第17章 ── 第22話

 スミッソンの両替屋に到着し、彼と共に店に入る。


 スミッソンは俺たちにお茶と摘めそうな茶菓子(と言っても炒り豆だったが)を出すと裏に行ってしまう。


 俺は煎り豆を口に放り込んで目を見開いた。


「大豆だ!」

「ん? だいず? 何だそれは?」


 トリシアが興味深げに大豆の炒り豆を一粒拾い上げる。


「これがあれば……豆腐が作れるな!」

「豆腐とは何じゃ?」

「鍋には付き物の料理だな。白くてプルンプルンしてる食べ物だ」


 俺の説明では理解できないのか、みんなの頭の上にはハテナ・マークが浮かんでいる気がする。


「お待たせしました……どうかしましたか?」

「スミッソンさん! この豆なんですが!」

「ああ、ウォーキング・ビーンズの種ですな」

「ウォーキング・ビーンズ?」


 スミッソンが言うには、ウォーキング・ビーンズは迷宮に巣食うモンスターの一つで、光を求めて歩き回るだけのモンスターらしい。

 通常は第一階層でしか見られない最弱モンスターなのだが、種を採取して地上に持ち帰って栽培すると、非常に従順で大量の種を得ることができるという。


「レリオンの西側の荒れ地で栽培されていますよ」


 ウォーキング・ビーンズは水などを求めて自ら歩き回り、動物の死骸などからも養分を吸い取る。囲いを作って、水を巻き、ネズミなどの害獣の死骸を放り込んでおけば勝手に実る。収穫期においても、暴れることもないし採取は簡単。


 うーむ。迷宮でそんなモンスター見たこと無いんだが……運が悪いのか?


 ただ、ガルボの例があるから、他の地方に生息しているモンスターという可能性は高い。トリエンにも是非持って帰りたい。豆腐のためにも。


「この豆を是非譲って欲しい。もちろん栽培可能な生きたヤツだけど。それを譲ってくれるなら金貨はいらないよ」

「あのですね……商店街で一〇キログラムで銅貨一枚程度なのですが?」


 何だと!? 安すぎる! 帰りに買って帰ろう!


「それでは、こちらが金貨一〇〇〇〇枚です。お納め下さい」


 スミッソンは大きな革袋を重そうにテーブルの上に置いた。


「では、ありがたく頂戴するよ。で、これはウォーキング・ビーンズの情報料」


 俺は受け取った金貨袋の横に金貨を五枚ほど積み上げる。


「金貨五枚も……私としましては、このような些細な情報に金貨五枚も出すクサナギ様が不安になります……」

「いや、些細な情報が、後に大きな結果に繋がることは多々あるからね」

「確かにそうですが……ただ、種の情報ですよ?」


 俺はうなずく。


「そう、たかが種の情報。だが、この植物性モンスターを知らない土地のものには、命を左右する情報かもしれない」


 大げさに言っているけど、トリエンにない農作物なので欲しいだけなんですけどね。


「この種にそれほどまでの価値が?」

「いや、それは解らないけど、俺の故郷に似たような植物があってね。俺にとって、その植物から作られる料理は、人生に必要な品なんだよ。故郷を離れた者として、あの味を忘れることはできない」


 スミッソンが納得したようにうなずいた。


「確かに……故郷の味は忘れることは難しい……望郷の念というものは厄介ですからな」

「経験があるんですか?」


 スミッソンがボソボソとだが語り始める。


「私は大陸東方の出身でしてね。私が子供の頃に冒険者をしていた両親に連れられて、この地に来ました」


 彼の両親はルクセイドの迷宮にて死に、孤児になった彼は商店街などで店の使い走りをして糊口をしのいだ。

 一〇年後、とある商会で下男のような仕事をしていたが、店の主人に気に入られて支店を任されるようになったそうだ。

 彼には商売の才能があったのか、店はどんどん大きくなり、主人がやっていた商会も飲み込んで今の地位に就いた。


「だけど、子供の頃に食べていたパンの味を今の今まで忘れられません。芳醇な小麦の香り。今でも夢に見ることがあります」


 東方出身だったのか。


「西方では東方出身者は嫌われるという話を聞いたんですけど」

「ああ、そういう国もあるようですね。ルクセイドでは東方に偏見はないですね」


 なるほど。


「東方に肉親とかいないんですか?」

「いますよ。今でも鳩を使って情報のやり取りをしています」


 ほう。伝書鳩か。ティエルローゼにもいるんだね。


「いつかアルテナに帰りたいものです」

「え!? アルテナ村出身なの!?」


 俺は驚いて聞き返したが、スミッソンまで驚いている。


「村の事を知っているんですか?」

「知っているも何も……俺の領地だからねぇ……」

「はっ!?」


 スミッソンは目が飛び出んばかりに驚いた。


「で、では……クサナギ辺境伯閣下……?」

「お、スミッソンさん、知っているんですか」


 スミッソンは立ち上がると、執務用の机の引き出しから紙の束を取り出して持ってきた。


「これは、私の遠い従姉妹からの手紙です。これに最近のオーファンラントの情報が書かれているのですが、そこにケント・クサナギ・デ・トリエン辺境伯が領主になったとあります」

「ああ、それは俺の事だねぇ」


 手紙を見せてもらいながら俺は白状する。ケネス・ホルトンにも名前や爵位を教えたし、スミッソンに知られても問題ないだろう。


「トリエンの英雄……魔法文化の再現者……」


 え!? そんな風に伝わってるの!?


「いやあ、そんな大層な事はしていないんだけどね」

「で、では、数々の魔法道具やゴーレムまでも作りだしたという話は……」

「ああ、ゴーレムも魔法道具も作りますけど、ブリストルの遺産を受け継いだだけに過ぎないからなぁ」


 スミッソンは驚愕の表情を崩さない。


「辺境伯閣下は、いったいルクセイドに何をしにいらっしゃったのでしょうか?」

「ああ、ちょっと野暮用で。迷宮探索は物のついでだね」

「物のついで……貴族の行いではありませんよ……?」

「ま、西方諸国を冒険して回るのが目的でね。東のペールゼン王国の国王からカリオスの姫君を救出するのを頼まれたからルクセイドに来たんだ」

「なんですと!?」


 俺は重要部分を隠して話してやる。


「キルリアン城にとらわれていた姫の亡霊は救出を完了している。ただ、あそこは未だにアンデッドの巣窟だ。人間が近づいて良い所じゃないね。近づかない方がいい」

「あそこから生還したという情報は真実でしたか……」


 どうやら衛士などから情報が漏れたらしいな。といっても俺たちがその冒険者チームだとは気づかれていなかったようだが。


「閣下は一体……何者なんですか……?」

「俺? ただの冒険者……今は貴族だけども、そこは変わらない。冒険のある所に俺は行くのさ」


 ニヤリと笑った俺の顔を見て、スミッソンはもう驚きを通りこしたといった表情で溜息を吐いている。


「さすがは私が見込んだ冒険者……失礼な言いようですがご容赦ください。東方の冒険者ギルドに所属する冒険者は、西方と違い高潔で公正であると聞いております。いつか、このレリオンにもそのような組織を作りたいと思っているのです。私の両親も東方の冒険者ギルドに属しておりましたので……」


 スミッソンがそう言うなら作ることは可能だろう。


「ふむ。オーファンラントの冒険者ギルドに取り次ごうか?」

「その機会を頂けるのでしたら、是非お願い申し上げます!」

「うん。俺たちが口を聞けば問題はないと思うよ。なんせ、オリハルコン・クラスの冒険者だからね」


 俺は冒険者カードを取り出して、スミッソンに見せてやる。


「おお……これは……!?」


 スミッソンも冒険者カードの存在を知っているようだ。


「この出会いは神の御業に違いありません。迷宮を作り給うた神が我々を出会わせてくれたのだと思います!」

「あー、そうそう。迷宮なんだけど、俺たちはあそこを攻略するつもりだ。最下層にいるヤツに用事ができたんでね」

「は?」


 スミッソンは、またもやビックリ顔を作る。


「あそこは地下何階層まであるか、皆目解っていないんですが?」

「あそこは一五階層まであるね。最下層は最大で五〇レベル程度のモンスターが出ると思う」

「それは本当ですか!?」

「まあ、多分本当。俺の予測が間違っていなければね」


 スミッソンは真剣な顔つきになった。


「今、アルハランの風というチームが、必死に下層を探索しているのはご存知で?」

「ああ、ホルトン家の息が掛かった冒険者たちだろ?」

「閣下もご存知でしたか」

「今日、呼び出されてホルトンの屋敷まで行ってきた」

「やはり……」


 スミッソンが得心がいったといった感じで言う。


「その内、閣下の率いるチームに接触するだろうと思っていましたが、これほど早くに接触するとは思いませんでした」

「ああ、彼女の息子を偶然助けた所為だ」

「それも閣下たちの行った事でしたか!」

「うん。それで目を付けられたっぽいね」

「で、どのように返事を?」

「断った。俺たちを利用する気満々だったからねぇ」


 スミッソンはホッとした顔をする。


「ホルトンの派閥は、この街の運営を破壊するものです。我々、指導五家が長い年月を掛けて作り上げた組織を破壊するなど……」

「そうだね。要は自分の陣営で利益を独占する腹積もりのようだね。街の為とか綺麗事を言っていたが、見え見えだったよ」


 俺は思い出すだけで気分が悪くなるような傲慢な態度のケネスと彼女のキンキラキンな屋敷を思い出した。


「私たちは、奴らの所業を許すわけにはいきません……」

「それは解るけど、俺たちを政争に巻き込むのは勘弁願いたいな」

「心得ております」


 そういうとスミッソンは深々と頭を下げた。


「ま、今はただの冒険者だから、そんなに改まった態度もやめてくれ。俺は権力を笠に着るホルトンのようなのは大嫌いだし、自分もそんな事はしたくないんだ」


 スミッソンは頭を上げると小さくうなずいた。


「さすがです」

「ところで、俺とマリス以外は西方の言葉が殆ど解らない。東方語が話せるなら、東方語で頼みたいんだけど……」


 俺は隣にいるマリスの頭にポンと手を載せながらスミッソンに言ってみる。


「あ、はい。了解しました」

「お、東方語だな」

「やっと理解できる言葉なのですぅ」


 トリシアとアナベルがやっと人前で声を出す。ハリスもうなずいているので、スミッソンが東方語に切り替えたのだろう。


 俺にはいつ切り替わったのかサッパリ解りません。というか同じ言語にしか聞こえません。

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