第16章 ── 第16話
「ソフィアさん。聞いていいですか?」
「なんだ?」
サーシャがクネクネしているのを微笑ましく見ているソフィア・バーネットに俺は声を掛けた。
「もし王女がここから出ていった場合、彼女という存在に何か問題が起きたりしますか?」
「ふむ……基本的に私の保護魔法を掛けなおさねば、一〇〇年も立たずに自我を失うやもしれんな」
それは問題だ。
「ということは連れ出せない?」
「他者による支配。この場合、上位アンデッドによる絶対支配があれば別だろうが……」
「セイファードは一応、上位アンデッドです。彼が言うには周囲のアンデッドは自動的に支配下に置かれるらしいですが」
「ほう。グレーター・リッチににそんな能力があるとは知らなかったが……」
もしかして、それも元プレイヤーだからか?
「よくは知りませんが、彼はそんな事を言っていましたね」
「ふむ。一度会って見る必要があるやもしれぬ」
「それなら話は早い……でも、うちの仲間がちょっと危険かもしれません……」
「そこは私が魔法で保護しよう」
ソフィアはグレーター・リッチの特殊能力『
「では、お願いします」
「うむ」
ソフィアが杖をチョイチョイと振ると、仲間たち全員を淡いラベンダー色の
光が包む。
「これで一日は持つ」
「助かります」
俺は腕に付けた小型翻訳機の通話機能をオンにする。相手はセイファードの通信機だ。
「もしもし? セイファードいるか?」
「何だ? あ、ケントか! こんな早くにどうしたの?」
「うん、サーシャ姫が見つかった」
通信機の方からドンガラガッシャンと何かが倒れるような音が聞こえてくる。
「おい、大丈夫か?」
「だ、大丈夫だ! それより! 姫は無事か!?」
「今、お前の話をしたら身体をクネクネさせてた」
「ぶほ! 姫らしい……無事か。よかった……」
セイファードの声に泣いているような色がにじむ。
「で、セイファード。今からここに来てくれよ」
「は!? 俺が外を出歩いたら大変だろうが!」
「いや、
「マジか……ケント、お前、すげぇな……」
「当然だろ。俺は天才だからな!」
「自分で言ってたら世話ないね」
「確かに」
笑い合う俺とセイファードの会話に、サーシャがツツツと近づいてきて目を輝かせている。
「セイちゃん!」
「ひ、姫!?」
「うん! 来てくれるの!? 私、嬉しい!」
「はっ! すぐにお迎えに上がります!」
「早く来て!」
俺は
「謁見室に
「了解だ。今行く!」
一分も立たずに、
「姫! お迎えにあがりました!」
「セイちゃん……?」
「はっ、セイファードです!」
「骸骨……」
サーシャは骸骨のセイファードを見て、少々たじろいだ。
「グレーター・リッチになってしまった為、このような姿ですが……」
「でも……声はセイちゃんね」
気を取り直したサーシャは興味津々といった感じでセイファードの回りを回って、四方八方から観察している。
「姿が気に入らないなら、生前の姿を再現してやろうかね?」
ソフィアが再び魔法を使うと、骸骨だったセイファードの顔や手に生前の肉体のビジョンが現れた。
「そんな事もできるのか。ソフィアさん、すげぇ」
「大した事じゃないよ。セイファードとか言ったね。これで骸骨姿ともおさらばさね。魔法はずっと消えないようにしといたから、もう大丈夫」
魔法を消えないように? パーマネンスを組み込んだって事か? 基本的に魔法道具のための
「ありがとう!」
結構イケメンだったセイファードが太陽のような笑顔でソフィアにお礼を言った。
「セイファードもイケメンだったんだなぁ」
「そうか? まあ、ゲーム時代のキャラデザインだからな。リアルよりは整ってるかもな」
顔が生前の状態になったセイファードにサーシャが跳びついたので、抱き合ったような状態のまま、セイファードが言う。
「ま、俺はリアルとあまり変わらないから、モテ顔じゃないんで残念だ」
「そうか? 結構味があっていいと思うが」
「どうせ、俺の顔は濃いよ!」
ちょっとスネてみせると、俺の仲間たちが集まってくる。
「ケント、男は顔じゃないぞ」
「そうじゃ、ケントは可愛いからオーケーなのじゃぞ?」
「大丈夫です。ケントさんならご飯三杯いけますよ」
良くわからないフォローが少し悲しい。
「陛下。ご下命通り、王女殿下を救出致しました」
「オーレリア。いや、ペルージア女爵、ご苦労であったな」
「はっ! ありがたき幸せに存じます!」
セイファードに
「後で褒美を取らす。何か考えておけ」
「はっ!」
セイファードに抱きついているサーシャが、彼を見上げた。
「セイちゃん、王様になったの?」
「そうです、サーシャ姫。東の小さい国ですが、平和で牧歌的な良いところです。私に着いてきてくれますか?」
「もちろん、いつまでも貴方の隣にいます」
サーシャは顔を赤らめながら、セイファードのプロポーズを快諾した。
あれって、プロポーズだよね? ちょっと羨ましい。
しかし、グレーター・リッチとバンシーのカップルか。随分と強力なタッグですなぁ。
二人を見ていたソフィアが小さく頷いた。
「ふむ……どうやら、魔法を掛け直す必要はなさそうだな……」
ボソリと彼女が囁いたのを聞き耳スキルは聞き逃さなかった。
連れ出した場合の心配は杞憂に終わったわけだな。何よりです。
その夜、みんなで晩餐会というか、二人の再会を祝してパーティをするというので、俺は厨房を借りた。
もう一人のアンデッド・メイドであるリナが、俺の料理を興味深げに見学している。
「今日は天ぷらと鰻の白焼きだ。うな丼も作ろう」
「鰻……蛇みたいで気持ち悪いですね」
「これはすげぇ美味いんだよ。料理の仕方次第だけどね。鰻のゼリーとかは食えたもんじゃなかったからなぁ」
鰻を捌きながら、イギリスで出された料理を思い出して顔をしかめてしまう。イギリスの郷土料理なんだから、こういう顔をするのはちょっと失礼だとは思うが、あれは日本人の口には合わないだろう。
「ところで、料理作るのはいいんだが、君たちは食べられるのか?」
俺がリナにそう問いかけると、彼女は鈴のように笑った。
「いえ、私たちは食べません。必要ありませんから。ソフィアさまと、貴方さまたちの食べる分ですよ」
「なるほど。理解した。ま、見るだけでも楽しんで貰えればいいかな」
「はい。楽しませていただきます」
料理が完成し、応接間にしつらえた食事用の長テーブルに置いていく。
「おおおおおおお! うな丼かよ!」
セイファードが驚きと懐かしさを爆発させたような表情で料理を眺めた。
「懐かしいだろ?」
「ぐぬぬ。ノーライフキングになってから食事は必要としないけど、これは食べたいなぁ!」
「食べたら、ボロボロと身体の中から下に落ちるだろ」
「そうなんだよ……食べる楽しみってのも生者の特権なんだよね……」
俺は笑ってしまう。
亡骸はあるんだし、蘇生魔法が見つかれば生き返らせることも可能なんだろうけど……あのアンデッド軍団が野放しになるかもしれないし、無理か。
「新たなる丼は……何という芳しい香り! そしてこの照り!」
「凄いのじゃ。もう、我慢ならん!」
「あ、ずるいですよ! 私も!」
食いしん坊チームがうな丼に突進した。
いつも味の御高説を賜るのだが、言葉をしゃべる余裕がないようで、モクモクと掻っ込んでいる。
「どうだ? 鰻は美味いだろ? 蛇みたいとか言ってたけど、料理次第でご馳走になるんだぞ?」
俺がそういうと、三人は口いっぱいに詰め込みながら、ぶんぶんと頷いている。ハリスもそれに加わっているので四人か。
「これは凄い……こんな料理は食べたことがありません」
ハリスの横のペルージアが嬉しそうにスプーンでうな丼を食べている。
「真祖ってアンデッドなのに食えるのが不思議だよなぁ」
俺たちの食事風景を面白げに眺めていたセイファードが囁いた。
「真祖は半アンデッドだ。半分は生きておる」
うまそうに白焼きを口に運んでいるソフィアが応える。
そうなのか。それは面白いねぇ。死の神が作り出した真祖という存在は、生者と死者の中間的存在ということだね。
現実世界ではありえない
現実世界での
確か、吸血鬼を題材にしたRPGの設定資料に、聖書で出てくる『カイン』が最初の吸血鬼なんて設定があったっけ?
あれは神の呪いだとかなんとか書いてあったから、このティエルローゼの世界でいう真祖とは別の設定だけど。
こうして祝賀会は朝方まで続いた。
その間、セイファードとサーシャのイチャラブっぷりをたっぷり見せつけられて、俺たちは少々悶々として過ごすことになったが、楽しかったので良しとしようかな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます