第16章 ── 第13話

 まず、退路を塞がれるのを防ぐために、一階を探索する。

 一階部分は軍事物資や食料の備蓄などを行うためのフロアのようだ。水を引き込んだ調理場か風呂のような水槽などが幾つかの部屋に分かれて設置されていた跡があった。

 地下に繋がる階段もあったが崩れ落ちていたため中を窺うことはできなかったが、マップ画面を駆使して調べてみれば地下牢などの施設らしいのは解った。地下の入り口はここだけのようなので放置でいいだろう。

 隅々まで調べた結果、城の入口は二つ。俺たちが入ってきた入り口と、勝手口のような小さいものが一つあった。

 勝手口は秘密の扉のように外からは壁にしか見えないように偽装がなされていたので、緊急の脱出口としても使われていたのかもしれないね。

 ちなみに、脅威になるような存在は全く確認できなかった。


 一階の探索が終了したので、慎重に二階の廊下を進む。

 廊下の両端にある部屋は兵舎といった感じで多段ベッドの残骸や武器庫だったのか朽ちた棚などが並んでいた。

 こちらにも生物やアンデッドなどの敵らしき存在を確認できない。


 二階の探索を終えても何も現れないし発見できないため、少々拍子抜けといった感じだ。

 俺が一人の時に見聞きしたあの現象が再び起きる兆しもない、あれは一体何だったんだ?


 尖塔の螺旋階段を昇り三階に入る。三階の構造は二階と一緒ではあるが、中は隊長などの士官や作戦会議室のような部屋だったと推測される。

 やはり脅威となるものは発見できない。


 ここまでの探索で、この古城の軍事的規模がおおよそ推測できた。歩兵五〇人、騎兵一〇人、指揮官などは数人といった感じだろう。緊急時には二~三倍程度は収容できたかもしれない。


 四階に上がると、だだっ広い空間が広がっていた。東西南北に張り出したテラスのようなものが存在するが、手すりなどの意匠はなかった。

 代わりにバリスタのような大型の投擲兵器が各テラスに二機ずつ設置されていた跡があった。バリスタらしき物は何とか原型を留めているが、朽ち掛けていて使い物にならない。テラスからフロアに入った付近の壁に巨大な矢を収納する機構も施されている。

 対空兵器として使用したのだろうなぁ。


 この世界に対空兵器を備えた城があるというのも面白い。東側ではこういった技巧が使われている城や砦などを見たことはない。

 やはりグリフォン・ライダーやペガサス・ライダーがいた国だからだろうね。


 それと、この三階フロアは八本の柱が円形に並んでいるが、柱には東側でどこでも見られる厩舎で使う道具などが掛かっていた。


「ふむ。城の上階に厩舎があったということは、ここはペガサス用の厩舎だね」

「ここにペガサスがいたのか。興味深いな」

「テラスが発着場だったんだろうね」


 俺も含めて仲間たちは感慨深げにペガサス厩舎跡を見回す。


「あ!」


 マリスが壁の端っこを見て声を上げた。そのまま壁の方へ走っていく。


「発見じゃ!」

「え!?」

「これじゃー!」


 床から拾い上げたものは少々朽ち果てた団扇のようなものだ。団扇にして細い気もするが。


 マリスは戦利品を掲げながら嬉しげに戻ってくる。

 マリスの手にあるものをじっくり見て俺も驚く。


「おお! ペガサスの羽根か!?」

「そうじゃ! こんな大きい羽根はグリフォンかペガサスくらいなものじゃな!」


 真っ白なペガサスの羽根らしき物体の大きさは三〇センチ以上もある。三〇〇年以上も前の物だとしたら、よくも残っていたものだと思う。


 俺はここで気付いてしまった。


「おかしいな?」

「何がだ?」


 トリシアが不思議そうな顔を向けてくる。


「いや、あるはずものが無いんだよ」

「何が無いというんだ?」

「埃とか瓦礫とか……」


 俺がそういった途端、仲間たちの顔に戦慄が走る。武器に手を掛け、警戒モードに入った。

 俺も警戒し武器をいつでも抜けるようにする。

 ペガサスの羽根も三〇〇年以上前のものにしては新しいと言わざるを得ない。


 一階から三階に掛けて何も脅威を感知できなかったので、どうやら気がゆるんでいたようだ。


 四階は隠れるような所は何もないので潜んでいるものはいないと判断できる。マップにも光点はない。


「よし、警戒しつつ五階の探索に入る。気を引き締めていくぞ」


 俺が小声で言うと、全員が無言で頷いた。


 螺旋階段に戻り、四階へ続く階段を登る。

 やはりおかしい。今までの螺旋階段には大量の埃が積もっていたのだ。だが、四階から上の階段には塵も埃も見当たらない。誰かが利用しているのは間違いない。


 五階フロアに続く扉の前まで到達する。俺は扉に耳を当て聞き耳スキルを最大限使う。


 しかし、何の音も聞こえてこない。探知しようとする対象がアンデッドだった場合、物音を立てることはないだろうから、警戒を解く理由にはならない。


 ハリスが俺と位置を変わり、罠や鍵の有無をチェックする。

 ハリスが頷き、大丈夫そうだと伝えてきたので、扉のノブに手を掛けた。


 マリスがいつでも中に飛び込めるように扉の前に立つ。


 俺はノブを回し扉を押した。


──キイ……


 小さな軋み音と共に扉は簡単に開く。


 マリスが一歩前に踏み出し、周囲を確認する。


 赤い絨毯が敷かれた廊下だった。

 両側には四つの扉、一番奥には開け放たれた鎧戸があり、外の光を取り込んでいる。

 壁に優雅で高価そうなタペストリがいくつも掛かっているが、ふるさは感じられるものの朽ちた感じはない。絨毯も同様に古いが朽ちてはいない。

 壁に等間隔に据え付けられている燭台には真新しいロウソクが取り付けられていた。


「誰か使っているな?」

「そのようだね……バンシーかな?」

「判らん……異様な感じはしないが」

「そういえば、四階あたりから背筋の寒いのが感じられないな」


 危険感知が発動していないということは危険はないということだろうか?


「手前の左からいくのじゃ」

「慎重に行けよ」

「了解じゃ!」


 マリスはソロリソロリと扉へと近づく。やはり中で動くような気配を感じられないようだ。俺も感じない。


 マリスが扉を開け、中を確認する。


「使用人部屋じゃな」


 俺も中を覗く。


 部屋には二つのベッド、二つの衣装棚、机と椅子が一つずつ別々の壁に向かって設置されている。

 そして最後に、真ん中にテーブル一つと椅子が二つあった。


 そのテーブルの横の二つの椅子に二つの骨格標本が服を着た状態で行儀よく座っている。


「スケルトンかや?」

「いや、マップに光点がない。ただの屍のようだ」


 使用人部屋なのは間違いなさそうだ。骸骨の着る服は地味ながらメイドたちが着るようなものだからね。


 ここまで来て、初めて人間の死体を発見した。近衛たちの死体もペガサスの死体も見ていないし、敵の死体もなかったからね。


「しかし、ここも埃を被ってないな。掃除も手入れも行き届いている」

「骸骨も埃を被ってないのう」

「服も綺麗で古くなってないのですよ?」


 背筋は寒くないが、この状況は結構怖いと俺は思う。

 一体何者が掃除などをしているのだろうか? 三〇〇年前のものとしてはそれぞれの家具なども劣化が少ない。


「次の部屋を調べてみよう」

「了解じゃ!」


 マリスが部屋を出て、対面の扉を遠慮なく開く。


「おお!?」

「どうした!?」

「調理場じゃな!」


 マリスの言葉通り、そこは調理場だった。食器棚や水場、料理用のかまど、天井からは干し肉や野菜などが吊り下げられている。

 調理台には黒パンなども置かれていて、自分の館の調理場を思い出させるほどだ。


「ケント、おかしいぞ。野菜も肉も腐ってもいないし、食べられるほどに新しい」


 それは俺も思った。古城には不釣り合いなほど、生活の匂いが感じられる。


「やはり誰かが出入りしているな」

「じゃが、一階から三階まで足跡一つ無かったがのう」

「四階から手入れが入っている。空を飛んで出入りしている可能性が高いな」

「なるほどのう……空からなら説明がつくのう」


 次の部屋を調べるために三つ目の扉を開けた。

 そこは居間といった所だろうか。豪華な内装で大きな暖炉まで設置されている。

 壁には大きな肖像画が掛けられており、その左右にタペストリが下がっている。タペストリはペールゼン王国のものに似ており、左のタペストリは猛るペガサスが立ち上がっている。右はその逆の意匠だ。


「この絵の人物が王女さまなのではないですか?」


 アナベルが肖像画を見上げながら言う。俺も見上げてみる。


 青み掛かった黒髪の美しい女性の肖像だ。緑色の宝石がはまったティアラを頭に付け、白く可憐なドレスを着て微笑んでいる。


「国王陛下より伺っている王女殿下の容姿に似ています」

「そうなの?」


 ペルージアが肖像画を見上げながら言う。


「胸元と目元のほくろが一致します」


 言われて見れば、胸の谷間付近にほくろのようなものが見える。泣きぼくろも同様だ。


 居間らしき部屋の他の部分も調べてみる。

 豪華なソファは上等な仕上がりで、金貨一〇枚は下らない高級品であり、王族が使うに相応しいもののように見える。

 壁の片側にある本棚は、三〇〇年前のものも存在するようだが、ここ数十年で書かれたような新しいものも存在する。


 鎧戸の閉まった窓枠にはガラスがはまっており、窓に下げられているカーテンはシルク特有の光沢を湛えている。


「シルクがあるのか!」

「シルク? 何だそれは?」


 ティエルローゼに来てから絹糸を使った織物を見た記憶がない俺としては驚くばかりだ。


「ああ、絹糸の事だ。蚕の糸を紡いで作る高級素材だぞ?」

「かいこ……?」

「ああ、人間が品種改良した蛾の幼虫だな」

「蛾とは虫か? 虫の糸なのか? 蜘蛛の類か何かか?」


 トリシアが蛾を知らないとはビックリ。それに蚕を知らない奴に説明するのは難しいな。自然界にもいるとは思うが、人間が作り出した蚕ほどの生産性と品質は、野生の蚕には望めないだろう。

 ただ、養蚕は大変素晴らしい技術・文化だと俺は思っているので、この技術は是非トリエンに持って帰りたい。

 養蚕の存在を掴めたのだから、セイファードの依頼を受けた価値は十分だと言わざるを得ない。

 こうして、俺の旅の目的がもう一つ増えた。

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