第17章 ── 第28話

 戦闘が終わり、アルハランの連中に手当や治療を施してやる。

 気絶した奴らも目を覚まし、俺らの行動を見て敗北を悟り、意気消沈している。


 盗賊シーフだけは一部始終を無傷で見ていたので、仲間たちから怨嗟えんさの目で見られていた。


「いや、あれには勝てないよ。凄いもん」


 彼は三〇近い年齢だが、妙に子供っぽい口調なのが特徴だ。


「あんなスキル見たことない」


 ハリスの忍法影縫いでピクリとも動けなかった彼は、自分に非はないと言いたげに力説する。


「いや、それよりも魔法を跳ね返すなんて聞いたことがない。俺は死んだと思ったね。自分のとっておきの魔法だったんだぞ」


 魔法使いスペル・キャスターは、俺の魔法こそ驚異的だと言い張る。


「それはどうかと思うぞ? 俺の十字斬クロス・エッジを簡単に止めた金髪美少女の方が凄いだろ!」


 戦士ファイターはマリスに熱い視線を送りながら言う。


「いや、あの槌捌きこそ至高だ。自分たちが誰に伸されたのか考えても見たまえ」


 神官プリーストは改宗しそうな勢いでダイアナ・モードのアナベルの技を褒めそやす。


 あれほどの強者たちだったんだから敗けても仕方ないと、彼らは俺たちを持ち上げることで屈辱の敗戦を糊塗しようと躍起なようだ。


 ただ、一人。聖騎士パラディンだけはブツブツと言葉にもならない声を出しながら俯いたままだ。


「君たち、あれは放っておいていいのか? 何かオカシクなってる気がするんだが?」


 俺が聖戦士パラディンを後ろ手に指さして言うと、アルハランの面々は彼をチラリと見ただけで視線を反らした。


「まあ……いいんじゃない? アイツ、一番レベルが高いのを良いことに散々威張ってたし……」

「そうだな。分け前も一番多く持っていっていた」

「俺の魔法を馬鹿にしているフシもあったしな」

「神に仕える者としても、あれでは……」


 どうもリーダー格の聖騎士パラディンは横暴だったらしく、あまりメンバーに好かれていなかったようだ。


「そもそも自尊心が高すぎる。自分以外のやつは格下だと思ってはばからないヤツだからな。敗けて自尊心が木っ端微塵に吹っ飛んだんだろうさ」


 戦士ファイターが辛辣に彼をこき下ろす。


「それに引き換え、あんた達は凄い! 一糸乱れぬ連携、そして尋常ならざるスキルの冴え! 感服した!」

「あー、そういうのはいいんで」


 戦士ファイターの賛辞に他の連中も同意するように首肯するが、俺はそういうのは面倒なので軽めに拒絶しておく。


「で、お主らはこれからどうするつもりじゃ?」

「あいつを連れて帰るしかないですね」


 聖騎士パラディンにチラリと視線を向けて戦士ファイターが言う。


「ふむ。ま、帰るにしても明日にした方がいいだろう。もう夜だしな。メシを作ってやるから食ったら寝ろよ」


 俺はそう言って料理の支度に取り掛かる。


「あんたの無限鞄ホールディング・バッグは凄いね。そんな大きいモノが何個も出てくるなんて……どこで見つけたのさ」


 盗賊シーフが気安く声を掛けてくる。


「ここじゃ手に入らない物だ」


 ジロリと俺が睨むと、そーっと手を伸ばそうとしていた盗賊シーフが手を引っ込めた。

 彼の後ろにはいつの間にか短剣を抜いたハリスがいて、首筋に刃を当てていた。


「じょ、冗談だよ、師匠。盗る気なんてこれっぽっちもないよ!」


 ハリスは無表情で短剣を鞘に納めると、盗賊シーフの首根っこを掴んで引きずっていった。


 ハリスにはそういう冗談は通じないよ。というか言語がまず通じてないから……下手したら本当に後ろから『暗殺アサシネイト』されると思うから気をつけろよな。

 ま、盗もうとしても、インベントリ・バッグは本人認証機能もあるし、盗めないけどねぇ。

 俺がタクヤのインベントリ・バッグを所持品として手に入れたという前例があるので、コイツがプレイヤーなら可能かもだけど……プレイヤーじゃなさそうだし絶対無理だね。



 さて、本日の料理はラウンド・ウルフのステーキをメインに、ハネック・ランド・ウィードのサラダです。スープとしてコーンポタージュも作ってみました。


 ラウンド・ウルフは喋る狼なので食用にはどうかと思ったけど、肉質が素晴らしかったので食材にしてみました。


 ハネック・ランド・ウィードは食肉植物ですが、非常に香りのよい葉っぱだったのでサラダにしてみたわけです。歯ごたえがシャキシャキしているので絶品です。醤油ショルユと生姜の絞り汁、胡麻油を混ぜて作った和風ドレッシングで召し上がれ。


 食卓用のテーブルを一つ余分に出して出来上がった料理を並べる。


 アルハランの奴らも料理の良い匂いに目を皿のようにしている。


「早く席につけ。じゃないと、俺の仲間が全部食っちまうぞ」


 俺がそう言うと、アルハランの連中は慌てて席についた。


 もっとも、これは脅しでもなんでもない。トリシア率いる食いしん坊チームの三人なら確実に腹に納めるだろうからな。


「みんな席についたな。よし、食え」

「おう!」

「今日は素敵なステーキじゃの!」

「マリス、そういう冗談はいい。戦いはこれから始まるんだからな!」


 号令と共にステーキにナイフと突き立てたダイアナはともかく、オヤジギャグ的なジョークを言うマリスに、トリシアが注意を飛ばしている。


 というか、トリシア……君は本当に毎回何と戦っているんだよ?


 食事が始まると、食卓はまさに戦場と化した。食いしん坊チームはいつもの事だが、アルハランの風の連中までが、これでもかと料理を口に押し込んでいる。少々行動のおかしかった聖騎士パラディンですら夢中でステーキに食いついていた。


「落ち着け。お替りもあるからな」

「お替りじゃ!」

「私も!」

「こっちもだ!」


 食いしん坊チームよ。ご飯は良く噛んで食べないと身体に良くないぞ? まあ作った者としては嬉しい光景だけどねぇ。


 お替りのご飯をよそってやり、ついでにステーキの追加も皿に盛ってやっていると、アルハランの風の奴らも遠慮がちにお替りの皿を出してきたので、仲間たちと同様に盛ってやる。


 これだけ食いっぷりが良ければ、地上に戻るのに支障はなさそうだな。


 食い気がある内は人間どうにでもなるものだ。

 食欲を失ってしまうと、行動力が無くなり、注意力も散漫になってしまう。そうなったら死へまっしぐらだろう。ダンジョン内では特にそうだと思う。


 食後のお茶を出し、俺も一息入れる。


 この世界には煙草という文化はあまり見られないが、ルクセイドに来てからは少なからず見るようになった。アルハランの戦士ファイターも喫煙家のようだ。


「ふー。メシの後の一服は辞められねぇ」


 満足そうな長い吐息と共に紫煙を吹き出した。


「それは良くわかるなぁ」


 俺も一応、現実世界では喫煙家だったんだが、ティエルローゼに来てから欲しいと思ったことがないので、身体を侵していたニコチンが、身体の再構築の時にでも完全に抜けてしまったのかもしれない。


「ダンナも吸う口か?」

「ああ、以前はね。今は全く欲しいと思えないんだけどな」

「それがいいと思うぜ。高いばっかりで、煙になって消えてしまう。金食い虫だからなぁ」


 どうやらティエルローゼでの喫煙は、それなりに金を持った者にだけ許されるような高級な物らしい。

 彼の吸っているものは、タバコの葉を乾燥させて刻んだ物を非常に薄い紙で巻いたものだ。フィルターのようなものはないので、かなりキツい代物だろう。


 この世界は紙は比較的高い。製紙技術が未熟なのだから当然の事だが、その紙を非常に薄く仕上げた物は、べら棒な金額なのだ。不完全燃焼するような厚い紙では吸い心地も味も悪いし、それに煙が目にくるからね。


 タバコの葉自体もそれほど普及した農作物ではないし有毒なため、食用にはできない。

 この世界の食糧事情などから考えると、農家がタバコを栽培する理由は見いだせない。

 よって少数しか栽培されないタバコは、現実世界以上に嗜好品の色が強いわけだ。一袋、金貨一枚とかするらしいからねぇ。


 深夜になり、俺が見張り番をしている時だ。


 寝ていたはずの聖騎士パラディンが起き出して、俺のところまでやって来た。


「聞きたいことがあるんだが……」


 焚き火を挟んで俺の対面に座った彼が口を開いたのは、座ってから一〇分以上も経ってからだ。


「何だよ?」

「どうやったらお前たちのように強くなれるんだ?」


 そんな事か。どうやってって聞かれても、俺のレベルはドーンヴァースで培ったものだから、この世界でどれほど適用できるか解らないが、何も教えなかったら彼も引き下がれないだろう。


「そうだな。ただ敵を倒していれば強くなれるという物ではないと思うよ。まず、相対する者の情報が必要だ。そして、それを踏まえた上での戦術。

 戦闘とは戦う前に勝敗が決まっている事が多いんだよ」

「それは判る。どうやったらレベルが上げられるのかという事だ」


 レベルか……実のところ、この世界に来て、簡単にレベルが上がっていくので、コツというものが解らないんだ。

 トリシアですら、俺と知り合う前はレベル四二どまりで、冒険者を一度やめてからは殆どレベルは上がらなかったらしいしな。


「お前はレベル三三だっけ? その辺りだと、俺はワイバーンと戦っていたな」

「ワ、ワイバーンだとっ!?」

「ああ、ワイバーンはレベル二五の初級ドラゴン種だ。ミスリルくらいの武器と防具があれば倒せない敵じゃない」

「そ、そんな相手と死闘をしなければレベルは上がらないのか……」


 死闘というほどじゃないだろ……と言い掛けて俺は口をつぐんだ。

 ドーンヴァースではプレイヤーは死んでもセーブポイントで生き返ることができる。俺も最初は何度も死んで、ワイバーンとの戦い方を覚えたんだ。

 命が一つしかない現実の世界でワイバーンと戦い合うのは得策とは言えない。

 ワイバーンはレベル二五と言っても、ドラゴン種だけあり、基礎能力値が異様に高い。装甲値もレベル四〇のバジリスク以上だ。


「ま、ティエルローゼだと死と隣り合わせだな。ちょっと試せとは言えないか」

「まるでこの世以外から来たような口ぶりだな」

「どうだろう? 俺はちょっと珍しいクラスだから、俺の戦い方は参考にはならないだろうな」

剣士ソードマスターだろう? いや……そういえば魔法を使っていた……」

「ああ、魔法剣士マジック・ソードマスターだ」

魔法剣士マジック・ソードマスター……そういえば……このルクセイドにはいにしえの伝説があったな……」

いにしえの伝説?」

「ああ、亡国の英雄の物語だ。聖カリオス王国にまつわる話だな。悲劇の姫が最後に命令を与えた騎士は魔法を使ったと言われている」


 セイファードの事ですな。


「聖王国と共国が合併し、領王国となる前の話だ。本当かどうかも解らない噂程度のものだ」

「ああ、セイファード・ペールゼンの事だろう。彼が魔法騎士マジック・ナイトなのは事実だよ」

「お前も知っているのか」

「知っているというより……友人なんでね」


 俺がそういうと、聖騎士パラディンは驚く。


「友人!?」

「ああ、あいつはまだ生きている……と言って良いのかどうか……」

「その言い草だと、幽霊か死霊にでもなっていそうな感じだが」

「ま、今はノーライフキングだよ。死霊やら幽霊なんて甘いものじゃない」


 カクーンと聖騎士パラディンの顎が落ちた。


「探そうなんて思うなよ? 一瞬で殺されるぞ」

「人類の敵……だぞ……?」

「そうでもない。彼はある国の王をしているからな。国民の受けもいい」

「最悪のアンデッドが……馬鹿な!」


 やれやれ、こいつもか……


 というか、この世界の神官系のヤツは全部、こんな考え方だろうな。アナベルもそうだったし。

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