第17章 ── 第26話

 二日経った午後の事、スミッソンの店の従業員が例の品物を届けにやってきた。

 幾つか取り出して品質を確認してみたが、問題ない出来だった。この街の職人は腕がいいね。


「ありがとう。助かったよ」

「お役に立てて光栄です。またのご注文をお願いします」


 従業員が帰った後、トリシアに弾丸を渡しておく。


「四〇〇〇発だ。これだけあれば問題ないだろう」

「前のがまだ一〇〇〇発ほど残っているからな。大丈夫だろう」


 前回の探索で、トリシアは指揮に徹して弾の消耗を抑えていたようだからね。空弾ブロー・バレットなどの支援攻撃を織り交ぜてたし。



 翌日の朝、グリフォンの館からチェックアウトをし、料金の支払いを済ませる。


「またのご利用をお待ちしております」

「ああ、迷宮から戻ったらまたお願いします」


 深々と頭を下げる従業員に世話になったしチップを多めに渡して宿を出た。


 宿の外に、カルーネル衛士長と部下たちが待っていた。


「今日、迷宮に行くと聞いてな。今日の一階層の駐屯部隊は俺たちだから、一緒に行こう」

「ありがとうございます」

「予定は何日くらいだ?」

「一ヶ月で申請してあります」


 書類の控えをカルーネルに見せる。


「なるほど。迷宮に一ヶ月も潜るなんて話は前代未聞だが、最終階層まで行くつもりなら、これくらいは必要なんだろうな」

「どれほど掛かるか解りませんけどね。ただ、俺たちが帰ってきた後で、この程度で攻略できるんだとか他の冒険者に思われたら困るかも」

「確かにな。五〇レベルの冒険者での話だからな。三〇そこそこでは、一年は掛かりそうだ」


 カルーネルが苦笑する。


 しばらくカルーネルたちと雑談しながら歩くと迷宮区へと到達する。


 今日は一段と冒険者たちが多い気がするな。


 ふと、視界右上のミニマップに赤い光点がいくつも表示されているのに気づく。


 大マップ画面を開き、赤い光点をクリックしていくと、広場にたむろする冒険者に混じって、敵対反応を示す冒険者のチームが何チームか紛れ込んでいるのが解った。


 どうやらホルトンの息の掛かった冒険者チームらしい。迷宮内で俺たちに襲いかかり亡き者にするつもりなのだろう。


「ケント……気をつけろ……」


 ハリスが俺の耳元でそう囁いてくる。お前も気づいたか。マップ画面もないのに凄いな。 ハリスは直感度のステータスが高いから気づいたんだろうけど、さすがだね。


「ああ、マップ画面で表示されている。大丈夫だ」


 俺がそう言うとハリスは頷いた。

 周囲をチラリと見わたすと不自然に目を反らす馬鹿どもが多いので、腕のほどは想像に難くない。

 一応他のメンバーにもそれとなく注意をしておいた。


「返り討ちじゃ」

「殺しても問題ないな?」


 マリスもダイアナ・モードのアナベルも物騒この上ないんですが、俺も奴らに慈悲を掛けるつもりはないので、無言で頷いておく。


「ほどほどにな。殺るなら殺るで逃亡は許すな。確実に仕留めろ」


 トリシア……ほどほどとか言いながら、一番物騒な事言ってますよ!


「任せろ……」


 俺も含めて誰も止める気がないので、確実に襲撃者は死亡確定ですな……


「見ろ! 伝説の料理人のチームだ!」

「おお、あれが迷宮の料理人なのか!」

「ケントさーん! また料理食べさせて下さーい!」


 一部冒険者たちから黄色い歓声が上がる。


 見れば、手を振っている冒険者たちは例の寝込み強盗の時にカツサンドを食べさせた奴らが大半だ。


 あー、やっぱりアイツらが噂の張本人かよ。


「おい……あいつらが噂の迷宮の料理人だったのか……?」

「料理の腕もさることながら、戦いの方も凄腕らしいぞ?」

「あの護衛たちの武具を見ろよ。全員ミスリルだぞ……」

「俺たち……大丈夫なのか……?」


 赤い光点の冒険者たちの囁きが聞き耳スキルのおかげで聞こえてくる。

 大丈夫じゃないよ。襲ってきたら確実に死ぬね。うちのメンバー、殺る気満々だもん。


 少々、気の毒に思いつつも気づかない振りをする。


 赤い光点がいくつも白い光点に戻っていくのが確認できた。どうやら戦意喪失したチームがあったようだ。命拾いしたねぇ。


 それでも赤い光点が全て消えたわけじゃない。まだ四組ほどのチームが赤いままだ。



 ようやく俺たちの順番になり、門を守っている衛士に書類を見せる。


「ガーディアン・オブ・オーダー……? 一五階層?」

「ええ」


 衛士が俺たち全員の顔を確認するように見渡す。


「書類に不備がある。申請し直せ」

「は? どういうことです?」

「いいから管理所に行け!」


 ちゃんとした書類なのに不備だと?


「そんなはずはありませんよ。ちゃんと見て下さい」

「逆らうつもりか! 逮捕するぞ!?」


 衛士は顔を真っ赤にしながら俺たちを睨みつけた。


 どうしたもんか……


「何をしているんだ?」


 後ろからカルーネル衛士長の声がした。


 さっきまで衛士の詰め所に行っていたカルーネル部隊だが、駐屯地に行くために戻ってきたようだ。


「はっ! 衛士長殿! こやつらの申請書類に不備がございましたので、管理所に行かせる所です!」

「書類に不備だと?」


 門番の衛士が敬礼をしながらキビキビ応えたが、カルーネル衛士長は不審そうな顔をしつつ近づいてきた。


「先ほど、ケントたちと一緒にここまで来たが、見せてもらった書類に不備などなかったが?」

「え? あ……あの……衛士長殿は、コイツらと知り合いで?」


 門番衛士がシドロモドロといった感じで言う。


「ヴォーリア団長もだが、俺はこいつらの飲み友達だが?」

「し、失礼しました! ガーディアン・オブ・オーダー、侵入して良し!」


 門番衛士が慌てたように俺たちに侵入の許可を出した。


「ま、いいや。おい、ケント。駐屯地まで一緒に降りるか?」

「あ、はい。ご一緒しましょう」


 敬礼を崩さない門番衛士を横目でチラリと見てみれば、顔面蒼白で冷や汗をダラダラと掻いていた。


 馬鹿なやつだな。ホルトンにそそのかされたんだろうけどさ。


 一階層へ降りていく階段の中頃で、カルーネルに謝られた。


「すまんな。これが衛士団の現状だ。ヴォーリア団長や俺らがホルトンを嫌っていても、金になびく衛士も多くいる」

「でしょうねぇ。あの時も話しましたが、金は力ですからね。一度、ああいう輩から金を受け取ると、行動が縛られるんですよ。本当にタチが悪い性質のものです」


 カルーネルも頷く。


「本当にな。ああいう毒に衛士たちが毒されていると思うと、本当に情けない」


 団長も衛士長も苦労するねぇ。



 一階層の階段区画に到着し、衛士長の部隊は駐屯地へと向かった。

 俺は衛士長たちを見送ってから、一階層の攻略に入った。


 一階層は無人の野を行くが如し。何の驚異も感じないので、さっさと二階層へと向かう。


 二階層も似たようなものなので、どんどんと進む。


 大マップ画面を絶えず左側に表示しておき、周囲の状況を確認できるように配置してあるが、赤い光点の冒険者たちは必死に俺たちの後に着いてこようとしているようだ。


 三階層の下り階段区画に到着した頃には、マークしておいた襲撃チームの冒険者の半数が死亡していた。


 俺たちのペースに着いてこれるヤツなんて、そうそういるもんじゃないからねぇ。


 残りの半分の冒険者は俺たちからはぐれてしまい、見当違いの場所をウロウロとしているようだ。


 追跡スキルも無いんじゃ仕方ないかもしれないが、間抜けな襲撃チームなのは間違いない。実力もないんじゃ全滅必至だろ。


 四階層を突破した頃には襲撃者チームの影も形もマップに表示されなくなってしまう。

 三階層とかでまだウロウロしてるんだろうなぁ。そうでなければ全滅したか。


 五階層に降りて本日の探索を終了する。

 野営の間に行くと、五人組の冒険者チームがいた。


 その冒険者たちは俺の知っているチームだった。


「アルハランの風か……」


 俺たちが入ってきたのを見て、アルハランの風の面々が顔を上げた。


「こいつらか?」

「多分ね。全員ミスリルだよ」

「ああ、間違いなさそうだ」


 三日前に見た奴らはボロボロだったが、今は全ての防具は修繕も整備も終わっている状態なのかピカピカだ。


「お前らがホルトンさんの依頼を断った馬鹿な冒険者か?」


 例の聖騎士パラディンが代表して声を掛けてきた。


「馬鹿だと? あんな端金はしたがねで尻尾振るほど、俺たちは安くないんだよ」

「ほう。いくら提示されたんだ?」

「金貨一〇〇枚だな」


 俺がそういうと、アルハランの風の連中が大爆笑する。


「一〇〇枚かよ! そりゃ断るわ」

「そんな金じゃ俺も断る」

「コイツら気に入った! 超面白えし、度胸がある!」


 アルハランは口々に笑い、聖騎士パラディンも苦笑を浮かべていた。


「これほど早く五階層まで降りて来られる腕の冒険者を一〇〇枚か……断られても仕方ないだろうに。ホルトン氏も見る目がない」


 聖騎士パラディンは肩を竦めて、呆れている。


「そういう君たちは金貨五〇〇枚じゃないか」


 俺がそういうと笑い声が止まった。


「そうだな。だが希少金属の武具の提供に魅力を感じたんだ。こういう武器や武具は手に入れるにも、維持にも金が掛かる。そこも支援するとなっては金貨五〇〇枚でも手を打つものさ」


 なるほど。確かに武具は手入れをしなければ劣化し、いつしか壊れて使い物にならなくなる。

 俺がドーンヴァースの初期の頃に『防具修理』、『武器修理』のスキルを手に入れておいたのも、ネット情報で知った冒険の経験則からだしな。まだチヤホヤされている時期だったのでスキル・ストーンを融通してもらえて助かったものだ。


「それで、高名な『アルハランの風』の面々が、俺たちに何か用事でもあるのか?」


 俺は余裕たっぷりといった感じで、聖騎士パラディンに質問を投げた。


 返答次第では、こいつらを皆殺しにすることも厭わない。

 もっとも、俺が手を出す前に仲間たちがやりかねないんだけども……


 さっきからマリスが飛び出そうとするのを必死に抑えているんだよね。

 ガルルルと言い出しそうなほどマリスの目が殺気に満ちている。

 まだだよ、みんな。落ち着いてくれ。

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