第17章 ── 第9話
俺が剣を抜く前に、マリスが突進した。
「まどろっこしいのじゃぞ、ケント! この手の悪は、とりあえず一発殴っておけば楽勝じゃ!」
あー、血の気多すぎですよ、マリスさん。
その突進を止めようとジントが剣を繰り出した。
「甘い、甘いのう!」
ジントの連撃スキルを余裕で捌き、疎かになっている左足にマリスのキックが飛ぶ。
「あがっ!?」
ミスリル・プレートが貼り付けてある特製ブーツのつま先蹴りが、弁慶の泣き所に強烈な痛打を与えた。
痛てぇ! 見てる方が痛てぇ!!
ジントが猛烈な勢いでスネを抑えてしゃがみ込んで転げ回っている。
ジントは固い革製の
「野郎!?」
ジントの仲間が一瞬いきり立つ。
いえ、マリスは女の子なので野郎ではありませんなぁ。
「何だ……?」
「うるさいなぁ……」
周囲の冒険者も、さすがの喧騒に目を覚まし始める。
「や、ヤバイぞ……ネス、ズラカッた方がいいんじゃねぇか?」
「ああ、ジントには悪いが……」
二人の盗賊が後退りをし、広間にある二つの入り口の片方に走り出した。
「逃さん……よ」
走っていった入り口から、ハリスがふらりと姿を現したため、慌ててふたりとも立ち止まった。
「え!? あっちに居たはずじゃ……」
振り返ると、そこにはやはりハリスがいる。
「はっ!? え!?」
ちゃんとした言葉にならず、あっちこっちと視線を動かしまくっている。
分身の術ほど便利なスキルも珍しいなぁ。
「あっ! 俺の
「私の短剣も無いわ!?」
やっと起き出した冒険者たちが自分の荷物や武器などが紛失していることに気がついて騒ぎ始める。
「そろそろ観念したらどうだ?」
「くっ」
ブートはもうすっかり大人しくなってへたり込んでいるし、ジントは相変わらずゴロゴロと転げ回っている。
残りの一人も周囲を見回して、抜いた剣を下にさげた。
「よし、ハリス。捕縛してくれ」
「「「解った……」」」
三人のハリスが、それぞれの盗人を拘束した。
あれ? 俺の後ろに一人、二人が走っていった入り口に一人……もう一人いたっけ?
指を指しつつ確認してみたら、いつの間にか寝ていたハリスが居なくなってた。
素早ぇ!
「なんじゃ、もう終わりかや? つまらんのう」
マリスが異様に残念そう。バイオレンスですなぁ……
騒いでいた冒険者たちは、俺たちと盗人どもの騒ぎに気づき、状況を見守っていた。
ハリスが五人をロープでグルグル巻きにしている。
「あのー……一体何があったのでしょうか……?」
傍観していた冒険者の一人が声を掛けてきた。
「ああ、寝込み強盗? ですかね?」
「え!? じゃあ、俺の
「ああ、こいつらが盗んだんでしょうな」
被害にあった冒険者たちが、盗人どもに殺到する。
「お前らが盗んだのか!?」
「冒険者の上前を撥ねようとは太ぇ奴らだ!」
何人かの屈強な冒険者が盗人どもの胸ぐらを掴む。
「こらこら、これ以上やったら過剰防衛になるよ」
俺はやんわりと冒険者たちを制止した。
「ありがとうございます! 盗人どもから俺たちの荷物を守っていただいたようで」
少し冷静な冒険者が俺に礼を言う。
「なーに、当然のことだよ。盗まれたものは全部あるか?」
確認していた冒険者たちが大丈夫そうだと合図してきた。
何とか大事にならずに済んだな。
事情聴取を少ししてみたが、ジントをリーダーとしたチーム「ヴェンター」には大分余罪があるようだ。
彼らは迷宮に入り、自分たちよりレベルの低い他のチームを襲っては宝を強奪したり、野営地で寝込みを襲ったりして稼いでいる冒険者犯罪チームだった。
こういった犯罪に手を染める冒険者は少ないらしいが、安全地帯である階段付近にも入ってくるのでモンスターよりもタチが悪い。
他の冒険者たちと話し合い、入り口のある区画まで戻ることにした。衛士隊の駐屯地に、ジントどもを引き渡すためだ。
朝まで待っても良かったが、ジントの足がマリスの蹴りで予想以上に酷い状態になってしまったので医者に見せたほうが良さそうなのだ。
俺の魔法で治してやってもいいが、それでは犯罪者に教訓を与えられないと思い、治してやらないことにした。
ふと見れば、アナベルは爆睡していた。メガネを外しているので目が『33』みたいになってる。どこの漫画から抜け出てきたというのか。
この喧騒の中で寝続けるとは……天然すぎるだろ。
「おい。アナベル? 起きろ」
俺はユサユサとアナベルの身体を揺らしてみる。
「うーん……ムニャムニャ……もう食べられないのですぅ……」
さすが食いしん坊チームのメンバーと言いたいところですが、寝言がベタすぎでしょう。
一五分ほど掛かり、ようやくアナベルを起こすことに成功した。
ボーッとしているのでアナベルは役に立ちそうにないから、俺がおんぶして連れて行くことにする。
入り口までの帰路は、来た時とは遭遇するモンスターも構造も全く別になっており、疲労のある冒険者には少々危険なのだが、複数のパーティで総勢二〇人以上の団体になっているので、大した脅威にはならなかった。
先頭をいくマリスが、殆ど片付けてしまうからとも言える。
マリスの勇猛ぶりに同行している冒険者が感動している。
「まだ子供だというのに……修行次第であそこまで行けるんだな」
「ああ、高みを見た。そんな気がする」
「おまけに凄い可愛いんですけど!」
まあ、君たちに比べるとレベルが四倍くらい? 可愛いのも事実ですな。中身はドラゴンですけど。
探索もせずに一直線に入り口区画を目指していたので、ものの三時間程度で駐屯地に到着する。
駐屯地の入り口には当然、歩哨に立っている衛士たちがいる。
「こんばんはー」
「うおぅ!? ビックリした! 何だ、こんな夜更けに。徹夜で探索か?」
「いえ、犯罪者を連れてきたんですよ」
「何? 犯罪者?」
俺はジントたちを捕まえた経緯を説明する。
「ふむ……協力ご苦労。報告書を書きたいから、あっちの小屋まで来てくれ」
「解りました」
「他のチームのリーダーも来い。もしかすると、報奨金が出るぞ」
他の冒険者チームが歓声を上げる。
そりゃ、苦もせず余分に収入があるのは嬉しいに決まってるか。小悪党程度を捕まえても大した報奨金じゃないと思うんだけど。
およそ三〇分程度で報告書のための聴取は終了し、ジントと仲間たちは駐屯地の独房に放り込まれた。
「ここの所、迷宮内で冒険者を狙った窃盗事件が頻発してたが、あいつらが犯人だったようだな。協力感謝する」
「冒険者の義務ですから」
衛士の感謝に言葉を返すも、衛士は首を捻っていた。
「冒険者にそんな義務あるのか? ただの流れ者にも挟持のようなものがあるわけか。面白い事を聞いた」
あー、こっちには冒険者ギルドは無いし、ギルド憲章といった規則があるわけなかったね。
他の冒険者チームたちと駐屯地を後にする。
流石に、元の野営地に戻るのは何なので、入り口区画の野営地でもう一度寝ることにする。この区画にある宿屋施設は、すでに閉まっているので。
迷宮内は太陽(この世界も太陽というのだろうか?)が見えないので、時間間隔が狂いがちになるため、そういう施設は時間厳守だという。
庶民や貧乏な冒険者は、神殿や教会が一時間毎に鳴らす鐘の音が目安になっている。これは西も東も変わりない。
一応、今度は夜番を立てる事にする。他のチームも同じように立てていた。一度、危険な目にあえば、危機に備えるようになるものだ。
こういった事を一つ一つ経験することで、冒険者は成長していくのだ。
俺もドーンヴァースではモンスターの夜襲で死んだ事がある。だから木の上で寝るようになったからねぇ。ソロプレイだと夜番を立てられないから、苦肉の策だったんだよね。
アナベルは野営地について速攻で寝てしまったので夜番のローテーションに入れられなかった。マイペース過ぎんぞ?
俺の夜番は一人体制で行った。
他のパーティの夜番に手製のカツサンドを夜食として振る舞ったら、ものすごい喜ばれた。
朝になり、俺とは別のタイミングで夜番をしていた冒険者が、カツサンドを食べられた冒険者に自慢されて悔しがっていたのは言うまでもない。
ま、朝ごはんとしてカツサンドを振る舞ったので許してやってくれ。
「今日は北かや!? 東かや!?」
「んー。東からいくか。そこから北へ向かう感じかな」
「準備はいいぞ?」
トリシアが消費した弾丸を空になった弾倉に詰め終わり、ホルスターにある四つのマガジン・ポーチに入れながらやってきた。
大分、使い方に慣れてきたみたいだ。そのうちライフルみたいなのも作ってみるかな。遠距離からの狙撃とか、美女スナイパーっぽくてトリシアにピッタリな気がする。
アナベルも準備万端なようで、マリスとふざけ合っている。
ハリスはいつも通り黒装束に身をつつみ、目立たない影になった壁に寄りかかって油断なくしている。ますます忍者っぽくなってきたなぁ。
昨日は思わぬ事件が起きちゃったけど、今日も安全第一で行きましょう。
では、本日も探索を開始します!
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