第16章 ── 第12話

 堀を渡り城壁内に入る。


 地面は雑草に覆われているが、ご多分に漏れず全部枯れている。枯蔦かれつたが城壁や城郭を覆っており、不気味さを一層深めている。

 周囲は荒れ放題と言っていいが、生者ならざるものがいるとしても何かが動き回ったような痕跡は見つけられない。


「本当にアンデッドがいるのか?」

「さあな……マップには何の反応もないが」


 トリシアの問いに俺は応えるが、この雰囲気は尋常ではないと感じている。さっきから背中がゾワゾワしているんだ。危険感知スキルが反応しているようだ。


「城の入り口はどこじゃ?」

「反対側だな。そっちに入り口があるっぽい」


 マリスは雑草だらけの所に分け入り、遮二無二しゃにむに進み始めた。俺がマリスに続くと他のメンバーも隊列を整えて続く。


 朽ち果てた厩舎や訓練場などの跡地が目につくが、チラリと見た限りなにか潜んでいる感じはしない。

 まだこの城が使われていた頃が偲ばれる程度に原型を留めている。


 戦闘用の城だけあって、城の一階部分には侵入できそうな窓はなく、辛うじて枯蔦かれつたの隙間に銃眼らしき細長い縦の穴が見える。見上げた城郭の上の方に張り出たテラスのようなものが複数確認できるが、あれは何だろう?


 ぐるりと城郭を回り、城の入り口らしき場所までやってきた。

 巨大なかなり古い両開きの木製の扉があるが、それが錆びた鉄格子で封鎖されている。


「どうやって入ります?」

「うーん。壊すしか無いよねぇ」


 俺は錆た鉄格子をコンコンと叩く。バラバラと錆が大量に降ってきた。


「ちょっと叩いたら崩れそうじゃが?」


 確かにそうだ。あまりにも古いせいで封鎖用の鉄格子としての役割は果たせてない。


「みんな、どいてて」


 俺は剣を抜くと、はまっている鉄格子に刃を当てた。


「おりゃ!」


 鉄格子が落ちてる入り口をなぞるように刃を走らせる。上の方にジャンプするようにして一筆書きのように切り取るのは比較的難易度が高いが、俺には簡単な作業だった。


──ギシッ!


 繋がっている部分が全部断ち切られた鉄格子は強度がなくなっているせいか、自重じじゅうで勝手に倒れてくる。

 俺は切り取られた鉄格子をヒラリと簡単に避ける。


──ガシャン!


 倒れた鉄格子は衝撃で大きな音を立ててバラバラになってしまった。


「辺境伯閣下がいたら城はすぐに陥落させられそうですね」

「太刀筋が凄いだろう?」

「大型魔獣すら簡単じゃろ」

「アルコーンも倒しましたからね!」


 好き放題言ってるな。まあ、否定はしないけどね!


 今度は木の扉だ。取っ手は朽ち果てていて使い物にならない。少し押してみても開かないのでかんぬきが掛かっているんだろう。


 俺は手に嵌めている指輪の能力を開放して扉の向こうに瞬間移動する。


 移動先は真っ暗で何も見えないが、後ろにあるはずの扉を手探りする。


「やっぱりあった」


 俺はかんぬきらしき横木を手触りで確認する。

 城の中は外のように風雪にさらされていないためか、こういった部分の強度は健在なのだろう。


 かんぬきを引き抜こうと力を入れるが、何かに引っかかっているのか全然動かない。


 何分か悪戦苦闘していた時だ。


──ボンボンボンボン!


 音を立てて城内にある松明の火が自動的に点いていく。


 俺は思いもよらぬことに手が止まってしまった。


──ガヤガヤ……


 俺の後ろから大勢の人間が喋っているような気配が聞こえてくる。

 あまりのことに背筋が寒くなり、思考が停止してしまう。


「沈まれ! これより王女殿下より最後のお言葉を頂ける事になった。整列して出迎えよ!」


 野太い声が怒鳴るように言うと、周囲の喧騒が一瞬で静かになった。


 俺は冷や汗が止まらず、振り返ることもできない。


「みなさん、良くここまで私に付いてきてくださいました。先程、物見よりグリフォン騎士の大群を確認したとの連絡がありました。もう援軍は望めないでしょう……」


 綺麗な女性の声が言うと、周囲の気配たちがすすり泣く。


「カリオスの騎士たちよ。私のために死んではいけません。城を捨て東に逃げなさい。ペガサスの数は少々心もとないですが、あなた方が逃げられるくらいはいます」

「姫! 何を申されますか!? ここに集まる近衛は最後まで殿下を護るためにいるのですぞ!」

「無駄に命が失われるのを私は好みません。私のことは心配要りません」

「しかし!」


 周囲の気配が動揺しているような雰囲気が伝わってくる。


「もういいのです。私の命一つで多数の命が助かるのなら……死ぬよりも苦しい任務を与えた私を笑って許してくれた彼のためにも……皆さんは生き残って彼の元へ赴いて欲しいのです」

「殿下はそこまで……」

「さあ、お行きなさい。私は城の頂上で敵に見えましょう」


 衣擦れと軽い足音が遠ざかっていく。


「諸君、姫を犠牲にして生き残るか? それともあの恥知らずな敵と戦って散るか?」


 周囲はしーんと静まった。


──ガンガン!


 何か金属同士を打ち付けるような音が聞こえ始めた。


──ガンガンガンガンガンガン!


 それに呼応するように周囲から同じように打ち付ける音が増えていく。

 いつの間にか周囲全体がガンガンと音を立て始めた。


 俺は耐えきれなくなって後ろを振り返った。


 その瞬間、何も見えなくなった。

 周囲には松明の光も音や声を出す存在も何も無かったように真っ黒な暗闇が広がっていた。


「一体……何なんだよ……」


 俺は涙目で様子を窺うが、何かいた気配を見つけ出すことはできなかった。


 俺は必死にかんぬきを動かそうと力を入れる。

 今度は何故か簡単にかんぬきが外れた。


 慌てて扉を押し開けると、仲間たちの姿が見えた。


「ケント! ど、どうした!?」

「何故泣いておるのじゃ!?」

「敵がいたのですか!?」

「おい……!」


 俺は腰が抜けたように力が入らない体を必死に動かし、扉の外に這い出た。


「超怖ぇ……!」


 俺は這いつくばって振り返り、真っ暗な城の中を見つつ後ずさりする。


「ゾンビでもいたのか!?」

「迎撃するのじゃ!」

「ケントさんを泣かせるのは許しませんよ!」

「影分身……!」


 マリスが迎撃のために盾を構え、トリシアが三本も矢を弦につがえて弓を構え、アナベルがウォーハンマーと聖印を手にする。ハリスは五人に分裂した。


 迎撃の構えの仲間たちだが城の中からは何も出てこず、無為な時間が過ぎていく。


「何も出て来んのう……」

「中は城の広間のようだが」

「敵の気配はないのです」


 数分経ったので、俺も落ち着いてきた。


「いや、何かいたんだ。何人もの人間の気配もしたし、声も聞いた」


 俺は見てはいないが聞いた声や音の事をみんなに説明する。


「しかし、誰もいないし、音を立てるような物も転がっていないぞ?」


 火を点けたランタンを片手に中を確認してきたトリシアがいぶかしげな表情で言う。


「でも、聞こえたんだよ……あれは王女と近衛兵たちの会話だったと思う……」


 さっきの体験を考えてみる。

 下手なお化け屋敷やホラーよりも強烈に怖かったんだが、これが心霊体験というものなのだろうか。


 号令を掛けていた人物は女性を姫と呼び殿下の敬称を付けていた。そこから判断するにバンシーになった王女が声の女性だと思う。他の気配と声は近衛兵たちに違いないんだ。あのガンガンという音は盾に剣を打ち付けていた音じゃないか?


 あの会話、もしかしたら本当にあった場面なのかもしれない。

 王女とペガサス・ライダーたる近衛兵たちの記憶が城に染み付いているのかもしれない。それを俺が垣間見たと……


 最後のブリーフィングか。だとしたら、随分と悲しい別れのシーンだな。


「しかしだな」

「いや、もう大丈夫だ。探索を続けよう。俺が聞いた話が真実なら、城の最上階あたりに王女がいるかもしれない」

「本当に大丈夫かや?」

「ああ、問題ない」

「では、慎重に進みましょう~」


 ハリスも頷きつつ一人に戻った。それをペルージアが勿体ないといった感じで見ている。

 ハリスが増えても嬉しいっぽいな。あんなに大量に相手したら大変だと思うぞ?


 何とか気を取り直し、城内の探索に入る。


 城のマップを開き、最上階への道筋を確認してみると、それほど複雑な作りじゃないようだ。


 城内に侵入された段階で、この規模の城じゃ陥落したも同然だし、複雑な作りにするよりも、伝令や配備がスムーズにできるような単純構造なのかもしれない。


 城の城郭部分は五階建てだ。城郭よりも背の高い尖塔が一つ隣接しているが、これが物見台なのかも。


 城郭の最上階に行くには、広間から上に延びる階段を登って二階に上がり、正面にある廊下の突き当りの尖塔の螺旋階段を登っていけば良いようだ。

 二階の廊下の左右には部屋がいくつもある。三階も二階と同じような構造だ。

 四階は壁もない一つのだだっ広い部屋みたいで、先程外から見たテラスに繋がっている。

 五階が一番上で、王女がいた階だと思う。


 尖塔も探索しておかねばならないかもしれない。昨晩の明かりはこの尖塔から漏れた光だろうし。

 尖塔自体は螺旋階段が大部分を占めていて、最上階に三つほど部屋があるようだ。そしてその上に物見台がある。そんな感じ。


 単純構造だけに、夜までには探索を終えられると思うが、さっきのような現象がまた起こる可能性もあるので慎重に進もう。

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