第16章 ── 第14話

 四つ目の部屋の探索のため廊下に戻る。


 居間らしき部屋では、シルクと肖像画以外、目立った情報はなかった。本棚の本は小説や伝記などのありふれた物ばかりだったので、目を惹かなかった。


 最後の部屋の扉の前で聞き耳を立てるが、やはり何の気配もしない。


 俺が壁際からノブに手を掛けると、マリスが扉の前に待機する。


──キィ……


 やはりこの階の扉は油をさしてあるな。軋みが殆どない。


「寝室じゃぞ?」


 そこは天蓋ベッドやウォーク・イン・クローゼット、大きな鏡付きの化粧台などが置かれた、居間より少々大きめの部屋だ。使用人の部屋と隣接しているので、こちらの部屋を広めに作ったのだろう。


 天蓋ベッドの布団の中にやはり骸骨が眠っている。マップに光点はないので、ただの骸骨だ。

 ただ、この骸骨の頭部付近、枕の上に先程の肖像画のティアラが転がっていた。



「これが王女さまらしいな」

「そのようだ」

「見て下さい!」


 トリシアと頷きあっていると、アナベルが骸骨の胸元を指し示し目を輝かせている。


 そこにはティアラよりも大きなエメラルドが嵌められている黄金細工のブローチがあった。ドレスの胸元に付けられたそれは、左右の黄金細工に羽ばたくペガサスの立像がある。


「あれは! カリオス王国に代々伝わると言われている王の証です!」


 ペルージアが興奮気味に言う。


「国王陛下から王女ならば身につけているかもしれないと言われております!」


 ペルージア曰く、王の証はカリオス王国の国宝で、ヴァレリス湖の緑色を映し出したような巨大なエメラルドがはめ込まれているのだという。


「間違いなく『ヴァレリスの光』です」


『ヴァレリスの光』は当時の国王が、ペガサスの保護をペガサスの王と約束した時に贈られたと言われており、これを失うことはカリオスの根幹が崩れることを意味するほどの威信が込められている。


「無事だったということですね。カリオスはまだ滅んでいなかった……」


 ペルージアは感慨に浸っているが、『ヴァレリスの光』に手を触れようとしない。


「それを持って帰ればいいのかな?」


 俺はブローチに手を伸ばした。


「何をしている!!!」


 突然、後ろから怒鳴り声が聞こえ、俺は心臓が飛び出すほどにビクッと体を揺らした。他の仲間も同様だったようだ。


 慌てて振り返ると、そこには黒いローブに巨大な杖を手にした人物が立っていた。



 入り口を塞ぐように立っている人物はフードの中から鋭い視線を俺たちに巡らせている。


「侵入者とはな……覚悟は出来ているのだろうな!」


 巨大な杖を俺たちに突き出した人物が吼える。


 俺たちは慌てて武器に手を掛ける。


れ者どもが……!」


 巨大な杖の先端が危険な光に包まれた。


 これはヤバイ!


対魔法障壁フィールド・オブ・アンチ・マジック!』


 俺はショートカットに入れていた対魔法防御用の魔法を発動する。


 杖の先端が明滅する直前、俺たち全員を防御フィールドが包み込んだ。

 杖の閃光が感じられなくなったので目を開けると、杖を構えた人物が唖然とした顔をしていた。


「ば、ばかな……私の魔法を防いだだと……!?」


 こうなれば、俺にも少々余裕が出てくる。相手がグロ系アンデッドじゃなければ何の問題もない。


 俺は、黒ローブの人物をマップ画面で確認する。

 赤い光点をクリックし相手のデータをチェックだ。


『ソフィア・バーネット

 レベル:七二

 脅威度:大

 魔の体現者。魔を司る神に愛されしイルシスの使徒。その強大な魔力でドラゴンをも屠ったと言われる伝説の魔法使いスペル・キャスター。その知識は魔法、薬学、生物学、死霊術など多岐にわたる』


 な、なんだと……!?


「ちょ、ちょっと待ってくれ! 降参だ! 攻撃やめ!!」


 俺は武器から手を離し、両手を挙げて敵意の無いことを示す。仲間たちも俺に見習い、両手を挙げた。


「今更降参だと!? お前たちには死のみが与えられる!」

「いや! 別に俺たちはここに戦いに来たわけじゃない!」

「盗賊風情が何を言う!」

「いや、俺たちは盗賊ではない! 依頼を受けて王女の救出に来た冒険者だ!」


 俺が王女と言った途端、ソフィア・バーネットがピタリと動きを止めた。


「王女を救出……?」

「そうだ。そう依頼を受けてやってきた」


 フードの奥から一段と鋭い視線を感じる。


「俄には信じられぬが……盗賊にしては武具に金が掛かっておるな」


 俺たちの武装はミスリル製で、ほぼ統一しているからね。いつも金に困っている盗賊などとは比べ物にならない。


 ソフィア・バーネットがゆっくりとだが油断なく杖を下ろした。


「仔細を聞こう。答えによっては命までは取らぬやもしれん」


 俺は身体の緊張をゆるめた。


「俺はケント・クサナギ・デ・トリエン辺境伯。オーファンラント王国、トリエン地方領主だ。友好国の国王、セイファード・ペールゼン陛下より要請され、旧カリオス王国に王女の救出のためにやってきた」


 トリシアたちも重苦しく頷く。


「我はペールゼン王国貴族、オーレリア・ド・ ペルージア女爵。国王陛下のご下命により、クサナギ辺境伯閣下に同道しています。閣下の言葉に嘘も偽りもない事を証明しましょう」


 ソフィア・バーネットは遠慮のない視線を俺とペルージアに向ける。


「お前さん、真祖だね?」

「よくお解りですね」

「そんな生気のない生者がおるかい。その虹彩も人間の色彩じゃないからな」


 ソフィア・バーネットは杖を下ろし、力を抜いた。


「ふん。偽りではなさそうだ。信じてやろう」


 俺は脱力してしまう。


「それは助かります。貴方と戦ったら仲間が全員殺されてもお釣りが来そうですからね」


 俺がそういうと、ポカーンとした顔でソフィア・バーネットが俺を見た。


「お前、私と戦って生き残れると思っておるのか?」

「多分、俺は死にませんよ。レベルが違いますからね」

「ほう……ものすごい自信だな」

「ええ、貴方より一〇レベル以上も上ですからね」

「お前さん……亜神か?」


 ギロリとした視線が居心地悪いが、微笑みは絶やさないようにしよう。


「いえ、神に知り合いはいますが……亜神ではありません。冒険者のつもりです」

「神に知り合いがなぁ……私よりもレベルが高いならあるやもしれんな。私も神とは懇意にしとるからな」

「イルシスの使徒だそうで」

「何故知っている?」


 あ、相手の簡易情報が見れるのは普通じゃなかったんだ。


「貴方、ソフィア・バーネットでしょう?」

「私を知るのか?」

「もちろんですよ。イルシスから聞いたことがあります」


 ソフィア・バーネットが又もやギロリと睨んできたが、その視線はすぐに和らぐ。


「ここで立ち話もなんだ、居間で話をすることとしよう」


 先程探索した居間にソフィア・バーネットが歩いていったので、俺たちもそれに倣う。


 ソファにソフィアが座ったので、俺はその対面に腰を掛ける。仲間たちは俺の座ったソファの後ろに立った。


「で、お前さん、イルシスさまとも知り合いなのか?」

「知り合いなんですかねぇ……念話が偶然イルシスに繋がってからの知人ともうしますか」

「念話使いか? 最近では珍しいな」

「そうなんですか? 突然覚えてしまったスキルなもんで良くわからないのですが」


 ソフィア・バーネットは面白げな顔をする。


「普通の人間じゃないようだな。念話は神の恩寵ぞ。神によって与えられし特別な力だ。それを持つものはかのドーンヴァースの神々に愛されておる」

「神の恩寵……って、ドーンヴァースを知ってるんですか!?」

「私はそこからやってきたからな」


 ソフィア・バーネットはドーンヴァースではNPCだぞ。まさかNPCまで転生しているのか!?


「い、いや……でも……NPCが……?」


 その言葉にソフィアが目を見開いた。


「お前……ドーンヴァースからやって来たのか!?」

「そ、そうですよ。気付いたらこの世界に来てましたよ?」

「うーむ……」


 ソフィア・バーネットは腕を組んで考え込んでいる。


「この呪文を知っているか? 『プロトコル・コール:四五、ポップ・リセット』」

「聞いたことありませんが……ポップ・スクリプトの呼び出しかな? モンスターのポップを初期化するようなニュアンスを受けますが」


 ソフィアは納得したように頷いた。


「ふむ。意味は解ったようだな。となるとお前もこの世界のものではないということだ。私はNPC_NUM二六というシステム名を神により与えられている」

「やっぱり! サイド・シナリオ『魔法の塔』のラスボスのソフィア・バーネットか!」


 ソフィアがまたもや盛大に驚く。


「お前……プレイヤーか……?」

「そうです。俺はプレイヤーですよ。突然ティエルローゼに転生してきてしまったんです」

「プレイヤーが我が隠れ家に来ようとは……やはり創造主の命令通り行動せねばならぬのか……?」


 ソフィア・バーネットは絶望の色を表情に浮かべ、宙を見上げた。

 何を言っているのか解らないが、何か事情があるのかもしれない。

 元NPCのソフィアが転生しているという事実からも、重大な謎が隠されているとも考えられる。

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