第17章 ── 第35話
「な、何を笑っているの!?」
「いや、ちょっと面白かったのでね」
俺はちょっと顔を背けて吹き出した。
「ムキー! 人間の分際で!」
「そんな子供みたいな怒り方したら、美人が台無しだよ」
あまりの可笑しさについ本音が口に出てしまった。まあ、そういうのも可愛い部類に入るのかも知れないが。クール美人とのギャップ萌えですかね?
「え!?」
タナトシアが突然顔を真っ赤にした。
「それはそうと、俺の領地にいるゴブリンを攫ってダンジョンのモンスターに配置するのは御免被りたいんだが?」
「あ、えっと。どういうこと?」
「ああ、俺の配下にはゴブリンの王がいるんだ、その王の部下が数十人、ここの迷宮に連れてこられていた。幸い、冒険者に狩られるほど弱くなかったから
俺は事情をタナトシアに話す。
「何で人間がゴブリンを配下にしているのよ」
「成り行き? そういう細かい所はどうでもいいんだ」
「ん? もしかして……」
そういうとタナトシアが画面外に消えていった。少し待っていると戻ってくる。
「貴方ね! 最近話題になってるケント・クサナギって人間は!」
「話題? アースラとマリオンがそんな話をしていた気がするが……神界の事は俺には解らんよ」
タナトシアが手に持った書類のようなものと俺の顔を交互にジロジロと見ている。
「貴方、アースラと同じ世界の異世界人!?」
「そうだけど? それが何か?」
とたんにタナトシアの目がキラキラし始める。
「貴方、そこに入る権限を永久に与えるわ。いつでもやってきて私と話をなさい!」
「は? どういうこと? そんな事よりゴブリンの件だよ」
「メフィスト! 命令よ! 彼の言うように迷宮の設定を弄りなさい!」
「我が神の命ずるままに」
タナトシアの言葉にメフィストフェレスが深々と頭を下げる。
「それは助かる。早急に俺の領土のモノを攫わないように設定してくれよ」
「はっ! ところで領土とは何ですか?」
「メフィスト! そんな事はどうでもいいの! 今は私とケントの話を邪魔しないで!」
「いや、どうでもよくないだろ」
タナトシアに俺は不満げに言い返す。
「あ、うん。そうね。でもそれは後でいいでしょう? まずは私とお話しなさい」
「話って何だよ?」
「私はね、貴方たちの世界の事を知りたいのよ。とっても面白いんですもの」
「何? 俺の世界にでも降臨して死をばら撒くつもりとか?」
「そんな事しないわよ。それは自然の秩序に反するじゃない」
「でも、異次元の神だし、現実の秩序とは別なんじゃないのか?」
「それもそうねぇ……でも、しないわ。それは創造神さまの意にそぐわないもの」
そうなの? この世界の神って威厳ってものをあまり感じないんで、結構やりたい放題に見えるんだが。
もっとも、地球における古代の神々の神話も読んでみると結構やりたい放題なんだよな……
「まぁいいか。それで俺の世界の何が知りたいんだ?」
「空を鉄の鳥が飛ぶんでしょう?」
「飛行機の事か? アースラに聞けばいいじゃん」
「彼はダメよ。彼は他の神にも人気なんですもの。私も迷宮を作る時に手伝ってもらったけど、あれ以来構ってくれないの」
大方、わがままな事を言って敬遠されたんじゃないか?
「そういや、何でこの迷宮を作ろうと思ったんだ?」
「アースラが貴方たちの世界で流行っていたっていうゲームの話を聞かせてくれたのよ。それが面白くって再現してみたくなったの」
うわー。それをリアルで再現しようなんてよく思ったな。ああいうのはゲームだから面白いんであって、死んだら終わりの現実で再現したらデス・ダンジョン化するだろが。
実際、この迷宮は冒険者が結構死んでるらしいからな。神の遊びに付き合って死んでしまった者たちは浮かばれないような気がする。
「だけど、色んなゲームがごちゃ混ぜになった感じだな。一つに絞れよ」
「そんなのもったいないわ! 色々混ぜこぜなのも面白いじゃない」
「まあ、ローグ系は何度も遊べるゲームだし、飽きが来ないのは利点だけどさぁ」
「あ、アースラもそんな事を言ってたわね。ちょっとシンプル過ぎるから、ウィザード・クエストってのも混ぜてみたの」
やはり難攻不落なダンジョンを意識してましたか。手に入るアイテムとかの名前がそれっぽかったもんなぁ。
「でも、ちょっとこの迷宮、難攻不落すぎなんじゃないか?」
「貴方は攻略できたから、そこに居るんでしょう?」
「それはそうだけど……アースラが言ってたけど、人間のレベル上限ってレベル六〇くらいなんじゃないか?」
「私はよく知らないけど、人種はそこに到達する前に大抵の場合、死ぬわね。寿命だったり、事故だったり、病気だったり……死因はマチマチだけど」
エルフなどの長寿種族ですら、六〇に到達できないらしいからな。
今回、トリシアが六〇を越えたのでレベルキャップという概念はない可能性があるが、それでも世界初の快挙っぽい。
俺自身は、それほどレベルが上がり難いとは思わない。というか、ドーンヴァースより上がりやすいと思っている。
だが、百年以上も掛けて冒険や修行をしたトリシアは、知り合った時はレベル四一だった。
経験値稼ぎの効率が悪かったのだろうとも思うが、百戦錬磨のトリシアが非効率な経験値稼ぎをするとも思えないんだよなぁ。
「ま、それはいいや。追々考えればいいし」
「そうよ。些細な事じゃない。それよりも……」
その後、五時間ほどタナトシアに拘束され、対話を余儀なくされた。
その間、仲間たちはメフィストフェレスに接待を受けていた。
途中まではメフィストフェレスが魔族だという事で、警戒を解かなかった仲間たちだが、彼の人柄は魔族としては悪くないようで、次第に緊張は溶けていった。
タナトシアとの通話を切り際に、一ヶ月に一回は迷宮に来て通話しろと言われたが、念話じゃダメなのかと言ったら、「貴方できるの?」と言い返された。
少しイラッと来たので念話をオンにしてみたら、念話リストにタナトシアが登録されていたので念話を繋いでやった。
「これで、毎日お話しできるわね?」
「毎日は勘弁。気が向いたらこちらから掛けるし」
俺がそう言うと、タナトシアは不満のようで少し膨れた顔になった。
まあ、神と気軽に話すのも奇異の目で見られるし、俺は人間だから神との関わりは余り深くしたくないんだ。
タナトシアとの通話の後、メフィストフェレスと共に、迷宮の設定を弄った。
この時知った迷宮のシステムを整理してみよう。
ダンジョン構造に関しては、非常に緻密なスクリプトと大掛かりな魔法の組み合わせで成り立っている。
階段区画などの構造は各階層に固定で設置されているが、他の部分は様々なダンジョン・パーツを次元転移によって組み込まれている。
また、各階層はそれぞれ別次元と設定されている。外からマップ機能を参照できなかったのは、これが理由だ。
変動する地形は非常に緻密なジェネレーション・スクリプトで構成されており、俺の知識では解析はできなかった。
モンスターの配置に関してだが、これもジェネレーション・スクリプトに準拠しており、各階層に決まったレベル帯のモンスターが配置されるようになっていた。ここも推理通りだね。
また、モンスターを補充するシステムも高度な次元転移魔法によるものだった。登録されたモンスター・リストを世界に存在するモンスターと照合して、合致したものが自動的に次元転移で連れてこられるようになっている。
また、レア・モンスターだが、何の加減か、このティエルローゼ以外の生物すら攫ってくる事があるという。やはりティラノサウルスは古代の地球から次元転移してきたのだろうか。時間魔法は使ってないみたいなんだがなぁ。
そういったモンスターの生命維持用に、食料分配スクリプトなども同時に走っていた。
大抵の食料は迷宮内にいたモンスターの死骸で、自然死や冒険者が捨て置いたものなどが再利用される。バイオマス燃料みたいなエコロジックな思想を感じる。
それ以外にも必要になった時は大陸各地に自生する植物や動物などを次元転移で持ってくるらしい。極力人間が管理するモノには手を付けないように設定されているが、それでも足りない場合はその限りではないようだ。
うちの農作物とか奪わないで欲しいので、そこも設定を弄らせてもらおう。
アイテムに関して。
基本的な消費アイテムについては、この迷宮内の倉庫から供給されるシステムになっている。在庫がなくなった場合は案の定、転移による強奪だ。これもウチの領土は設定から外すことにする。他の地域は知らんよ。
貨幣の供給は非常に巧妙で、世界に流通する貨幣を気づかれないようにコッソリと一枚ずつ集めてくる次元転移システムが存在した。
この技術を応用すれば金に困らなくなるんだが、非常に高度なプロテクトが掛かっていて複製は無理っぽい。
魔法の武具や道具については、迷宮に紐付けられているアイテムが時間経過によって倉庫に戻ってくるシステムになっていた。転送リミットは五年。これは以前、買取屋で仕入れた情報と合致している。
基本的に迷宮で手に入る魔法のアイテムは有限ということだね。
こういったアイテム管理システムにより、各階層の部屋にアイテムが次元転移する。階層ごとに入手可能なアイテムの価値なども設定できるので、上層には価値の低い、下層には価値の高いアイテムの配置となっているわけだ。
この迷宮は高度な次元転移魔法技術とそれを管理する情報処理システムの混合物で成り立っていたわけだね。
魔力とか大量に使うはずなのだが、どうやら神界から直接魔力を転送しているらしく、詳しくは解らなかったけどウチにある工房にも同じ技術が使われているような気がする。
そう思って装置などについてタナトシアに聞いた所、ハード面の設計と制作にはアースラが関わっていた事が判明した。
アースラは現実世界でコンピュータなどのハード開発を仕事にしていたらしい。その知識と経験をティエルローゼの魔法技術に応用したということだ。
魔法に関してはイルシスが担当している。他にも色々な神などが関わっていたようだね。さっきのメッセンジャーに登録されていた神々が開発に関わっていたということだろう。
このような迷宮の存在を神々が許した理由が良くわからないが、人間の力の底上げを狙ったものだという可能性が高い。
例の人魔大戦によって神々も肉体を失い、人々も大量に死んだ。そういった事件に対処するのに人々のレベルアップという解決方法が選ばれたのではないか?
それが神が迷宮を地上に作った理由ではないか?
神さま個人の趣味や興味が優先していた可能性は全く否定できないが。
最下層一六階を去る前、メフィストフェレスからダンジョン内で手に入れた魔法のアイテムの一つを永久に貰える事を知らされた。
「何でも?」
「はい。何でもでございます」
「五年で消えるんじゃ?」
「その設定は解除されます」
ふむ。それなら問題ないか。
「んじゃ、あのゴーレムで」
俺は一六階層の階段付近に鎮座する例のアイアン・ゴーレムを指差す。
「あれは配置モンスターですから、貴方が支配した以上、貴方のものです。別のアイテムを指定してください」
うーむ。それならタワー・シールドかなぁ。マリスの盾はティラノサウルスの攻撃でグシャグシャにされてしまったし。
手に入れた盾系アイテムの一覧を参照してみると、アダマンチウム製の魔法の大盾が一つあった。
『輝きの盾+四
装備可能レベル:五〇
アダマンチウム製の大盾、込められた魔法により周囲を照らす事が可能。コマンド・ワードは「光よ」』
込められた魔法が微妙だが、後で魔法の再付与をすればいいか。防御力などは以前のミスリルよりも優れているしな。
「んじゃ、これね」
「畏まりました。設定しておきますのでご安心を」
迷宮からの帰還については、第二階層の下り階段区画へ転移で送ってくれるということなので、それに甘えることにする。
帰り道までモンスターと戦うのは面倒だからね。
「それじゃ帰るよ」
「またのご来場、お待ち申し上げます」
「ああ、機会があったらな」
メフィストフェレスが貴族風に頭を下げると同時に、俺たちは淡い光に包まれ次元転移の酩酊感を感じた。
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