第17章 ── 第3話

 スミッソンの両替屋を出て宿に戻る道すがら、他の買い取り屋の店舗も冷やかす。

 買取専門が多く、販売もしている店は非常に少ない。買取表などを掲示している店舗もあるのでチェックしてみると、俺の知る相場より少々高めかなと思う。

 モンスター系の素材屋の買取表には良くわからないモンスター名が並んでいたりするので評価に困る。


 ラット・スパイダーって何? モーガン・ウルフって?


 もちろん、俺の知るモンスターも一覧にはある。コボルト、ゴブリン、ホブゴブリン。


 基本的にモンスター名だけが書かれているだけなので、モンスターのどの部位を持ってくれば買い取ってくれるのかが判断できない。


 不親切極まりないと感じるのだが……死体ごと持ってくればいいのかね?


 迷宮区を出て、商店街に入った。

 ハリスと相談してトリシアたちにお土産の軽食を買っていく。


「いらっしゃーい。お兄さん、買ってってよ!」


 商店街の店舗が途切れた少し広い場所に屋台が軒を連ねているゾーンを見つけて覗いてみたら、歯切れの良いリズムで、いろんな店から声を掛けられる。


 穴のないドーナツのようなスイーツ。揚げたというより少し多めの油で焼いたら膨らんだといった感じだな。パンケーキっぽい気もするね。それに砂糖とバターを混ぜた調味料を塗りたくり、もう一回焼いてる。

 それからカニっぽいヤツの足を焼いて調味料を塗りたくったもの。海も川もないのに……迷宮内で採れるのかな?

 お好み焼きみたいなのもある。ただ具が見たこともない青色の肉が載っていたので買うのはやめた。


 とりあえず、得体が知れない素材のものは回避して、最初に見た穴なしドーナツを人数分買って帰る。


「商店街なら冒険用の備品は補充できそうだな」

「そうだな……この街は……活気がある……な」


 確かにね。現在のトリエンほどではないにしろ、人々の顔は笑顔に満ちている気がする。

 冒険者が重宝がられるだけあって、迷宮というものの存在が良い影響を与えているのだろう。


 宿に戻って、部屋にみんなを集める。


「えーと。バジリスクとサンダー・ウルフを売ってきた。金は山分けだが、問題ないな?」

「構わん……」

「それで良いのじゃ」

「はーい」

「今まで使った旅の経費は取っていいんだぞ?」


 トリシアがそんな事を言う。


 ま、俺は一応領主だし、仲間に付き合ってもらっているわけだから、そんなケチくさいことはしないよ。


 今回の売上はルクセイド金貨で五二〇〇枚。もう帰ってしまったが、ペルージアも頭数に入れて六等分するべきだろう。彼女には後で届ければいい。


「全部でルクセイド金貨五二〇〇枚だ。五等分なら、一人一〇四〇枚になるけど、ペルージアが居た時に倒した獲物だし、彼女にも後で渡してやりたいので六等分だよ」


 一応、詳細は説明しておく。後で文句言われても困るからね。


「なので、ルクセイドの金貨で一人八六〇枚だ。お言葉に甘えて、四〇枚は冒険費用として計上させてもらっていいかな?」

「そうしろ。お前は自腹を切りすぎる」


 前にも経済観念がないと怒られたからなぁ。


 それぞれの金貨を小さい革袋に入れて渡してやる。


「ルクセイド金貨は大きいですね!」

「ルクセイドの貨幣は東側諸国の二倍だと考えていいね。だからトリエンなら金貨一七二〇枚分の価値だね」

「ワイバーンと同じくらい金額で売れたのか」

「そうだね。あ、忘れる所だった! サンダー・ウルフの代金が、金貨一〇〇枚と銀貨二〇枚だ」


 俺は慌てて金貨と銀貨をテーブルに積み上げる。


「危ない危ない。別会計でもらったから忘れる所だったよ」


 トリシアが呆れ顔になる。


「本当に律儀だな」

「そこがケントの良いところじゃ!」

「そうなのです」

「称賛に……値する……」


 ま、搾取されたとか絶対言われたくないので。


「それも冒険費用に計上しておけ」


 トリシアがそう言うと、他のメンバーも頷いた。お言葉に甘えよう。


 一応、今後、冒険用の資金管理に別の革袋を用意しておこう。俺の所持金と一緒にしておくと金額忘れそうだからな。

 とりえあえず、現在のパーティ共有資金は金貨一四〇枚と銀貨二〇枚。


「さて、今後の方針だけど」

「迷宮に潜りたいのじゃ!」


 マリスが両手を上げてブンブンと振る。


「それもいいですねー。良い訓練になりそうなのです」

「迷宮都市だしな」


 アナベルもトリシアも異存はないようだ。ハリスもマリスの提案に無言で頷く。


 ぐぬぬ。俺が提案しようと思ってたんだが、まあいいや。


「それでは迷宮に繰り出したいと思う。少し大マップ機能で下調べしたんだが、一筋縄ではいかない感じだよ」


 俺は迷宮の構造が不規則に変わるという情報を教える。


「なんとも不思議なところみたいですねー」


 アナベルの感想に俺も賛成だ。どういった仕組みなのか非常に興味あるよ。


「ということは、どのような状況にも対応できるようにしたほうが良いな。迷宮では長弓は使いづらいか……」


 トリシアが思案顔で自分の無限鞄ホールディング・バッグの中身を確認し始める。


 そうだね。狭い通路や部屋などがメインだろうからな。


「一応、一五階層くらいまであるようなんだが、これも不確定情報だと思ってくれ。減ったり増えたりするかもしれない」


 仲間たちも頷く。


「それと、各階層だけど、この街くらいの広さがあるようだ。これが目まぐるしく構造を変えるとなると……一度潜ったら出てくるのは容易じゃない」

「確かにな。一階層攻略するのに二~三日見ておくべきだろう」


 迷宮探索の経験があるのはトリシアくらいだろうから、彼女の判断を念頭に入れておこう。


「迷宮を全部回るのは大変そうなのです」


 アナベルもようやく、迷宮探査の難しさを理解したようだ。


「まあ、攻略しても形が変わっちゃうようだから、全部回る必要はないんじゃないかな? 各階を回って、行けそうなら下層に向かうって感じでどうかと」


 トリシアが同意するように頷いた。


「よし、方針は決まったね。今日から行く? それとも明日にする?」

「迷宮には直ぐに入れるのか?」


 迷宮に入るには申請とちょっとした講習会を受けると聞いている。


「カルーネル衛士長に、そのあたりは聞いたよ」


 俺はその事を説明する。


「迷宮の入り口にある管理所で申し込みをするそうだ。それと初めて迷宮に入る者たちには、迷宮についての説明会だか講習会を受ける義務があるとか」

「ふむ。その説明会なるものに顔を出しておくとするか」


 情報は多いに越したことないもんね。


「なら今日は、申し込みと講習会の受講を予定とするか。出発は明日の朝、今日は冒険の準備にあてる」

「「「「了解!!!」」」」



 レリオンに着いた日に見ておいた『迷宮管理所』に仲間たちとやって来た。


 管理所付近は、相変わらず冒険者風の胡散臭そうな奴らが多くいたが、俺らの姿を興味深げに見るばかりで、いつぞやのように粉をかけてくる者はいなかった。


 管理事務所は隣の衛士たちの詰め所よりは小さいが、三階建ての立派な建物だ。


 入ってみれば中は冒険者ギルドに似た雰囲気だった。入り口のロビーには待合席、壁には所狭しと依頼書が貼り付けてある。

 受付は五つほど並んでいて、それぞれに受付の係員がいる。


 周囲を見渡し、空いている受付に行って声を掛ける。


「あの、迷宮に入りたいのですが?」


 俺がそういうと、受付嬢が俺たちをジロジロと値踏みするように見てから口を開いた。


「あそこに申請用紙がありますので記入してからどうぞ」


 随分とそっけないなぁ。まあ、新人冒険者に対する態度なら納得できるけどね。


 言われた通り、支持された隅の机に行って、束で置かれている申請用紙を一枚手に取る。


 なになに?


 内容を確認すると、チーム名、各メンバーの氏名、職業クラス、侵入期間、今までの迷宮侵入回数などを記入する欄がある。

 『紹介状がある場合には添付すること』と最後に書いてあった。


 しまった。カルーネル衛士長なりヴォーリア衛士団長なりに紹介状を書いてもらえばよかった。

 まあ、無いものは仕方がないからいいや。


 俺はそれぞれの欄に記入していく。


 書かれている文字はオーファンラントなどで使われている言語ではないのだが、俺は何故かこの文字を読めるし書くこともできる。


 相変わらず不思議爆裂状態ですが、便利なので不問です。


「よし、こんな所だな」


 俺は申請書を持って、再び受付に行く。


 書類を読みながら、受付嬢が確認の質問をしてくる。


「迷宮は初めてのようですが」

「はい。初めてです」


 受付嬢は書類に何やら書き込んでいる。


「チーム名はガーディアン・オブ・オーダー」

「そうです」

「リーダーは貴方ですか?」

「そうなりますね」


 また何か書き込んでいる。


「メンバーは、ケント・クサナギ、トリシア・アリ・エンティル、マリストリア・ニールズヘルグ……随分勇ましい家名ですこと。ハリス・クリンガム、アナベル・エレンですね」


 マリスの所を読んだ時にボソリと言った言葉に非常にイラッとした。


「家名がそれだと問題があるのか?」


 俺は不快感をあらわにして聞き返した。

 受付嬢は「何だこいつは」といった顔で俺の顔を見たが、突然顔を青くしてガタガタと震え始めた。


「も、申し訳ありません! 別に深い意味があった訳では……」

「人の名前をくさすのは頂けないね。ちょっと上の者を呼んでもらいたいな」


 俺は不愉快丸出しの顔を崩さずに言う。


「ご、ご勘弁を……」


 そこまで言って、受付嬢が何故か気絶した。


「おい、ケント。威圧がのってるぞ」


 後ろからトリシアに肩を叩かれて我に返る。


「あ、スマン。ちょっとイラッとして無意識に使っちゃった」


 俺は仲間たちに謝るが、ハリスは肩を竦め、アナベルはニコニコ、マリスは何がどうしたのかといった顔で俺を見あげている。


 まあ、仲間をけなされると、どうも自制が利かなくなるなぁ。気をつけないと。

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