第17章 ── 第37話
ごめんなさい夕食会は盛況で、俺の料理を食べた冒険者たちが歓喜の涙を流していた。
俺もこれまで料理してて思ったが、この迷宮産の食材は毒素など人間の身体に害が出るものが少なく、料理すると非常に美味くなるものばかりだ。
夕食会も終わり後片付けをしていると、仲間たちは冒険者たちから囲まれて迷宮での生活の極意などを聞かれて戸惑っていた。
言葉が通じるのはマリスだけだから、彼女は通訳作業にてんてこ舞いしていた。
中身がドラゴンだと知ったらゴーレム以上に恐怖の対象になっていただろうに、などと思いニヤニヤしてしまう。
他の冒険者が寝静まり俺が最初の夜番をすることになったのだが、仲間たちは寝ず、焚き火の周りに集まって座った。
「なんだよ。寝ないのか?」
「ちょっと話をしておこうと思ってな」
トリシアが奥歯に物が挟まったような言い方なのは珍しい。
「なんなんだ?」
「ケント、お前。ゴーレムの説明の時、どっちの言葉で話していた?」
トリシアの問いにキョトンとしてしまう。
「どっちの言葉って……俺は意識してないんだけど……多分、西方語じゃないか?」
「そうか。私には東方語に聞こえた」
「私にもそう聞こえたのですよ」
「俺も……だ」
んー。 どういうこと?
「ケントは解っておらん。ちゃんと話してやるべきじゃろ」
「何を?」
俺は怪訝な顔でマリスに聞く。
「ケント、お前の言葉は西方語にも東方語にも聞こえるんだよ」
「は?」
「そうなのです。私は東方語しか解りません。でも冒険者たちもケントさんの言葉を理解していたのですよ」
「意味が判らないんだけど?」
どういう事? 西方語と東方語は文字を見比べても似ても似つかない別物なのは理解している。もちろん言葉の音自体も全く違う。
俺にはどっちも同じ言葉に聞こえるんだけどね。
「それならマリスはどっちも喋れるわけだし……どっちに聞こえたんだよ?」
俺はマリスに顔を向ける。マリスは少し躊躇いがちに口を開いた。
「我には……ドラゴンの言葉に聞こえたのじゃ」
「はっ!?」
ますます混乱してしまう。人間の言葉に聞こえるならともかく、ドラゴン語だって?
「これを踏まえて、仲間たちと話し合った結果だが」
トリシアたち四人は、この事象について既に話し合っていたらしい。
「ケントの声は神界の神々の使う言語ではないかと結論づけた」
「神界の言語? そんなのあるの?」
俺の問いにアナベルが頷く。
「神々の言語はどのような民族や種族の言語においても、同じ意味として理解されています。神々の言葉に齟齬があってはならないため、どの神の神殿でもそう認識されているのです」
要は、言葉の解釈を必要としないということらしい。
解釈違いで教義や宗派が分かれるなんて事は現実世界では普通に起きていることだし、それが元で宗教的な戦争も起きてきた。
確かに万能の神にしてはお粗末な話なのだが、現実世界で生まれた俺としては当たり前の事だと思っていた。
確かに「世界は最初、一つの言葉を話していた」という伝説は現実世界でもあった。傲慢にも天界に近付こうとして高い塔を立てた人類は、神の怒りに触れて一夜にして言語をバラバラにされてしまったとかいうアレだ。
「俺の使ってる言語は日本語のはずなんだがなぁ……」
「その日本語が何かは解らぬのじゃが、ケントは西方人に話しかけている時は西方語を喋っておる。トリシアたちや領地では東方語じゃった」
どちらも理解できるマリスによれば、話す対象によって喋っている言語がちゃんと切り替わっていたようだ。
「んー。俺は意識してないんだが……」
「でじゃな。今回、ケントは西方人に話しかけたはずじゃろう。なのにトリシアたちには東方語、冒険者たちには西方語、そして我にはドラゴン語に聞こえたわけじゃ」
そこが不思議現象だよ。
「ケント、あの説明の時に何を考えていたか教えてくれ」
トリシアが顔を近づけてきて少々真剣な表情で囁くように言う。
あまり顔を近づけると少しドキドキするので辞めてくださいよ。
「んー。みんなにも俺の説明する事を理解してもらって、街に出た時に口裏を合わせてもらえるようにと考えていたんだけどね。ほら、ゴーレムの処遇とか話し合って置かなかったからね」
「なるほど、理解した」
トリシアが納得したような顔で、元の位置に座り直した。
「どう理解したんだ?」
俺はまだサッパリ解りませんが。
「ケントは、最近神々と話す機会が多かった。これが要因だと判断する」
「どういうことだよ。もっと詳しく」
「ケントは今、神々の言葉、神界語というものを使っていると思う」
トリシアがそう断言した。
「私もそう思うのです!」
神界の神マリオンに仕えるアナベルも同意した。
「じゃがのう……我らの竜語すらもその範疇に納めておるからのう。軽々に判断して良いものが解らぬのじゃが、大方仕組みはそういう事じゃと我も思うのじゃ」
マリスも納得していないけど、そう説明するしかないと思っているようだ。
「俺には……どっちでも……良いことだ……がな」
ハリス兄さんは相変わらずクールでいらっしゃる。
「確かに。ケントがどんな言語を使っていようと何の変わりもない」
「そうじゃな。ケントはケントなのじゃ。人ながら……我を……古代竜すら畏れず対等に接してくれる奇特で優秀なオスじゃからな!」
「もう神なんじゃないかと思いたくもなるのですよ。マリオンさまへの信仰心が揺らいでしまいそうで怖いのです。ああ、マリオンさま。お許し下さい」
マリスの言いたい事も解るが、オス言うな。アナベルはちゃんとマリオンを信仰しろ。人を信仰したら碌なことにならんぞ?
トリシアは不穏な事を言って来なかったので安心だと思ったけど、何か獲物を狙う目みたいな輝きを放っていた気がしたので不安になりました。
翌日、他の冒険者チームたちと別れて地上へと向かう。
彼らには朝食のカツサンドを渡したら大いに喜ばれた。
一体どれほどカツサンドがあるのだと言われそうなので白状しておくと、毎回大量に作っていたせいで、三〇〇食近く在庫があります。
ちょっと作りすぎだと思うけど、インベントリ・バッグが便利過ぎて自制が効きません。課金済みのインベントリ・バッグを二つも持っているから、無限容量が二倍もあるのでブラック・ホールみたいですよ、ホントに。
一階層に上がり、通路を進んでいると、何故かモンスターが全く襲ってこなくなっていることに気づいた。
どうやら迷宮の敵味方識別機能で味方認識されている気がする。メフィストフェレスめ、余計な事を……
地下一階層中央部に位置する入り口区画に近づくと、すれ違う冒険者が脱兎の如く逃げたり、恐怖に凍りつき動けなくなってしまう現象に悩まされ始める。
こんな事が起こるのは解ってはいたが、毎回説明するのも面倒なので放置の方向で。
入り口区画の駐屯地に顔を出した時、衛士隊が戦闘陣形で待ち構えていたのが一番困った。
「ゴーレムを迎撃せよ!」
今日の駐屯地の指揮官は知らない人だったので大いに困る。
敵意を察知したゴーレムが戦闘モードに入ろうと身構えたので、俺は慌て叫んでゴーレムに命令を下した。
「待機せよ! 動くな!」
俺の命令にゴーレムは従順に従って静止モードになる。
その情景を見ていた戦闘モードの衛士たちも、困惑の表情を浮かべつつも構えた槍や剣などの動きを止めてくれた。
「えーと、衛士の皆さん。これは迷宮で手に入れたアイアン・ゴーレムです。俺の支配下にいますので何の問題もありません」
衛士の戦列をかき分けるようにして指揮官が前に出てきた。
「冒険者とお見受けするが……まさか、こんな怪物を支配下に置いたというのか……?」
この状況で前に出てこられるとは、この指揮官も胆力があるな。後ろでふんぞり返っている馬鹿な指揮官なんかとは違うな。見どころありそう。
「ええ。地下八階層のボスの間にいたので、手に入れました」
「地下八階層にこんな怪物が!」
確かに、八階層あたりだと飛んでもないレベルのモンスターだよな。せめてレベル三〇くらいまでのはずなのにね。これが所謂レア・ボスなんだよ。迷宮管理室で設定項目にあったからね。
「多分、希少種のボスですね。これほどの敵は八階層には出ませんよ。通常は一四階層より下に出る敵ですから」
「一四階層!?」
今までの侵入できた最深の階層は過去最高でアルハランの連中の一〇階層だったはずだからね。アルハランの連中は見たことはあるかもしれないけど、それ以外の目撃報告は無いんじゃないかなぁ。遭遇したら確実に死んでると思われるし。ボス・ガチャの運が悪かった先人には同情を禁じ得ないけどね。
「何という偉業……はっ!? もしや!?」
突然、指揮官の顔が驚いたような色を見せた。
「アルハランの風が言っていた冒険者チームなのか!?」
「え? 彼らが何か言っていたんですか?」
俺が聞き返すと、指揮官はゴーレムに向けていた目をこちらに向けてきた。
「神々の使者、料理の神、最強の鉄壁金髪美少女などと取り留めもなく色々言っていたが……全員口を揃えて自分たちよりも強い冒険者チームを見たと言っていた!」
まあ、ここらの冒険者たちからすれば、神レベルって事なんだろうけど、全員普通の人間……じゃあないのかも……ドラゴンいる段階で。
「確かに、彼らよりは強いと思いますけど」
「奴らの変わりようといったら無かったな。あれだけ横暴な奴らが猫を被ったような豹変ぶりだったからな」
アルハランの連中、随分と変わっちゃったらしい。まあ、無理もないか。
ウチは彼らより二〇程レベルが上の存在しかいないからな。一応、俺を入れると反則レベルになるから除外しておくよ。
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