第17章 ── 第29話

 俺は溜息を吐いてしまったが、真実は揺るがない。


「いや、アンデッドの存在を人類の敵としているのは、このティエルローゼに存在する神殿勢力だけだ。いや……神殿の影響下にある人類全部かもね」

「当然だ」

「だが、それは神の意思とは別だ。神はアンデッドを滅ぼすべき邪悪とは考えていない」

「そんなはずはない!」

「いや、事実だ。そこで寝ているアナベルは、お前と同じ神を信奉している。彼女も最初はお前のような感じだったよ。だが、彼女は神託の巫女オラクル・ミディアムだ。神と対話してその事実を知った」

「マリオン様の言葉なのか……」

「ああ。俺もマリオンと話したが、勘違いしていて困っていると言っていた」


 ハッとした顔で聖騎士パラディンが顔を上げた。


「お前も……マリオン様の使徒だったのか……」

「いや、使徒じゃ……ないなぁ……弟弟子とか言われてるけど……」

「弟弟子? 誰のだ?」

「マリオンの」


 聖騎士パラディンがポカーンとした顔になってしまった。言葉もないとはこのような状況なのだろうね。


「俺はアースラに戦い方を少々教わったんでね」

「英雄神アースラ様に!?」

「ああ、ちょっと厄介な敵と戦う事になったせいで、俺にちょっかいを掛けてきたんだよ」

「英雄神がご降臨召されるとは……一体何と戦ったんだ……?」


 信じられない話と思っているのは見え見えなんだけど、聖騎士パラディンは興味をそそられて嘘だとは断言できないようだね。自分の信奉するマリオンの名前が出てきてる以上、無視できないんだろう。

 俺の仲間にはマリオンの神官プリーストもいるし、彼女が俺を容認している段階で、俺の言葉を真実だと受け止めるしかないようだ。


「アルコーン」

「アルコーン!! 世界の敵……魔軍参謀……最悪の魔族だ……」


 みんな、アルコーンって聞くと、そんな反応示すよね。ちょっと笑う。


「ああ、レベル八五の強敵だったよ」

「ど、ど、ど……あ、あ、あ……」


 何かを言おうとしているが、言葉にならないようだ。


「どうやって亜神を倒したとか言いたいのかな?」


 図星だったらしく、彼は首をコクコクと縦に振っている。


「そうだな。エンシェント・ドラゴンに協力してもらった」

「ド、ド、ド!!??」


 こいつの反応ちょっと面白い。


「ま、ちょっと知り合いにエンシェント・ドラゴンがいたんでね。お陰で何とかなったよ」


 隣で俺の足を枕に寝ているマリスが、そのエンシェント・ドラゴンだとは思わないだろうし、嘘は吐いてないから良いよね?


 話の内容をようやく噛み締めた聖騎士パラディンは、目に理解の色を湛え始めている。


「な、なるほど……どうやら俺は貴方たちを見誤っていたようだ……」


 彼はしっかりとした視線で俺を見つめてきた。


「我が守護神マリオン様の名に掛けて……私、オルガ・ジンネマンは貴方たちに行いし数々の非礼をお詫び申し上げる」


 そして、聖騎士パラディンは俺に深々と頭を下げた。


「その謝罪を受け入れるよ。ま、半殺しにしたのはこっちだし、謝ってもらう必要もなかったけど」

「いえ、神々に認められた勇者たちに対する今までの非礼、我が守護神に神罰を与えられても文句も言えない所です。ホルトンとの薄汚い取引に長く身を染めた所為か、目が曇っていたと言わざるを得ません」


 ふむ。ホルトンの金の毒に侵食されていたと認めるのか。


「じゃ、ホルトンが何を企んでいるかは知っているの?」

「はい。自分を強くする為だと、目を瞑っておりました」

「んじゃ、これからは奴らに協力しない方がいいと俺は思うよ」

「はっ! そのつもりです」


 俺は寝ている他のアルハランの連中に視線を向ける。


「彼らもそうすると思う?」

「おそらくは」

「だけど、今まではお前に従っていたみたいだが、相当不満に思ってるようだぞ? お前の言葉を聞くかなぁ。俺は確信を持てないけど」


 ジンネマンは暗い表情で項垂うなだれた。


「お言葉、ごもっともです。今までの俺は傲慢に過ぎました。思い返してみても恥ずかしい事です」


 まあ、聖騎士パラディンっぽくは無かったんだろうね。


「これからは心を入れ替え、マリオン様の……いえ、世界のために力を振るいたいと思います」

「心がけは良いんだけどね。世間はそんなに綺麗なもんじゃない。人の心は弱いものだ。信念を持たぬ者は、些細な甘言にすら抵抗できないものだよ」

「それでも! 我が理想は人々を守り、平和な世界を構築する事。この生命を掛けても実現を目指します!」


 そんな理想があったのに、随分とホルトンの毒にやられていたもんだねぇ。ま、そんな事を言っても彼の決意に水を差すだけか。


「ま、それなら……ちょっと協力してもらおうかな?」

「協力ですか? 勇者さまの願いならどんな事でも!」

「いや、勇者じゃないんだが……」


 どうも、神に何か頼まれたとか、神と関わっただけで勇者扱いされるのには慣れないな。帝都のマリオン神殿のヤツもそんなだったよね。


「それはいいけど、協力の事だ。スミッソンは知っているか?」

「レリオンで生活していて彼を知らない者はいません」

「そうだろうね。で、スミッソンが、今、大陸東方にある冒険者ギルドに準拠した組織を作ろうとしているんだ」

「冒険者ギルド……? 噂で聞いたことがあるような気がします」


 俺は頷く。


「ああ、東方の冒険者ギルドは、一般市民を守る冒険者の集まりだよ。国に属さず、困った者を助ける奴らさ。依頼を持ってくる者から運営のために多少の金銭を徴収するが、概ね平和や秩序を維持するために頑張っているんだ」


 ジンネマンは食い入るように耳を傾けている。


「そんな組織をレリオンにも導入したいとスミッソンは考えているんだよ」

「それは素晴らしい考えです。是非導入して頂きたい!」

「そうだろう? だからお前にも協力してもらいたい。君たちのチーム『アルハランの風』はレリオンで最高の冒険者チームとして有名なのだろう?

 そのチームがスミッソンの組織する冒険者ギルドに参加、加入した場合の影響を考えるんだ。他の冒険者もこぞって入るんじゃないか?」


 俺の言葉が聖騎士パラディンの頭の中に染み込んでいく。


「なるほど……それは確かにそうかもしれません」

「だから、スミッソンに協力してやってほしいんだよ。ホルトンと手を切るなら彼に後ろ盾になって貰えばいい。

 君たちはこの街では珍しい高レベルの冒険者チームだ。きっとスミッソンも喜ぶと思うよ」

「勇者さまがそう言うのであれば。我が守護神マリオン様もお喜びになる事でしょう」


 ふむ。協力してくれそうだな。彼の人望の無さで、他の連中が協力しない可能性もあるけど……


「ところで……勇者さまも、その冒険者ギルドに協力を?」

「ああ、俺は東方の国にある冒険者ギルドに所属している。すでにギルドの冒険者さ」


 そういって、俺は冒険者カードを取り出して見せてやる。


「おお。これが冒険者ギルドの証ですか!」

「ああ、所属する冒険者にはこのカードというものが交付される。カードの色で冒険者の実力を表している」

「これは……なんという色でしょう?」

「知らない? オリハルコンの色だ」

「オリハルコン! 神々の金属! これが!?」

「といっても、このカードはオリハルコンの色を真似たものだよ」


 ジンネマンの視線が俺の剣に注がれる。


「ああ、こっちは本物ね。これはへパさん……へパーエスト神が協力してくれて俺の知り合いが作ってくれたものでね」

「おお……へパーエストさまとは……神々の鍛冶師……」


 神の力の一端を見せられ、ジンネマンは五体投地寸前だ。


「で、冒険者はアイアン黄銅ブラス青銅ブロンズカッパーシルバーゴールド白金プラチナ、ミスリル、アダマンチウム、オリハルコンという一〇個のランクに分けられるんだ」


 俺を見上げるようにジンネマンが顔を上げた。


「ということは、勇者さまは最高ランクということですか」

「ああ、俺の仲間全員がオリハルコンの冒険者だ」


 ジンネマンは周囲の仲間たちを見回して眩しそうな顔になる。


「さすがは勇者さま御一行……」

「ま、登録したてはアイアンランクからだけど、依頼者からのクエストを解決していけば、段々とランクが上がっていくんだ」


 ジンネマンは首を縦に振りまくる。


「なるほど! ランクは冒険者の実力を一目ひとめで判るようにできるわけですね!」

「そういう事。解りやすいし、次のランクを目指すというのは冒険者にも張り合いになるだろうね」

「良い仕組みです。是非ともスミッソン氏に協力しなければ……」


 ジンネマンは、かなり楽しげに言っているが、ランクが上がれば色々と義務も発生するからねぇ。結構大変何だよ?


「ギルドに所属する冒険者は、この迷宮にたむろするような冒険者とは違うのは心得ておくと良いよ。低ランクなら煩く言われることは少ないけど、ランクが高くなればなるほどに、そのランクに付きまとう義務がある」

「義務ですか?」

「そうだよ。都市にしろ村にしろ、守るべき人々を守れない冒険者に価値はないんだ。ギルド憲章というものがあるし、それを遵守しなければギルドから追放され、ギルド員としての特権は剥奪されるんだ」

「それは当然の事でしょう。我々神職が神々と交わす契約においても同様です。神の教えに反すれば、その力は行使できなくなるのですから」


 へぇ。神々と契約を交わすのか。そうすると神聖魔法が使えるようになるのかね?

 俺は神に知り合いはいるけど、契約は結んでないもんなぁ。誰かと契約するべきか?

 いや、契約した途端、クラスが神官プリーストとかに変わっちゃったら困るから、軽々に契約などできないな。

 今度、イルシスかマリオンにでも聞いてみるか。アースラに聞いても良いけど、元から神じゃない彼がそういうシステムを理解しているかは謎だ。


「ま、今直ぐにできる組織じゃないし、準備とかも相当掛かると思うんだ。五年、一〇年と掛かる案件だろうから、気長に協力してくれれば助かるね」


 ジンネマンも頷く。


「さて、そろそろ寝た方がいいんじゃないか?」

「そうします。勇者さまに夜番などさせて申し訳ないのですが……」

「だから、勇者じゃねぇよ! ただの冒険者だ。君らと同じだよ」


 流石は勇者さまとか言いかけたジンネマンが口を抑えて自分の毛布のところに戻っていく。



 全く、宗教家どもは直ぐに俺を勇者に仕立て上げようとしやがる。その点、アナベルはそうじゃないから助かるね。といってもマリオンの姉弟弟子と人に紹介したがるから同じような気もするが。

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