第16章 ── 第18話

 ソフィア・バーネットは、『魔の体現者』という二つ名を持つだけあり、魔法関連の知識が半端なかった。

 見学した俺もビックリだが、彼女が研究室にしている尖塔の天辺の部屋の中は、魔法体系の考察資料やオリジナル魔法を書き留めた魔法書などが溢れていた。

 錬金術などにも造詣ぞうけいが深く、フィル同様に中級ポーションまで作っていた。レシピなどを教えてもらったが、フィルの練金思想とは別のアプローチから中級ポーションの開発に成功していた。

 彼女が言うには西側のとある地方にある錬丹術というものの手法らしい。


「ま、私の研究はこんなもんさね」

「シャーリーの蔵書もすごかったですが、ソフィアさんの研究はその上を行ってますね」

「こっちへ転がり出てから二四〇〇年。こんな事ばかりやっているからね」


 ソフィアも少々得意げだ。


「エマにも是非見せてやりたいなぁ」

「エマというのは誰だい?」

「あ、さっき話していたシャーリーの姪です。今は俺がシャーリーから受け継いだ魔法工房で魔法道具の作成やら魔法の研究をしていますよ」


 ソフィアが目を細める。


「そうかい。あの子の姪も魔法を使うのかい」

「はい。弟のフィルと一緒に毎日研究三昧といった所です」


 俺は、エマとフィルについての顛末を説明する。


「エマとやらも随分と数奇な運命に弄ばれたものだね。イルシスさまの加護まで受けたとは。姉弟そろって魔法の素養が優れているのは家系かね?」

「どうなんでしょう? イルシス自身は大喜びで加護を渡していたみたいですが」


 ソフィアがフフと笑う。


「私がシャーリーを見出したのは間違いでもなかったわけだ」


 自分が弟子に教えた技術が受け継がれている事が嬉しいのかもしれない。


「どうです? シャーリーが作った工房ですし、エマたちに会ってみますか?」


 俺がそう言うと、ソフィアは顔を固くする。


「今更、私のようなものが顔を出しても意味はなかろう」

「エマはシャーリーを目標に魔法研究をしています。叔母のお師匠さんが工房にやってきたら、とても嬉しがると思うんですけどねぇ……」


 ソフィアは机の上の魔法の書を書棚に戻しながら言った。


「ま、気が向いたら弟子の事を話しに行ってやってもいいがね」

「おお、それはありがたい。その時は是非お願いします」


 そっけない振りをしているが、ソフィアもエマやフィルに興味はあるようだ。シャーリーが作り上げた工房も見たいのだろう。



 大分、長居をしてしまったが、日が暮れる前にキシリアン城を後にすることにした。


 ソフィアの話では、夜になるとアンデッドが溢れかえるからね。


 昨日はソフィアやサーシャたちの居住空間にいたから、グロいのやら何やらは来なかったので良かったが、帰り道にまた大量のゾンビ軍団に襲われるのはゾッとしない。


「では、私が途中まで送ってやろう。四階に行っておれ」

「ありがとうございます」


 俺は尖塔から五階に降り、仲間たちの所まで行く。


「おーい。そろそろ帰るぞ」


 居間で寛いでいた皆が俺に顔を向けた。


「用は済んだのかや?」


 本を読んでいたマリスはそう言うと立ち上がる。


「ああ、これからソフィアが途中まで送ってくれるそうだ」

「そうか。ゾンビをひとっ飛びできるな」


 トリシアがニヤリと笑う。


「うぐっ……ま、まあ、それは言わない約束って事で」

「赤くなったケントさんも可愛いですね!」


 アナベルの目には俺がどう映っているのか。俺に可愛さという要素はないはずなんだがね。


「とりあえず、四階で待ってろと言ってたが」

「四階か……了解した……」


 ハリスはソファから立ち上がると居間を出ていく。


「さ、皆も帰る支度をしろよ」


 支度といっても、脱いだ鎧を再び着込む程度だから五分と掛からないが。一番手間の掛かるマリスの鎧だけは俺が手を貸してやった。一人で着込むと倍以上時間がかかるからな。


 女性陣三人を伴って四階におりていくと、ハリスが馬にブラシを掛けて待っていた。


「あれ? 何でこんな所に馬が……」

「ケント、あれは馬じゃないのじゃ! ペガサスなのじゃ!」


 言われて見れば、胴体の横に大きな羽根が折り畳まれていた。


「これがペガサスか!」

「凄いな。私も初めてみた……」


 俺たちの会話を聞きつけたのか、ペガサスがこちらを振り向き頭を上下に振った。


「凄いのです。これで空を飛べるのですねぇ」


 巨大な羽根をサワサワとアナベルが撫でている。


「こいつは……中々の……利口者……だ」


 ブラシを掛けつつ、ハリスはペガサスの鼻面を撫でている。


「やれやれ、そっちのお前さんは気難し屋のグリューネまで手なづけてしまったのかい?」


 螺旋階段から降りてきたソフィアが少し驚いたような声色で言う。


「真祖と戯れておったようだが、女たらしなのかい?」


 そう言われてハリスが困ったような顔でたじろいだ。


「いやー、ハリスはコミュ障っぽいから、女たらしとは思えませんが……イケメンだからモテるとは思いますよ」

「コミュ障? イケメン? プレイヤーの言葉は時々解らないよ」


 あー、ごめん。確かにそりゃ解らんだろうな。


「コミュ障は『他人と話すのが苦手』、イケメンは『顔が整った良い男』って意味ですよ」

「ふむ。そういう異世界語を体系付けた本をまとめるのも面白いかもしれん」


 ソフィアさん、そういうのはまとめるのが大変だと思いますよ。被験者が俺とセイファードとアースラしか、ティエルローゼには居ませんし。


「おい、そこの色男、その荷ゾリをグリューネに付けな」


 ハリスがソフィアに命令に従って、小さいと言っても結構な重さがありそうなソリをペガサスに装着する。


「不思議なソリですね。随分と軽いようだ」

「当然だ。私が魔法を掛けた特別なソリだからね」


 ハリス一人で簡単に動かして付けていたから、そうなんじゃないかと思ったよ。


「どこまで送ればいいんだい?」

「俺たちはレリオンに寄るつもりなので、南の方へ送ってもらえますか?」

「ふむ。あの迷宮がある街だな」

「そうです」


 ソリを装着し終わったソリの御者台にソフィアが乗り込んだ。


「お前たちも早くお乗り」


 言われるがまま、俺たちはソリの荷台に乗り込む。


「それじゃ、行くよ。グリューネ、頼んだよ」

「ブルルルル」


 ソフィアの言葉に、ペガサスは鼻を鳴らすやいなや猛然と走りだした。


 俺は股間が縮みかけたが、ペガサスがテラスを飛び出した瞬間、そんなことは忘れた。


 バサリと大きな羽根が広がると、ペガサスもソリも滑るように大空に舞った。


「おお、すげぇ……」


 西に傾きつつある日差しに照らされたキシリアン城周辺の大地が一望できる。

 ペガサスは尖塔の周囲をクルクルと回りつつ高度をとっていく。そしてキシリアン城が眼下に小さくなるほどに高度を上げると、進路を南へと向けた。


 飛行フライの魔法もある程度高く飛べるが、この高度までは飛行不可能だ。魔法の効果が切れて、落下した時に致命傷にならないようにリミッターが掛かっているのではないかと俺は考察している。


 ペガサスの飛行速度は、飛行フライの魔法よりも遥かに早く、マップ画面で移動する距離と時間から速度を考察すると、およそ時速一五〇キロといった感じだ。

 夕暮れ時には、すでに殆どの行程を突破してあと一時間も馬で走ればレリオンに到着できそうなあたりまで来ていた。


「この辺で良いだろう。ソリを下ろすからね。舌を噛まないように口をつぐんでな」


 ソフィアがそういうと、ペガサスは凄い急降下をお見舞いした。俺は股間がキューッとなる男独特の感覚を味わいつつ、ソリの縁に必死で捕まった。


 着地する時はスムーズで、衝撃も揺れも感じなかった。

 小便チビりそうになったが、何とか平静を装ったままソリを下りることができた。


「ソフィアさん、送ってくれてありがとうございます」

「何、気にすることじゃないよ」


 俺はインベントリ・バッグから小型通信機を一つ取り出して渡した。


「これをお持ち下さい」

「これは?」

「これは離れた者同士が会話をするときに使う通信用の魔法道具です」


 ブレスレット型の小型通信機をソフィアがシゲシゲと見つめている。


「大層な魔法が掛かっている割に、小さいね」

「お褒め頂きありがとうございます。一応、俺が作りました」

「ほう。魔法道具技師としての腕は中々のようだね」


 ソフィアが感心した顔で小型通信機を自分の腕にめた。


「ありがたくもらっておくよ」

「俺もスキル・ストーンを頂きましたし」

「あれは私を討伐した時のドロップ・アイテム代わりさね」

「あー、なるほど」


 俺は少々苦笑してしまった。一度ドーンヴァースで戦ったんだからドロップ・アイテムなど必要なかったんだが。

 手ぶらで帰すのがNPCの挟持に反するのかもしれないが、本当に律儀な人だ。


「それでは何かありましたら、このボタンを押して通信機に話しかけてください。俺の通信機に声が届きますので」

「そうしよう。もし、シャーリーの工房に行きたくなったら使うよ」

「そうして下さい」


 ソフィアに見送られ、俺たちは迷宮都市レリオンに向かった。


 騎乗ゴーレムに乗って去る俺たちの後ろ姿を、ソフィアはいつまでも見送っていた。

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