第17章 ── 第8話

 午後になり、南側の階段へと進路を変え、探索を続ける。


 大マップ画面を逐次チェックしつつ迷宮を進んでいて、迷宮の構成が変わるタイミングに規則性を発見した。

 一度、構成されてモンスターが配置された部分は、冒険者が探索を終了し、その区画を出なければ、いつまでも同じ構造のままだ。

 そして、探索がなされた状態、かつ区画内に冒険者などの外部の存在がなくなってから約三〇分ほどすると構造がガラリと変わる。

 また、通路上で出会うモンスターは、人の居ない場合に突然出現する。

 視界内に冒険者がいる場所で湧き出ることはないということだ。


 俺みたいなチートに近い機能を持たない他の冒険者などには気づかないことだろう。

 俺の大マップ画面で一階層で調べた迷宮のシステムは、外部に漏らさないようにしておくのが良いかも知れない。情報は力だ。他の冒険者にまで明かしてやる必要はないと判断する。


 まだ、迷宮探索を始めたばかりのパーティがこんな核心情報を知っているはずもない訳で、変に怪しまれても損するだけだからね。


 南側の地区も西側と同じようなシステムだ。宝箱のアイテムレベルは非常に低く、ちょっとした魔法薬などが手に入る程度。

 敵のレベルも一~四レベルほどで、難敵と呼ばれるものはいない。

 俺たちには無人の地を行くがごとくですよ。


 くまなく探索したので、もうすでに一八時を越えていたので、南側の階段付近で野営をすることにした。


 この階段付近にも休憩や野営ができるような広間が存在し、既に幾つかのパーティや、ソロの冒険者たちが集まっていた。


「ここで野営をしよう」


 広間を覗いた俺がそう提案すると、みんなも賛成する。


「ま、腕慣らしにもならなかったが、やはり初日だからな」

「そうじゃの。もうちっと下に行くべきじゃと我も思うのう」


 トリシアとマリスは、あまりにも歯ごたえがないと不満そうだった。


 空いている焚き火跡を確保し野営の準備を始めると、他の冒険者がジロジロと俺たちを観察するような視線を感じた。


 俺も気づかれないように彼らの情報を大マップ画面で確認する。

 ほとんどのパーティは五~八レベルといった程度で、高レベルな冒険者ではなかった。

 一つのパーティだけ平均レベル一三レベル、従来よりも高めだと判る。明日から二階層に挑むのかもしれないな。


 ほとんどのパーティはグッタリしている。


 まあ、連続した戦闘や、先の見通せない通路などを進む事は、精神的なストレスが否応無しに襲いかかってくるものだ。


 いつどこから敵が現れるのかを警戒するのは神経すり減らす事だろうからなぁ。敵ばかりに気を取られていたら、罠に引っかかるなんてのもあるかもしれないし。


 夕食は、周囲の人間が多すぎるので、大々的に料理をするのは控えておくことにする。毎回振る舞うほど俺は気前が良くないからな。


 食後に湯を沸かしてお茶などを嗜んでいると、例の高レベルパーティの一人が鉄製のマグカップを持ってやって来た。


「なぁ。お茶を分けてくれないか?」


 そいつは革鎧にロングソード、腰のハーネスにはロープやランタン、ポーチなどを吊り下げている。


「ああ、構わないよ」


 俺は火にかけたポットを取ってマグカップに注いでやる。


「助かる。水袋が空になってしまってな。仲間たちも殆ど空だったんで、分けてくれないんだ」

「一度、地上に戻ったらいいんじゃね?」

「ま、そうも行かなくてな。次の階層に水場があるはずだから、そっちを目指すつもりさ」


 ふむ。二階層は水場になるような地形があるのか?


 大マップで第二階層をチェックするが、外でチェックした時のように、入り口や階段付近しか表示できなかった。


 空間の位相が違う可能性が高いな。ゲーム的に言えば、別マップは表示できない仕様ということだね。


「お前さんたち、迷宮じゃ見ない顔だが」

「そうか?」

「ああ。俺らはもう三年も潜っているから、大抵の冒険者の顔は知っているつもりだったんだがな」

「ま、今日が初の迷宮探索だからね」


 俺がそう言うと、男は「やはりな」といった顔をした。


「ま、お前らの装備を見ると相当な金持ちらしいし、無理をしなければ第一階層は大丈夫だろうよ」


 仲間たちの装備などをジロジロと見る男の目が、何か獲物を狙っているという感じがした。


「ああ、そうするつもりだよ。無理をして死んでも仕方ないからね」


 俺は不審に感じたが、顔に出さずに受け答えをした。


 その後、男の仲間たちもお茶を分けてくれと言ってきたので、男と同じように分けてやった。

 先の男同様に、俺たちを見る目が嫌な感じだった。



「ハリス。夜は気をつけたほうがいいな」

「了解……している……」


 やはりハリスも不審な気配を感じていた。俺の囁きがトリシアにも聞こえたようで、目だけで頷いてきた。


 マリスとアナベルは毛布を被って変な顔合戦していて、俺らの会話に気づいていなかった。


 まあ、何かあっても三人で対処できそうだし、別にいいけどね。



 夜、他の冒険者も寝静まり、俺たちも毛布に包まって寝息を立て始めた頃の事だ。


 例の高レベルパーティの一人が起き上がったのを感知した。

 俺は寝た振りをしているだけだったから、当然気づく。


 コソコソと動き回る気配は、他の冒険者たちの辺りを順次回っている。

 ものの五分も経たないうちに俺らの所にまで来て、一人々々の寝顔を窺っている。


 その気配が元いた所に戻っていったところで、聞き耳スキルが会話をキャッチする。


「もう全員寝ているようだぜ?」

「新米というのは他愛ないな」

「よし、ブート。念の為にも眠りの魔法を掛けといてくれ」

「解った」


 ブツブツと呪文を唱える声の後、『眠りの霧スリープ・ミスト』と魔法を発動させる言葉が聞こえた。


 周囲に睡魔を誘発する霧が音もなく発生し、広間全体を覆う。


 だが、五〇レベルを優に超える俺たちには当然のことながら何の影響もない。自動的にレジストしてしまう程度の二レベル水と精神属性の魔法だからね。


 魔法を掛け終わると、例のパーティは物音も気にせずに動き出す。


「これで大丈夫」

「よーし、仕事開始だ。ジェンスはそこのチーム。ゲイル、あっちだ。ネス、そっちを頼む。ブートは俺と例の奴らのところだ」

「今日は大儲けできるな」

「ジント、あれだけの装備だ。いくらになるか解らねぇな」

「うははは」


 迷宮に慣れていない初心者パーティの寝込みを襲う盗人チームって事は確定だな。


 まあ、こんな他人のいる、しかも迷宮なんて所で全員寝てしまうのは不用心なんだが。他の冒険者たちはちょっと警戒心がなさ過ぎるな。

 もっとも、階段区画はモンスターが現れない場所だし、安全だと確信しているんだろうけどさ。


「そいつは、どうかなぁ」


 こちらに歩いてくる気配を感じつつ。俺は毛布から起き上がった。


「うぉ!?」


 さっき、ジントと呼ばれていた男の驚いた声が聞こえてきた。


 そっちを見れば、ランタンを下げたあの男がブートと呼ばれた男とともに立っていた。


「初心者の寝込みを襲うってのは、頂けない所業だぜ?」


 俺が立ち上がると、他の盗人たちも気づいたようで、慌てたようにジントとブートの所まで来る。


「はっ! 装備ばかり立派でも、ただの駆け出し冒険者が偉そうに」

「眠りに抵抗できた所で、一人で何ができる?」


 ゲラゲラと五人が笑い始めた。


「うるさいな。コイツら何を勝ち誇ったように笑ってるんだ?」


 トリシアがムクリと起き上がった。


「大方……馬鹿な事を言っているんだ……ろ」


 ハリスは影から現れる。ハリスが寝ていた所には、まだハリスがいるんですけど。分身の術ですかなぁ。


「げっ! 三人も起きてやがる!」

「ふん! まだ三人だ。どうにも出来やしねぇよ」


 さすがに三人起きてきたので少し怯んだようだが、寝込み泥棒どもは武器を抜いて凄んで見せてくる。


「ふー。馬鹿な連中だ」

「全くだ……」


 トリシアもハリスも呆れ顔だ。


「ま、馬鹿だからこんな事してるんだろ? 『魔力消散空間フィールド・オブ・ディスペル・マジック』!」


 俺は無詠唱で周囲の魔力を打ち消した。


「なんじゃ! うっさいのう!」


 流石にマリスが周囲の話し声で目を覚ました。


「ん? なんじゃ?」


 マリスは、目を擦りながら周囲を眠そうな目で見渡す。


「んー? 何かあったのかや?」

「ああ、寝込み強盗だな」

「寝込んでいるのに強盗なのかや?」

「寝てるヤツから金品を盗もうって奴らだよ」

「なら、ぶっ飛ばしていいヤツらじゃな!」


 マリスが嬉々として立ち上がって大盾を手に掴んだ。


「ま、殺さない程度にね」

「任しておけ!」


 四人目が起きてきて、盗人どもの顔色が変わり始める。


「さすがに四人は面倒じゃねぇか……?」

「ふん! ネス、レベル一桁どもが何人いようと関係ねぇだろうが!」

「でも、あの武装だぜ……? なあ、ブート?」

「いや……ありえない……ヤバイ……こいつらはヤバイ!」

「ブート! 何がヤバイんだよ!?」


 ブートという男は、ローブを着ているところを見ると魔法使いスペル・キャスターだろう。俺が使った魔法のレベルに気づいたのかもしれないな。


「おい! ブート!?」

「い、今、こいつ……詠唱なしで魔法を……それも『魔力消散ディスペル・マジック』って……」


 普通の『魔力消散ディスペル・マジック』なら五レベルの魔術属性中級魔法だ。一つの魔法効果を解除できる。


 ちなみに、俺の使った『魔力消散空間フィールド・オブ・ディスペル・マジック』は八レベルの魔法になる。普通の、それも一〇レベル台の魔法使いスペル・キャスターは使えない代物です。


「少しは知識があるヤツがいたみたいだね」


 俺がニヤリと笑うとブートという男がガタガタと震えだす。


「どういう事なんだ!? ブート!!」


 ジントと呼ばれていた……多分、リーダーらしい男は、ブートというローブの男の尋常じゃない反応を見てかなり焦りだした。


 ま、今頃焦っても仕方ないんだけどな。全員捕縛して衛士に突き出してやるとしようかねぇ。

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