第17章 ── 第4話

 異変に気づいた管理所の他の職員が走ってきた。


「貴様ら! 何をしている!?」

「は? 何もしてないが?」

「何もせずにレリアが倒れるわけないだろう! 衛士を呼べ!!」


 隣は衛士隊の詰め所ですからな。すぐに衛士が飛んできましたよ。一〇人も。

 その中にカルーネル衛士長がいたから助かった。


「ケントじゃないか。もう問題を起こしたのか?」

「いや、受付が失礼な事言うから睨んだら、気絶したんですけどね」


 管理所の職員たちは俺の言い草に顔を赤くしているが、衛士長たちの前で喚くようなアホな行動は取らなかった。


「とりあえず、その受付を起こせ。事情を聞きたい」


 カルーネルが職員に指示しているが、職員は手の施しようがないらしい。


「アナベル。覚醒アウェイクネスだ」


 俺が指示するとアナベルは頷いて覚醒アウェイクネスの魔法を唱えた。


 即効性魔法なので一瞬で受付嬢が目を覚ました。


「あ、あれ? 私は一体……」

「レリア! 君は気絶していたんだ! こいつに何をされたんだ?」


 ボケッとしていた受付嬢は、俺の顔を見上げると、土下座を始めた。


「も、申し訳ありません! 本当に! 失礼を働くつもりは毛頭ありませんでした! お許しください!」

「あー、うん。周りの状況を判断して行動した方がいいよ?」


 俺がそういうと、受付嬢は頭を上げて周囲を確認している。


「一体何があったんだ!?」


 受付嬢が突然土下座を始めたもんだから、俺らを罵倒していた職員も慌て始める。


「私が、彼らの名前を見て失礼な事を言ってしまったんです……」

「何だと!?」

「いえ……名前が随分と勇ましかったもので……」


 さっきから執拗に俺を敵視していた職員が書類を取り上げて読む。


「どの名前だ?」

「マリストリアさんの家名です……」

「我の名前じゃな」


 マリスは西方語が解るので、受付の机に乗り出してきた。


「ニールズヘルグ? 確かに凄い家名だ……まるで伝説のドラゴンのような……」


 あ、マズイかな?


「ん? 何じゃ? 勇ましかろう? 当然じゃ!」


 マリスは得意げで鼻高々といった感じだ。


 一応、それって偽名だよね? 本名はマリソリア・ニズヘルグだっけ? 殆ど変わってないけど……


 一応、マリスもTPOをわきまえていたようで、自分がドラゴンだとか言い出さなかったのでホッとした。


「どうやら、こちらに落ち度があったようです。大変申し訳ないことをしました」


 俺を敵視していた職員が頭を下げた。


「いや、ちょっと仲間を侮辱されたと思ったので、こちらも少々自制を欠きました。申し訳ない」


 一応、俺も頭を下げる。あちらが先に下げてきた以上、こちらも許してやるべきだ。


「んじゃ、別に何の問題もなかったという訳だな」


 カルーネル衛士長がおかしげに笑いながら言う。


「ええ。お手数お掛けしました」

「何、いいってことさ。折角、有望な冒険者が迷宮に挑戦しようとしてるんだ。少しくらいはな」


 カルーネル衛士長たちが引き上げてからは、スムーズに受付業務をしてもらえた。


 衛士長が居なかったらブタ箱行きだったかもと思うと、ちょっと冷や汗が出ますな。


「では、申請は受理いたしました。明日の朝より迷宮へ侵入して結構です。しかし、その前に事前講習を受けていただきます。今日は他にご予定はありますか?」


 そっけなかった受付嬢は、ものすごい丁寧な態度になっている。


「特に用事はないですね。講習があるなら受けていきたいのですが」

「畏まりました。早速、係のものを呼びますので、二階の第一講習室でお待ち下さい」


 受付は完了か。


「よし。明日から迷宮だ。で、これから講習会ね。二階の第一講習室だってさ」


 俺は仲間たちと連れ立って階段へ向かう。


 歩きながら周囲を確認すると、冒険者風のやつらが俺らを見ながらヒソヒソやっていた。

 まあ、あれだけの騒ぎを起こしてしまったんだし、仕方ないんだけどね。


 第一講習室は階段を登って直ぐの部屋だった。他にも五つほど同じような部屋があるっぽい。


 講習室に入ると、すでに数人の受講者が席に座っていた。

 どの受講者も駆け出し冒険者といった感じで、少々おどおどした感じがうかがえる。


 俺らは空いている席を確保して係の者を待った。



「さっきのは凄かったですね」


 突然、俺の隣に座っていた新米冒険者といった感じの若者が声を掛けてきた。


「あ、見られちゃったかな? お恥ずかしい限りだけど」

「いや、凄かったです。あれは睨み倒しってスキルですかね?」

「いや、威圧だね。無意識に発動しちゃったみたいで」


 若者は自分をパウルだと名乗り、手を出してきたので握り返しておく。

 彼はこの街の出身で、成人したので迷宮探索を生業にしようとやってきたらしい。


 親御さんは反対しなかったんだろうか?


「親には勘当を申し渡されましたよ」


 彼は俺が聞く前に苦笑しながら白状した。


 そりゃそうだろうな。命の危険が隣り合わせで、それでいて収入は不安定。親なら当然反対する案件だ。


 そんな話をしていると、扉が勢いよく開き、屈強な古強者といった……いや、鬼軍曹というべきか? そんな髭面の禿げ上がった老冒険者といった風情の人物がやってきた。


「ひよっこ共、大人しく待っていたな」


 鬼軍曹はニヤリと笑って、俺たちを一瞥いちべつした。


「威勢のいいのもいるようだから、直ぐ始めるぞ」


 彼は小脇に抱えた紙束やら何やらを教壇の上に置くと、言葉通りに講習会を始めた。



「迷宮とはお宝の山だ。そして、それには死の危険も付随している」


 鬼軍曹閣下は、迷宮について説明を始めた。


 入り口区画や階段付近は、基本的に安全エリアである事。ここは、どんな状況でも迷宮構造の変化が起きないという。

 なので、階段や入り口が場所を変えることはないから、そこを起点にして探索をするのが基本だとか。


「続いて、変化する迷宮の構造についてだが……」


 迷宮は、不定期にその姿を変え、あったはずの通路や部屋がこつ然と無くなり、別の部分に新しい部屋や廊下が出現する。

 そのタイミングはマチマチで、詳しいギミックは解らないらしい。

 それでも、変化した部屋はリセットが掛かったように宝箱やモンスターが新たに配置されているという。


「以前、同じ部屋を別の場所で発見したことがある。間違いなく構造も一緒だった。だが、中の敵も宝箱も全く別だったよ」


 体験混じりに話してくれるので理解しやすいのだが、一つ疑問が沸き起こった。


 俺が手を上げると、鬼軍曹が俺を見ながら頷いた。


「部屋が不定期に変わるようですが、冒険者が部屋にいる時に変化することはあるのでしょうか?」

「良い質問だ。俺の経験上では、人間がいる時に部屋が変化することはないようだな。他の冒険者たちからも、部屋にいる時に変化したという話は出てきてない」

「ありがとうございます」


 俺は礼を言って質問を切り上げた。


 という事は、部屋に何者かがいる場合、それを迷宮は認識しているということだ。

 どういった認識システムなのか解らないが、生体センサーとか動体センサーなどがあるのだろうか?


「さて、続いて迷宮の脅威となるものだが」


 迷宮にはモンスターの他に罠なども大量に確認されているという。

 面白いことに、上の階層は比較的危険度は低く、下に行くほど危険度が高いモンスターや罠が現れるという。


「慣れるまでは一階層で修行することだ。欲をかくと死ぬぞ」


 鬼軍曹は、懇切丁寧だった。体験したことのある様々な状況を、解りやすく説明してくれる。

 戦いで傷を負ったら直ぐに逃げろだとか、傷を負っていなくても疲れたりしてきたら地上へ戻れだとか言う。


 まあ、HPが半分切ったら逃げろ、SPが減ったら地上へ戻れって事なんだろうな。

 能力石ステータス・ストーンのない時期なら、総HP量や残量は確認できないだろうからなぁ。新米冒険者が回復ポーションなんか携帯できるわけもないしな。


「以上で講習を終える。何か質問はあるか?」


 鬼軍曹は周囲を見回すが、誰も質問をしないのを確認して頷くと、講習室を出ていった。


「ふう……これで僕も冒険者だ!」


 パウルは一つため息を付いた後に嬉しげにガッツポーズをしていた。


「ま、程々にな。無理をして死んじまったら誰も喜んでくれないからな」

「ああ、そうするよ」


 ちなみにパウルのレベルは、マップ機能で確認したところ四レベルだった。情報画面によれば実家は裕福な商人らしいが……裕福なのに何で冒険者に憧れるのやら。


「よし、これで今日の予定は終了だ。あとは冒険に必要そうなものを各自仕入れること。言葉が解らない者は俺かマリスを伴って行動だ」


 俺がそういうと、仲間たちは頷いた。


 明日の朝から、ティエルローゼに来て初めてのダンジョン探索だ。気合を入れて行くことにしよう。

 もし危険な状況になったら魔法の門マジック・ゲートで脱出することも考えておかねば。ショートカット欄に入れておくのが順当だな。


 俺はまだ見ぬモンスターや宝、不思議な迷宮に思いを馳せ、ワクワクしてきた。

 ああ、今夜眠れなかったらどうしよう? 遠足前の小学生みたいな気分だよ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る