第17章 ── 第2話

 久々にサンダー・ウルフが持ち込まれた店主は、顔には出さないが良い取引が出来たと喜んでいるようだ。


 だが、それはまだ本命じゃないんだよ。


「まだ、あるんだが」

「サンダー・ウルフがまだあるのか?」


 店主の目元が、ちょっと嬉しげに緩むのが見えた。


「いや、サンダー・ウルフじゃないんだが……」

「なんだ、別の獲物があるのか」


 少し残念そうだが、サンダー・ウルフを持ち込んでくる上得意になりそうな客の品物は全部見ておきたいのだろう。俺も隠さずに見せることにするか。


「とりあえず、これを見てくれ」


 俺は、さっきと同じようにインベントリ・バッグから一つの物品を取り出す。

 それは少し曲がったような格好で、片方の先端が鋭利に尖っている。


「ふむ……牙だな?」

「そうだ」


 店主は渡された牙をしげしげと見つめていたが、だんだん顔色が変わってくる。


「お、おい! これはバジリスクの牙か!?」

「ああ、良くわかったな」

「解らない訳なかろうが! これがどれ程の価値か解ってるのか!?」


 店主は少々興奮気味だな。落ち着け。


「でもワイバーンほどじゃないだろ?」

「それはそうだが……これはどこで手に入れたんだ?」

「東の山脈でバジリスクを二匹、仕留めた」


 店主は目を皿のようにして驚愕する。


「二匹もか! 他の部位はあるんだろうな!?」

「ああ、まるまるこの中に入ってるぞ?」


 俺はポンとインベントリ・バッグを叩く。


 途端に店主は周囲を警戒するように見渡す。


「ここじゃマズイから、奥に入ってくれ」


 店主は店の裏に通じる扉を親指で指す。


 バジリスクは相当な価値のある獲物ということだろう。レベル四〇だしねぇ。


 俺たちが扉を開けると、店主はそそくさと店じまいをしていた。


「他の客は良いのか?」

「かまわん。今日は店じまいだ」


 扉の奥は結構大きな倉庫で、半分は巨大な獲物を解体する作業場といった感じだ。


 倉庫に並べられている品物は、骨や皮などがメインだった。肉などは燻製肉などもあるが新鮮なものは置いていなかった。腐っちゃうし直ぐに売り飛ばしているのかもね。


「バジリスクの本体はそこに置いてくれ」


 店舗から裏に来た店主は、俺にそう指示すると隅にある小さい階段で上にあがって行った。


「クルトン! 起きろ! 仕事だぞ!!」

「ヴォーゼン、うるさいぞ。急ぎの仕事か?」

「バジリスクだぞ!」


 そんな声が上から聞こえ、バタバタとした慌ただしい物音がし始めた。


 俺はとりあえず、バジリスク一頭分の死骸を指定された作業台の上に取り出して置いた。


──ダダダダダッ!


 大きな慌ただしい足音を立てながら、猛烈な勢いで人影が階段を転がり落ちてきた。その人影は足音からは想像できないほど妙に小さいかった。影は空中に飛び上がるとドーンッ! と作業台の上のバジリスクに飛びついた。


「おおお、これは凄い! バジリスクの成獣だぞ!」


 俺たちなど見えていない感じで、嬉々としてバジリスクの死骸に取り付いた人影は、ホービット族の男だった。


 背丈は九〇センチ程度、子供にしか見えないその男は、腰回りに包丁やらノコギリやら色々な解体工具を下げたベルトを装着している。


「うひひひ。いいな! 鱗に一つも傷がついていない!」


 二階から店主も降りてきた。


「どうだ? どんな具合なんだ?」

「すごいぞ、ヴォーゼン! ついさっき仕留めたような鮮度だ!」


 そりゃそうだ。インベントリ・バッグは時間経過しないからな。鮮度は保証付きだ。


「こんな獲物を解体できるとは! 職人になって初めての事だ!」


 子供のような男は、解体用ナイフを鱗の隙間に突き入れ、早速解体を始めようとしている。


 大喜びはいいんですけど、俺たちは無視ですか?


「おい。まだ、それは俺たちのものだぞ。商談が終わってもいない内に作業を始めるなよ」


 俺がビシリと言うと、ヴォーゼンと子供のような男が振り返った。


「すまん……つい、興奮しててな」


 店主のヴォーゼンが申し訳なさげな顔で言った。


「ヴォーゼン! 言い値で買え! これほどの獲物が次に入ってくる保証はないぞ!」


 どうもヴォーゼンよりもクルトンと呼ばれたホービットの方が偉そうだな。


「それで……いくらで売ってくれる?」

「いくらまで出せるんだ?」


 とりあえず、相手の希望価格を聞いてみよう。バジリスクの相場がまるで解らんからね。ワイバーンならファルエンケールで売った時の明細があるから解るんだけど。


「金貨二〇〇〇枚でどうだ?」

「金貨二〇〇〇枚か……」


 俺は頭の中で計算する。ワイバーンは一体で白金貨三〇〇〇枚だった。ハリスと分けたので一五〇〇枚だったけど。

 オーファンラントの金貨にして七五〇〇枚。これを半分にすればルクセイドの金貨と同じ価値だろう。よって、三七五〇枚か。


「待て! 金貨二五〇〇枚だ!」


 俺が考えていたのが売り渋りに見えたのか、自分で値段を釣り上げたよ?


「ふむ……いいね。売った」


 俺がそういうと、店主ヴォーゼンが安堵したような仕草をした。


「ところで、もう一体あるけど、そっちも買う?」

「何だと!? まだあるのか!?」


 俺の言葉に反応したのは子供のような男の方だ。


「ああ、二匹いたんでね。両方狩り獲ったんだよ」

「見せてくれ! 今すぐ、さあ! さあ! さあ!」


 ものすごい勢いで迫られたので、少々怖くなって言いなりに、もう一つの作業台に出してやった。


「ひゃはははは! すごいぞ! こっちは雌だ! ツガイだぞ!?」


 クルトンは小躍りしている。


「こっちも買うんだよね?」

「もちろんだ! よし……二匹で金貨六〇〇〇枚だ。これ以上は負からない」


 負けるの使い方間違ってるような気もするが、値段がつり上がってるので文句はない。


「ああ、問題ない」


 ヴォーゼンが懐から何か紙束のようなものを取り出し、作業台の横にある机で何か書いた。

 紙束の一枚を引き破って俺に渡してきた。


 そこには『金貨六〇〇〇枚。品物代金として』と書いてあった。


「両替商のスミッソンの所にそれを持っていけ。それで代金を引き出せる」


 ほほう……小切手みたいなものかな?


 ティエルローゼに来てから、とんと銀行といった感じの商売をみたことがなかったが、両替商がそういった業務を行っていたのかもしれないな。

 確かに両替商に顔を出したことなかったからなぁ。失敗失敗。


「了解だ。これで取引は終了だな?」

「そうだ。帰る時はそっちの扉から帰った方がいいぞ?」

「そりゃまた何で?」

「その引換証をスられても困るだろう?」


 なるほどね。ここらの買い取り屋区画はスリが多いのかもしれないな。そりゃ獲物やら宝を売りに来る人間が多いだろうし、それを狙った犯罪者も増えるのが道理というものか。


「そうしよう。それじゃ失礼するよ」


 俺とハリスが扉を出ようとすると、クルトンという男がこちらを見た。


「血は無いのか?」


 俺は立ち止まると、クルトンの顔をじっと見る。


「あるなら血も買い取るぞ? あれも貴重なものだからな」


 そうか。練金薬の材料だもんなぁ。とりあえず、一〇樽ほどあるから半分置いていってやるか。


 インベントリ・バッグからバジリスクの血液が入った樽を五個ほど取り出して、床の上に置く。あと五個はフィルへのお土産だからとっておく。


「ひひひひ! 毎度! いい得意客ができたな、ヴォーゼン!」


 ヴォーゼンはやれやれといった感じで、また引換証に金額を書き入れて俺に渡してきた。今度は金貨五〇〇枚だ。


 すごい金額だなぁ。オーファンラントの価値で考えると、全部で金貨一三〇〇〇枚ほどだ。ワイバーン一匹分を越えたなぁ。


 こんな店舗にそれだけの支払い能力があるというのも凄いけどな。迷宮都市はそれだけ金回りが良いということなんだろうけど。


 その足で、両替商スミッソンの所を訪ねた。


「引換証を金にしたいのだが?」


 でっぷりしたスミッソンという両替商は、俺たちを見て胡散臭げな顔をしていたが引換証を見て目を丸くした。


「これはこれは……。ヴォーゼン氏の引換証ですな。金額は……六五〇〇枚!?」


 スミッソンは慌てたが、長年海千山千の冒険者と取引してきたのだろう、すぐに平静を装った。


「直ぐに用意しましょう。少々お待ちを」


 スミッソンが奥に引っ込み、大きな革袋を必死に担いで戻ってくる。


「ふう。歳は取りたくないもので……」


 俺たちの前に置かれた革袋を俺はジッと見つめる。


『ルクセイド金貨五二〇一枚入りの革袋』


 AR拡張現実のウィンドウで、そう表示される。値踏みスキルの能力だが、ひと目で判断できるので楽ちんだね。


「手数料は二割か。ま、順当だろうね」


 俺は革袋から一枚金貨を取り出して、スミッソンに渡す。


「五二〇〇枚だろう? 一枚多いぞ?」


 俺がそういうと、スミッソンが不思議そうな顔をする。


「え? 一枚多かったので? 数えもしないで判るので?」

「ああ、そういうスキル持ちなんでね」


 スミッソンはビックリした顔だったが、それよりも一枚の金貨を返却したことをいたく関心していた。

 まあ、日本人はそういう所がキッチリしているんだよ。

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