第17章 ── 第33話
眼の前に延びる通路を慎重に調べながら歩く。
ここに及んで転移の罠が仕掛けられている可能性が非常に高いからだ。
壁や床、天井までも丹念に調べながら進むが全く何も発見できない。いささか拍子抜けだ。
一五階層の階段区画に到着するも、従来の区画のように何方向にも延びる通路や野営の間などは存在しなかった。
だだっ広い空間の真ん中に霊廟の入り口のような石造りの建物じみたものが見える。
万が一、何かあっても良いように、仕舞っておいたアイアン・ゴーレムを取り出して先頭を歩かせる。
「よし、あの中央の建物に進め」
ゴーレムが返事もせずに歩行を開始する。
ズシンズシンと地響きを立てるゴーレムは、人間の歩行速度よりも些か早く歩くので、俺達の進行速度も早くなる。マリスに至っては小走りに近い。
霊廟に似た石造りの建物まで到達するのに三分程度だったが、何も襲ってこないし、罠の発動もない。
「この迷宮の管理者にしては、随分と優しいな」
トリシアが正直な感想を述べる。
俺はといえば何かあるんじゃないかとまだ疑っているんだが。
建物の入り口は扉などは無く、入り口がポッカリと開いているだけだ。壁や柱には装飾になりそうなレリーフもなく、シンプルなものだ。時代背景や作り手の思想などは一切感じられない。
入り口の中は闇に包まれており、ランタンや松明が必要になりそうだ。
これまでの迷宮には天井や壁から不思議なクリスタルの明かり灯っていたのだが。
「精霊ルーモスよ。闇を払い、我が眼前を照らせ。
俺の傍らにユラユラと揺れる光の玉が出現する。
ランタンや松明だと片手が塞がってしまうので、魔法の明かりを灯してみた。
一レベルの光魔法だと周囲を照らすだけだが、これは二レベルなので少々消費MPが高いが、どのような状況にも対応できるのが利点。
唱えたものの意思で一レベル魔法のように周囲を照らす事もできるし、サーチライトのように指向性をもたせることもできる。
入り口に足を踏み入れると、入り口の中はすぐに下へと降りる階段になっていた。
アイアン・ゴーレムが地面を揺らしながら階段を無造作に降りていく。
二〇メートルほど進むと、酩酊にも似た目眩のようなものが襲ってきた。俺は全身に鳥肌が立ってしまう。
ヤバイ。この感覚は今まで何度も苦汁を舐めさせられた転移されるときのモノと同じ感覚だ。
俺は慌てて周囲を確認するが、転移の罠に引っかかった時のような突然地形が変わるような視覚的変化は発見できなかった。
「転移かや?」
「そう感じたんだが……気のせいか?」
マリスが怪訝そうな顔で俺を見上げて来たが、俺にも転移させられたのか解らない。
「さっきの感覚だと転移したようだがな」
アナベルもハリスも頷いているので、全員が同時に転移した時の感覚を味わったらしい。
大マップ画面をみてみると、階段を降りた先に大きな部屋が幾つか存在することが確認できた。
ただ、今までの階層の広さに比べると、非常に狭いと言わざるを得ない。
とにかく進まないと話にならないので、先を急ぐ。
階段を下り終えると、少し広い広間になっており、正面にアダマンチウム製の巨大な両開きの扉が鎮座している。
扉をハリスが素早く調べるが、鍵穴もなければ罠もなさそうなのに開きそうにない。
「ケント……これは……何だと思う……?」
ハリスが指差す場所には、四角い箱のようなものが壁に付いている。その箱の中央やや下に赤いボタンのようなもの、中央やや上には内部にスピーカーがあるような網みたいな丸い意匠が施してある。
どうみてもインターフォンに見えるんですが。
トリシアたちも興味深げにインターフォンらしき装置を眺める。
「罠を作動させる仕掛けではないか?」
「今までの迷宮から考えても、怪しすぎるぜ?」
「こういうのはな。こうするのじゃ! えいっ」
マリスが不用意にボタンを押してしまう。
「馬鹿! 何をする!?」
「あ、ちょ!」
「私に出来ない事を平然とやれるマリスに痺れるな!」
ハリスが「……」無しに焦った声を漏らした。トリシアも慌ててワタワタしてる。ダイアナ、どこの街のチンピラの子分ですか。
俺はあまりの光景に吹き出しそうになってしまう。
──ピンポーン!
周囲に軽快な音が響き渡った。
「ちっ!
トリシアがホルスターからハンドガンを抜いて警戒する。
他のみんなも武器に手を掛けた。
『はーい。どちらさま?』
何やら軽薄そうな間抜けな声がしてきた。
「あー、迷宮をクリアしてきたものだ。さっき、ボスを倒したら階段を降りてこいって言われたんだが?」
──ドンガラガッシャン
一瞬の沈黙の後、壮絶な音がスピーカーから聞こえてきた。セイファードみたいだ。
『これは失礼。少々まってくれ給え』
さっきの間抜けな声と比べると、取り繕うような、それでいて格好つけたような声色に変わった。
五分ほど待っただろうか。
アダマンチウムの扉が、音を立てて開き始めた。
扉を押し開けているものは存在せず、魔法による自動ドアといった所だろうか。
ドアの中は玉座の間といった感じの豪華な造りの広々とした部屋になっていた。
奥には王座のようなものがあり、その前には人らしきものが立っているのが見える。
その人物の服装は大変派手だ。純白のタキシードっぽい貴族服に、表は同じ様な純白、裏地は真紅という派手マントを着けている。
よく見れば、貴族服もマントも白地の部分に金糸で豪華な模様が編み込まれている。
この世界で見たどんな貴族服よりも高価で悪趣味と言えそうだ。
俺たちが部屋に足を踏み入れると、その人物は仰々しい貴族風のお辞儀をした。
「ようこそ! 迷宮の最下層へ!」
俺らは慎重に近づいていく。
「警戒は不要ですぞ、冒険者たちよ」
「何者だ?」
「私はこの迷宮の管理人、ダンジョン・マスターとでも名乗っておきましょうか?」
俺は大マップ画面でダンジョン・マスターと名乗る人物をチェックする。
光点は白いので敵意は持っていなさそうだが……
「メフィストフェレス
レベル:七〇
脅威度:大
魔族軍の参謀補佐を務めていたが、紆余曲折を経て迷宮の管理人になっている。迷宮の全ての機能を十全に活かす為、日々、迷宮管理装置と悪戦苦闘の日々を送っている」
メフィストフェレスだと? あのゲーテの『ファウスト』に登場する悪魔の名前じゃねぇか!
「注意しろ! 魔族だ!」
俺は警戒の声を発した。
「ちょ! ちょっと! お待ちなさい!」
「魔族に油断も躊躇もせん!」
トリシアが抜いていたハンドガンを射撃しはじめる。
「
マシンガンのように発射された四〇発の弾丸がメフィストフェレスに襲いかかる。
「ホント、困りますよ!」
メフィストフェレスが両手を前にかざした。
『
飛来する弾丸を半透明の障壁が全て叩き落とした。
やはり魔族は無詠唱で魔法を使うようだ。アルコーンと同じだし、マリスが言うように、カリスに作られた魔族にとって魔法はにじみ出るようなものなのかもしれない。
「ひ、人の話を聞きなさい!」
「魔族の……混沌勢の言葉に耳を貸す必要などない!」
ダイアナがウォーハンマーを構えて突進する。
「混沌勢ではありません! 私は神に仕えるものです!」
「アホか! 魔族の神はカリスだろうが!? お前たちからしたら神かもしれんが、取り消さねば
あー、ダイアナが激高しちゃったよ。そりゃ邪神カリスも神に違いないが、それは魔族からしたらの話であって、マリオンたち神界の神々からしたら、魔族ってのは悪魔と変わりないもんな。
「いえ! ですから! カリスではなく、神界の神にお仕えしているのですよ!」
メフィストフェレスは、前に出した両手を必死に振っている。
この期に及んでもメフィストフェレスの光点は赤ではなく白いままだった。
「みんな! 戦闘停止!」
俺が叫ぶように言うと、戦闘態勢をとったまま全員の動きが止まった。
「ケント! 魔族の言うことを信用するのか!?」
ダイアナが物凄い剣幕で怒鳴る。
「いや、確かにヤツは魔族だ。俺のマップ画面で確認したから間違いない。だが、敵対する意思は全くないようだ」
「敵対していなくても魔族は魔族だ。滅ぼすべき存在だ!」
やれやれ、魔族でも話の解るやつがいる可能性だってあるだろうに。セイファードたち、前例があるのを忘れたのか。
「話を聞くだけだ。そいつの言い分次第で滅するかどうか決めてもいいだろ」
「しかし!」
「ペールゼン王国の例もある。まずは冷静になれ!」
そう言うとダイアナは衝撃を受けたような顔になり動きを止めた。
「あら? 綺麗な部屋ですねぇ」
ダイアナが引っ込み、アナベルが表に出てきた。
「戦いを止めてくれて感謝を。貴方がリーダーですか?」
「ああ、俺はチーム『ガーディアン・オブ・オーダー』のケント・クサナギだ」
「では、改めてご挨拶を。貴方の言う通り、我が名はメフィストフェレス。この迷宮にてダンジョン・マスターなる役目を神より賜りし者」
メフィストフェレスは、先程のように仰々しく頭を下げた。
レベル七〇の魔族ならアルコーンよりは弱いだろうし……最悪、俺一人でも何とかなると思う。先程の魔法を見る限り、魔法主体の魔族なのは間違いなさそうだ。オノケリスとアルコーンの戦い方に比べて、アルコーン寄りだしね。
何にしても、この魔族が言うことが本当かどうかは解らないけど、いざとなったらマリオンやイルシスに念話で聞いてみれば済む事だしな。
ヤツの言う神がどんな存在にしろ、領地内にいるものの平和と安寧を担う者として、配下のゴブリンを攫ったりする蛮行を許す訳にはいかない。
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