第17章 ── 第27話

 俺の問いに、アルハランの連中が笑いながら立ち上がった。


「跳ね上がりを躾けるのも先人の役目だからな」

「悪く思うなよ。命まで取るつもりはないから安心しろ」

「支援者のご意向は無視できない」

「やりたくはないんだけどねぇ」


 聖騎士パラディンの後ろにズラズラと歩いてきたアルハランの面々は、自分たちが格上だと確信しているんだろうなぁ。それは勘違いも甚だしい。


「そういう事だ。申し訳ない」


 聖騎士パラディンも済まなそうな顔だった。やめる気はないようだ。


「やる気らしいな。皆殺しにして良いんだよな?」


 トリシアが相変わらず物騒です。


「身の程を知らぬというのは罪な事じゃのう……食らい尽してやるのじゃ!」

「あの聖騎士パラディン、私と同じマリオンさまの信者だぜ? 神の威光も解らぬ馬鹿は誅滅しておかないと、マリオン様に迷惑が掛かるな!」


 食べるのはやめとけ。というか、あいつマリオン信者なのかよ。神官プリーストの方は違うのかな?


 アルハランの風の連中が、それぞれの武器を抜く。


「やれやれ……死んでも文句ないってことだよね? 他にも冒険者が多数俺たちを狙っているのは解ってたんだよねぇ。まさかアルハランまで馬鹿な事をするとは思わなかったよ」


 俺はやれやれといった仕草をして、剣の柄に手を掛けた。


「腕にそれなりの自信があるようだが、上には上がいると知れ」


 聖騎士パラディンがアダマンチウム製の剣をスラリと抜いた。


「はいはい。御託は戦闘が終わってから聞いてやるよ」


 俺は仲間たちに顔を向ける。


「腕の一本や二本は構わない。思いっきりやれ。だが、殺すなよ」

「何でじゃ!? 襲ってくるなら敵じゃろうが!」

「そうだぜ、ケント。火の粉は払うだけじゃ火事になる」


 マリスとダイアナが不満げに抗議してくる。


「ケントには何か考えがあるのだろう。ケントの言葉に従っておけ」


 トリシアが二人にそういうと、二人とも渋々といった感じだが頷いた。


「ま、迷宮のスター選手がいきなり消えたら、レリオンも困るだろうからな。殺した所で何の益もないんだ。ちょっとした教訓を与える程度にしてやろうじゃないか」


 東方語で話していたようで、アルハランの風にはチンプンカンプンだったらしく、彼らは怪訝な顔になっている。「スター選手」という所にマリスが反応して「素敵用語じゃ」って言ってたけど無視する。


「話し合いは済んだようだな。それでは始めようか」


 聖騎士パラディンがそう言うと、ミニマップに表示されている彼らの光点が赤く変わった。


 お遊びや訓練じゃない言うことだな。覚悟があっての事なら良いんだが、絶対、俺たちを舐めてるよなぁ。


 などとガッカリしていると……聖騎士パラディンが呪文を唱え始めた。

 戦士ファイターが前に出て来て聖騎士パラディンの詠唱をカバーする。

 盗賊シーフがショート・ソードを構えて影に隠れるような動きを見せる。

 もちろん、魔法使いスペル・キャスター神官プリーストも呪文の詠唱に入っている。


「先手はあちらに取らせろ。格の違いを見せつける!」

「承知……」

「おう!」

「任せるのじゃ!」


 トリシアの指示で仲間たちの意識が一つになる。


 さすがだ。俺の意図を一番理解しているのはトリシアだね。


 俺はオリハルコンの剣を抜き、いつでも反応できるように身構えた。


聖なる防御膜ホーリー・ガード・メンブランス!』


 アルハランの五人が緑色のオーラに包まれる。


「喰らいな!」


 戦士ファイターの攻撃が俺に迫った。


「させぬ! タクティカル・ムーブ!」


 マリスが割り込み型の移動スキルを発動し、ひょいと俺の前に飛び出る。


──ガギギン!!


 戦士のスキルがマリスの盾にぶち当たり、十文字に切り裂こうと火花を散らした。


「刃よ伸びよ! スパイラル・スピア!」


 マリスが剣のコマンド・ワードと同時に螺旋突きのスキルを発動した。


 猛烈な回転が掛かったオーラの刃が戦士ファイターのラウンド・シールドを貫いた。


「ぐおっ!?」


 戦士ファイターのラウンド・シールドはマリスの剣と同じミスリル製だが、まるでプリンにフォークが吸い込まれるが如くオーラの刃で簡単に穴が開いてしまった。


 マリスが刃を引き抜くと同時に戦士ファイターの肩から鮮血が飛び散った。


──ガラン……


 戦士がラウンド・シールドを取り落とし、部屋の中に大きな音を響かせた。


「そんな紙装甲では仲間は守れぬのじゃ。身の程を知れ」


『……ヘル……フォーリオ! 炎の嵐ファイア・ストーム!』

魔法反射マジック・リフレクション


 俺は魔法使いスペル・キャスターが発動させた魔法に、カウンター魔法を無詠唱発動した。これは敵の魔法をそのまま返す魔法だ。魔法使いスペル・キャスターには非常に嫌な魔法だろう。


「ぎゃああぁあぁ!」

「うぐぅ!!」

「くっ!」

「うがぁ!」


 魔法使いスペル・キャスターの放った炎の嵐ファイア・ストームは、強力な火属性範囲攻撃魔法だ。こんな迷宮内で使う魔法じゃない。


 アホなのか? 大方、敵味方識別のセンテンスを入れているから自分たちは安心だと思っていたんだろうけど。


 ただ、こういう風に魔法を返された場合、仲間もろとも効果を受けてしまう。もちろん、こちらは味方判定されるのでノーダメージ。


「い、いかん……!」


 炎の嵐ファイア・ストームのダメージで唱えていた呪文を中断されてしまった神官プリーストが新たな魔法の詠唱を始めた。


『オルド・ウーシュ・ソーマ・ヒルディス・モート・ライファーメン! 中級回復空間フィールド・オブ・ミドル・ヒール!』


 五メートル四方に淡い光の輪が現れ、その中にいた者のHPを回復していく。

 何故か俺たちにも回復効果が発揮されているのが間抜けだ。


「馬鹿か? 敵まで回復の範囲に入れてどうするんだよ」


 ダイアナが辛辣な言葉を神官プリーストに投げつけている。


 俺もそう思うけど、慌てたのでIFF(敵味方識別)のセンテンスを入れ忘れたんじゃないかな?


「くっ!」


 それを聞いた神官プリーストが悔しげに声を漏らした。


 表示してある彼らのHP残量はかなり回復したようだが、全回復とまでは行かなかった。マリスに攻撃された戦士ファイターに至っては、HP残量は六〇パーセントといった所だ。他は八〇パーセントくらいか。


「忍法……影縫い……」


 シュッと音を立てて、一本の手裏剣が影の一画に突き刺さった。


「うわっ」


 影に隠れてコッソリと移動していた盗賊シーフが声と共に姿を現した。


 ハイド・イン・シャドウとサイレント・ムーブの複合技で俺たちの背後に回ろうとしていたらしいね。

 HPバーとかステータスが表示されているので、俺の目からは隠れられてないんだけどね。


「稲妻よ!」


 ダイアナがウォーハンマーのコマンド・ワードを発動する。

 バリバリとハンマーヘッドに稲光が発生し始めた。スタン・モードだね。


「連聖撃破槌」


 ダイアナが敵陣に飛び込み、流れるような槌捌きの連打を離れてる所にいる盗賊シーフ以外の四人に炸裂させた。


 スキルのダメージとスタン効果によって三人が昏倒する。だが、聖騎士パラディンだけは剣と盾を両方使った防御行動で、気絶する事を拒否した。


「ピアシング・バレット!」


 その防御の隙をトリシアは逃さなかった。

 スキルによる貫通性特殊効果を弾丸に乗せ、聖騎士パラディンの両脚を狙い撃った。


 防御膜を簡単に撃ち抜いた弾丸が、聖騎士パラディンの後ろの床に二つの穴を穿った。


「ぐはっ!」


 さすがの聖騎士パラディンもガクリと膝を折って床に転がった。


「ほい、戦闘終了。一ターンで片が付いたなぁ……」


 この世界にターンという概念はないが、何となくゲーム用語が出てしまう。


「馬鹿な……俺たちが負けるなど……」


 聖騎士パラディンは信じられないといった顔で言うが、足を撃たれたせいで動けない。


「当たり前だろ。三〇そこそこのレベルで俺たちに勝てるはずないだろ」


 俺は呆れ顔で言う。


「お前たちは……俺たちよりレベルが高いというつもりか……?」

「つもりも何も事実だからな」

「いや、そんなはずはない! その魔法の武具のおかげに違いないんだ! そうでなくて、俺たちが負けるはずはない!」


 現実から目を反らしても何の意味もないんだがなぁ。


 冒険者をするなら徹底的にリアリストになるべきだ。自分の実力に幻想は要らない。実力を過信しすぎた結果が今の状況なのだから。


 俺のように敵のレベルやHP、脅威度を表示できるならともかく……そういった情報を目隠しされている状態なら、相対する者の身のこなし、雰囲気、武装などから実力を判断していかねばならない。

 長く冒険をしていれば培われる能力のはずなんだがなぁ。


「俺たちは五〇レベルを越えたチームだ。お前らじゃ勝ち目はない」


 俺がそう言うと聖騎士パラディンが目を見開く。


「嘘だ……嘘だ! そんな人間がいるわけない!」


 信じられない事を知って子供のように喚き始めたよ。


「そんなはずはないんだ……俺より強いヤツなどいるはずはない……」


 床に這いつくばって、ブツブツと呟くコイツはもう立ち直れないかもしれない。


「こいつ阿呆じゃろか? 上には上がいるのがこの世じゃろ?」

「まあな。人間がどんなに頑張っても、神には勝てないだろうし」

「ドラゴンにものう」


 それ、君が言うと嫌味だね。エンシェント・ドラゴンという高みから言うのだから言葉に重みがあるけどさぁ……


 ハリスが手裏剣を回収し、盗賊シーフの腕を捻り上げて連れてくる。


「痛ぇ! 離してくれよ! もう逆らわないから!」


 盗賊シーフを気絶したアルハランの奴らの方に放り投げてから、ハリスは俺の近くまで歩いてきた。


「こんな……もんだろう……」

「ご苦労さま」


 ハリスはウチの仲間の中でも一番レベルが低いんだが、戦闘における安定感は一番だ。どんな状況でも対応できる忍者スキルが大変頼もしい。


 さて、一応、片は付いた訳だが、これからどうしようか。

 あまりにも呆気なかったので拍子抜けだけど、レベル差ありすぎて当たり前という気もする。

 ただ、アルハランが失敗した以上、他の冒険者たちが襲撃してくるとは思えない。アルハランもホルトンに報告くらいするだろうし、それでホルトンが諦めてくれればいいねぇ。

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