第17章 ── 第20話
ホルトン家の屋敷はレリオンの西側、倉庫区画に隣接した場所にあった。
俺の館よりも大分広い豪華な三階建ての邸宅は、イギリスで見たウィンザー城に似た大変豪勢なものだった。
スミッソンの両替屋の店舗なんかみすぼらしい感じだったけど、こりゃ富豪とか大商人の屋敷と言うよりも領土持ちの貴族の邸宅のように見えるよ。
屋敷のロビーも通された応接間も物凄いお金が掛かっている。
もうキンキラキンとしか言いようがない。どこの豊臣秀吉の聚楽第かと言いたくなるレベル。
「はぁ……凄いのです……」
「ある所にはあるものじゃ。ちょっと我の一族の住処を思い出すのう」
東方の支配者たちの城や豪邸などと比べてみても相当なもんだ。アナベルがビックリするのも当然だろう。マリスは……ドラゴンですからな。財宝とかをベッドにして寝てたのかもしれないからねぇ。
「ケントの館と比べてみても……悪趣味だな」
トリシアは眉間にシワを寄せている。
ま、俺はこんな金ピカ趣味じゃないしな。
しばらく応接間で待っていると非常に偉そうな中年女が、ユースと目つきが油断ならなそうな男を連れて入ってきた。
「お待たせしましたね。冒険者の方々」
偉そうな女は、フワリと優雅に王座にも似た豪華な作りのソファに座った。
何かこんなシチュエーションに経験がある気がするんだが。
「我が息子が大変お世話になったと聞いておりますよ。真に有難う」
頭を下げるわけでもなく、扇子っぽいものをヒラヒラと振りつつ、中年女が言う。
「誰の事を言っているのか知りませんけど、礼など不要です」
「私の息子は貴方たちに命を助けられたと報告を受けているのですが?」
多分、パウルの事だろうと思うが、知らない振りをしておく。
「私の息子はパウル・ホルトンと申しますが、記憶にございませんか?」
「あぁ、パウルね。講習会で隣の席だったな。レベルを偽って冒険者チームに参加して死にかけた馬鹿か」
俺の暴言にケネス・ホルトンの眉間に青筋が浮き上がったが、すぐにもとに戻った。
「そうです。我が息子だというのに愚かな事です」
ヨヨヨといったわざとらしい仕草で泣き真似をするケネスに身震いする。
──キモい。
どっかで見たことあると思ったが、化けの皮が剥がれる前のレベッカに似てるんだ。ま、レベッカほどの絶世の美女じゃないから嫌悪感が半端ないレベルという違いはあるが。
「それで、パウルの母君が、俺たちに何の用です? 礼をしたいというのは建前でしょう?」
俺は一秒でも一緒にいたくない気分になってしまったので、早速本題に突入することにした。
「ホホホ。察しがよろしいようですね。そういう人物は私は好きですよ」
俺は貴方みたいな人物は大嫌いですけど。
俺は女性にそんな事をハッキリと言う度胸はないので頭の中で毒づくだけにする。
「貴方がたは中々腕の良い冒険者だと報告を受けております」
「まあ、腕には自信がありますよ」
俺がそう言うとケネスは嬉しげに
「私どもホルトン家は腕の良い冒険者に迷宮探索の支援をしております」
ケネスは得意げに言う。
「支援?」
「ええ。物資、資金、人材も含め、有望な冒険者には支援を惜しみなく与えています」
「それが何か?」
俺は興味なさげに聞き返す。
ケネスはそれを『興味があるが無い振りをしている』と見て取ったようだ。目が嫌らしい笑いを湛えている。
「貴方のその胸当て……は随分と古い……そうですね。そろそろ消えてしまいそうなのでは?」
「は? どういう事?」
ケネスの言わんとしている意味がサッパリ解らない。
俺の鎧は草臥れてはいるがアダマンチウム製の鎧だぞ?
「どこで入手したのか存じませんが、それはアダマンチウム製の胸当てでしょう? この迷宮都市から他の都市に輸出されたもの。となれば……五年で消えてしまいましょう。消えてしまってはお困りになりますよ?」
何を言っているか本当に解らない。
「五年で消える?」
「知らないのですか? 迷宮から産出した武具や魔法道具は五年ほどで消えてしまうのですよ?」
「いや、それは知っている。何で俺の鎧が迷宮産だと思うんだ?」
ケネスが怪訝な顔をする。
「アダマンチウムは伝説の金属。この都市レリオンの迷宮以外で手に入る事はありません。となれば、その鎧もレリオンの迷宮で産出されたもの。五年経てば消えるのは必定です」
ああ、こいつ……アダマンタイト鉱石からアダマンチウムを抽出できる事を知らないのか……。
というか、アダマンチウムが伝説の金属なのは解るけど、迷宮以外でもアダマンチウムの武具は発見される事はあるはずだろう? じゃなきゃ伝説にすらならないじゃないか。
「これは迷宮産じゃないよ。昔から俺が使ってる装備だ」
「御冗談を……冒険者風情が買えるような代物ではありませんよ」
風情だと?
「冒険者風情と申したか……?」
マリスの周囲に黒いオーラのような威圧感が出始めた。あ、これヤバイ。
「ケントを冒険者風情と申したのじゃな……」
「お、落ち着けマリス! ここは俺に任せておけ!」
俺は必死にマリスを宥めた。ここでドラゴン化なんかされたら大変な事になる。
「ちっ。ケントが言うなら矛を収めてやるのじゃ。命拾いしたのう」
マリスがジロリとケネスを見た。
ケネスはマリスが何を言っているのか解らないという顔つきだ。
だが、ケネスの後ろにいた二人の顔は、そうは言っていなかった。俺が威圧した時のように、目をまん丸にしてガタガタと震えている。
「ぶ、無礼な口を利きよう……」
憤慨した顔でケネスが不満そうに言う。
「いや、無礼は貴方だ。俺をただの冒険者だと思っているようだしな」
ケネスはキョトンとした顔になった。
「一応、お忍びだから国の名は言うまい。が……俺はこう見えても貴族でね。辺境伯の称号を国王から賜っている」
「なんですって!?」
なんですってじゃねぇよ。権力を笠に着るようなヤツほど、権威に弱い。ここは俺の称号を利用しておくのが肝要だ。
「そ、それは失礼致しました……辺境伯閣下」
「俺の名前も知らず呼びつけるくらいだからな。知らなかったようだし許すが、あまり舐めた事するなよ」
俺がジロリと睨むとケネスは居心地悪そうに身じろぎした。
「お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「俺のか? 俺の名前はケント・クサナギだ」
ケネスの目付きが少々鋭くなる。
「フソウ竜王国の……」
「違う」
俺はキッパリと否定する。フソウ竜王国なんて名前は聞いたことないからね。
前に冒険者が言ってたフソウって国の事なんだろうけど。その国は日本人みたいな名前が多いのだろう。いつか行ってみたいな。
「でだ。腹の探り合いでは話が進まない。忌憚ない話を聞かせてもらおうか」
俺がそう提案するとケネスは頷いて話し始めた。
「この都市は指導五家によって運営されている事をご存知だと思いますが……」
「ああ、そこの執事の人から聞いているよ」
ケネスは
「私はこの指導五家という枠組みを変えたいと考えています」
「ほう?」
「できれば我が家とその勢力で運営することがレリオンの為になると考えているのです」
ケネスいわく、迷宮産のアイテムは一つの家で管理して他の都市へ運ぶ方が効率的で利益も上がる。
仕入れに他の家が関わる事で手数料がかさみ、市民や冒険者に還元される金が減る。
そこを削減すればアイテムは安くなるし、都市外部から入ってくる金を増やすことができると……
「言いたいことは解った。で、冒険者を支援していると言っていたが?」
「はい。私どもは『アルハランの風』を代表する冒険者に資金、物資、人材を援助することで、効率よく魔法の武具や道具、素材などを手に入れております」
どうやら直接冒険者と繋がる事で都市運営の仕組みを壊そうとしているみたいだな。
「その一端を貴方たちチームにも担って頂きたいのです」
「要は買い取り屋を経ずして魔法の物品を持ってこい。そういうことだな?」
「話が早くて助かります」
ケネスはニッコリと笑った。
「ふむ……」
「一回の探索につき金貨一〇〇枚。探索中の食料や消費財などもご用意しますし、職種の構成で足りない人材も斡旋いたします」
大した金額じゃないし、俺のチームに足りないクラスはない。乗る価値が無いなぁ。
そもそも、第一階層と第二階層回っただけで、一人金貨三〇〇枚以上稼げるのに一〇〇枚って……俺たちの実力をまだ舐めてるね。
「断る」
「え!?」
「だから、断るよ」
「これだけの条件だと言うのにですか!?」
確かに駆け出しや第三階層程度をうろつく冒険者には魅力的な提案だろう。だが、五〇レベル超えの冒険者チームには
「ちなみに聞いておくが、アルハランの風はどの程度の援助を貰っているんだ?」
「金貨五〇〇枚ですが……彼らは別です! 最も腕の立つ冒険者なんですよ?」
「アホか。あの程度のチームで五〇〇枚なら、俺たちは一〇〇〇〇枚を下らない」
「い、一〇〇〇〇枚!」
俺はこれ以上話す意味はないと判断しソファから立ち上がった。仲間たちも同様に立ち上がる。
「ま、お誘いは結構だが、支援など無くても十分俺たちは潤っているからね。それでは失礼するよ。あ、役人に手を回して迷宮に入れないようにするとか姑息な手を使うなら……こちらも手を打つから」
俺はヒラヒラと手を振って仲間たちと共に応接間から退出する。
権力やら金を持っているヤツは、本当にどうしようもないな。
あんまり面倒な事を押し付けないでもらいたいものだ。
権力闘争なら自分たちだけで解決しろ。冒険者とかを巻き込むなって、本当にそう思う。
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