第17章 ── 第15話

「フレッド! 左から……ぐあああ!」

「ギル!?」

「おのれ! ギルバートを良くも! 喰らえ! ルーリン……ギャアアァ!!」


 ボスの間に続く道を急いで進んでいると、そんな声を戦闘の喧騒とともに聞き耳スキルが拾ってくる。


 前衛が突破されたか?


 何かを噛み砕くようなバキバキという音が聞こえてくる。


「こいつ! フィリオスから離れろ!」

「ダメ! 後ろから!」


 俺たちがボスの間に辿りついた時、三人の冒険者がラット・スパイダーに食い付かれており、一人はすでに死亡しているのが確認できた。

 残りの三人が壁に追い詰められており、全滅は時間の問題なのがはっきり解った。


「光に導かれし魔導の矢、ケルビエルより放たれよ。無限魔法矢インフィニティ・マジック・ミサイル!」


 八匹のラット・スパイダーにロック・オン・マークが表示され、二四本の魔法の矢が飛んでいく。


──ガス! ガス! ガガス!!


 ラット・スパイダーに三本ずつ魔法の矢が突き刺さ……いや、貫いていく。

 突き刺さって止まるほど、ラット・スパイダーの身体は固くなかった。


 一瞬で八匹が死に絶えた。


「こ、これは……!?」


 追い詰められていた三人の一人、神官プリーストらしい冒険者が、突然死んだラット・スパイダーに視線を落としている。


 ラット・スパイダーは見た目はジャイアント・ラットのように見えるが、おしりの部分がクモの腹のようになっている。

 そのクモの腹から粘着性のある糸を吹き出し、敵を捕らえて生きたまま食うというモンスターだ。


 食い付かれていた二人は、すでに巨大なネズミの前歯で骨ごと噛み砕かれて絶命している。

 残りの一人は虫の息だ。


「アナベル!」

「おう! 任せろ!」


 俺の掛け声で、ダイアナ・モードのアナベルが聖印を掴み、呪文をブツブツと唱える。


『ブラミス……アイデル……ライファーメン……』


 ん? 神聖魔法も魔法使いスペル・キャスターの呪文とセンテンスは変わらないね?


上級回復グレーター・ヒール!!』


 虫の息の冒険者の傷口が一瞬でふさがり、体力が回復していく。


「ううう……」


 だが、食われた部分まで回復するわけじゃない。彼の右腕はすでに食い取られている。


 俺は周囲の惨状を確認する。戦死は戦士ファイター盗賊シーフ魔法使いスペル・キャスターの三人だ。

 重症を負っていたのは戦士ファイターで、残りは拳闘士フィスト・ストライカー神官プリースト、そしてレベルの低い戦士ファイターだった。


 死体にはラット・スパイダーの粘着糸が大量に付着しており、動けなくなった所に食い付かれたのが判る。

 一つの死体は天井に吊り下がっている。


 こいつが最初に死んだな。


「た、助かったのか……」


 さっきまで重症だった戦士ファイターが起き上がって囁いた。


「ああ、運が良かったな」


 俺たちが近づいていくと、戦士ファイターが頭を上げた。


「お前たちが助けてくれたのか……?」

「まあ、そうなるな。レベルが足りてないのに、こんな所まで降りてくるから、こういう事になるんだ」


 俺は厳しい言葉を戦士ファイターに投げかける。それを聞いて戦士ファイターは俯いてしまった。


「あんたたちが、ギルを助けてくれたんだね。本当にありがとう」


 女性の拳闘士フィスト・ストライカーが近づいてきた。その後ろに神官プリースト戦士ファイターも付いてくる。


 生き残った冒険者たちをジロリと俺は睨む。


「迷宮を舐めてるんじゃないのか? 低レベルの馬鹿どもが入っていい場所じゃないぞ!」


 キッと戦士ファイターが俺を睨んで来たが、怒っている俺の視線に目を反らした。


「ここまでキツイとは思ってなかったんだ……」

「それが甘いっていうんだよ。冒険者なら解っているはずだろ。冒険は死と隣合わせだ。余裕がある状態で冒険には挑むもんだ。なのに、何だお前ら!」


 俺は一人一人の顔を見る。


「そこの戦士ファイターは確実にレベルが足りてない! そんなものをここまで連れてきた意図はなんだ!?」


 俺は低レベル戦士ファイターを指さして怒鳴る。


「いや……あれはゼノが……」


 死体の一つを女拳闘士フィスト・ストライカーが見つめた。


「その死体がリーダーか? 自業自得だな。大方、その戦士ファイターを盾にでもしようと考えて連れてきたんだろ?」

「そ、そんな卑劣なことはしない!」

「いや、するね。俺もされた経験があるからな」


 重症戦士ファイターの否定の言葉に俺は苦笑いで応えた。


「あれ……? ケントさん……?」


 今まで、おどおどと周囲を窺っていた低レベル戦士ファイターが俺の名前を呼んだ。


「ん? 会った事あったか?」

「パウルですよ! 一緒に講習を受けたじゃないですか!」


 パウルと名乗る戦士ファイターの顔を俺はまじまじと見つめる。


 そういえば、見たことあるような面だな。ああ、あいつか!


「お前、なんでこんな所に降りてきてるんだよ。レベル一桁だろ?」

「ああ、ゼノさん……そこで死んじゃってる人ですけど……彼に誘われたんでチームに参加したんですよ」


 パウルはあの時とは違い、チェインメイルにブレストプレート、ラウンドシールドを付けていて、大マップでデータを確認しなかったら二桁レベルに見えそうな立派な防具姿だった。


「お前……レベルを偽ったんじゃあるまいな?」

「い、いや……あの……」


 どうやら図星だ。立派な防具を見て、リーダーだったらしいゼノという戦士ファイターがスカウトしたんだろう。

 彼の装備している防具は駆け出しの冒険者が買えるほど安いものじゃないからな。


「ふー……初心者の浅知恵で、三人死んだって事か……」


 俺は何だか疲れてしまった。


「申し訳ない……」

「申し訳ないで人が生き返るんだったら楽な事だけどな」


 だが、騙された方も騙された方だよ。戦い方とかを見れば、低レベルだって判るはずだ。それを無視してここまで連れてきた段階で同罪だな。


「ま、こいつらも、それを解っててココまで連れてきたんだろうけどな」


 そういうと、他の三人も目を伏せた。


「パウルの吐いた嘘を懲らしめる目的もあった……そう判断できるが、自分らの実力以上の場所まで来たんだ、馬鹿の所業だな」


 もう溜息しか出ないよ、ホント。


「ハリス! 回収作業は任せた。俺は遺体を回収して野営に戻る。お前らも着いて来い!」


 結構ズタボロの四人は、マリス、トリシア、アナベルが手を貸してやったので、なんとか歩き始めた。



 野営の間に戻ると、俺は料理を再開する。


 少々イライラしている所為か、振るう包丁が暴力的な音を立てる。

 その度に仲間たちは顔を見合わせ、助けた四人はビクビクと身体を震わせていた。


 料理をしている内に俺のイラつきは影を潜めていき、料理が終わる頃には何とか平静を装えるほどに落ち着いた。


「よし、今日はチキンカツのカツ丼だ!」


 できあがったカツ丼を皆に配る。


「おお! カツ丼キタのじゃ!」

「これぞ至高」

「待ってました!」

「チキンって……何だ……?」


 ま、初のチキンカツだから違和感あるかもしれないが、美味さはそれほど変わらないよ。


 俺は、生き残りの四人にも持っていく。


「せっかく生き残ったんだ。メシでも食って体力を付けておけ。地上に戻れなくなるぞ」


 俺がそういうと、四人は弱々しく微笑みつつも、どんぶりを受け取る。


「ケントの料理は美味いのじゃぞ? 良く味わって食べるのじゃ」


 カツ丼をがっつきながら、マリスが歩いてきて四人に言う。


「行儀が悪い! ちゃんと座って食べなさい!」

「了解じゃ。ちょっと言っておこうと思っただけじゃぞ」


 まあ、作った人間としては味わって食べて欲しいし、ワカランでもないが。


 俺も自分の場所に戻ってカツ丼を食べる。


「ん。トンカツよりアッサリしてて、これも美味いな。エビカツだと合わない味付けかもしれないけど、チキンカツとトンカツはカツ丼に合うな」

「チキンって何です?」

「鶏肉だな」


 アナベルは納得してカツ丼を口に運ぶのを再開する。


 チキンやらポークやらマトンやら呼び方が色々あるから面倒だねぇ。


「な、なんだこれ……すごく美味しい!」

「こりゃ凄い……迷宮の中でこんな料理が食べられるなんて……」


 女拳闘士フィスト・ストライカーと低レベル戦士ファイターパウルが唸る。


「こんな料理を今後も食べたいものだ……」

「確かに……その為には生きて地上に戻らねばなりません……」


 残りの二人が決意を固めたようなセリフを言った。


 そこだね。生きる目的があれば、死なないように考え始めるもんだ。

 美味いご飯を食べたいとか、金を稼ぐ理由の最たるものだけど、生きる理由にもなると思う。


 彼らのレベルは、パウルはともかく、一三~一四レベル。二階層の昇り階段まで俺たちがサポートすれば、帰りつけると思う。

 仕方がないから、そこまでは協力してやろうかね?

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