第17章 ── 第34話

「では、聞かせてもらおうか」


 俺は警戒を解かない仲間たちより前に進み出て、メフィストフェレスと対峙する。


「私は死と闇を司る女神タナトシアの使徒。先程も述べた通り、タナトシアさまに命じられ、この地下迷宮において運営と管理を任されております」

「タナトシア? ドーンヴァースの闇の神官プリーストが信奉する神という設定があったな」

「ドーンヴァースとは何でございます?」


 メフィストフェレスが伏せていた顔を上げ、不思議そうな顔をする。


「いや、こっちの話だ。それよりも、魔族が神界の神の下僕とはどういう事だ? 魔族の神はカリスだけのはずだ」

「そうじゃぞ。カリス以外のものを信奉する魔族なぞ、我は知らぬ」


 マリスもメフィストフェレスの言葉に不信感全開です。


「そう言われましても……人魔大戦の折り、神々に敗北した私は神々に恭順する事を誓い、存在を許されたのですから」


 人魔大戦だと? アースラと神々がカリスと戦った創生以前の話だな。


「それで、その神に降った魔族が、何で迷宮の管理なんかしてるんだ?」

「タナトシアさまが、この迷宮をお作りになられたからですが?」


 どうも、こいつは俺の質問の意味が解ってないようだ。

 はぐらかしている可能性もあるが、そんな雰囲気は微塵も感じない。


 これ以上、聞いても埒が明かない可能性が高い。核心部分は隠したままという事だ。

 ならば、やることは一つだ。


 念話をオンに設定しイルシスを呼び出す。


──チャラランランラン♪


 相変わらずの呼び出し音……


「はーい。愛しのイルシスちゃんです。念話してくれて嬉しいわ♪」

「はいはい。愛しい愛しい。で、聞きたい事があるんだが?」

「連れないのね。お姉さん寂しいのよ?」


 相変わらずだな、この自称女神は。


「自称じゃ無いのよ?」

「わかったわかった。それでだな。メフィストフェレスって魔族を知っているか?」

「ああ、メフィちゃんね。知ってるわよ?」


 知ってるのかよ。メフィちゃんって可愛く呼ぶなよ。まあ、俺もヘパーエストをヘパさんって呼んでるけど。


「ヘパーエストは、今、謹慎中なのよ?」

「いや、それは知ってる。マリオンが言ってたから」

「アイゼン君も凄いことになってるのよ?」

「それも知ってるよ! そういう事を聞きたいんじゃなくてね。タナトシアって神いるよな?」

「ああ、タナトシアさん? さっき言ったメフィちゃんの上司ね」


 メフィストフェレスの言ってる事は事実と言うことか。


「何が事実なの?」

「いや、今、とある迷宮に来ていてな。最下層に来たらメフィストフェレスという魔族が居るんだ」

「あー、何か聞いたことあるのよ。アースラの世界にある不思議な迷宮を再現するとか言ってた事があるのよ」


 また、アースラか……


 俺は念話中にも関わらず、頭を抱えて脱力してしまう。


「またって何なのよ? アースラに迷惑掛けられてるの?」

「いや、神の降臨問題とかあるだろ。全部アースラが関わってるじゃんか」

「あー、そうねぇ。そういう見方もあるわね。でも、問題を起こしたのはアースラじゃないでしょ?」


 確かにそうだが……でも、アースラが不用意に口にした事で何らかの問題が起きてているのは事実だ。彼に責任がないとは言い切れない。


「確かにそういう考え方もあるわね。で、タナトシアさんの迷宮がどうかしたの?」

「イルシス、そのタナトシアとか言うのを念話に呼べないか?」

「え!? タナトシアさんを……? どうかしら……」


 煮え切らないな。


「一応、前に話したわよね。私は古い神々よりも、かなり新しい神なのよ。それに引き換え、タナトシアさんはティエルローゼ開闢かいびゃく以来の最も古い死と闇の神レーファリアさんの娘なのよ。

 ちなみにレーファリアさんは生命の神タンムーズさんと双子なの

 あ、生命の神は生命の女神とは別ね」


 色々名前が出すぎ。

 それにタンムーズとかタナトシアとか……神話がごちゃまぜ過ぎないか?


「神話って誰の神話なのよ?」

「いや、それはいい」

「それじゃ、話を戻すのよ。私みたいな新しい神が、古い神にこうしろとかああしろとか言えないのよ。念話に出てくれなんて頼みようがないのよ……」


 言いたいことは解る。現実世界でも上司に部下が何かさせるのは難しいからな。


「解った。無理を言って悪かったな。こっちで何とかする」

「大丈夫なの?」

「ああ、突然すまなかった」

「いいのよ。また念話ちょうだいね」


 イルシスとの念話が切れる。


「はぁあぁぁ……」


 俺は深く溜息を吐いた。


「どなたと念話かな?」


 興味津々といった感じでメフィストフェレスが言う。


「ああ、イルシスとね」

「イルシス……? というと魔術の女神さまですな」

「そうだ。お前の上司、タナトシアを念話に呼んでもらおうと思ってな」

「神々とも親交をお持ちとは! ここまで来た冒険者だけの事はありますな」


 感心したようにメフィストフェレスがウンウンと頷く。


「で、タナトシアさまは?」

「呼べないと言われたな」

「なるほど。タナトシアさまとお話なさりたいなら、奥の部屋に参りますか?」

「どういう事だ?」

「奥の迷宮管理装置にタナトシアさまとお話する機能があります。緊急時以外は掛けてくるなと言われておりますので、一度も使ったことはありませんが」


 なんだと……? そんな装置があるなら使わせてもらうとしようか。


「よし、案内してくれ」

「お安い御用です」


 メフィストフェレスに案内されて奥の扉に入る。


 扉の向こうは通路になっており、左右に幾つかの扉がある。


「ここは私の職場兼住まいでしてな。タナトシアさまがご用意してくれた空間なんですよ」


 メフィストフェレスは自慢げに言っているが、こんなとろこに何千年もいたら飽きちゃう気がするんだけど?


「ケント。さっき神と念話していたな?」


 トリシアが俺の耳元で囁いてくる。


「ああ、イルシスに確認をとってみた」

「で、真実のほどはどうだったんだ?」

「ヤツの言葉に嘘は無さそうだ。確かにタナトシアの部下になったらしい」

「魔族の言うことは眉唾だと思ったんだが……魔族なのに秩序勢ということなのか……」

「信じられない事にな」


 トリシアも困惑気味です。


「さあ、着きましたよ。ここが我が生涯の職場、迷宮管理室でございます」


 そこはコンピュータルームと言えそうなものだった。


 数々のAR拡張現実モニターが並び、各階層の状態やモンスターの配置などが一目で解るように画面表示されている。


「すげぇな。まるでゲーム開発会社の一室のようだ」

「ゲームは好きですよ? まさにこの迷宮こそがゲームなのですから」

「命がけだがな」

「命を掛けてこそ、ゲームは輝きます! 死の支配者たるタナトシアさまだからこそ考え付かれた至高のものです!」


 あー、もう。コイツと話してると微妙に疲れる。ちょっとフィルのオーバーアクションに近いしな。


 アナベルが可哀想なものを見る目をしているよ。以前、トリシアとエマがフィルを見た時と同じ目だ。


「それはいいから、タナトシアと話をさせてくれ」

「あ、はい。こちらのボタンを押しますと、タナトシアさまとお話ができます」


 案内された端末の前にはARキーボードが表示されている。このキーボードは地球のものと一緒のキー配列だ。これにもアースラが関わってるんじゃ無かろうな?


 モニターを見てみれば、コマンド入力待ちになっている。

 俺は試しに「/HELP」と打ち込んで見る。


 すると、ズラズラとコマンド・ワードが表示される。


 ああ、これ、一般的なコンソールOSみたいだ。GUIモードってコマンドがあったので、実行してみる。


 実行されたモニターを見て、俺は溜息を吐く。


 うーん。マイクロン・システムズ社のグラフィカル・ウィンドウOSに似た画面だよ。


「おー、このような画面は見たことがありません」


 迷宮の管理者たるメフィストフェレスですら知らないモードかよ。まあ、現実世界の知識がなければ実行すらできないかもしれんが。


 俺はメニューからタナトシアとの会話が出来るプログラム『メッセンジャー』を呼び出す。


 メッセンジャーに登録されているアドレスには、タナトシアやアースラ以外にも、ウルドやラーシュなども登録されていた。


 これに登録されている神々の名前が、このダンジョンの開発に携わった存在っぽいな。ほんとに、アースラ何やってんの!


 取り敢えずタナトシアだな。


──タンタラタンタンタラリラン♪


 独特な呼び出し音が鳴る。

 メフィストフェレスも初めて見る機能に興味津々のようで俺の後ろから肩越しに成り行きを見ている。


──ピコン


 珍妙な音と共に、モニターに映像ウィンドウが開かれた。


 そこには黒髪の美女の横顔が映し出されている。爪をヤスリで磨いているようだ。


「メフィスト、何の用なの?」

「いや、俺はメフィストフェレスじゃない」

「あ、タナトシアさま。彼はケント・クサナギと申す冒険者でございます」


 俺の言葉に、肩越しながらメフィストフェレスが応える。


 すると、黒髪の美女がこちらに顔を向けた。


「あら? 貴方、誰?」

「今、メフィストフェレスも言ったろう。俺はケント・クサナギだ。ちょっとあんたに言いたい事があって管理装置の端末を使わせてもらっている」


 俺がそういうと、タナトシアはメフィストの方に目を向けた。


「メフィスト! 管理室に部外者の侵入を許したの!?」

「あー、すみません。どうやら神々とお知り合いの方のようですので、関係者かと思いまして……」

「なんですって……?」


 タナトシアはそういうと、俺の方に目を戻した。


「貴方、何者? 私の知らない神など存在しないのだけれど」

「ああ、生憎、俺は神じゃないんでね。ただの人間の冒険者さ」


 タナトシアの目がキッと厳しいものになった。それと共に、指をパチンと鳴らした。


「ん? 何それ?」


 何故か俺の頭の中でカチリという音がした。


「馬鹿な!? そんなはずは……」


 タナトシアが妙に狼狽うろたえている。


「そんな事はどうでもいいんだ。お前の作ったこの迷宮のシステムのせいで、俺の配下のゴブリンが攫われた。そういう事は即刻辞めてもらいたい」

「ど、どういう事……我が神罰が下らない訳はないわ!」

「あ? 神罰? お前、俺に神罰を落とそうとしたのか?」

「そ、そうよ! 私の領域に土足で入る者に神罰は下されるのよ! なのに……どうして……」


 タナトシアの狼狽ろうばいぶりが少し滑稽です。超絶美人のこういうシーンはあまり見たことないし、高みから言う女王さま気取りがやるとギャグ映画のようだ。

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