第17章 ── 第21話
ホルトンの屋敷からの帰途、仲間たちと街を散歩がてらブラブラと歩く。
「倉庫街は随分と大きいね」
トリエンと比べても相当な大きさだ。
「トリエンは……交易都市じゃない……から……な」
まあね。今までのトリエンは南部の第一次産業の集積地という色合いが多く、人工の少なさから農作物などの貯蔵量も他の都市に比べて比較的少なかった。
現在のトリエンは、観光業などの第三次産業が飛躍的に発展し、工房を起因として、ファルエンケールからのドワーフの移住もあり第二次産業も大幅な展望が望めるようになった。
「このあたりはホルトン家の息が掛かった場所ということか?」
「多分そうだろうね。マップ画面で確認すると、買い取り屋の区画にも大規模な倉庫施設があるからね」
ここの倉庫は輸出用の在庫を管理する場所だろうね。
「おい! そこの冒険者!」
突然、倉庫の合間から複数の兵士風の男たちが現れた。
「ん? 何か用か?」
俺は返事をしつつ、男たちを観察する。大マップ画面でデータを調べたら、レベル的にレベル一五前後と中堅冒険者クラス。
フレーバー・テキストから解った事だが、やはりホルトン家の私兵らしい。
「ここはホルトン家とセネトン家が管理する倉庫区画だ。用の無いものが立ち入ることは許されない」
リーダーらしい男が凄んで見せてきた。執事のユースが虎だとして、彼に比べたら猫のような優しさの威圧スキルだな。
「ああ、ホルトンの屋敷から帰る途中でね」
「ほう。お前たちもホルトン家に雇われたのか?」
どうやら、俺たちがケネスの申し出を断った事はまだ伝わっていないらしいな。
「ああ、ケネスさんにそう言われたね」
「ケネスさん……」
俺がそう言うと、途端に兵士たちの態度が軟化……というか格上の人間を相手にするような感じになった。
ケネスを名前で呼んだ事が原因だろう。
勘違いさせる程度の嘘を吐くのは許されるだろう。いや、嘘は言ってないか。雇いたいと言われたのは事実だし。雇われたとは言ってない。詭弁かな?
「で、本日はどのような御用で?」
「いや、別に用はないよ。ケネスさんが管理している倉庫が目に入ったんでね。少し見て回ってただけだ」
「そうですか。ちょっと案内しましょうか?」
「それには及ばないよ。君たちにも職務があるだろう? 手を煩わせるわけにはいかないよ」
男たちはちょっと驚いたような顔になった。
「今度の人たちは随分と優しげだな……」
「ああ、偉ぶらない人は初めてだよ……」
後方の男たちがヒソヒソやっている。聞き耳スキルで筒抜けなのだが……
「お気遣い有難うございます。それでは俺たちは警備任務に戻ります」
戻っていく男たちの後ろ姿を見送る。
この区画の警備は万全のようだ。さっきの奴ら以外にも区画内には二〇人以上の警備員が常駐しており、要所々々に配置されている。
詰め所のような建物が倉庫の裏側にあり、そこにはステータスが睡眠になっている人間が三〇人、起きている人間が一〇人以上いる。交代要員の宿舎かもしれない。三交代制なのかも。
区画を通り抜け、街の南西部にある職人区画へと入る。ここを北東に進むと宿のある商業区画だ。買取区画はここの北側だ。職人区画の東側には、もう一つの倉庫区画が存在する。そっちはスミッソンたちが管理しているらしい。
職人区画では様々な物品を作成しているようだ。
冒険に使う道具を作る工房が多いね。さすが迷宮都市だ。
しばらく職人区画を見て回っている時、錬金工房を発見した。
その工房の前でスミッソンが錬金術師風の男と話しているのを見つけた。
彼の近くには大きめの荷馬車があり、荷運び人が荷物を工房内に運んでいた。
「両替商のスミッソンさんじゃないか」
俺が声を掛けると、スミッソンが振り返った。
「おお。冒険者のクサナギ様ではないですか」
スミッソンがニコニコしながらやってきた。
「こんな所で出会えるとは嬉しいですね」
「ちょっと散歩がてら街を見て回っているんですけど」
「面白いものでもありましたか?」
「ええ。ここは職人たちの区画ですね。ここは練金工房ですか」
「そうです。今日は錬金術に使う素材を運んで来た所でしてね」
指導五家の当主自らか。中々殊勝な心がけだな。
「俺も錬金術を少々齧ってましてね」
「ほう……やはりただの冒険者じゃありませんな。どうです? 工房を見学していきますか?」
「邪魔じゃなければ是非お願いしたい」
スミッソンは頷くと、一緒にいた錬金術師を見る。
「見学させてもらえるな?」
「もちろんです、スミッソンさん。では、皆さんこちらへ」
錬金術師に案内されて工房に入る。スミッソンも着いてくる。
「ここでは主に回復系ポーションを調合しています」
錬金術用の道具がズラリと並んでいるが、俺の工房のものに比べると魔法付与がされたものがない。これだと一から調合、醸成をすることになり、相当に時間が掛かるだろう。
「魔法付与による
「え!?
時間属性の魔法による高速醸成はフィルも使っているし、帝国のポーション作成過程でも取り入れられている。それほど驚く事だとは思えないんだが。
もっとも、それを魔法道具により補助している俺の工房は特殊だけどね。
「時間属性魔法で醸成時間を削減することで、大量に作り出すことができるでしょう?」
「ちょ、ちょっと……いえ、少しお教え願えないでしょうか!?」
錬金術師が食い気味に迫ってきた。
「いや、時間魔法使えません?」
「時間属性の魔法は……北西にあるバルネット魔導王国の専売特許なんですが……」
ほほう。大陸西方にも魔法が盛んな国があるのか。
「バルネットって国だけなの?」
「はい。時間属性の秘術はバルネットでは門外不出でして、その秘術を学んだ者の国外移動は固く禁じられています」
随分と念入りな国策ですな。でも、転移とかしたら国外逃亡とか余裕じゃんか。
「時間魔法が使える
「いや……出ないでしょうね。時間魔法が使える者は相当優遇されているようで、他国に行ってもそれほどの待遇が待っているとも思えません」
ふむ。時間属性の
「
「知っているのですか!?」
「え? 俺の館がある土地付近では普通に使われてるけどな」
突然、錬金術師が
「是非! 是非、時間属性の魔法をご教授下さい! お願いします!」
俺はビックリしてしまい、スミッソンに振り返った。
「クサナギ様……私からもお願いいたします。礼金は弾ませて頂きますから」
「といっても……そんな難しいもんじゃないんですけどね……まあ、いいでしょう」
俺は戸惑いながらも承知した。
錬金術師は滂沱の涙を流し始めた。
「こ、これでポーションの価格を抑えられる……」
スミッソンもウンウンと頷いている。
迷宮の存在で潤っているレリオンでは回復系のポーションは迷宮から産出されるものと工房で造られるものが流通しているが、東方に比べて異様に高い事が今まで気になっていた。
どうやら作成過程に問題があったために貴重品だったということなのだろう。それでなくても冒険者たちが大量に消費するため、供給が需要に追いつかないのだ。
それから二時間ほど時間属性を司る
だが、錬金術師が呪文の構築を上手くできず、どうにも捗らない。
応用が利くように概念と術式構成のコツなどを教えたのだが、一筋縄にはいかないようだ。
「仕方ない。
俺が構築した魔法術式を教え、さらに実践指導もしなければならなくなった。
── 一時間後 ──
ようやく魔法の詠唱と発動を確認した。
「ふう。どうです? これを使えば醸成時間が五分の一以下になるでしょ?」
「はい! 師匠!」
はい。また師匠認定されてしまいました。
俺の錬金術スキルのレベルは三しかないのにな。錬金術というより魔法の指導をしたから、魔法の師匠なのかな?
俺が魔法の指導をしてる間、暇だった仲間たちは興味がある工房に散っていたため、集めるのに苦労した。
トリシアは木工工房、アナベルは裁縫工房、マリスは防具工房にいた。
「皆さん集まりましたね。どうですか、私の店でお茶でも」
「ああ、ちょうど喉が乾いたね。ご馳走になろうかな?」
俺がそういうと、スミッソンは空になった馬車の荷台に乗り込んだ。
「ささ、皆さんも」
スミッソンに促されて俺たちも乗り込む。
「今日は本当に助かりました」
馬車が走り出してからスミッソンは改めて礼を言ってきた。
「いや、別に礼を言われるほどでは……」
「いえいえ、ご謙遜を。今回のお礼ですが、金貨一〇〇〇〇枚ほどご用意します。お納め下さい」
「え!? 一〇〇〇〇枚!?」
「安すぎますか?」
いやいやいや! 高すぎでしょう!?
「そんなに貰っちゃ悪いでしょう?」
「は? クサナギ様は何を言っておられるのやら……魔法知識の一端をお教え頂いたのですよ? あの知識でどれほどの人間の命が助かるか……」
確かに、魔法一つで人間の生活様式がガラリと変わる。トリエンの『魔法の蛇口』が良い例だ。ジルベルトさんが目の色を変えるくらいの代物だからなぁ。
時間属性の
この
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