第17章 ── 第25話

 準備期間は一週間あるので、ノンビリと準備を進める。


 最初の三日程度は何の支障もなかったが、四日目あたりから街の雰囲気が変わってきた。


 というのも、食料品や雑貨などを扱う店で、何かを買おうとすると突然品切れになったり、値札を高いものに切り替えたりという珍妙な事が起きるようになったのだ。


 買い物から帰って来た女性陣も同様のようでプリプリと怒っている。


「何なんじゃ! ムキーーー!」

「次にああいうのに出会ったらぶっ飛ばしていいよな!?」

「何者かの嫌がらせを受けているようだぞ?」


 口々に文句を言う女性陣を俺は宥めに掛かる。トリシアも口調は落ち着いているが、目つきが怖くなってるしね。


「まぁまぁ……落ち着け。別に本当に必要な物資でも無いんだし」

「じゃが! 串肉屋すら値を跳ね上げるとはどういう事じゃ!」

「まったくだ! 渡されたから一口齧ったら、代金が三倍だと言い出した!」


 それは確かに悪質だが……


「払う前に齧ったらダメだろう。自己防衛を心がけないと身ぐるみ剥がされるぞ」

「街中ですら自己防衛などしていたら、神経すり減らすぞ」


 トリシアも不満顔だ。


 確かに気を抜く暇もない状態では心身ともにやられてしまいかねない。


「仕方ないな。生活必需品などの小売業が嫌がらせをしてきていると判断できるんだが、そうすると……ジョイス家か?」

「ジョイス家といえば、外部の商人一派だろう?」

「そうだね。ルクセイドの王都に本店があるとか聞いている」


 ユースやスミッソンなどからの情報なら間違いないはずだ。


「なんでジョイス系列の小売業者が俺たちに嫌がらせをするのか……やはりホルトン家絡みかねぇ……」


 申し出を断った俺たちに嫌がらせをする理由があるのは奴らしかいない。


「しかし、そのジョイスというのは中立のはずだろう?」

「そう言ってたね。ジョイス家の後ろ盾は貴族だとか言ってたし、ホルトン家が繋がりのある貴族に頼んで手を回してもらったというのは考えられる話だな」

「大方そんな所だろうな。で、どうする?」

「そうだな。俺はケネスに言ったはずなんだがなぁ。俺たちの邪魔をしたら手を打つって……」


 事情は解らないが、ジョイス家がホルトン家一派に肩入れしているのは間違いない。これは早急さっきゅうに是正する必要があるな。

 さて、どうしたものか……


「ま、迷宮に入るまでに、まだ三日もある。それまで様子見で行こうよ」

「手ぬるいな」


 トリシアの言葉に辛辣なものを感じる。相当怒ってるなぁ。


「様子見と言っても、別に手を打たないわけじゃないよ。スミッソンに会いに行ってみる」


 俺がそう言うとトリシアたちも納得したようで頷いた。


 全く……ホルトンの奴らも面倒な事をしてくれるな。


 何にしても、まずはスミッソンに会って情報を聞いてみなくてはならないだろう。


 午後になり、早速スミッソンの両替屋に言ってみると、店は開いているもののスミッソンは外出中だと従業員に言われた。


「いつ帰ってくるんだ?」

「えーと、王都に行くと言っていたので、あと四日は帰ってきませんね」


 四日か。迷宮に行くまでには会えないか。


「クサナギ様ですよね? 例の品物はまだです。工房を見に行きましたが、あと二日ほど掛かりそうですよ」

「了解だ」

「出来上がりましたら私がお持ちします。グリフォンの館にお届けでよろしいんですよね?」

「そうだ。頼んだよ」

「任せて下さい」


 従業員は胸を叩いて請け負った。


 帰り道、迷宮区へ立ち寄った。姑息な妨害が始まっているので早めに侵入申請を出しておいた方が良いかも知れないと思い立ったからだ。それと共に情報収集がてらというのもある。


 仲間たちと違って俺の顔はそれほど目立たないし、今日の服装は地味なマントで防具も付けていない普段着姿だからね。


 迷宮の入り口前の広場までやって来ると、何やら騒がしい。

 入り口付近に人垣が出来ているので、ちょいと人々の肩口から覗いてみた。


 そこには、かなりボロボロになった『アルハランの風』の面々がいた。全部で八人だったはずのパーティだが、六人しかいない。双剣士ソード・ダンサー鍛冶師ブラック・スミスの姿は見えない。


「やっぱり一〇階層の攻略はダメだったらしいな」

「二人も死人出ちゃなぁ」

「ヘックソンさん、死んじゃったのか?」

「あの鍛冶屋のオッサンがいなくなると、装備修理が高く着くなぁ……」


 周囲の囁き声からも、いない二人は死んでしまったらしいね。


 生き残った六人を観察してみる。

 聖騎士パラディンは毅然とした態度で立っているものの、アダマンチウムの武具のあちこちは割れたり傷がついたり凹んだりと相当に酷い有様。

 戦士ファイターは、持っていたはずのミスリル製ラウンドシールドがない。ミスリルのプレートメイルも部分々々が欠損している。ヘルメットと左のガントレットとグリーブがない。

 盗賊シーフ神官プリースト魔法使いスペル・キャスターも似たようなもので、着ている革鎧はボロボロだし、神官服は血で汚れている。ローブなんか穴だらけで生脛なまずねが覗いているよ。


 ちらりと見ただけでも敗残兵の寄せ集めみたいだなぁ。そんなに厳しい階層なのかね?


 その時、俺の方を後ろから叩いてきた者がいたので振り返ってみる。


「お久しぶりです」


 そこには、あの片腕を食いちぎられた戦士ファイターのギルバートがいた。


「よう。元気になったみたいだな」

「お陰様で生きて地上に帰りつけました」


 ギルバートは食いちぎられた部分を革製の布で包んでいるが、ボロボロだったプレートメイルは修復され、いつでも冒険に出られるような感じになっている。


「そうそう。これをお返ししたかったんです」


 彼は俺が貸していた無限鞄ホールディング・バッグを手渡してくる。


「ああ、約束を守ってくれたようだな」

「当然ですよ。と言っても、正直な所、持ち逃げしたい気分にもなりましたが」


 ギルバートが苦笑気味に白状した。


「ははは、正直だな。ま、この辺りでも結構な貴重品だろうし、その気持は解るよ」


 大陸西方の冒険者の倫理感は相当に緩いという話だし、正直に返して来た彼は賞賛に値すると思う。


「助けて頂いたおかげで、また冒険に出られそうです」

「おお、もう大丈夫なの?」

「ええ。いつまでも遊んでいられるほど持ち合わせもありませんから」

「他の仲間たちは?」


 周囲を見回すと、管理所の入り口付近に彼の仲間がいた。パウルも一緒のようだが。


「パウルも一緒みたいだね」

「はい。俺らが一から鍛え直してやろうと思いまして」

「なるほどね」

「彼も自分の行動に反省していますし、仲間は減りましたからね。一階層、二階層あたりを探索するくらいなら、俺たちだけでも行けると踏みまして」


 確かに前衛が三人、後衛の神官という布陣なら、二階層あたりまでは大丈夫かもしれないな。盗賊シーフがいないのが少々気になるけど、致死性の罠とかは三階層からだし大丈夫かもね。


「ケントさんも迷宮ですか?」

「いや、今日は申請だけだよ。三日後に入る予定さ」

「なるほど。ケントさんたちなら何の問題もないでしょうね」

「ま、油断は禁物だし、慎重に潜るつもりだよ」


 彼は眩しいものを見るように俺を見た。


「流石ですね。慎重さこそ一番大事だと今は思います」

「命あっての物種ものだねと言うからね」


 ギルバートは少し不思議そうな顔をしたが、すぐに頷いた。


「なるほど、フソウの言葉にそんな言葉があると聞いたことがあります。同じような言葉で……えーと『石橋を叩いて壊せ』というのが……」

「それ……『石橋を叩いて渡る』だろ!」

「ああ!? 壊したら意味ありませんよね!! 『渡る』だったのか……」


 というか、それ日本の諺なんだけど。フソウとか言う国にも同じものがあるのか。

 西方に転生したシンノスケが広めたのかもしれない。

 となるとフソウという国に行ってみる必要があるかも。シンノスケの事を知りたいというわけじゃないけど、気になってるんだよねぇ。


 ギルバートたちと管理所に入り、侵入申請の受付を行う。

 彼らも隣の受付で侵入申請をしていた。


「チーム名『ガーディアン・オブ・オーダー』ですね。今回の侵入予定階層は……え!? 一五階層!?」


 受付の女性が素っ頓狂に声を上げた。


 周囲に響き渡ったせいで、ロビーにいる冒険者たちが一斉にこっちを向いた。


「五階層の間違いですか?」

「いや、一五階層で間違いないよ」


 ジロジロと書類と俺を見比べる受付の女性。

 本人が間違いないと言っている以上、受け付けないわけにもいかないのだが、受理の印を押すのを躊躇っているようだ。


「自殺願望かな……?」

「どうせ三階層に行く前に戻ってくるだろ……」

「いるんだよな、ああいう目立ちたがりなやつ」

「顔が地味だからだろ」


 ヒソヒソ声は全部聞き耳スキルが拾ってくる。地味顔で悪かったな!


「何があっても救援は出ませんが……」

「ああ、知ってるよ」


 思いとどまらせようと受付の女性が言うが、俺は簡潔に答える。申請を引っ込める気は毛頭ないからね。


「畏まりました。受理致します」


 そう言って受付の女性は受理印を押し、控えを俺に渡してくれた。


「どうも、ありがとう」


 一部始終を隣で聞いていたギルバート一行もビックリした顔をしていた。


 外に出ると、ギルバートたちが慌てて追いかけてきた。


「ケントさん! 一五階層って本当なんですか!?」


 振り返ると、パウルが顔を高揚させている。


「ああ。完全攻略をするつもりでね」

「凄いですね……さすがです!」

「いや、仲間のレベルアップも兼ねてだから」


 パウルは憧れの英雄でも見るような視線を向けてくる。女性拳闘士フィスト・ストライカーも目を潤ませて熱い眼差しだ。神官プリーストは祝福の祝詞を唱えてくるし。


 ギルバートが左手を差し出してきたので握ってやる。


「ケントさんたちの成功を祈っています」

「ま、一ヶ月くらいを予定しているから、帰ってきたら宴会でも開く。その時は顔を出せよ」


 俺がニヤリと笑うと、ギルバートも笑い始める。


「失敗するつもりは微塵もないんですね」

「俺が失敗するはずないからな。こう見えても、国じゃ結構有名な冒険者なんだよ」


 俺は苦笑するが、ギルバートは納得したように頷いた。


「ご帰還お待ちしていますよ」

「ああ、期待して待ってるといいよ」


 俺やギルバートは晴れやかな雰囲気だった。

 アルハランの連中の消沈した感じとは対照的に見えるんじゃないかな。

 もっとも周囲の冒険者の目に俺たちが映ることもないだろうけど。それほどレリオンじゃ有名人じゃないし。

 あ、迷宮の料理人の話は何故か有名になってるけど、俺がその人だなんて誰も気付いていないからねぇ。

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