第17章 ── 第32話
ボス部屋に突入した俺たちが目にしたものは、体長一〇メートル以上の巨大な頭を持ったトカゲのような生き物だった。
「ケント! あれはドラゴンじゃないのじゃ!」
ああ、解ってるよ。マリス。
二体の巨大生物はこちらを振り返り、感情の無い眼を向けてきた。
「予想以上にでかい! ブレスが来る前に散開!」
トリシアの声がボス部屋内に響く。
いや、あの生物はブレスなんか吐かないよ。俺は良く知ってる……
「よし、
いやいや。その程度の魔法であの顎の攻撃からはどうにも出来ないんじゃないか? 噛む力は最大八トンもあると言われた大顎だぞ?
「ケント……どうしたんだ……?」
俺が呆然と巨大生物を見ていたため、ハリスの分身が心配そうに肩を叩いてきた。
「スゲェ……初めて見たよ……」
「何を……だ?」
「ティラノサウルス! それも生きてる!」
俺は興奮気味に巨大生物を指さして一オクターブ高くなった声で叫んだ。
「なんじゃ? ティラノ……それがヤツの名前かや!?」
「あれだよ! あれが恐竜だよ! 六五〇〇万年以上前に大地を闊歩した最強の生物だ!」
興奮気味の俺の言葉に、ハリスとマリスがティラノサウルスを見上げた。
「おー、帝国の博物館で言ってたヤツじゃなー。知性の欠片もないのはドラゴンじゃないからかや?」
「そうだ。あれはドラゴンじゃない……あれは恐竜だ! しかも地球上では二〇体程度しか化石が発見されていない。凄い貴重な存在なんだ!」
「貴重だと言っても、敵だろう? 戦わねば食われるぞ」
トリシアの意見ももっともです。肉食獣ですからな。それも地球で地上最強だったほどの。
「殺したくないなぁ……生きた状態で確保したいけど……」
「馬鹿かケント! あの巨体だぞ!? 無理に決まってるぜ!?」
そうだね、ダイアナ。仕方ないな。倒すか……
「ヤツの弱点は!?」
「ティラノサウルスに魔法や特殊能力はない。普通の大型生物と一緒だ。火に弱く、斬撃、打撃、何でも利くぞ」
ティラノサウルスは、鼻孔を鳴らし、俺たちの匂いを確認しているようだ。
直ぐに襲いかかってこないのは幸運と思える。あまり空腹ではないのかもしれない。
「顎の攻撃に気をつけろ。凄まじい力だったと言われている!」
ティラノサウルスは尻尾をユラリと揺らし、こちらに身体を向けてきた。
やはりドラゴンやワイバーンなどの竜族とは動き方が違う。尻尾でバランスを取っているのは地球の古生物学者の想像通りだ。
「図体がでかい分、動きは鈍いのう」
「あ、馬鹿っ!」
不用意に近づいたマリスに、猛烈な速度で大顎が襲いかかった。
──ガチン!
物凄い噛み音とともに、マリスの構えていたミスリルの大盾がひしゃげた。
慌てて手を離したためマリスは無傷だったが、盾はもう役目を果たせるような形状にない。
「わ、我が盾を……やりおったな!!」
「慎重に行け! 見た目以上に素早いぞ!!」
「解っておる!」
マリスは移動スキルを巧みに使い、ティラノサウルス二匹の攻撃を回避する。その度に、ガチンガチンと大きな音がする。
「この程度なら何とかなるのじゃ」
その瞬間、マリスの身体が吹っ飛んだ。極太の尾がマリスの移動先に炸裂した。
「あが……」
猛烈な勢いで吹っ飛んだマリスは壁に激突し、HPを二割ほど持っていかれた。
「俺が前に出る! マリスを守れ!」
俺の指示が飛ぶと、五人のハリスがマリスの周りに現れて防御姿勢を取った。
俺はティラノサウルスの前面に移動し、魔法を唱える。
『
さすがのティラノサウルスも強大な炎の壁に怯んだ。
「瞬足の一撃、斬影剣」
俺は居合の構えを取り、高い敏捷度を利用してそのまま突撃する。
ティラノサウルスの片足付近ですれ違いざまに刃を抜く。オリハルコンの刃は容易く足を切り裂く。カチリと頭の中で音がなる。
ティラノサウルスの丸太のような足は、たった一撃で断ち切られてしまう。
さすがオリハルコン製。切れ味は天下一品だ。
「ギャーーース!」
足を断ち切られたティラノサウルスが断末魔にも似た巨大な悲鳴を上げた。
片足の支えを無くした巨体が、そのまま俺の方に倒れ込んでくる。
俺は片手で巨大なティラノサウルスの身体を支えると、強く押しやる。
ティラノサウルスの身体は見た目から想像できないほど軽い。多分五トンくらいだろう。
古生物学者、スゲェよ。あんたらの想像通りだよ。
そこにもう一匹の尻尾が襲いかかってきたが、
「ありゃ。防御点はあまり高くないな。そりゃそうか。鱗もないようだし、皮膚は分厚いけど。尻尾の先のアレってただの羽毛か」
バランスが取れなくなり、頭から地面に倒れ込んだティラノサウルスを観察する。
頭頂部に同じ様な極彩色の羽毛、そこから背骨に沿って羽毛が生えている。尻尾は攻撃にも使うからか羽毛はなく、先端だけが羽毛に覆われている。
「保護色にもなってないなぁ。まあ地上最強だから隠れる必要もなかったのかもしれないけど」
最早動けず、のたうち回るしか出来ないティラノサウルスをシゲシゲと観察する。
「見た目以上に素早いから、狼みたいに獲物を走って追うのかな」
すでに俺の目は研究者の目であり、敵と戦う冒険者のそれではなかった。
「おい、ケント! とどめを刺さないのか!?」
「あ、そうだね。まだ生きてるし噛みつかれたら困るね」
俺は必要以上に動物を苦しめる趣味はないので、スキルを使って一瞬でティラノサウルス二匹の命を奪った。
「刀剣乱舞」
二筋の斬撃波がティラノサウルスの頚椎を断ち切る。
──ゲコホ
太い首から大量の空気が漏れ、珍妙な音を立てた。
ティラノサウルスの身体は暫くのたうち回ったが、やがて動きを止め静かになった。
「ふむ。やはり恐竜は変温動物じゃなく恒温動物だったのか」
これほどの巨体を維持するには、変温動物では難しいとか論文が発表されてたし、有名恐竜映画もその説を採用していたが、目の前の生物を見てそれが正しい選択だった事が確認できた。
俺は人間が生きていくのにあまり必要のない知識も大事だと思っているので、ティラノサウルスの生態などを知っておきたい。
長年、古生物学者たちが様々な論文を発表していたが、今、ここでその謎が解明されるんだから。
俺はしばらくティラノサウルスの死骸の周りを彷徨いていた。
「ケントはどうしたのじゃ?」
ふっ飛ばされて傷を負ったマリスの声が聞こえてきた。アナベルが傷を癒やしたのだろう。
「さあな。夢中になって巨大トカゲを調べているようだが」
「どこが料理の材料か調べているんですよ!」
うっせーな。子供の頃、恐竜博士になりたかった事もあるんだ。少しくらい本物のティラノサウルスを調べたっていいじゃんか。
「ケント……解体したい……のだが」
ハリスが躊躇いがちに声をかけてきた。
「ああ、そっちのはやっちゃって。こっちのはもう少し調べたらインベントリ・バッグに入れておくよ」
色々調べて解ったが、この二匹のティラノサウルスはオスとメスだ。メスの方が少々大きいね。骨格標本なり剥製にしたい所だが、この世界では価値はないか。地球に持って帰れたら、とんでもないビッグニュースになるのになぁ。
探究心を満足させた俺は、ハリスと共にティラノサウルスの解体を始めた。
一体はヴォーゼンの店に持ち込むため、そのまま解体せずにインベントリ・バッグに仕舞った。
解体しているこっちは食材用だよ。肉質は鳥に近いし、鳥の祖先ってのは本当かも。
人類初の恐竜の肉を食った人間に俺はなる! まずは唐揚げを試してみたいね。
俺とハリスが解体をしている間、他のメンバーが周囲を物色していた。
その時だった。
──パンパカパーン♪
突然、どこからともなくファンファーレが鳴り響いた。
『勇者たちよ! よくぞ迷宮を制覇した! 奥へと進み、階段を降りるが良い!』
「な、なんだ!?」
「どこから喋っているのじゃ!?」
「ケントが言ってた迷宮の管理者か!?」
女性陣が周囲を見回し、ハリスは分身を出して周囲警戒に入った。
俺も大マップ画面を開いた。
すると、壁だった部分がゴゴゴと音を立てて開いた。
隠し扉がありそうだと思っていた部分だったのだが、迷宮をクリアすると開くようなギミックを仕込んでいたのだろう。
マップによれば、開いた通路の先に下り階段の区画がある。
「みんな、どうやらダンジョン・マスターからのご招待のようだ」
解体したティラノサウルスをインベントリ・バッグに納めつつ、みんなに声を掛ける。
「なるほど。ケントの予想通りということか」
「次はどんな敵かのう」
「慎重に……行こう……」
「まだ先があるのか。楽しみだぜ!」
仲間たちもやる気満々です。
さて、ダンジョン・マスターには抗議もしなきゃならんし、聞きたいことも沢山ある。
どんなヤツかは知らないが、ここのところ陰険な罠に苦しめられた恨みは結構根深いからな。覚悟しておけよ!
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