第17章 ── 第19話

 宿屋にもどり寛いでいると、宿の従業員がやってくる。


「失礼します。お客様を訪ねてきた方がおられるのですが」

「俺に?」

「皆さまに」


 何故か従業員には有無を言わせぬ雰囲気がある。俺らが会うこと拒否しても強引に来客を連れて来そうな感じだ。


 これはヴォーリア団長が言っていたヤツだろう。

 帰ってきて三〇分も経たないうちにやって来るとは……

 どれほどの権力を持っているのかが想像に難くない。


 俺たちの情報がヴォーリア団長から漏れたとは考えられないので、冒険者や役人、商人などから情報収集して居場所を突き止めたんだと思うけど、これだけ大きい街の中から短時間で見つけ出すのだから結構な人間が動いたと思われる。


「いいよ。連れてきて」


 従業員は一旦部屋から出ていったが、すぐさま一人の人物を連れて戻ってきた。


 裕福な商人が好みそうな豪華な服を着た人物だが、非常に低姿勢な印象を受ける。


「お会いくださり有難うございます。私の名前は、ユース・コネルティスと申します。皆さまを屋敷にご案内するよう、主人より賜っております」

「主人?」

「はい。ケニス・ホルトンが私の主人です」


 家名は知っているが、ケニスという名前は初めて聞いた。だが、そのユースと名乗る男は、ケニス・ホルトンという名前を知っていて当然という顔をしている。


「誰それ?」


 俺がそういうと、ユースは目を細めた。そこに怒気……いや、殺気のようなものを俺は一瞬だけ感じ取った。


「ご存知ありませんか?」

「ないね。俺はルクセイドに来てまだ一ヶ月も経ってない。知り合いは数えるくらいしかいない。知っていて当然という態度みたいだけど、俺の知り合いにホルトンなんて家名を持つヤツはいないよ」


 俺は肩を竦めて見せる。


「左様でございますか……なるほど、皆さまの事を知っている者が少ないのはそういう理由でしたか……」

「俺たちの事でも調べてるの?」

「はい。当家の者を救助なさったとお聞きしまして、是非ともお礼をと主人が申しております」


 じゃあ、何で本人がやって来ないんだ?


 俺はそんな言葉が喉から出かかった。


「大したことじゃない。お礼する必要もないし、お引取り下さいな」


 俺がそう言った瞬間、ユースの目から強烈な殺気が放出される。

 だが、俺やハリスは、相当レベルが高いせいで何の影響もなかった。


 殺気を込めた威圧スキルだ。中々のものだねぇ……


「そ、そう言われましても……」


 威圧の効果が見られなかった所為か、ユースは少々混乱している。


 マップ画面の機能で一応、ユースを示す光点をクリックしてみると……


「ユース・『鋼』・コネルティス

 職業:戦士ファイター、レベル:三二

 脅威度:なし

 一〇年前までルクセイド領王国で名を馳せた冒険者。現在は迷宮都市レリオスの指導五家の一つ、ホルトン家の執事兼用心棒をしている」


 冒険者上がりか……殺気が表に出過ぎるきらいがあるのが問題ありげだな。


「主人の希望を断られますと……この街での生活がしずらくなってしまいますが……」


 今度は権力を笠にきた脅しか……常套手段ですよなー。


 ただ、まだ迷宮の攻略をしなければならない身としては、役人に手を回されて迷宮への侵入申請を拒否されたりすると面倒な事になるなぁ。

 転移門マジック・ゲートを使えば何の問題もなく中に入れるんだけど、迷宮内で他の冒険者と遭遇すると厄介だしなぁ。


「仕方ないな。そう言われちゃ、断れそうもないな」


 そう言うと、ユースは目に見えて安堵した。


「助かります。貴方たちのためにも……私のためにも……その方がよろしいでしょう」


 「私のためにも」は小声過ぎて俺以外には聞き取れなかっただろうな。ケニスなにがしとは、そこまで権力志向なのか。


「表に馬車を用意しております。身支度など整いましたら馬車にお乗り下さい」

「あいよ」


 俺が頷くと、ユースは部屋を出ていった。


 トリシアたち三人を部屋に呼び、経過を伝える。


「その、ケニスとやらは我らに何を求めておるのかのう?」


 さあ、サッパリわかりません。


「大方、身内の救助の礼というのにかこつけて、ケントとよしみを結ぼうというのだろう」


 多分、その方向だろうねぇ。


「言葉が解らないのに行っても大丈夫なのでしょうか?」


 アナベルが少々不安げだ。


「ま、俺とマリスに任せておけばいいよ。話しかけられても無視しておけば、俺らが何とかするさ。今までもそうだったろう?」


 衛士たちとの宴会を何度もやっているので、その辺りの経験値は結構稼いでるからな。

 ハリスは気配を消してるので被害は皆無だが、美女二人は結構話しかけられてたからね。

 トリシアは微妙に片言で受け答えしている時があったけど、アナベルは目を白黒させてることが多かったし、そういう場合は俺が対処していた。

 彼女がマリオン神殿の神託の神官オラクル・プリーストだと紹介すると、大抵の衛士は口を閉ざしていたな。


 神と直接対話できると言われている神託の神官オラクル・プリーストに不埒な事をしようとするティエルローゼの住人は、まずいない。神罰が落ちる事がリアルにある世界だしね。


「よし、それじゃ身支度とかよろしく」

「いつもの格好でいいじゃろ?」


 普段着のマリスが見上げてくる。


 いつもの格好というと、完全武装って事だよな?


「うーん。何があるか解らないからなぁ。よし、冒険者然とした格好でいいだろう。先方も身内を救助をした冒険者を所望しているんだろうしね」



 身支度を整えて宿の外に出ると、大きな黒塗りの箱馬車が待っていた。


 四頭立てか……でけぇな。


 俺たちが来ると、馬車の扉が開きユースが降りてくる。


「それではご案内申し上げます」


 ユースは俺たちの完全武装を見て身体を震わせた。


 さすがに元冒険者だけあって、俺たちの武具が総ミスリル製だという事に気づいたかな? 俺のはアダマンチウムだが、草臥れまくっているから解らないかもしれないが。


 ホルトン家の屋敷までの道中、ユースと少し会話をしてホルトン家がどんな家系なのか、情報収集を行ってみた。


「ホルトン家ってそんなに有名なの?」

「貴方様たちはルクセイド領王国の国民ではないのですね?」

「ああ、俺らは他国の人間だ。だから、俺とこっちのマリス以外は言葉が解らないんだよ」


 ようやくユースも納得したような顔をする。


「そうなると知らないのも仕方ない事かもしれませんね。この迷宮都市レリオンの運営は商業ギルドが行っております。その商業ギルドの意思決定を行うのが指導五家と呼ばれる、五つの家です」


 それはもう知ってるよ。


「その一つがホルトン家となっておりまして、ホルトン家とセネトン家は迷宮から産出する魔法道具や食材などを他の都市へ輸出する業務を担っています」


 ふむ……迷宮産のアイテムを他都市に売るとなると、確かに権力を持っていてもおかしくないか。


「セネトン家はホルトン家の血縁ですし、事実上、ホルトン家がレリオンの輸出業務を司っていると考えて頂いて結構です」


 少々自慢げにユースが言う。


「そりゃ濡れ手にあわだろうねぇ……」

「アワ……とは何でしょうか? 水に浮かぶ泡は確かに濡れた手にお似合いですが」


 あわとかひえを知らんのか……昔の日本だと貧乏人の食い物だとか言われていたようだが、現代だと高級品だよな。

 ティエルローゼには無かったのか……まあ、今の現代人も殆ど知らない食べ物だけどさ。


「それは置いておいて、五家って言うくらいだから、五つあるんだよね?

 さっき、セネトン家というのが出てきたし、あと三つあるんでしょ?」

「はい。都市で使用される生活必需品や一般的な食料を仕入れいる事を担当するのがジョイス家でございまして」


 ユースは隠さずに教えてくれる。公然の事実なのだろうから、隠す意味も無いのだろう。


「そして、迷宮から産出される魔法道具や武具、素材などの買い取りを行う家が二つございます」


 ユースの口が閉じる。少し待って見たが、その続きを言おうとしない。


「で、その買い取り業務の二家の名前は?」


 俺が促すように聞き返すと、ユースは渋々といった感じで応えた。


「パーミントン家、そして……スミッソン家です」


 スミッソンだって? あのオッサンの事だろうか?


「スミッソンって両替商の?」

「表向きの店舗は両替商ですが……他の業務として買い取り屋がある区画の取引を担っています」


 スミッソンの親父……結構大物だったんじゃん! ちょっとビックリした。


 ユースに色々聞いて判明したが、スミッソン家とパーミントン家が迷宮からのアイテムを引き取り、素材は職人たちや小売店へと卸す商売をしているらしい。

 既に完成されているような魔法の道具や武具などは鑑定や整備などを経て、適価でホルトン家やセネトン家に卸される。


 ただ、どうもユースの話の端々から、このスミッソンとパーミントンはホルトンと仲が悪いような印象を受けた。

 協力して都市を運営しているにしては、何で仲が悪いのかまでは解らない。

 ユースの口ぶりからしても敵愾心を持っているのは間違いないだろう。


 もし、そういう政争的な事に俺たちを利用しようと考えているなら、少々警戒が必要になるな。

 何にしてもも、ユースがいう『主人』とやらが、どう出て来るのかを見てみないことには何とも言えない。


 俺は馬車の窓から見えるレリオンの街を眺めながら、今後の対応について思案を巡らせていた。

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