第17章 ── 第36話
気がつくと俺たち全員は第二階層の下り階段区画の秘密の部屋に転送されていた。例のアイアン・ゴーレムも一緒だ。
秘密の部屋を見回してみると通信装置のようなものが設置されていて、メフィストフェレスがいる一六階層の迷宮の管理室に直結されているようだ。
この秘密の部屋は基本的に中から開ける事しかできない仕組みなので、他の冒険者は存在を知る由もない。
俺らも二階層探索時に発見できなかったしな。
ただ、この迷宮を作ったタナトシアに許可された者だけは、外からも入ることができる。該当する壁にほのかな明かりが灯っているように見えるので、その壁に触れさえすれば秘密の扉が開くという仕組みだ。
多分、神からの許可の有無がトリガーになっていると思われる。
時間を確認するとすでに一九時を回っている。野営の間で一晩過ごしてから地上へと向かうとしようか。
野営の間に入っていくと、幾つかの冒険者チームが既に野営を始めていた。
彼らは俺らが入ってきたというのに困惑した顔でとある銀色の物体を見つめていた。
「フェンリルじゃ!」
マリスが大きな声を上げて銀色の大狼に向かって突進した。
大声に反応した冒険者たちが入り口の方に振り返り、例外なく凍りついた。
「ワゥ」
マリスに目を留めたフェンリルは立ち上がると尻尾をフサリフサリと二回ほど振った。
「おー、フェンリル。ご苦労だったね。上手くいったか?」
俺の問いかけに早速マリスを背に乗せたフェンリルが近づいてきて無言で首を縦に振る。
腕の小型翻訳機でログを確認する。
「創造主殿のご命令通り、サンダー・ウルフは全て指揮下に置きました。それと共に、この国周辺のダイア・ウルフも支配しました」
おお、それはすごい。一〇〇匹程度のサンダー・ウルフに随分と時間が掛かっていると思ってたが、通常のダイア・ウルフもか。フェンリルは想像以上に優秀だな。
「それに伴いまして、創造主さまのご領内のブラック・ファング部隊とのリンクも完了しました」
「へ? そこまでやっていたの!?」
「創造主さま、ひいてはマリスさまのご希望は、そのようなシステムの構築だと判断しましたので。問題がありましたでしょうか?」
「いや、全くない。本当にご苦労だった」
フェンリルと話していると彼の背の上からマリスが問いかけてきた。
「何じゃ? フェンリルは何と申しておるのじゃ?」
「周囲のサンダー・ウルフとダイア・ウルフを支配下に置いて、ブラック・ファング部隊との連絡網も確立したそうだぞ」
「おー、やるのう。さすがフェンリルじゃ!」
マリスの言葉にフェンリルの尾が嬉しげにブンブンと振られる。
「おい、ケント」
トリシアに呼ばれて振り返ると、彼女は苦笑していた。
「ん? どうかしたか?」
「いや、周りを見てみろ。一般の冒険者が恐怖に凍りついているぞ」
周囲を確認してみると冒険者たちは凍りついたように動きを止めたままになっていた。最初は俺とフェンリルの会話に度肝を抜かれていたのかとも思ったが、俺たちの後ろに視線が張り付いている事に気づいた。
冒険者たちの視線の先には、入り口から入ってきた巨大なアイアン・ゴーレムに注がれていた。
アイアン・ゴーレムはといえば、俺の命令が無かったので仲間たちの後ろに威圧的な巨体を堂々と晒していた。
「あー、こりゃ確かに凍りつく案件だわな」
俺もさすがに苦笑が漏れた。
そもそも、ここは二階層で、これほど強力な存在は出現しない。というか、地上にすら存在しないだろう。
メフィストフェレスによれば、こういったゴーレムやアンデッドなどは、迷宮を作った神々の協力で提供されているものだというからね。魔法の武具や道具などと同じ扱いだ。
今回、俺の希望があったため正式に俺の支配下に置かれているモンスターだから大人しくしている訳だ。
だが、そんな事情を知らない冒険者……それも、まだ地下二階層あたりを探索している者たちにしてみれば、恐怖以外の何者でもない状態に違いない。
「動いたら殺られる……」そんな短絡的な思考に支配されていたとしても仕方ない状況だ。
俺は場の空気を察して大きな声で冒険者たちに話しかけた。
「あー、皆さん。このゴーレムは俺の支配下にあります。決して暴れたり襲いかかったりすることはありません。恐れることはありませんのでご安心ください」
俺の声が聞こえたのか聞こえてないのか……
冒険者たちは未だに微動だにせずアイアン・ゴーレムを凝視していた。
「ゴーレム。壁際で命令があるまで待機していろ」
俺が命令を下すと、アイアン・ゴーレムは胸に手を当て頭を小さく下げるような動作を行ってから、入り口付近の壁際まで大きな足音を立てて歩いていき、直立不動の姿勢で動かなくなった。
「す、す、すごい……」
誰だか判らないが、とある冒険者の囁きがシーンと静まり返った野営の間に響き渡った。
本当に小さい囁きだったのだが、全員の冒険者の耳に届いたようで突然冒険者たちが歓声を上げた。
「うぉおぉぉぉ!」
「ゴーレムを支配! 何という偉業!」
「長きに
「何なの!? 彼らは何者なの!?」
「スゲェなんてもんじゃねぇ!」
歓声や怒号が入り混じった騒ぎが納まったのは二〇分以上も経ってからだった。冒険者は俺から説明や支配に置いた時の状況などを聞きたがったが、俺は黙ってジッと冒険者たちが静かになるのを待った。
冒険者全員が俺の前方に集まって座り込み、俺の言葉を待つような感じになったのを確認できたので俺は口をようやく開く。
「はい。皆さんが静かになるまでに二〇分も掛かりました」
──シーン……
静寂が痛い……ここは鉄板で笑う所なんだが、先生あるあるジョークはティエルローゼでは通用しませんでした。
「それでは説明をしましょうか。俺たちのチーム『ガーディアン・オブ・オーダー』は、迷宮の下層においてアイアン・ゴーレムと遭遇し、そいつを支配下に置くことに成功しました」
俺は壁際で静かに立っているアイアン・ゴーレムを指差す。
冒険者たちも静かにアイアン・ゴーレムに視線を這わせるが、最初のような恐怖の色はなかった。
「で、今日、ここまで戻ってきたので彼がここにあるわけです」
一人の冒険者が手を上げた。俺が「どうぞ」と手で促すと、その冒険者が口を開いた。
「支配下に置いた方法は?」
「良い質問ですが、これは企業秘密です。むやみに教えることはできません」
俺の応えに残念そうに冒険者が手を下ろすが、すぐに別の冒険者が手を挙げる。
「先ほど、貴方のお仲間のお嬢ちゃんが銀のダイア・ウルフに乗っていました。あのダイア・ウルフも貴方の支配下にあるの?」
「んー。あのダイア・ウルフは、この迷宮産のものではありません。乗っているのは俺の仲間のマリスですが、彼女の為に俺が作った騎乗型ゴーレムです」
俺がそう言うと、何人もの冒険者から「おおっ」といった声が漏れ聞こえてきた。再び騒ぎ出すかと思われたが、すぐに沈黙が戻ったので安心した。
「ただの銀ではなくミスリルみたいなんですが、間違い無いですか?」
別の冒険者が手を上げると共に質問を飛ばしてくる。
「そうですね。あれはミスリル製です。妖精族から提供してもらったものです」
ここまで来てザワザワとし始める冒険者たち。
「やはりか。ミスリル・ゴーレムだったんだよ」
「誰だ? 捕獲したら金になるとか馬鹿言ったやつは」
「実行してたら皆殺しにされてたな……」
「この部屋に狼が入ってきた時、心臓が止まりかけたが、あのデカブツに比べれば可愛いもんだったな。まさかゴーレムだとは思わなかったが」
「あのゴーレムを作った人物なのだ。アイアン・ゴーレムを支配下に置くことも容易かったに違いない」
「あの魔法技術をワシに伝授してもらえないものだろうか」
「あんたにゃ無理だ。その歳になってやっとレベル一〇だろ?」
それぞれの冒険者チームごとにワイワイと雑談を始めている。俺は周囲を見回して、自分の説明責任は果たしたと判断する。
「では、ここの皆を少々騒がせたお詫びに夕食をご馳走するとしよう」
俺がそう言うと何人かの冒険者がハッと顔をあげるのが見えた。
「も、もしかして……」
「ああ、あの鎧……あの顔……」
「伝説の料理人……」
「迷宮の食材マイスター……?」
いつ俺がマイスターになったよ!?
ちなみに、マイスターとはドーンヴァース存在したシステム「マイスター認定制度」に起因しているのではないかと思われる。
この「マイスター認定制度」はクラフト系の技能を極めたものたちが参加できる運営主催の公式大会で、優勝者は一年間「○○マイスター」という称号が贈られ、関連する素材がモンスターからドロップしやすくなるという特典が付いていた。
なのでマイスター認定されたキャラクターは、どういったモノにせよ冒険者パーティには引く手あまただった。何度も羨ましく思ったものだが、俺には縁がないものだ。
なのにティエルローゼで「マイスター」などという言葉に出会う事になるとは……やはりアースラとか他のプレイヤーによる流布があったのではないだろうか? 元カリオス王国があった土地だけにセイファードの可能性も否定できないが。
俺はインベントリ・バッグから料理用の作業テーブルや携帯
「見ろ……あんな
「さすがは伝説の料理人だ。持ち物が一々一級品だ」
「お嫁さんにしてほしいわ」
「お前じゃ無理だろ。お連れを見ろよ。美女揃いだ」
「うっさいわねー」
とりあえず「ごめんなさい食事会」なので、豪勢に攻めてみたいと思います。
地形の制限もあって川や海の魚などは望めないにしても、この迷宮で産出される食材は非常に千差万別で寿司も作れないことはないほどだった。
今回のメニューはティラノ肉の唐揚げ、ラウンド・ウルフのステーキ、
さすがに酒は用意しようもないが、大分豪勢な晩餐会になると思うよ。
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