第16章 ── 第15話

 絶望の表情から一転して、ソフィアは決意を固めたような表情を作った。


「ならば、やはりお前とは戦わねばならぬようだ」

「な、何故です!?」

「それは、お前がプレイヤーで、私がNPCだからだ!」


 俺は慌てて立ち上がった。


「意味がわかりません!」

「神に与えられた役割を忘れたか!?」

「貴方の言う神とは何なんですか!?」

「創造主の事だ!」


 組まれたスクリプト通りの行動を起こそうと思っているようだ。


「貴方の言う神とは、ゲームデザイナーの事ですか? それともスクリプター? それは神じゃないですよ! ゲーム制作チームの担当者の事でしょ!」

「私を生み出したものこそが神だろうが」


 俺は思考を巡らせる。


「まずは落ち着きましょう。座って下さい。俺には貴方と戦う意思はないんです」


 ソフィアは俺の言葉に従って座り直す。


「意思があろうがなかろうが、プレイヤーとNPCの役割は決まっておる」

「いや、ドーンヴァースの事を言っているのでしたら、貴方が配置されていた場所はメイン・クエストとは別です。サブ・シナリオなんですから。プレイヤーの意思次第で、受けないで素通りしていいサブ・セットです」


 俺の言葉をソフィアは黙って聞いている。


「いいですか、貴方はすでにティエルローゼに転生してきています。もうドーンヴァースの枠に縛られる必要はないんです」

「だが、与えられた役割は無視できまい」

「では、聞きますが、貴方は今、ドーンヴァースのシステムからデータや情報を得られていますか?」


 ソフィアがキョトンとした顔をする。


「いや……何も受けておらぬな……ここ二〇〇〇年以上、フラグが立つ気配もない」

「そうでしょう? 貴方はもうドーンヴァースというシステムから切り離されているんです。貴方が意思を持っているのならば、もうそんな初期命令に従う必要はないんです。自由なんですよ?」


 ソフィアはまたも考え込む。


「だが、神に与えられた使命を果たさねば、私の存在意義は……」

「見て下さい。ここにいるトリシアはエルフです。森を護るために生み出されたはずのエルフが、のこのこと俺に着いて来ている時点で、そんな使命はこの世界では既に無効ってことです」


 俺がそういうと、トリシアが苦笑する。


「言いたい放題だな。まぁ、森を飛び出して冒険者になったのは否定できない事実だがな」

「我もそうじゃぞ? ドラゴンじゃが、冒険者になってみたくて住処から出てきたのでのう」


 トリシアとマリスが話しているのを聞いてソフィアが顔を上げた。


「エルフはともかく……ドラゴン……?」

「そうじゃ! 我はマリソリア・ニズヘルグ。冒険者の時はマリストリアじゃ!」

「ニズヘルグ? ゲーリア殿は……」

「兄を知っておるのかや?」


 ソフィアの表情が和らいだ。


「ゲーリア殿の妹君か! 最近会っておらぬが、ゲーリア殿は元気にしておるか?」

「我が住処を出た時は元気じゃったが? 最近は外にも出ておらぬようじゃがのう」

「そうか。今度、遊びに行くと伝えておいてくれ」

「無理じゃ! 我は念話も使えぬでのう」


 楽しげに話をしているマリスとソフィアを交互に見てしまう。


「あのー? どういうこと?」


 俺が問いかけると、ソフィアがこちらを向いた。


「すまぬ。マリソリア殿は我が友人ゲーリアの妹君だ。ゲーリア殿はドラゴンながら話の判る御仁なのだ。私に様々な死霊術を教えてくれたのもゲーリア殿だ」


 死霊術を? 死霊術って邪悪な感じする魔法属性だけど、マリスの血族って邪竜なのかな? それにしてはマリスは親しみやすい感じなんだけど。


「もしかして、この城がアンデッドの巣窟なのって、ソフィアさんの魔法なんですか?」

「そうだ。夜になると発動するようにしてある」


 なるほど、昼間にアンデッドが全く現れないのはそういう理由か。でも、ここに来た時の寒気って何だろう……?


「でも、俺が知った時、王女がバンシーとして感知できたんだけどなぁ」

「王女は夜になると動き出すよ。今は寝ておる」


 ソフィアに説明してもらった所によると、王女は死しても愛する人物に会いたいと願っていたらしい。そこで瀕死の彼女と、お付きの侍女二人をアンデッドとしてこの世界に繋ぎ留めたのだという。


「ところで、お前たちの依頼者の名前だが、セイファード・ペールゼンと言ったな? 子孫もその名を名乗っておるのか?」

「いや、三〇〇年前のセイファード・ペールゼンその人ですよ。彼もアンデッドとなっています。グレーター・リッチ……ノーライフキングですけど」

「なんと!? 神の奇跡はそこまで二人の絆を結びつけておったか!」


 何やらソフィアは感動に打ち震えている。


「ちなみに、セイファードも元プレイヤーなんですよ」

「なるほど……神の恩寵を受けし者であったか。奇跡が起こるのも頷けるというもの」


 どうやら、NPCにとってプレイヤーという存在は神の恩寵を与えられたキャラクターという事らしいな。


「しかし、プレイヤーが何故ノーライフキングなどになったのか……」

「何か、遺跡から出土したアイテムを使ったらなったとか聞きましたが……」

「常闇の壺を使ったのか?」

「さあ……アイテムの名前までは知りませんが」


 常闇の壺とは死の神が作り出した遺物アーティファクトで、死の神の使徒をアンデッド化させ、下界で神に必要な諸作業を行わせるためのアイテムなんだそうな。


 セイファードはその役割を果たしてない気がするが、まあ元プレイヤーだから自由なのかもね。よくは解らんが。


 明り取りの小さな窓から入ってくる陽の光が赤く色を染め始めていた。


 ソフィアがパチンと指を鳴らすと、部屋の中のシャンデリアに魔法の灯が点いた。


「そろそろ時間だ」


 そういうと、居間の扉が開いた。


「お早うございます、ソフィアさま」


 メイドっぽい服を着た女性が一人、居間に入ってきた。


「ネイア、お茶を客に出すように」

「畏まりました。本日の夕食はいかがしますか?」

「人数分頼む。七人分だ」

「承りました」


 ネイアと呼ばれたメイドがペコリと頭を下げ、部屋から出ていいた。


「あのメイドは……」

「アンデッドだ。王女の身の回りの世話をするために自ら望んでああなった」


 ということは……?


 ガチャリと再び扉が開き、白いドレスにティアラを載せた美しい女性が居間に入ってきた。


「あら? ソフィアさま、お客さまですの? 珍しい」

「ああ、サーシャ殿。お目覚めだな」

「ご紹介いただけますか?」


 こちらを面白そうに見るサーシャ姫が言う。


「この者たちは私の客というより、お前さんの客だよ。サーシャ殿」


 サーシャが可愛く首を傾げる。


「サーシャ・ド・ラニエルと申します。お初にお目に掛かると思いますけど」


 サーシャは王族に相応しい優雅な仕草で挨拶してきた。

 するとペルージアがサーシャの前に進み出てひざまずいた。


「私はペールゼン王国貴族、オーレリア・ド・ペルージア女爵と申します。国王陛下のご下命により、サーシャ殿下を救出にやってまいりました!」

「ペールゼン……?」


 さっきまでニコニコしていたサーシャの顔が悲しみを滲ませる。


「オオオオオオオ……」


 そして、地の底から響き渡るような悲しげな絶叫を発し始める。


「くっ!」

「ぎにゃ!?」

「うあ……」

「はうー」


 トリシアたちが、突然耳を塞ぎ、全員ガクリと膝を折った。


「だ、大丈夫か!?」


 バンシーの涙の悲鳴ティア・クライ・ボイスだ。


 しまった! 耳栓を配っておくのを忘れていた!


「お鎮まりください、王女殿下! セイファード・ペールゼン陛下は、王女殿下をお迎えするために私を遣わされたのです!」


「オオォォ……」


 サーシャの泣き声が静まっていく。


「では……セイちゃんは無事なのですか? まだ生きておいでなのですか?」


 は? セイちゃん?


「はっ! セイファード陛下は、今、遥か東の地、ペールゼン王国にて殿下をお待ちでございます。この者たちは陛下よりご依頼を受けて協力をしてくれている者たちなのです」


 サーシャが少しショボンとした感じになる。


「セイちゃん自ら迎えに来てくれないの?」


 俺は慌てて口を挟んだ。


「サーシャ殿下、無理を言ってはいけません。セイファードは今、ノーライフキング……グレーター・リッチになっています。彼が地を歩けば、周りの人間たちが死んでしまいます」


 サーシャがショックを受けたような顔になるが、嬉しそうでもある。


「ノーライフキング……? そんな姿になるほど、私を愛してくれているのですね!?」

「セイファードは、三〇〇年以上、ずっとサーシャ殿下を気にかけていたようです。貴方の存在を告げた途端、城の外に出ていこうとしていたみたいですから」


 サーシャの頬の色が赤く染まる。


「もう、セイちゃんたら……うふふ」


 何か照れてクネクネしている。


 あの幻の時のような毅然とした感じじゃないな。というか、こっちが素なのかも。

 まさに恋する乙女であり、美しいのに可愛さがにじみ出ている。セイファードがメロメロだった理由が解る気がするね。

 さて、これからどうやってサーシャをペールゼン王国に運ぶかが問題だが、俺にはあまり問題ではないな。

 とっとと依頼を完遂してしまおうではないか。

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