケント・クサナギ様となっておりました」

「レベル四五……!? あの迷宮にはそんな伝説級のレベルの存在が……」

「そんな敵が現れるほどの階層に潜れるチームはアルハランの風以外にはケントたちのチームしか居ない。もっともアルハランでは捕獲はできまいが」


 さすがに所長は迷宮を管理している役人の筆頭だけど、ダンジョン・マスターじゃないから出現モンスターまでは知らないわな。驚くのも無理はない。

 ヴォーリアも追い打ち気味に畳み掛けてるけど、この都市の戦力では攻略は不可能だろうなぁ。

 最終ボスだったティラノサウルスが地上に出てきたら、中世の武器などでは太刀打ちできないだろう。魔法で何とかできるかどうかという所だが、レベル差があるからなぁ……レジストされて終わるかも。



「対価はお支払いするにしても、迷宮から産出される品について都市外に販売する権利は我々、ホルトン家とセネトン家の特権です。我々を通して頂かない事には、王都には運べませんよ」


 ケネスが得意げに口を挟んできた。こいつに儲けさせるのは嫌だなぁ。ますます権力を笠に着そうな気がしてならない。


「あー、俺は騎士団に売るつもりはないですよ」

「ど、どういう事ですか!?」


 所長が慌てるように椅子から立ち上がった。


「そうですねぇ。俺があれを譲るなら、騎士団よりレリオンの衛士団に譲りたいと思います。団長たちの過酷な業務が少しでも助かるなら、俺はそうしたい」


 俺の言葉に所長だけでなく、ヴォーリア、そしてカルーネルも驚いた。


「衛士団の為に……?」

「そうです。あのゴーレムを市内防衛や警備に回せたら、衛士団は他の業務に手を回せますよね? 最近、一部隊増やしたみたいですし、人手が足りてないのではないですか?」

「た、確かに人手が足りていない。しかし、あれを購入するほどの資金は衛士団にはないが……」


 それを聞いたスミッソンが手を挙げて口を開いた。


「そこは問題ありません。我がスミッソン商会が資金を融通致しましょう。ケント様、どうでしょうか、金貨一〇万枚でお譲り願えないでしょうか?」


 一〇万枚か。オーファンラントの金貨なら二〇万枚だ。俺はもっと安くても良かったんだが。


「それで構いませんよ」


 俺の一言で、スミッソンが安堵の息を漏らした。もっと吹っかけられると思ったのかもね。指輪の力でタダ同然で手に入れたようなもんだし、吹っかける気はないよ。

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