第17章 ── 第23話

「しかし、東方出身だとは思わなかったな」


 俺はお茶を飲んで、ノンビリとした気分になってきた。


「そうだ。これを渡しておこう」


 俺はインベントリ・バッグから、最近トリエンで作られている白パンを取り出してスミッソンに渡した。


「これは?」

「食べてみれば解るよ」


 スミッソンは少々戸惑いながら、白パンをちぎって口に入れた。

 そして、彼の目は皿のように見開かれる。


「これは!!!!! この香り!! この味わい!! ま、まさか……」

「そのまさかだよ。アルテナで作られた小麦を原料とした白パンさ」


 スミッソンは白パンを味わいながら涙を流した。


「これだ……これが私の求めていた故郷の味だ……」

「お気に召したようで何よりだ」


 スミッソンは、白パンを半分だけ食べ、残りを執務机から出してきた紙に包んで、そのまま棚にしまいこんだ。


「私の故郷のパンをお分け頂きありがとうございます」

「何、アルテナの領主としては当然の事だ。スミッソンさんは俺の領民の身内だしね」


 スミッソンは甚く感動している。


「私の従姉妹も、これほど慈悲深い領主閣下にお仕えできて幸運といえます」

「え? 俺に仕えてる??」

「ご存知ありませんか? 閣下の治めるトリエンの町役場に勤めていると聞いているんですが」


 ん? マジで? スミッソン??? いや、待てよ?


「ああ! あの眼鏡の女性職員か! 確かナタリー・スミッソンってのがいたな!」

「そうです、そうです。ナタリーは私の遠い親戚です。正確にはナタリエ・スミッソンなのですが、彼女は自分をナタリーと呼んでおりますな」


 とんでもない所で、変な繋がりを知ってしまった。よもや、あの器用な女性職員の身内が、西方の国にいるとはね。


「で、スミッソンさん。今後、どうするつもり?」

「今後と申しますと?」

「ホルトン家の行動の事だよ」


 スミッソンは考えるような仕草をするが、答えは出ないようだ。


「ホルトンの派閥をレリオンから追放する事は不可能でしょう。何とか彼らの権力を削ぐ事ができればいいのですが……」

「確かにな。彼らが輸出業務をできなくなれば、街には金を稼ぐ手段がなくなる」

「そうなのです。一応、この街はルクセイド領王国によって保護されておりますので、鑑札を持った商人しか外部で取引できません。我が商会は鑑札を持っておりませんので……」


 なるほど。迷宮産のアイテムは非常に特殊な位置づけだし、国としても特別区として隔離しているわけだな。


「ジョイス家というのは? 確か中立の立場だとか聞いたけど」

「はい。ジョイス家は厳密に言うと、レリオンの商人という訳ではありません。王都ルクセイドに本店を構えている商会です。貴族院に属するグリフォン騎士の身内がやっております」


 なるほど、完全に自治を行っているんじゃないんだな。一つだけ外部勢力を入れておいて、街の情勢などを報告させているのだろう。


「その商会を取り込むことは?」

「私どもでは、まず不可能でしょう。他の都市の商会との取引がありませんので……」

「そこを担当しているのがホルトン家か……」

「そうなります。ホルトン家は他の都市の貴族たちとも繋がりが深く……」


 随分と厄介な勢力状況ですな。首を突っ込むと面倒極まりない事になりそうだな。


「相変わらず、権力闘争とやらはめんどいのう……」

「スミッソンと言ったな。ケントをその政争に巻き込む事はゆるさん」

「そうなのです。ケントさんを巻き込むと神罰が落ちますからね!」


 トリシアとアナベルがスミッソンに向けて凄む。


「い、いや、巻き込む積りは毛頭ありません。ご安心下さい」

「それなら……良い……」


 いつのまにかスミッソンの後ろに回っていたハリスが、抜いていた短剣を鞘に納めた。


「ハリス、控えろ。この街の指導者の一人だぞ」

「すまん……」


 ハリスは瞬時に消えて、俺の後ろに戻った。


「ま、俺たちは近々、また迷宮に挑むよ。多分、一ヶ月程度で攻略できるだろう。一直線に一五階層まで行けばもっと早いかもなぁ」

「ナタリーの手紙で知りましたが、辺境伯閣下はワイバーンを討伐し、クーデターを解決、戦争を単独で終わらせたと聞いているのですが」

「ああ、俺一人じゃないけど、この仲間たちと一緒にやった事だね」


 スミッソンが驚きつつも納得した顔になる。


「それほどの偉業を成したのであれば……迷宮探索も容易かもしれません」


 ま、五〇レベル程度なら、俺単身で攻略可能だよ。俺の仲間たちでも時間さえ掛ければ突破できるんじゃないかなぁ。


「その探索の支援を我が商会で当たらせて頂けないでしょうか?」

「支援? 見返りが欲しいとか?」

「いえ、見返りは既に頂いております」


 どうやら、高速醸成ファスト・ブリューイングの魔法の事を言っているらしい。


「あの魔法だけでいいの?」

「十分です。あの魔法のおかげで、街に流通させる回復ポーションの価格を抑えることができます。それはこの街に集う冒険者たちの助けになりますから」


 冒険者が持ち帰るアイテムが経済を担っているレリオンにとって、冒険者の安全は重要な課題だ。ポーション一本で失われるはずの命を救える事も多いに違いない。その生命の綱たるポーションが安く手に入れば、冒険者は大いに助かるに違いないからね。


「防具や武器、食料など、何でも揃えてみせます」

「んー。防具も武器も俺が作ったものだから、これ以上の武具を用意するのは無理だろ。消費財は必要になるかな。食料と矢なんかだね。あ、それと……」


 俺はトリシアの武器用の弾丸を一つ取り出す。


「これを大量に欲しい」

「これは?」

「これは弓で言えば矢のようなものでね。俺が作った武器の弾丸だ。鉛で形成した後に、銅で覆っている」


 スミッソンはドングリのような弾丸を拾い上げてしげしげと見つめる。


「これをいかほど……?」

「そうだねぇ。一ヶ月くらい潜る予定だし、四〇〇〇個くらいかな?」

「作りはそれほど特殊ではありませんね。これなら一週間程度で用意できるかと」

「いくら位掛かるかな?」

「そうですね。一〇〇個あたり、金貨一枚ほどでしょうか?」


 ふむ。結構高めだけど、工賃と材料費を考えればそんなものか。


「じゃ、金貨四〇枚ね」


 俺は先程の金貨の横に重ねた金貨一〇枚の山を四つ作る。


「確かに承りました。うちの職人に早速作らせます」

「頼むね。それじゃ、俺たちはそろそろ失礼するよ」

「はい。品物が出来上がりましたらお泊りの宿屋にお届けしましょう」


 俺は頷くと仲間と共に両替屋の店舗を後にする。


「スミッソンは、街の管理組織の一派なのだろう?」

「そうらしいね」

「随分と殺風景な店構えだな。例のホルトンとかいうヤツの屋敷とは比べ物にならん」

「清貧を旨としているのだろうねぇ。ホルトンは成金趣味だ。あれは貴族のマネごとだね。商人なら必要な所に金を掛けるのが本物だろう。必要もない部分に金を掛けすぎるのは権威主義ってヤツだ。俺は嫌いだね」


 ある程度、体面というものがあるから華美が必要なこともあるが、あれはやりすぎ。


「俺としては、ちょっと清貧すぎると思うけど、スミッソンのようなヤツの方が好感が持てるね」

「全くなのです。キンキラキンだと敵が群がってきますよ!」


 いや、キンキラキンが敵のヘイトを稼ぐなんて事はないと思うが。相手が野盗とか強盗とかだとありえるのかな?


「闇に隠れるなら……黒や藍、暗褐色……だろう……」


 ハリスもキンキラキンは嫌いみたいだ。忍者だしねぇ。


「ま、俺の世界にはカモフラージュ技術というのがあってな」

「お、素敵用語じゃな!」

「聞かせて……もらおうか……」


 マリスとハリスは、こういう話に食いつくのが素早いね。


「迷彩技術の事だけど……色を組み合わせることで、視認しずらくする技術だね。魔法を使わずに使えるのが利点かな。目の錯覚を利用するんだ。ほら、これを見てくれ」


 俺は一つの剣をインベントリ・バッグから取り出す。


「これは鉄の剣だけど、ほら、この鞘が迷彩塗装だよ」


 この迷彩模様が施された剣の鞘は、アバター機能で染められたドーンヴァースのアイテムだ。


「このヘンテコな模様は何じゃ?」

「これが……魔法を使わない……技術……?」


 確かにカモフラージュ・パターンは、ただの変な模様の布にしか見えないからねぇ。


「これはウッドランド・パターンと呼ばれる迷彩模様だ。森や林などの場所で威力を発揮するんだ。他にも街中や砂漠、水辺などだと目立たなくなる模様なんかもある」


 最近だとデジタル迷彩なんてのもあるね。眼の前で見ると目立たない理由がサッパリ解らないんだけど、軍隊などで取り入れられているんだから効果はテキメンなんだろう。


「ふむ……今度……効果のほどを……見せてくれ……」

「そうだね。今度、実験してみようか」


 俺は剣を仕舞ってうなずく。


 もっとも、魔法のある世界で迷彩柄がどれほど役に立つのかサッパリ解りませんが。

 敵感知センス・エネミーなどに代表される感知センス系のスキルや魔法を使われたら一発でバレるからな。


 ハリスは『偽装』というスキルを持っているじゃん? あれの方が効果高いよね。前、使っている姿を見たけどギリースーツみたいだったし!


 宿に帰り着くとル・オン亭の前にカルーネル衛士長とヴォーリア衛士団長が待っていた。


「おい。ホルトン家のヤツに連れて行かれたって聞いたが」

「うむ。やはり心配した通りになったようだな」


 カルーネルとヴォーリアは少々心配そうな顔だ。


「何です? 確かにホルトン家の屋敷に行ってきましたが」

「何か提案されたのだろう?」

「ええ、断りましたけどね」


 それを聞いてヴォーリアがニヤリと笑う。


「さすがケントだな。彼奴等は権力を笠に冒険者を手足のように使う事があるし……王都の貴族たちとの繋がりを良いことに、俺たち衛士団にすらやりたい放題だ」


 ほう。それがカルーネルや衛士たちが『アルハランの風』を俺たちが抜いた時に喜んだ理由かな?

 アルハランの奴らも横柄なんだろうなぁ……嫌いなタイプかも。


「で、何かされなかったか?」

「いえ、脅しておいたので問題ないんじゃないかと思いますが」

「お、脅した?」

「ええ。俺は……ああいう成金主義の権力者は大嫌いなんですよねぇ。大した実力もないのに偉ぶるのは特にね」

「詳しく話を聞かせてもらえないか?」

「良いですけど、理由は何です?」


 ヴォーリア団長は周囲を見回す。


「ここでは何だな。酒場の特別室を借りよう」


 そんな部屋があるんだね。


「解りました。みんなは宿に戻っておいてくれ」


 俺はトリシアたちに振り返って言う。


「了解だ」

「オーケーじゃ」

「承知……」

「解りましたー」


 仲間たちは宿に入って行く。俺はヴォーリアとカルーネルと共に、ル・オン亭に入った。


 特別室は二階にあるようで、銅貨一枚で借りることができる。


 特別室には丸テーブルが置かれており、その周りに四つの椅子が置かれている。

 壁や扉は分厚くできているようで、聞き耳を立てても中の音は聞こえないように設計されると思われる。


「ふむ。用心深いな。さすがは腕利きの冒険者だ」


 俺が壁をコンコンと叩いたりしているのを見て、ヴォーリアが感心する。

 カルーネルもヴォーリアに同意するように頷いている。


「いや、内密の話のようなので、一応警戒は必要かと思いまして」

「その通りだ、内密なので特別室を使うわけだ」


 ヴォーリアが椅子に座ったので、俺も彼の対面の椅子に腰を掛ける。

 どんな話なのか解らないが、やはりホルトン家絡みだろうな。

 ますます政争の具に使われそうで嫌なんだけど、万が一巻き込まれた場合を考えて、衛士たちはしっかりと味方に付けておきたいね。

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