第17章 ── 第30話

 翌朝、ジンネマンが自らの仲間を集めて話し合っていた。


「そう言われてもなぁ……」

「でも、師匠たちを敵に回すのは、もう勘弁なんだよね」

「ジンネマンが聞いた話ってのは信じられないが……あの強さは、あながち嘘とも言えないのではないか?」

「今までの俺の態度は申し訳なかった。俺は勘違いをしていたんだ。信用を取り返すためにも、勇者さまの言う組織に協力してみたい」


 アルハランの風が俺の方を見ていた。


 なんか居心地悪いぞ……そんなに見られてもねぇ。


「まぁ……嘘が禁忌のジンネマンが言うんだ。彼がそう言ったのは真実だろう。内容が本当かは別の話だ」


 神官プリーストは俺が嘘を言っていると暗にほのめかしている。本人は聞こえてないと思っているのだろうが、聞き耳スキルがキッチリ拾ってきているんですよねぇ。


「でも、面白そうな話だとは思うぜ? 階層をどこまで降りたかなんてヤツよりも、カードの色で実力が判るんだろ? わざわざ危険に身を晒してまで一〇階層に行かされる事もなくなる」

「確かにそうだ。ランクが上がれば報酬も増えるんだろう? 魔法書を買うにしても金はいる。もちろん迷宮に潜って未知の魔法書を手に入れるというのも魅力的だが……宝箱から出たことないしな」

「師匠も最高ランクなんだよね? それ、超カッコよくね?」


 お前は黙ってろ。


「お前は黙れ。俺は参加する価値があるんじゃないかと思ったがな。いつまでもホルトンに良いように利用されているのは、我が神もお望みではあるまい」


 戦士ファイターのツッコミが俺と同じなのに親近感を覚える。


 何はともあれ、彼らも参加に傾いているな。


「では、地上に戻り次第、ホルトンとは手を切るのは問題ないな?」


 聖騎士パラディンの言葉に他の四人もうなずいた。他の連中もホルトンとの関係に嫌気を感じていたんだなぁ。



 朝飯に昨日の残りご飯でオニギリを作って朝ごはんとする。


「これは米を丸めたものだな?」

「ああ、この黒いのって西岸のアニアスの国のノリって言う奴か?」


 むっ!? その情報は脳内メモにインプット!


「確かこれはフソウに伝わる伝統的な携帯食だぞ。以前、王都でフソウ商人が売り出して少し話題になった事があるな」


 興味深げに手にとったアルハランの風だが、口に運ぼうとはしない。


「ふっ……お主ら甘い、ケントの作った菓子よりも甘いのじゃ」

「ぬっ!? 金髪鋼鉄美少女! それはどういう意味だ!?」


 マリスの思わせぶりのセリフに戦士ファイターが食って掛かる。


「ケントのオニギリは普通ではないのじゃぞ?」

「王都でも食った事がある! ただの米を丸めた塩味のヤツだろうが!」

「ぬふふふ……これだから素人はのう……」


 ニヤリと笑ったマリスの顔がすごく悪い笑顔です!


「これはのう……食べてビックリ! 何が入っているのか解らない! くじ引きオニギリじゃ!」


 おい。そこは普通、ロシアン・ルーレットだろ。


「何だと!? アタリとハズレがあるのか!?」

「そうじゃ! 酸っぱいのはハズレじゃろ? 我はあの酸っぱいのはどうものう……」


 俺の梅干しモドキを嫌いだとっ!? オニギリには梅干し必須だろうが!


「酸っぱいとダメなのか? 俺は果物は酸っぱい方が好きなんだがな」

「そんな甘い酸っぱさじゃないのじゃ! 身が震えるほどじゃ」

「そ、そんな恐ろしい物が……」


──ゴゴゴゴゴゴ!


 俺がマリスの後ろに立った瞬間、ハッとして彼女は振り向いた。


「良いから食え……」


 俺の目がランランと光りつつマリスを見下ろす。

 マリスは今、この世にある最も恐ろしいものを見たという顔になると、慌ててオニギリに食らいつく。


「逆らってはダメなのじゃ……! お主も喰らわねば死ぬことになるのじゃぞ!」

「ああ……理解した……」


 食べ物で遊ぶ事を俺は許さん。


「馬鹿やってないで食えよ! 何だこれ……凄い美味い! 中に何か入ってるんだ!」


 魔法使いスペル・キャスターが、騒ぎを無視して食べ始めたと思ったら自らが騒ぎ始める。


「こっちは焼いた魚が入ってるよ!」


 チラリと見ると、オカカとシャケですなぁ。


「こっちは、何かツブツブが……」

「俺のも! これは何かの卵なのか!?」

「それイクラだよ」


 俺がイクラだと教えると、アナベルが反応した。


「イクラが入ってるのがあるのですか! どこ!?」


 東方語だろうと西方語だろうとイクラという単語は同じだからな。


 アナベルがオニギリの一つを取ってかぶり付いた。


「モグモグ……はぅっ! す、酸っぱいのです……」

「お、俺の作った梅干しモドキだ。オニギリには付き物だよな。この酸味がオニギリが腐るのを防ぐんだよ」

「なるほど。画期的な携帯食料なのですな。我が神の信徒にも教えねば……」


 神官プリーストが食べたオニギリにも梅干しモドキが入っていた。


「君はどの神さまを信奉しているんだ?」

「私はアイゼンさまの下僕ですよ」

「お、アイゼンの神官プリーストに初めて会ったなぁ! アイゼンは今、神界で大変らしいけど魔法は使えるんだね」

「ぬっ!? アイゼンさまが何だと言うんだ!?」

「ああ、浮気がバレて奥さんの頭に角が生えたらしいね」


 俺の目をしっかり覗き込んでいたはずの神官プリーストの目が、横にそれていく。


「あー……古来、アイゼンさまには女性の影が見え隠れするのは事実ですが……」


 何だよ。アイゼン! 信徒にも女癖悪いのバレてんのかよ!


『ま、待て! それは誤解だ!』


 突然、俺の脳内に知らない男の声が響く。


「だ、誰!?」

「わ、私か!? 私はアイゼンだ! 妹が世話になっているようだが、浮気は誤解だ! 帝国の女帝が私の子を産むという約束は、結婚する前の約束だぞ!?」

「いや、結婚後も子供産ませてたら浮気だろ。神なら約束守らないとなぁ……」

「いや、お前、ケントだろ!? 妹を通してでも良いから妻に言ってくれないか!? 頼む! お前だけが頼りなんだ!」

「はー、そういうのに巻き込まれたくないので、失礼しますねー」

「おい! ちょまっ!」


──プチッ


 俺は勝手に入ってきた念話のスイッチをオフに。

 アイゼンは自業自得だろうが。馬鹿だなぁ。


「おい……どうしたんだ……?」


 心配げな顔で神官プリーストが俺の顔を覗き込んでいた。


「あ、いや……突然念話が掛かってきて……」

「念話だと? それは珍しいスキルだぞ。使える人には会った事はないが……」

「あっちから掛かっていたからねぇ」

「その人は凄いんだな。なんて人だ?」

「あー、うん。俺の知らない人だと思うんだけど……アイゼンって言ってた」

「はっ!?」


 神官プリーストはオニギリを握りしめたまま、魂が抜けたようになってしまっている。


「おーい」


 一部始終を見ていたジンネマンが、ニヤリと笑った。


「馬鹿だな。勇者さまだぞ。神々との念話くらい当たり前にやってのけるのは当然だろう」


 おーい。お前たち……



 朝食が終わり、アルハランの風は地上へと向かった。


 別れ際、聖騎士パラディン神官プリーストの目が俺を崇めるような色を湛えていたのが気にかかる。


 俺を神か何かと思ってなければ良いんだけど。アースラみたいに現人神とか思われてたら、改宗しかねないからな。


 後片付けをして出発の準備をする。


 そういや、ソフィアから貰ったスキル・ストーン使ってなかったな。赤いストーンは初めて見たけど特別なものかな。


 四方から眺めて見ても中のスキルは解らない。インベントリ・バッグや能力石ステータス・ストーンの機能でアイテム自体のテキストを表示してみても、中のスキルが判明しない。レア・スキルかもしれない。


 ま、使ってみるか。


 俺はスキル・ストーンを握り念を込める。スキル・ストーンを開放するには握りしめて、こう心で念じるんだ。


『与えよ』


 そう念じた瞬間、スキル・ストーンを中心に赤い閃光がほとばしった。


「何の光じゃ?」

「何事だ。眩しいぞ」

「ほえー?」


 光が収まると俺は身体を隅々まで眺めてみるが、別に何の変わりもない。ま、見ただけで解るわけないけど。


 ステータス画面を開いて、スキルをチェックする。

 別に何も追加されていない。偽物でも掴まされたか?


 ふと、ステータス画面のコンフィグが開く歯車マークの下に吹き出しの形をしたマークが追加されていた。


「なんだこれ?」


 試しにクリックしてみる。


 別に何の反応もないが?


『何の反応じゃ?』

『というか、ケント。これは何だ? 頭の中にケントの声が聞こえて来たぞ?』

『ケントさんだけじゃないのです。皆の声が聞こえるのです!』

『本当だ。これは一体どういう事だ?』


 周囲を見ると、誰も口を開いてないのに仲間たちの声が聞こえてくる。


 こりゃ……パーティ・チャット機能か!?


『パーティ・チャット機能ってなんじゃ?』

「パーティ・チャット機能ってなんじゃ?」


 うわ。思った事と喋ってる事が一緒だとユニゾンで聞こえるのかよ。面白いな!


 聞きにくいので、マークをもう一度クリックしてオフにする。


「これで大丈夫」

「おい、ケント。さっきのは何だ?」

「少し面白かったのです!」

「念話みたいじゃったのう」


 俺も良くわからないが、あの赤いスキル・ストーンには『パーティ・チャット』の機能が封じ込められていたようだ。


「どうやら、同行中の仲間と念話で話せる機能らしいよ」

「それは便利な能力じゃな」

「そうだな。何らかの作戦中に秘密裏に情報交換できるとなれば、相当に有利に立ち回れるに違いない」

「そうなのです。きっと便利に使えるのです!」


 俺の言葉に女性陣は好意的だ。


「便利だが……心の中を……読まれるのは……」


 ハリスは少し困惑気味です。


 そういえば、さっきチャットで聞こえたハリスの声は流暢に喋ってたな。

 流暢に喋るハリスは少し面白いかもしれない。というか、頭の中で普通に喋れるんなら、口頭でも喋れるんじゃないのか?

 俺としては普通に喋って欲しい気もするんだけどね。まあ、それだとハリスってキャラが崩壊しちゃうか。難しいものだね。

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