第17章 ── 地下迷宮の秘密

第17章 ── 第1話

 迷宮都市レリオンの北門が見えてきた。

 何やら、前に来た時よりも物々しい武装の衛士たちが二〇人ほど整列しているのが見える。


「いいか! キシリアン城までは遠い。その間、野生動物やアンデッドの襲撃が見込まれる」


 俺たちから後ろ姿が見える演説中の衛士は、その体格や声色から知り合いの衛士だと一発で解った。


「団長!」

「質問は後にしろ!」

「しかし……」

「黙れ!」


 演説を聞いていた衛士の一人が、俺たちの姿を見留て、ヴォーリア衛士団長に話しかけたが、団長に叱責されてしまう。


「ヴォーリア衛士団長閣下、どうかなされましたか?」


 俺が団長に声を掛けると、イライラした仕草で彼が俺たちの方に振り返った。

 そして、俺たちを見た途端、驚きの顔を見せる。


「おお? お前たち!?」

「何かあったんですか?」

「い、いや……は? お前たち……キシリアン城に向かったのでは無かったのか!?」

「ええ、行ってきましたよ。今、帰って来たんですけど」


 ヴォーリア団長は、俺ののんびりした応えに、開いた口が塞がらないといった顔で口をパクパクしている。


「すげぇ……キシリアン城からの生還者なんて初めてじゃないか……?」

「呪いの城の伝説は嘘だったのか?」

「いや……あいつらがそれだけの腕の持ち主ということじゃないか? あの武具と馬を見ろよ」


 整列している衛士たちがヒソヒソと話しているが、俺の聞き耳スキルで筒抜けだ。


「ヴォーリア衛士団長閣下、もしかして俺たちの救出部隊を?」

「そ、そうだ……まさか無事に戻ってくるとは……」


 一度、酒を奢っただけなのに、そこまで心配されていたとは思わなかった。


「お手数をお掛けしたようですね。申し訳ない」

「いや、お前たちとの酒宴は楽しかった。酒を酌み交わしてみて気の合ったヤツらは俺にとっては戦友も同然だ」


 ヴォーリア衛士団長の価値観は理解出来ないが、気のいい人物なのは間違いないな。


 団長の招集で衛士がこれだけ集まったということは、団長自身が慕われている証拠だろう。

 彼の呼びかけで集まった衛士たちの半数はあの酒宴の席にいた奴らのようだが、そうでない衛士も一〇名ほどいた。


 ヴォーリア衛士団長は、衛士たちに向き直ると頭を下げた。


「非番だったにも関わらず、俺の呼集に集まってくれた衛士たちよ。救出対象が無事に見つかった。集まってもらったが、解散だ。本当に申し訳ない」


 頭を下げられた衛士たちは慌てる。


「団長! 頭をあげて下さい! 無事だったのですから良かったじゃないですか!」

「そうですよ、団長! 騒がせたのは彼らなんですから、酒でも奢らせて終わりにしましょうよ」


 俺は苦笑する。

 勝手に救出部隊を組織しようと招集したのはヴォーリア団長だろうに……

 でもまあ、そんな事は言わないでおこう。彼の善意によるものだし、こういう知己は大切にしておくものだ。


「いいですよ。皆さん、例の酒場に来て下さい。今日はご馳走します。いくら飲み食いしてもらっても構いませんから」


 俺がそういうと、衛士たちから歓声が上がった。


「名前はケントだったな。済まない。俺の早とちりだったというのに」

「いいんですよ。皆さんが俺たちを助けようとして集まってくれたんですし、お礼をさせて頂きますよ」


 俺はスレイプニルから下りると、団長の手を取る。


「たった一回、酒を飲んだだけなのに、これほど心配頂いて感謝します」

「美味い酒は相手あってのものだ。その存在を大切にしてこそ、酒飲みの本分だ」


 面白い考え方だが、公私混同させてはマズイね。これからは心配させないようにしないといけないね。


 ル・オン亭に繰り出した完全武装の一団が団長の音頭で乾杯する。


「酒飲み友達というのは、一度で莫逆の友になりえる。お前らもそんな相手を見つけろよ! 乾杯だ!」

「「「乾杯!!」」」


 冷えたエールを高々と掲げて、全員が叫んだ。



 したたか、飲み食いしたあたりで、カルーネル衛士長がやってきた。


「おお!? お前たち無事だったか!?」

「カルーネル遅いぞ!」


 俺たちの姿を見つけた衛士長がやってきたが、ヴォーリア団長に叱責されてしまう。


「申し訳ありません。迷宮から戻らぬ冒険者がおりましたので探索に手間取りました」

「で、その冒険者は?」

「はい。見つかることは見つかったのですが……」


 カルーネルが落胆するように肩を落とす。


「ダメだったか……」

「はい……」

「ご苦労だったな。飲んで忘れてしまえ」

「承知しております」


 どうやら、行方不明の冒険者は死体で発見されたようだな。


「衛士長、こちらに」


 俺は空いている席に彼を誘導して、ウェイトレスに酒を注文する。


「お疲れのようですね。今日は俺の奢りです。どんどん飲んで下さい」

「それはありがたい。遠慮なく馳走になろう」


 やっとカルーネルに笑顔が戻った。といっても鎮痛の色が全部消えたわけではないが。


「ところで、お前たち。キシリアン城に行ったと聞いたが」

「はい、行ってきました」

「そう聞いて、団長に報告したんだが……よく無事だったなぁ……」


 ウェイトレスが持ってきたエールをグビリと飲みながらカルーネルが言う。


「結構大変でした。ゾンビが何百体も出るなんて思いもしませんでしたからね」

「ゾンビがそんなにか?」

「ええ、チビるかと思いましたよ」


 苦笑気味に言うと、ヴォーリアもカルーネルも笑う。


「さすがに数百体は手に余るな」

「一〇〇匹くらいなら団長一人で殲滅できるでしょう」

「確かに、そのくらいならな……三〇〇もいると俺も逃げ出す算段をするがな」


 ヴォーリア衛士団長はレベル三二。確かに一〇〇匹程度のゾンビなら問題なさそうな気はする。


「ということは、城までたどり着けなかったのか?」

「いえ、なんとかたどり着きました。でも、跳ね橋は上がってるし、なんとか城壁を越えてみれば、城の入り口は落とし格子で固く閉まっていまして……」


 ソフィアが隠れ家にしている以上、真実を話すことはできないので、嘘の報告をしておく事にする。


「探索中、ペガサス騎士の亡霊が多数襲ってきまして、慌てて逃げ出した次第です」

「そうか……まだ、ペガサス騎士たちの恨みは消えていないか……」

「国を滅ぼされた恨みは一〇〇〇年は消えないでしょうね」


 ヴォーリア衛士団長もしんみりとしてしまう。カルーネルもそんな風に考えているようだ。


「あそこには近づかない方がよさそうですね。俺たちは諦めました」

「それがいい。あそこを冒険の舞台にしても、大した名誉にはならん。聖カリオスの王女たちは安らかに眠らせておくに越したことはない」


 カルーネルは頷き、ツマミの串肉にかぶり付く。


「確かにそうだ。王女たちの幽霊ゴーストを討伐したら、巷の御婦人たちの受けが悪くなるからな」


 衛士団長も酒を煽りながら賛同する。


 どうやら、ルクセイドの市民たち、特に女性たちには聖カリオス王国の悲恋話が人気らしく、これはエマたちの母親の悲劇の物語がオーファンラントの貴婦人たちに人気なのと同様ということだろう。


 悲愛とか悲恋というのは、どの世界でも女性ウケする内容なのかもしれない。現実世界でもロミオとジュリエットとか、豪華客船が沈没する映画なんかも人気あったもんね。



 したたかに飲み明かした衛士たちと俺たちは、深夜あたりで解散した。

 結構高い酒や飲み物を三〇人近くで飲み食いしたので、オーファンラントの金貨で八枚近くも取られた。


 ちなみに、ルクセイド王国の金貨は、オーファンラント付近で使われている金貨に比べて大ぶりで、ルクセイド金貨一枚はオーファンラント金貨二枚ほどの価値になる。

 もちろん、オーファンラント金貨も本物の金なので使うことはできる。貨幣が貴金属だと、どこでも使えるから便利でいいねぇ。


 にしても、後で少し両替して現地通貨を手に入れた方が良さそうな気がする。


 その夜、前回と同じように宿屋『グリフォンの館』に部屋を借りた。

 夜遅かったので、従業員にはあまり良い顔をされなかったが、銅貨をチップで渡したら態度が一変したので問題なかった。



 翌朝、迷宮区付近の買い取り屋に出かけた。

 買い取り屋は、主に迷宮から産出される素材やアイテムなどを買い取ってくれる仲買商の事で、迷宮区の一画にはそういった店が多数存在している。それらが集まる一画を総称して『買い取り屋』と言うらしい。


 一〇軒以上並ぶ買い取り屋の一つを選んで中に入った。

 選んだ決め手は、取り扱っている品物の質が他のよりも良さそうだったからだ。

 各買取店舗は色んな商品を店先に並べているが、店ごとに扱う商品が違うようで、俺の売りたい品物はモンスターから取れた素材が主だから必然的に狩人などが利用する店舗になる。

 そのうち、ダイア・ウルフの皮やサラマンダーの皮などを取り扱っている店舗で、かつ店に置いてある品の質が良いのは、この店となったわけだ。


 店の名前は「ヴォーゼン買取店」、立て看板に「皮、肉、骨、現金買取」と書かれている。


 一緒に来ていたハリスが、店頭にぶら下がっているサラマンダーの皮を見て頷いたので間違いなさそうと改めて判断する。


 店舗に入ると、大柄でがっしりした体格、あご髭の濃い店主がやってきて声をかけてきた。


「よく来たな。今日は買い取りか? それとも在庫が欲しいのか?」


 得意客を迎えるようなフランクな対応だが、俺たちを値踏みするようにジロジロと見ているので初顔なのは認識しているようだ。


「買い取りだ」


 俺がそういうと店主は頷いて、大きな計量秤などを店の奥から引っ張り出してくる。


「で、買取品は?」

「ああ、結構な量があるから……そこのテーブルの上を空けてくれるか?」


 俺が指さした長テーブルは、獲物を解体するための巨大なものだ。

 店主は言われたとおりテーブルの上を素早く片付けた。


 俺はインベントリ・バッグからサンダー・ウルフの皮と血抜きした死骸を取り出して並べていく。全部で一〇匹ほどだが、テーブルの上は直ぐにいっぱいになってしまう。


「これは……!? 少し待て」


 店主は皮と肉の状態を真剣な表情で調べている。


「よくサンダー・ウルフを狩れたものだな。いい獲物だ」


 持ち込んだものを鑑定し終えて、店主が満足そうに言った。


「金貨一〇〇枚と銀貨二〇枚だな」


 一頭につき金貨一〇枚、銀貨二枚というところか。かなり高めだな。


「売ろう」


 俺がそういうと店主は頷いて、奥から金箱を持ってきてテーブルの上に買取代金を置いていく。


「随分と気前がいいが、サンダー・ウルフは品薄なのか?」


 俺が代金を仕舞いながら聞くと、店主が何いってんだ? という顔付きになる。


「サンダー・ウルフは狡猾だ。ここ数年、一頭も持ち込まれていない。肉が練金薬の貴重な材料になるのは知ってるだろ?」


 いいえ、知りませんでした。

 サンダー・ウルフの肉を何のレシピで使うのか知らないが、希少種なだけに高価なのは理解できる。

 俺が以前覚えた「値踏み」スキルで確認しても、それほど高い金額と見えなかったのだが。もしかすると迷宮都市レリオン独特の物価レートなのかもしれないな。

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