第17章 ── 第14話

 翌日の準備をして、一日を過ごす。

 前回、三日の探索を踏まえて物資などの準備を進める。

 トリシアから予備弾丸の数がもっと必要だというので、三倍近く造らねばならず少々時間が掛かった。

 前回は五〇〇発分作ったが、今回は一五〇〇発ほど。鋳造技能をフル発揮してしまった。


 二丁拳銃で消費していくもんだから、弾丸消費が跳ね上がるのも仕方ないわな。トリシアの武器なんだから、本人の使用スタイルに注文を付けるわけにもいかないし。


 工房で作ればもっと簡単なんだけど、魔法門マジック・ゲードを無闇に他国で使うのに躊躇してしまう。

 この魔法は戦争などに使うとチート過ぎるし、他国にこのアイデアを知られないためにも使用は緊急の場合以外では控えておきたい。

 知った所で真似して使用できるとは思えないけど、よく言っているように知識は力ですから。


 翌日、迷宮入り口前の広場で、門が開くまで待機する。


 待機中、迷宮内で出会った何組かの冒険者チームと挨拶を交わす。


「今日はどこまで潜るんですか?」

「あー、俺たちは一応五階層まで」

「五階層!? 野営の時、会えなさそうですね……」


 少々残念そうな顔を冒険者たちのリーダーが言う。


「ま、機会があれば会えるかもねぇ」

「俺たちは一階が限界なんで……」


 彼らの平均レベルは一〇程度。それだと二階層には行けないだろうな。


「階層ボスが結構強いからね。危なくなったら逃げる事だ」

「確かに……そうします」


 彼らのような初級冒険者はステータスが低いので、ちょっと戦闘が破綻しただけで全滅する事が多い。そうなる前に撤退するような戦術は重要だ。

 だが、経験不足により撤退時期を誤ってしまうため、メンバーに被害が出たり、全滅したりするんだ。


 俺はソロだったので、嫌というほど死にまくって覚えたが、この世界では死んだら終わりだし、余裕を持って判断するべきだろう。


 俺も気を引き締めておこう。初心忘るべからずだ。


 ようやく俺たちの書類確認になった。前回とは違う衛士だが、彼には一階層の駐屯地で会った記憶がある。


「お、もう入るのか?」


 前回の盗人捕縛という出来事があったせいか、衛士たちが俺たちの顔を覚えている事が多くなった。

 もちろん、カルーネル衛士長やヴォーリア衛士団長たちに近い衛士たちは、俺たちのことを知っているが、普通の衛士にまで顔を覚えられている事は、犯罪者じゃない限り、マイナス要因ではない。


「ええ。今日から五階層を目指すつもりですよ」

「頑張るなぁ。知っていると思うが、四階以降は救出部隊が出ないから気をつけろ」

「心得ていますよ。余裕を持って撤退できるように気をつけます」


 俺がそういうと、衛士が頷く。


「よし、今日から八日間、迷宮侵入を許す」


 確認してもらった書類を返してもらい、地下への進入路へと急いだ。



「ハリス! 後ろから来るぞ! 迎撃しろ! アナベル! 深追いするな! 支援に徹しろ!」


 トリシアの指示が戦乱の中で飛ぶ。


 三階層に降りて探索を開始したばかりの頃に、敵の大集団と出会ってしまった。


 俗にゲーム用語で『モンスター・ハウス』と呼ばれる中に大量に敵対モンスターがいる部屋に突入してしまったのだ。


 一種の罠だが、統制の取れていない大量のモンスターは、攻撃パターンが読めずに対処に苦労するものだ。


 レベル差が相当あるので負けることはないが、殲滅に時間が掛かって仕方がない。


聖なる腕力ホーリー・ストレングス!」


 アナベルはトリシアの指示通りに後方に下がり、マリスに筋力増強のエンチャントを掛けた。



「ローリング・ストライク!!」


 マリスの旋風にもにた光るオーラの刃を組み合わせた広範囲攻撃スキルで、モンスターがどんどんと斬り飛ばされる。


「扇華一閃・圓!!」


 既に乱戦状態で、隊列は崩されてしまっている為、周りの敵を手当たり次第に殲滅するしかない。


「……絶!」


 分身の術で一〇人に分身しているハリスは、影渡りのスキルを使用して、バラバラになってしまった仲間たちの後ろを護るように戦っている。

 多勢を相手にする上で、彼の忍術スキルは大変に助けになる。


 ようやくモンスターを殲滅し終わったのは、それから三〇分も経ってからだった。


「ふう……随分、敵が多かったのじゃ」

「何種類も敵がいると戦闘方針を考えるのも大変だな」

「その通りだぜ。スライムとキラー・ビーとか意味解かんねぇ! どんな組み合わせだよ!」


 戦闘大好きなアナベル……いやダイアナですら愚痴を漏らす。


 まあ、モンスター・ハウスってのはそんなものだ。俺もローグ系のゲームでよく体験したものだ。

 ランダムに部屋にぶち込まれたモンスターが統一された系統になることはないからな。


「モンスター・ハウスだからな。秩序など関係なしだ」

「混沌勢が関わっているのではないか?」


 俺が秩序と発言したせいで、トリシアはこのダンジョンが混沌勢の作ったものじゃないかと疑いを持ったようだ。


 まあ、ランダムといっても、今いたモンスターどもは、レベル七~一〇くらいの雑魚モンスターたちだし、ある一定のルールは存在していると感じるし、混沌勢の作ったものなら、そんなルールは存在しないだろ?


「モンスター・ハウスってなんじゃ?」


 そこからだろうな。


「どうもここは、俺の世界にあったゲームを模倣して造られている気がしているんだよね。ローグってゲームなんだけど」


 俺はローグ系のゲームの概要を説明する。


「とまあ、そういう種類のゲームに良くあるトラップの一つとして、『モンスター・ハウス』ってのがある。大量の敵を広い部屋にギッシリと詰め込んだ部屋なんだよ。敵を排除するために多大な消耗をプレイヤー・キャラクターに押し付ける陰険な罠だよ」


 プレイヤー・キャラクターという言葉は、ティエルローゼでは俺を指す言葉なのだろうが、あえてここでも使う。


 プレイヤーやキャラクターはゲームをプレイする人間が、ゲーム内の操作キャラクターをメタ視線で示す用語だが、このダンジョンを作った者から見た俺たちは、まさにプレイヤー・キャラクターだろうからね。


「ゲームというのは遊戯の事だろう? これは遊びじゃない。命をかけた戦いだ」

「いや、確かにそうだが……神の視点というのかな? 物語に登場する人物を、本を読んでいる人間が見る場合なら、そういう視点で見るだろ?」


 物語の主人公が危機に陥った時、読者はハラハラドキドキを感じるだけで、命に危険はない。

 登場人物的にはたまったものではないのだが、それが小説にしろアニメにしろ登場人物たちの運命だからな。


「誰かが遊んでいるのかや?」

「いや、この場合……もしいるならだが、ダンジョン・マスターだろうか?」

「ダンジョン・マスターとは何だ?」

「迷宮は、ゲーム用語で『ダンジョン』という。それを管理、運営している存在を『ゲーム・マスター』、もしくは『ダンジョン・マスター』っていうんだよ」


 トリシアが不快な顔をする。マリスは俺の世界の言葉なのでフンフンと鼻を慣らしながら目を輝かせている。


「そんな存在がいるのか!?」

「いや、いたとしたらの話だよ。

 このダンジョンは、自動生成型にしてはよく管理されている気がする。

 そこにプログラムによるランダム生成の感じがしないんだよねぇ。だからいると仮定して話しているんだ」

「ふ、もしそんなヤツがいるなら、私が近々ぶっとばしてやるよ!」


 ダイアナが天井を見ながら吼える。


 気持ちは理解できる。もし、そんな存在がいるなら、ちょっと挨拶しに行きたい気分だね。


「回収は……完了した……」


 一人、いや一〇人で黙々と敵の素材やらドロップ・アイテムやらを回収していたハリスが戻ってきた。


 相変わらずハリスは真面目だな。


 モンスター・ハウスだった部屋で少々休んでから探索を再開する。


 三階まで来たので、このダンジョンの考察をまとめてみよう。

 構造や敵の配置などの考察は以前考えた通りだ。今回考えるのは敵について。


 一階では、一~四レベルの敵が出ていた。二階では、四~七レベルだ。三階のさっきモンスター・ハウスでは七~一〇レベルだった。

 階層毎に最大三レベルずつ敵のレベルが上がっていると見ていい。


 また、ボスについては一~五レベルくらい上乗せしたレベルのモンスターが配置されていると感じるのだが、グレーター・サラマンダーのようなレベル一九の敵が配置される事があるようなので、一概にそうだとは言い切れない。

 レア・ボス・モンスターってのがいるのかもしれない。


 ここから推測するに、最終フロアの一五階層は四〇レベル後半くらいの敵が出るんじゃないだろうか? ボスも考えると五〇レベルくらいが上限かもしれない。


 何にせよ、三階でこんな罠をぶつけてくるんだから、このダンジョンは一筋縄ではいかないかもしれないな。



 三階の下への階段は二つ、東と西に存在する。

 そのうち東側の区画に到達した。時刻は一七時四〇分。


 ほぼ一直線に進んで来たので、たった一日でここまで来ることができた。

 三階層のボスも推測通りで、一四レベルのダイア・ウルフだったし、大した脅威を感じることはなかった。


 野営の間で、端っこの焚き火跡を確保して野営の準備を始める。

 今日は久しぶりにカツ丼でも作ろうかな。


 カツ丼の材料だが、今までトンカツやエビカツばかり作っているので、チキンカツをベースに作ってみようかと思う。


 俺が準備をしているのを食いしん坊チームが覗き込む何時もの光景が展開されている一画に、ハリスがやってきた。


「戦闘音が……聞こえる……ぞ」


 ハリスがそう言うので耳を澄ませてみると、確かに戦闘の音が微かに聞こえているようだ。


「階層ボス戦っぽいな」

「ああ……」


 大マップ画面で確認をすると、すでに俺らがクリアしたボスの間は存在せず、ダンジョンの構造はガラリと変わっている。

 その新しいダンジョン構造で、この階段区画に隣接する広間に赤い光点が八個、白い光点が七個光っているのが確認できた。


 赤い光点はレベル一三のラット・スパイダーで、それが八個もある。

 白い光点を調べてみると、一五レベルの戦士ファイターが二人、一四レベルの盗賊シーフが一人、一四レベルの僧侶プリーストが一人、一三レベルの拳闘士フィスト・ストライカーが一人、一三レベルの魔法使いスペル・キャスターが一人、そして、レベル五の戦士ファイターが一人だ。


 何故か一人だけ、異様にレベルが低いんだが、こんな所まで連れてくると死ぬ確率が高いと思う。


 肉の壁にでも使うつもりかもしれない。嫌なものを見た……


 俺の脳裏には、ウスラとダレルたちの事が思い出された。

 新人を援護もせずに戦わせ、盾に使うという戦術。万が一生き残ったら恩を売る姑息な策謀。


「うーん、ボス戦に挑むにしても、少し余裕がなさすぎる布陣だな」


 俺はみんなにも見えるように大マップ画面を表示させる。


「このままだと全滅は必至だな」


 トリシアが正確に戦況を予測する。


「ま、新人イビリにしても、全滅しちゃなぁ……」


 俺も頷く。


「どうするんじゃ?」


 マリスが期待を込めたような顔で俺を見上げる。


 オリハルコン・クラスの冒険者として、知ってて見過ごしては問題あるよねぇ。


「仕方ないな。救援するとしようか」

「さすが、ケントだぜ! 腕が鳴るな!」


 バシンと手のひらと拳を打ち付けてダイアナがニヤリと笑う。


 んじゃいっちょ、ヒーローっぽい事でもしてみますかな。

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