第17章 ── 第11話
他のメンバーたちも警戒していると思いきや……
トリシアは茶碗に残ったご飯に器の残り汁をぶっ掛けて、スプーンですくって食べてるし、マリスは寝っ転がって満足そうにお腹を鎧の上からさすっている。
ハリスは男たちを完全に無視だ。
アナベルは……何で毛布を取り出して寝る体勢になってんだ?
「何か用か?」
昨日の事があるし、仲間は頼りになりそうにないので俺はひとり警戒気味に男たちを見回す。
「頼みがある」
「頼みだって?」
話しかけてきた男の喉がゴクリと鳴る。
「その……その食い物を分けてくれないか?」
「は?」
男たちの視線が俺に向いていない事に気づき、彼らの視線をたどっていくと……鍋に注がれていた……
慌てさすなよ! そんな事かよ! あまりの事に間抜けな声で聞き返しちゃったじゃないか!
どーりで、仲間たちが無反応なわけだ。
「か、金なら払う!」
男がそう言うと、他の男たちもブンブンと顔を縦に振った。
「そんな事かよ……だが、見てわかると思うが、もう汁しか残ってない」
男たちの絶望したような顔に哀れさを感じた。
「そ、その汁だけでも良いんだ! 銀貨一枚! いや! 銀貨六枚出す!」
なんでそんなに必死なんだ? さっき見た限りでは、やつらも肉を串に指したモノを食べていたはずだが。
「ケント、分けてやればええじゃろ?」
マリスが顔だけこちらに向けながら言い放つ。
「しかしだな」
「ケントの料理じゃからな。誰でも食べたくなるものじゃ」
「そういうものかな?」
「そういうもんじゃ」
ふむ。マリスがそういうなら仕方ないな。
「よし、良いだろう」
俺がそう口走ると、男たちの顔がパッと明るくなる。
「ただし!」
汁だけの鍋に手を出しかけた男たちの手が止まる。
「そんな残り物みたいなものを売ったとあっては、俺の名が
「そ、そんなにか?」
「ああ。最高の料理を提供してやる」
俺は料理用のテーブルを取り出して、隅で料理を作り始める。
小麦粉、塩、水。追加の具材などをインベントリ・バッグから取り出す。
具材は先程のように粗めに切り分けて、水と
うちの仲間たちほど食う奴らもいなかろうし、六人分ならこのくらいの量でいいだろう。
続いて、小麦粉に塩を加えて水で練り上げる。以前に作った事がある
はい。鍋の正体は石狩鍋風煮込み
野営の間に、またもや暴力的に良い匂いが充満し始めた。例の冒険者たちは、固唾を飲んで見守っている。
── 一時間後 ──
「ほら、出来たぞ。鍋と器はちゃんと返せよ」
出来上がった鍋を男たちの所に持っていき、焚き火にかけてやる。
「ああ、ありがとう」
銀貨六枚、しっかりと支払った男の目は、もう俺ではなく料理に向けられている。
そんなに飢えてたようには見えなかったんだが。
俺が彼らから離れて仲間たちの元に戻る頃には、争奪戦が開始されていた。
量はあるんだから、落ち着いて味わって食えよなぁ……
「細長い例のヤツだったな」
戻ってきた俺にトリシアが話しかけてくる。
「ああ、ああいう鍋料理はシメの一品でな」
「シメの一品?」
「そうだ。鍋の残り汁に
ガバッとマリスが起き上がる。
「そんな作法があるとはの! ケントは教えてくれなかったのじゃ! ズルいのじゃ!」
「いや、その前にお前らご飯全部食べちゃったじゃないか」
ブーたれるマリスを取り敢えずなだめる。
「大丈夫だ……明日……また作ってくれる……はず……だ」
何やら不穏な事をハリスが
「それって、また食べたいっていう事?」
「それ以外の何に聞こえるというのか?」
トリシアまでハリスに賛成か。
ま、それはそれでいいが、同じ料理を二晩続けて作る気はないぞ? 次に作るなら別の鍋料理だ。
「仕方ないな。考えておく」
「……ケントさんの料理は何でも美味しいのですよ……」
アナベルの声がしたので目を向けて見れば、既にスヤスヤと寝ていた。
寝言かよ!
男たちが鍋と器を返してきた。
「こんな美味い料理を食べたのは初めてだ。感謝する」
「銀貨六枚も貰ったからな。口に合ったなら幸いだ」
見れば、男たちは全員満足そうな顔をしているしな。
「迷宮の中で……いや、地上でもこれほどの料理は食べたことがない。あんたは有名な料理人なのか?」
何を言い出すやら。
「いや、ただの冒険者だけど?」
「それにしては料理の道具も、その腕も……」
さっきまで料理用テーブルを置いていたあたりをチラリと男は見る。
「ま、迷宮探索や冒険なんかに出ているときは、食うモノがちゃんとしてないと仲間の士気が下がる。だから料理には手間ひまかけてるのさ。これは軍隊とかでも同じ事だろ?」
男は納得した顔で頷き、俺の横に座った。
「確かに、美味いものを食う為に俺は冒険者になった。なかなか実践できてるとは思わないが、それでも昔よりはマシになった」
彼は、ここよりずっと西方に位置する国から流れてきたらしい。彼の生まれた農村は大変貧しく、地主によって女は街へ身を売りに行かされ、男は重労働を課せられる。
「あそこに比べれば、冒険稼業は天国みたいなものだ」
ふむ。生粋の西方の民らしいので色々と情報を引き出してみるか。
「俺の名前はケント・クサナギ。お前は?」
「俺か? 俺はルーファス。名前から察するに……お前、フソウ出身か?」
「フソウ? いや、俺は日本だ」
フソウという国には、俺のような名前が多いのだろうか?
「ニホン……聞いたことがないな……いや、まてよ? 救世主の出身地がそんな名前だったような……」
ああ、トリエンの食堂の料理人も同じような事を言っていたな。
「救世主? そういやそんな事、聞いたことがあるね。それどんな物語なんだ?」
「フソウ系の名前のくせに知らないとはな。まあ、いいか。飯の礼に聞かせてやるよ。銀貨六枚程度じゃ申し訳ないからな」
彼は昔、聞かされた救世主の伝説を語り始める。
その大男は、突然天から降ってきた。
その当時、西方は歴史的に類を見ない何年も続く大飢饉に陥っていた。
大怪我を負った大男が、飢餓と貧困に喘ぐ、どこにでもあるような片田舎に出現したのだ。
人々はバタバタと倒れ、身体の弱いものから餓死していく。
それでも、村人たちは大男を看病し、なんとか命を助けた。
大男のしゃべる言葉を村人たちは理解できなかったが、大男はお礼をしたいと言っているのは解ったという。
大男は飢餓や病気で死んでいく者たちを横目で見つつも、村人のために働き始めたという。畑を耕し、作物を植えた。
人々は、そんな大男の働く姿を有り難いと思いつつも、無駄だと馬鹿にし、無気力な目で眺めるばかり。
大男は村人の諦めたような目や言葉を気にもせずに森を開墾し、畑をどんどん拡張し、とにかく働いた。
そんな風景が半年もした頃には、希望の光となって人々の目に映るようになる。
何を植えても実らなかった作物が実った。男はそれをソバと言った。
「ソバだって!?」
「ああ、救世主が最初に作り出した食べ物がソバだ」
俺はつい口を挟んでしまった。ゾバルでもなくソバと言ったからだ。
「いや、すまん。続けてくれ」
「ああ、かまわないが……」
不審な顔つきながらも男は話を続けてくれた。
もう口を挟むのは控えておこう……
大男はさらに水路を引いた。どこから水が来るのかわからないが、大量の水を引き込んだ。
そしてさらに半年後、その村には田んぼが出来た。
その頃になると村人たちの目には希望が溢れ、大男を手伝って農作業をすることが普通になっていた。
数年後には、村は食べ物に溢れる豊かな土地になった。
「とまあ、これがとある村を救った救世主の話だな。似たような話は西方各地にある」
「スゲェ興味深い」
「お前たちが食べていたコメの誕生秘話だ。久々にコメを見て、この話を思い出してしまった」
その他にも大男……俗に救世主と呼ばれた男の逸話は枚挙に暇がないらしい。 強大な三首の龍を屠った話だの、国の諍いを止めただの。
まるで西方のトリシアのような物語だね。
「その救世主の名前は伝わってないのか?」
「いや、ニホンという出身地だけが伝わっている」
どう聞いても日本人、しかもプレイヤーの話だ。その大男は転生者だろう。
そこから判断して、その救世主とは「シンノスケ」なのではないか?
この世界においてプレイヤーの転生は五回。
アースラ、シンノスケ、タクヤ、セイファード、そして俺。
アースラは人魔大戦前の時代の転生者だし、セイファードの転生は神も知らない。シンノスケとタクヤは同時代っぽいけど、タクヤは東方に転生したらしい事がファルエンケールの女王から解っている。
残る転生者は「シンノスケ」しかいないんだ。
大陸東方では魔神と恐れられたプレイヤー「シンノスケ」が、西方では大飢饉から西方各地を救った英雄と語り継がれている事になる。
米や蕎麦を西方にもたらして人々を救うとは、俺の聞いていたシンノスケ像とは全く合致しない。
きっと何かがあったのだ。それがシンノスケを魔神に変えた出来事だったのかもしれない。
アースラたちはそれを知っているんだ。神すら口に出すことを
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