第17章 ── 第38話

 今回、アイアン・ゴーレムを連れ帰った事で、第一階層駐屯地の衛士隊はお祭り騒ぎの様相を呈してきた。


 捕獲階層や捕獲時の状況などの説明を求められ、書面にする必要から一階層で数時間ほど留め置かれてしまった。


「まさに偉業だ」


 報告書の作成に立ち会った指揮官と副官などから何度も賛辞を贈られたが、こういう歯の浮くような美辞麗句は、俺としてはあまり好きではない。


「はぁ、そうですか」


 こんな気の抜けたような返事しかできないコミュ障気味な俺としては、勘弁願いたい。知らない人から言われてもね。


 指揮官の詰め所から出てきたところで、駐屯地の衛士たちがマリスの騎乗しているフェンリルを取り囲んでいた。


「コレって例の銀狼だな」

「ああ、今朝いきなり走り下りてきたヤツだ」

「まさか、ゴーレムを捕獲したチームのペットだったとはなぁ」

「ペットではないのじゃ。我の下僕なのじゃ」


 俺がその様子を遠目で見ているのに気づいた指揮官が囲んでいる衛士に雷を落とした。


「お前たち! 何をしているか! 警備はどうした!?」


 慌てたように衛士たちが警備などの任務に戻っていくと、マリスがフェンリルと共にこちらへ歩いてくる。


「フェンリルをペットなどと。心外なのじゃ」


 マリスは不満顔だったが、ハリスがさり気なく護衛のように張り付いていたし、無体なことはされなかったようで安心した。


「申し訳ない。私の部隊は新米衛士が多いのでね」

「新兵じゃ仕方ありませんよ。自覚とか義務感は皆無でしょう」


 申し訳なさそうな指揮官に慰めの言葉を掛けておく。


 彼の部隊は二週間ほど前に結成されたらしく、指揮官自身もこの役職に初めて就任した新米指揮官だという。


 そりゃ、新米じゃ行き届かないよね。彼も気合は十分だが、少々空回り気味なのだろう。


「それじゃ、俺らはもう地上に戻ってもいいんですね?」

「ああ、規則上何の問題もない。あ! そうだな。報告の為にも私が付いて行く事にしよう」


 指揮官は何人かの衛士を選び、地上へ戻る俺たちに同行し階段を上がった。


「外に突然、ゴーレムが出てきたら街の者も衛士たちも驚くはずだからな。私が最初に出ていけば、そういった混乱は抑えることができよう」


 割とよく考えているんだな。

 最初に駐屯地に近づいた時には、もう戦闘体制を整えていたしね。逃げてきた冒険者から報告を受けて即座に対応したのだろうけど、行動が早い所は見どころがあると思う。


 長い階段を昇り終え、指揮官がまず開いている門から地上へと出た。


「ご苦労。これから巨大なアイアン・ゴーレムが出てくるが、騒がないように」

「は? 冗談ですか? そんなものが……」


 俺たちと共に、ノソリと体長二メートルは優に超える鉄の巨人が門の外へ出てきた。


「ゴ! きょ……!?」


 門を警備している衛士が声にもならない悲鳴を上げて腰を抜かした。


「だから言っただろう。驚くなと……」


 新米ながらこの指揮官は胆力があるので苦笑気味に門の衛士を立ち上がらせて脇へ移動させる。


 見回してみると、迷宮入り口付近の広場にいた街の者や冒険者たちが、全員動きを止めて恐怖と驚愕の表情をしていた。


「諸君! 不安や恐怖を感じることはない! 名うての冒険者が生きたゴーレムを捕獲して戻ったのだ!」


 自分を名うてって程だとは思わないけど、まあ、偉業なんだろうなぁ。


 指揮官の大声を聞いた冒険者たちがザワザワとしはじめた。迷宮管理所の隣にある衛士詰め所の扉が勢いよく開き、何人もの衛士たちが飛び出してきた。


 その中の二人は知った顔だった。一人はカルーネル衛士長、もう一人はヴォーリア衛士団長だった。


「おお! ケント! 戻ったか!」


 ドスドスと走ってきたヴォーリア団長が途中で足を止めてゴーレムを見上げた。


「さっきの大声の原因はこれか! でかいな!」

「すげぇ。こんな大物は見たこと無いな。しかも傷一つ無い」


 ヴォーリアはゴーレムの大きさと自分の身長を比べてその大きさを図っている。カルーネル衛士長は、ゴーレムの外装を触りまくっている。


「あの……カルーネル衛士長、ヴォーリア衛士団長閣下。この冒険者をご存知なんですか?」


 指揮官は、俺に親しげに話しかけてきた二人に恐る恐るという感じで聞いていた。


「マクダナン隊長。彼らを知らんのか? 最近、有名になりつつある冒険者チームだぞ?」

「そう言われましても……」

「君はレリオンに来たのが三週間前だったか。団長、彼は新米ですからね。知らないのも無理はないですよ。ケントたちが迷宮に入って、四週間は経ってますからね」


 カルーネルが可笑しげに笑った。


「そうだったか。いいか、マクダナン。ケントたちは、俺の飲み仲間だ。それに……」


 団長がチラリと俺の顔を見る。


「彼らがアルハランの風を超える冒険者チーム『ガーディアン・オブ・オーダー』の面々だ。王都への報告にも記載していたはずなんだがな」


 それを聞いて、指揮官のマクダナン隊長が何かを思い出そうと眉間にシワを寄せた。


「そ、そう言えば、そんな記述が特記事項にあったような……」

「冒険者から上がってくる最近の報告では、他にも色々と呼び名が付いている。迷宮の奇跡の料理人、瞬殺の剣士、銀の鎧を駆る凄腕冒険者たち……」

「は? そんな二つ名が囁かれているんですか!?」


 俺の方がビックリして聞き返しちゃったよ。


「まだまだあるぞ? 時を駆るもの、銀の騎馬隊、悲しき古城の生還者」


 おい。最後の方は衛士たちが噂してたんじゃないのか?


「あ! あの報告の冒険者たちなんですか!?」

「やっと気づいたか」


 ヴォーリアが少々呆れたような口調で言う。


「おい、聞いたか。例の伝説の料理人たちが帰還したらしいぞ」

「あのゴーレムを捕獲したらしいな。やはり伝説は真実だったのか」

「眉唾な噂だと思っていたが、全て事実って事だな」

「すげぇな。たった四人で偉業を成すか……アルハランの時代も終わりか」


 周りの冒険者たちのヒソヒソ話も当然俺の聞き耳スキルが拾ってくる。


 いや、五人なんだけどな。ああ、ハリスが数えられてないんだな。


 ハリスは最近、四六時中気配を消してるからなぁ。訓練のつもりらしいんだけど、存在をマジで感じさせない時も結構あるから。彼より低レベルの人間だと気づかない可能性が高い。


 ハリスに目をやれば、黒頭巾から覗く目がニヤリと笑った気がした。


 確信犯でした。自分の存在感を出したり引っ込めたりできるって、結構便利なのだろうか。まあ、ハリスは忍者になってからそれを楽しんでる感が半端ないからなぁ。


「ケント。ご苦労だったな。で、どうだった?」

「ああ、目的は達しましたよ」

「おお、すげえ! お前ならできるかもと思ってたが、本当にやり遂げたのか!」


 ヴォーリアの質問に応えると、カルーネルが飛び上がって喜んだ。


「え? 何の事なんです?」

「いや、こっちの話だ」


 マクダナン隊長が聞き返したが、ヴォーリアとカルーネルは秘密にするつもりのようだ。

 彼らの言っている事は迷宮攻略の事だと思う。出発前に俺は二人に公言しておいたからね。


 やはり迷宮攻略を成し遂げた者が現れたら、冒険者が来る数が減る可能性もあるだろうからなぁ。何度も入れる迷宮だとしても、攻略済みのダンジョンは人気が落ちるからね。


「ケント、今日は祝賀会だな」

「そうですね。入る前に約束してましたもんね」

「今日は、俺が奢らせてもらうからな」

「え、そうなんですか? ではご馳走になろうかな」


 ニヤリと笑うヴォーリアに、俺もニヤリ顔で返しておく。


 ル・オン亭の料理は結構美味いし、奢りとなればベルトと言う名のリミッターは解除しておく事にしようか。



 その後、管理所の役人たちと詰め所の前に移動させたアイアン・ゴーレムの検分が行われた。

 街への脅威が無いか、個人所有が認められるかなどの判断の為だ。


 鑑定人として急遽、買取屋区画を担当するスミッソンが呼ばれたりと右往左往の大騒ぎになった。


 アルハランの風の連中も途中でやって来た。ゴーレムの噂を聞きつけて来たらしいが、俺たちが仕出かした事だと知り、驚きもあるが当然の偉業とまで言っていた。

 周囲の冒険者たちがアルハランの褒めようを見て、俺たちがアルハランの風よりも格上だという事が冒険者の間で、あっという間に共通認識になってしまった。


 たった数時間で情報が駆け巡るなんてどんな情報網だよ。


 迷宮前広場は、すでにお祭り騒ぎ状態になっている。捕獲したアイアン・ゴーレムを一目見ようと街の者たちがどんどん押し寄せてくる。


 あまりの騒ぎの広がりように全ての衛士たちが駆り出され、秩序的な催しのようになっていく。


 ものの数時間でゴーレム見学用の通路などをロープで作りあげ、庶民を秩序立った行動に付かせた衛士隊の底力にヴォーリア団長率いるレリオン衛士団の優秀さを見た。

 俺はますます彼への尊敬の念を抱いた。

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