第16章 ── 第17話
早朝、陽が昇る前に、セイファード、サーシャ、二人の侍女のネイアとリナ、そしてここまで着いてきてくれたペルージアを
ペルージアは名残惜しそうだったが、国王の前でイチャイチャも出来ずに泣きそうな顔で帰っていった。ハリスは少々ホッとした感じだったけど。
あ、サーシャたち愛用の家財道具は、セイファードが自分のインベントリ・バッグに入れてもってったよ。やはりインベントリ・バッグは偉大ですな!
「さて、これで私の肩の荷も下ろし終えたかねぇ」
「お疲れ様でした」
大変な仕事を終えてホッとしたような顔のソフィアに労いの言葉を掛ける。
「あれから三〇〇年か……」
「そう言えば……貴方は何故、彼女たちを助けたのです?」
俺は疑問に思っていた事を聞いてみた。その問いにソフィアが顔を上げる。
「ただの気まぐれさ……」
目を閉じ、当時を思い描くように感慨深げに彼女は語りだした。
「あの頃、私は世界を放浪していた。NPCながら、決められた場所に縛られず、自由に世界を旅をできたからな。見聞を広げ、知識を収集することが何よりの喜びだったんだよ」
当時、世界は混迷を深めていた。
五〇〇年前におきた魔神「シンノスケ」の大陸を巻き込んだ暴虐事件がやっと人々の記憶から薄れ、復興の兆しが見えていた頃だ。
そういった危機の記憶が忘れ去られようとしている時代になり、大陸東側はやっと幾つかの都市と呼べるようなものが興り始めて、西側といえば各国はしのぎを削り合う群雄割拠の様相を
そんな中で、軍事大国として名を馳せていたはずのカリオス王国は、隣国の同じ様な軍事大国バーラント共国との戦争で領土の大半を奪われ消えゆこうとしていた。
ソフィアは、そんなカリオスとバーラントの戦争に少し違和感を覚えて、その経緯を調べてみたのだ。
すると、この戦争は仕組まれたものであり、カリオス王国に何の
「王子が王女に振られたのが原因だったと聞いたんですけどね」
俺がそういうと、ソフィアは鼻で笑った。
「それは表向きの話だな。実際はバーラントの宰相が画策した侵攻計画だった。何年も掛けた侵攻計画は巧妙でな。カリオス国内にはバーラントの手の者が多く入り込んでおった」
商人など、物流関連に入り込んだバーラントのスパイたちは、カリオス国内に混乱を起こすための活動を行い、カリオスの軍事力の素であるペガサスの弱体化を狙っていた。
そんな事など考えていないカリオス王国は、この工作にまんまと引っかかってしまい、ペガサスの出生率が落ちた。
ペガサスの活力を落とすような錬金薬がペガサスの栄養剤などと言われて流通したのが原因だ。この錬金薬は投薬時には良さそうな効果を発揮するが、徐々にペガサスを薬に依存させ、かつ活力を奪っていくという卑劣なものだった。
「何か……麻薬みたいだ」
「麻薬か。私の調べでは、正にそういった代物だったようだよ」
事態を調べ上げたソフィアは非常に不愉快に思ったらしい。
長年、ドーンヴァースでプレイヤーたちと熾烈な戦いをしてきたソフィアにとって、ガチンコで戦わず、敵を罠に掛けるような行いは唾棄すべき事柄らしい。
戦いとは能力と能力、力と力のぶつかり合いだ。どのような結果を迎えるにしろ、正々堂々戦う事が真っ当ではないか。
俺も彼女の価値観に異存はない。同意するように
「解ります。相手に勝つ為にはレベルを上げ、入念に準備して戦いに挑むものですからね。俺もドラゴンと戦った時にはそうでした。力及ばず死んだけど」
「ほう。ドラゴンとなぁ。私はこの世界のドラゴンしか知らぬが、一筋縄ではなかったろう?」
「ブレスが問題ですねぇ。一応、サラマンダーのマントで火炎対策はしましたけど……」
ソフィアが苦笑気味に笑う。
「その程度では防げぬぞ。炎が発する熱の対策もせねばな」
その通りで、炎自体は防げても周囲に撒き散らされる高熱は防げなかった。あの時の俺は、凄まじい熱でHPを三分の一も奪われた。
そんな経緯で、ソフィアはカリオスに陰ながら手助けをしたのだという。
だが時すでに遅し。王族が追い込まれたという情報を手に入れたソフィアが、キシリアン城に駆けつけた時には、王女と守護の近衛兵が数十人という感じだった。
それまで表に出ずにカリオスを支援していたソフィアが、バーラントのグリフォン騎士たちを魔法で一掃した。しかし、カリオスのペガサス騎士たちほぼ全滅状態。生き残った者も致命傷を受けて虫の息だったらしい。
城の中に突入したソフィアが目にしたのは、王女たちに襲いかからんとしていたバーラントの騎士だった。
ソフィアは怒りに任せて『
周囲の脅威を全て排除したソフィアが王女の元に駆け寄った時には、王女も侍女たちも瀕死の重傷で、手の施しようがなかったそうだ。
「サーシャが死ぬ直前言った言葉は……『あの人に会いたい……』だったよ」
当時を思い出し、ソフィアは苦渋に満ちた表情を作る。
「『あの人』が誰なのか知りたくてな。即座に彼女たちに死霊術を使った。この判断は間違いでは無かった。お前たちが来てくれたお蔭で、今はやっとそう思えるよ」
ソフィアが険しい表情を崩してやっと微笑んだ。
彼女たちをアンデッド化した事を、ソフィアはずっと後悔していたようだ。その後悔が、彼女たちを今まで守っていた理由なのだろう。
ソフィアは彼女たちとの生活は、非常に楽しく、そして後悔という負の感情を大きく和らげるものでもあったと言う。
「この世界にやってきてからの孤独が、嘘のようだったな……」
ソフィアはNPC、それもラスボスという存在だったせいで、モンスターなどとの交流は抵抗なく行えた。だが、人間種との交流を必要以上にするつもりは無かったようだ。
そんな生活を何百年も続けていたのだ。途方もないほどに孤独だったんだろう。
「だが、これからはまた一人だ」
これからの事を考えソフィアは寂しそうに、
「今まで、ここに訪ねてきたものは他にいなかったんですか?」
「たくさん居たさ。不埒な冒険者が大半だがな。そいつらは今頃、アンデッドの仲間入りをしている」
「大半ということは、他にも?」
「ああ……そういえば、一〇〇年くらい前だったか。弟子にしてくれとしつこくやってきたヤツがいたなぁ……」
ソフィアは、懐かしげな表情で立ち上がるとシルクのカーテンを開けて、窓と鎧戸を押し開けた。
「ちょうど、この窓の外を見た時に、そいつは空を飛んでいた」
偶然にも目が合うと、こっちに飛んできたらしい。
「面白いヤツで、手土産のベリーを渡されたよ」
その人物は、その後時々やってきてはソフィアの話し相手になったらしい。
ソフィアが強力な
「何ヶ月も毎日通ってきてな。とうとう根負けして色々教えてやったんだよ」
ソファに再び腰を落とし、ソフィアは笑った。
「ちょっと、待ってくれ」
俺が誰かと話している時には大抵黙って聞いているトリシアが、珍しく口を挟んでくる。
「そいつはもしかして、エルフではなかったか?」
「良くわかったな。そうだよ。エルフの小娘だ」
「ん? その人、トリシアの知り合いだったの?」
俺が聞き返すと、トリシアはやれやれという顔をする。
「お前もよく知ってるだろ。シャーリーに違いない」
トリシアがそういうと、ソフィアが驚いた顔をする。
「シャーリーを知っているのか?」
「知っているも何も、私の幼馴染だよ。確かに一〇〇年くらい前、半年ほど別行動をしたことがある。帰ってきた時、良い師匠を見つけたと言っていたんだ」
シャーリーはその後、当時のブリストル地方、現トリエン地方の領主となり、魔法道具作成に力を発揮して魔法文化を花咲かせた。
「シャーリーは元気でやっておるのかい?」
「いや……死んだ……謀殺だったよ」
そうトリシアが言った時、異様などす黒いオーラがソフィアから周囲に撒き散らされ始めた。
「だが、私が敵を討った。卑劣な奴らには死んでもらった」
どす黒いオーラが徐々に薄まり、ソフィアも落ち着いた。
「私の弟子のためにやってくれたか……感謝するよ」
「私のためでもあった。礼には及ばない」
ソフィアの視線を受け止めたトリシアが力強く頷く。
「そうそう。シャーリーは今、神界にいますよ。イルシスの使徒として働いてるんじゃないかな?」
俺がそういうと、ものすごい勢いでソフィアが振り向いた。
「本当か!?」
「もちろんです。イルシスと本人に直接聞きましたから」
俺は、事の顛末をソフィアに説明する。
イルシスと念話で繋がってからの事、シャーリーの幽霊に姪のエマを救出してほしいと頼まれて廃砦に向かった事、エマの救出後にシャーリーとイルシスに夢の中で会った事などを。
「そうかい。私とお前さんは色んな縁で結ばれておったようだな。私の心残りを解決してくれて、本当にありがとう」
「いや、たまたまですよ……あ、もしかして、シャーリーとイルシスの縁を結んだのってソフィアさんなんじゃ?」
俺はふと気付いて、そう聞いてみた。
「そうだ。私は時々だが、イルシスさまとの交信で有望な人物を報告する事にしている。シャーリーはイルシスさまに気に入られたのだ」
なるほど。シャーリーがイルシスの加護を与えられたのは、ソフィアさんのおかげなんだな。
ということは、ソフィア・バーネットがティエルローゼに転生、あるいは転移して来なかったら、俺のトリエン運営は頓挫していた事になる。人の縁とは不思議なものだなぁ。
「世間は狭いものですね。色んな所で、俺と貴方は繋がっていたと言うことです。ドーンヴァースでも貴方にはお世話になったし」
「ほう、あっちでも私とお前さんは知り合いだったのか? 私の記憶にはないが?」
まだ人間のような思考能力を持たなかったNPCが覚えているはずもないだろう。
「いや、俺は貴方が関わっていたシナリオで戦ったんですよ。お蔭で道具修理のスキル・ストーンを手に入れましたからね。あれは大いに役に立ちましたよ」
俺は苦笑してしまう。
「そうだったのか? なら再び戦うことも無いわけだ。すでにフラグが立っている訳だからな」
ソフィアが少々安心したような顔で笑った。
「ええ。実のところ、貴方がティエルローゼにいると知ったのは、この指輪の存在があったからなんですけどね」
俺はインベントリ・バッグから一つの指輪を取り出した。
「おお、懐かしいな。私がシャーリーの修行のために作ってやった指輪ではないか」
「やはりそうですか。
その時は、ソフィア・バーネットは同姓同名の別人だと思っていた。まさか本人だったとはねぇ。
「今はお前さんが使っているわけだな」
「それが……どうもプレイヤーは、こっちの人間と身体の作りが違うみたいで、あまり必要としないんですよ。もちろん睡眠や飲食は必要ですが、我慢すれば二週間くらいは不眠不休でも活動できそうです」
ソフィアが面白そうに俺を観察している。
「ほう。中々興味深いな。ちょっとお前さんの身体を研究してみたいものだ」
「いやいや、研究されても困りますが……」
苦笑しながら俺は断る。
「それは残念だ。そうだ。今回、世話になった事だし、一つお前にアイテムを授けよう」
ソフィアはそう言うと、腰につけてあったバッグから何かを取り出した。
「これだ。お前さんなら使いこなせるだろう」
「これは!?」
俺の手の中にスキル・ストーンが収まっていた。ただ、俺が見たことない色のスキル・ストーンだった。
「スキル・ストーンですよね!?」
「そうだ。私がこの世界に来た時に持っていたものだ。ただ、ティエルローゼの人間は誰も使えなかったのだ。プレイヤーのお前さんなら使えるかもしれん」
これはありがたい。どんなスキルが詰まっているのかは解らないが、俺にとってスキル・ストーンは喉から手が出るほどに欲しいアイテムの一つなのだ。
この世界にもスキル・オーブというものが存在するとは聞いているが、殆ど見つからないらしいし、あったとしても飛んでもなく高価な代物らしいからね。
「ありがたく、使わせていただきます」
俺は心から礼を言い、深々と頭を下げた。
彼女と知り合えたのは本当に幸運だ。色んな意味で。
今後の魔法開発や魔法道具作成に有利になりそうだし、二〇〇〇年以上もこの世界を観察してきた人物だから、この世界のシステムを考察していくためにも大切な情報源になるかもしれない。
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